(2)
腕組みしてじっと考え込んでいたら。例によって、弟たちの部屋がばたばた騒がしくなってきた。
「まあた始まったか。懲りないなー」
この前、お母さんから飯抜きの刑を食らった二人は、小学校の先生とお母さん、それに珍しくお父さんからも強烈な雷を落とされて、しばらくはおとなしくしてた。しばらくは、ね。でも、わたしが何度お灸を据えても口が軽いままのお母さんの子供だもん。喉元過ぎればなんとかで、まあた小競り合いが始まってる。いい加減、悟ればいいのに。
わたしは弟たちのケンカに口を挟んだことはない。どんなに激しくどたばたやり合っていても、十分もすればけろっとして一緒に遊びだすからだ。まさに、ケンカするほど仲がいいってやつなんだろう。弟たちはそれでいいのかもしれないけど、騒ぎに巻き込まれるわたしたちの迷惑をそろそろ考えてほしい。赤ちゃんならともかく、来年はもう中学生なんだからさ。
いつものように騒ぎが収まるまで放っておこうと思ったんだけど。急にいらいらしてきた。これからわたしは微妙な時期に入るの。集中して勉強できる時間をもっと確保しないとならないし、考え事は落ち着いた環境でしたい。あいつらのどったんばったんにいつまでも悩まされるってのは勘弁してほしい。
がっつりどやしつけてやろうと思って部屋を出たら、わたしより先にお父さんが弟たちの部屋に乗り込んでた。
「おまえら、いい加減にしろっ!」
おおっと! 普段あまり怒らないお父さんが噴火すると、本当に怖い。弟たちはこの前お父さんを怒らせてるから、イエロー二枚。今度はただじゃ済まないだろうな。案の定、二人の襟首をつかんで力尽くで部屋からつまみ出したお父さんは、そのままリビングに引きずり下ろした。
「正座しろっ!」
大声で弟たちをどやしつけたお父さんは、ぎゅっと口を結んで二人を交互に睨みつける。
「この前、部屋でケンカするなと言ったよな」
「……」
「約束を守れないのは、おまえらが二人一緒に部屋にいるからだろう?」
え?
「部屋を分ける。今度先に手を出したやつの部屋は仏間に移す」
「そ……そんな……あ」
弟たちが真っ青になった。なるほど。お父さんも考えたなー。傍若無人の双子だけど、我が家の仏間はお化け部屋と認識していて、決して中に入ろうとしない。仏間は、二人にとって理解不能の異空間なんだ。そこに部屋を移されることは、死刑宣告に等しい。こらあ、強烈なペナルティだわ。
「帰ってよし」
うーん、お父さんがこんな策略を編み出すとは思わなかった。ぼーっとしてることの方が多いからなあ。なんかしらん感心していたら、とぼとぼと部屋に戻る弟たちの背中を睨みつけていたお父さんがくるっと振り返った。
「どうした? ゆめ」
「いや、そんな手があったのかあと思って」
「まあな。でも、前から考えていたことさ」
びっくり!
「そうなん?」
「ゆめは、早くから自分の部屋が当たってただろ?」
「あ、そうか」
「双子だって言っても、そろそろ自分だけの空間が欲しくなるころだよ。距離が近すぎるから、どうしても衝突が増える。じゃれ合うケンカから、突き放すケンカに変わりつつあるのさ」
「知らなかった……」
「まあ、あいつらにもそういう時期が来たってことだ。どこかで領域を分けないと」
さばっと言い切ったお父さんが、腰に両手を当てて背筋をぐっと伸ばした。
「ふううううっ。ああ、そうだ。ゆめ」
「うん?」
「おまえにちょっと頼みがある」
へ? お父さんから頼み? なんだろ?
「おまえが良ければ、だが。これから会社の後輩の夢視をしてやってくれないか?」
げっ! お母さんのスジだけでもやだなあと思ってるのに、お父さん方面まで? わたしの露骨なイヤ顔を見て、お父さんが苦笑いした。
「済まんな。俺は春と違って、外では一切言ってないよ。ただ……」
穏やかなお父さんの顔が、急に曇った。
「心配なんだよ」
「心配……かあ」
「仕事上の悩みがあるとか、彼女にふられたとか、そういうのは意外に口に出せるものなんだ。でも、夢の話ってのは人に相談できないよ」
「そう?」
「夢見が悪くても、なに夢くらいで悩んでるんだって笑われるだけさ。目が覚めればそれまでなんだから」
「そうかも」
お父さんは、自分に言い聞かせるみたいに繰り返した。
「見た夢の怖さやしんどさは、そいつにしかわからん。夢の中身がはっきりしてなきゃなおさらだ」
「じゃあ、その人の夢の悩みって、相当深刻だってこと?」
「俺にはそう見える。怖くてしょうがない」
うん。さっきの弟たちのこともそうだったけど。お父さんはぼーっとしているようで、よく見てるんだ。よく見た上で、楽観的に、建設的に考える。そのお父さんが怖いと言ってるくらいだから、状況が本当によくないんだろう。わたしも強い胸騒ぎがした。
「その人、今日来れるの?」
「呼び出す。ここんとこ仕事が立て込んでてな。週末にもどっちかの仕事が食い込んで、ゆめに話を振れなかったんだ。でも、今日はそいつも休みだ」
「わたしはいいよ。準備しとく。夢視のことは説明しといてね。カウンセリングじゃないから」
「わかってる。カウンセリングや占いはいらない。喉に刺さってる棘が何かわからんと、対処のしようがないぞ。そう言っとく」
ぴったりだ。投げっぱなしで放置のお母さんとは全然違う。さあ、準備しよう。たぶん、すぐ来ると思う。
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