(3)
「お休みのところをお邪魔して、すみません」
「いいえー」
「僕は
「斉木夢乃ですー」
お父さんが連れてきたのは、わたしがぽーっとなってしまうくらいめっちゃイケメンのお兄さんだった。カジュアルな服装だったけど、背が高くてぴしっとしてる。かっくいー。お父さんの会社って、ばり技術系だよね。こんなイケメンを部屋に閉じ込めておくなんて、もったいないなあ。いやいや、そんなことを言ってる場合じゃなくして。
確かに最上級のイケメンではあったけど、お父さんが心配してたみたいに元気がなかった。やつれてた。あのくらげおばさんと違って、ぐだぐだって感じじゃない。体つきはがっしりしてるから、何かスポーツをやってたんだろう。村岡先生と同じで、今も何かやってるのかもしれない。大きなエネルギーを持ってるのに、それがどこかから漏れ出てしまってる感じがした。
小屋に案内して、坂野さんがソファーに座ったところですぐにオーダーをとる。
「ええとー、何を引っ張り出せばいいか教えてもらえますかー?」
ちょっとの間考え込んでいた坂野さんは、慎重に言葉を並べた。
「僕がどこにいるか……を」
「え? 場所、ですか?」
「それも含めて、僕はほとんど覚えていないんです」
「覚えていない、か……」
これは大変だ。鮮明な夢を見たのに、肝心の部分がどうしても思い出せないからなんとか復元して欲しい……わたしに持ち込まれる夢視には、そういうのが圧倒的に多い。思い出せそうで思い出せない。そういうシチュエーションが大半なんだ。
でも、ほとんど覚えてないというのは覚えようとしなかったということ。夢の中に出てきたがらくたを、無意識に処分しようとしてるんだ。でも、処分しきれず残ってしまうゴミがあって。それが意識を汚してしまってるんだろう。夢で不愉快なことに遭遇して、その大元を消し去ったにも関わらず、不愉快だという感情だけがくっきり刻み込まれてる……そんな感じかな。厄介な夢視になりそうだから、もう少し状況を詳しく聞き出しておこう。
「昨日見た夢ですよね?」
「はい。夢は毎日見ます」
「いつも同じ夢ですか?」
「いいえ、たぶん……全部違います」
「それがどんな夢でも、場所がどこかわからない、ですか」
「はい」
確かにいらいらする夢だ。夢って、自分がそれを夢だと認識してて、夢の中で自分に説明するところがあるんだよね。ここはどこそこなんだよって。それをふんふんと聞いて、納得する。そこに記憶の拠り所ができる。でも、それがいつも欠けているっていうのは確かにしんどそう。
「ふうっ……」
これは……わたしにとってもすごくしんどいなあ。坂野さんの夢はほとんど木っ端微塵になってると思う。それを復元するなら、相当時間と精神力が必要になる。引き受けるには覚悟が要るね。どうしようか。
腕組みして目を固くつぶる。まぶたの裏に、お父さんの心配そうな顔が浮かんできた。そうなんだよね。お父さんには坂野さんの心配をする義理はないんだ。でも隅々にまで目が届くお父さんは、どうしても坂野さんの様子が気になって仕方ないんだろう。そういうところは、わたしも似ちゃったのかなあと思う。ほかならぬお父さんの頼みだ。引き受けよう。
「あの」
「はい」
「たぶん、すごく時間がかかります。大丈夫ですか?」
「時間ですか?」
「はい」
「今日は一日空けてきました。大丈夫です」
そうか。坂野さん自身もしっかり覚悟してきたってことだ。それなら踏み込もう。
「わたしが夢から何を引っ張り出しても、それを見て怒らないでくださいね」
「もちろんです」
きっぱりした返事だ。突きつけられたものに怯える性格じゃないんだろう。よしっ!
「じゃあ、トライしますね」
「よろしくお願いします」
すっと差し出された右手を見て、なんかすごく納得する。スポーツマンタイプのイケメンお兄さんだけど、手にはぽつぽつインク染みがついてる。仕事の跡が残ってるんだ。すごくまじめだってことがよくわかる。だからお父さんも心配になったんだろう。ちゃらんぽらんな人ならスルーするはずだから。
「無理に夢を思い出そうとするんじゃなくて、どんなんだったかなーと回想するような感じで」
「……はい」
気の抜けた返事を聞いて。猛烈な違和感を感じた。坂野さんは、夢が思い出せないんじゃなく、本当は思い出したくないんじゃないのかな。思い出せないことが気持ち悪いんじゃない。思い出したくないのにこびりついてしまう不快感が我慢できない……そんな風に見えた。
まあいい。とりあえずざっと探ってみよう。広げられた手のひらの真ん中に人差し指を下ろす。
「!」
だめだこりゃ。見事にはげちょろけだ。壁に糊で貼られたポスターをびりびり破って引き剥がした跡のような、夢の汚い残景。こんな破片しかなかったら、坂野さんの知っているシチュエーションからでさえ何も引っ張り出せないだろう。
夢を覚えておこうという意識が少しでもあれば、絶対にこうはならない。そうじゃないかなと予想したみたいに、坂野さん自身が見た夢を記憶することに頑強に抵抗してる。思い出せないのは当然だ。
「ぐうー、うぐぐ」
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