第六話 夢の領域

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 十一月も後半になって、どこかざわついていたわたしの周りがしんと落ち着いてきた。


 篠田先輩と早瀬先輩はそろってうちに来て、土下座して謝った。約束を破って本当にごめんなさいって。気分はよくないけど、あれから学校でわたしの噂が広まってるってこともないし、先輩たちは受験目前で現実を直視しないとならない。夢視どころじゃないよね。これからも学校では夢視のことを絶対に話さないでってもう一度念を押して、おしまいにした。それよか、受験頑張ってくださいって。二人は付き合いをオープンにしたから、わたしも余計な秘密を抱え込まずに済んでほっとした。やれやれ。


 月に二回くらいバド部の練習チェックをしてくれることになった村岡先生は本当に気さくな人で、ラインでしょっちゅうくだらないやりとりをするようになった。でも、練習の時には人格ががらっと変わるの。怖い怖い鬼になる。顔はいつでもにこにこなんだけど、要求される練習の量と密度がはんぱない。きつい練習をこなすには、陸トレの手を抜いたらだめだよーって言われて。いつもだらけてたサーキットの密度まで倍になった。ぐええええっ。

 確かにしんどくなったけど、あれだけの実力差を見せつけられちゃったらやっぱり練習に身が入る。きつい練習でも、みんなぶつくさ言わなくなった。だって、着実にうまくなってくもん。なんか、やっと本当の部活らしくなった気がする。


 ブレイバリーの解散でがっくり落ち込んでいた咲も、どっかで気持ちを切り替えないとだめだと思ったんだろう。いつもの明るさが戻ってきた。やっぱ、しょげしょげの咲は見たくないよ。元気になってよかったー。


 夢視の方も、くらげおばさん以降はこれといってヘビーなのはなし。いつものおばちゃんたち……韓ドラシスターズだけだから気楽だ。そしてあのおじいさん、高島さんからは岩手山が写し込まれた絵葉書が届いた。


『おかげさまで背景は全て埋まりました。本当にありがとうございます』


 うん。夢視は決して楽しくないけど、こういう嬉しい報告をもらえることもあるから、やっぱやらなきゃと思うんだよね。くらげおばさんも、どうなったかなあ。ちょっと心配。


 そうそう。高島さんがなんでうちを知ってたのか、お母さんが理由を教えてくれた。おばあちゃん関係だったんだね。おばあちゃんが若い頃勤めていた会社が高島さんのところで、結婚して辞めてからもその会社とのやりとりが続いてたんだ。社員会みたいなのがあるんだって。お母さんは、その線だって言ってた。なるほどなー。どうせ、お母さんが高島さんに夢視のことをべらべらしゃべったんだろうけどさ。でもそういう話を聞くと、人と人とのつながり、縁ていうのはすごいなあと思う。


 夢視絡みのごたごたが落ち着けば、自分自身の状況をきちんとチェックできる。夢視のことより、まず現実に向き合わないとなー。


「うーん……」


 わたしが凝視しているのは、この前の模試の結果だ。どうにも成績がよろしくない。部活の練習がきつくなって、集中できる勉強時間が減ってるのは事実。でも、そんなのなんの言い訳にもならない。だって、他の子だって条件は同じだもん。わたしだけ練習がきついならともかく、運動系の部活をやっていれば体力的なきつさはみんな同じ。勉強とのバランスを上手に取れるかどうかが、すぐ結果に現れちゃう。


「まだまだ甘い、か。バドの練習と同じだー」


 そうだよね。わたしの場合、勉強の絶対量も密度もまだ全然足りないんだろう。計画を練り直さないとだめだ。期末と次の模試までには、目標点を決めてしっかり追い込まないとなー。


 模試の結果票をぱたっと閉じて、窓の外を見る。木々の葉が落ち始めて、空が明るく広くなってきた。でも、広がった空間はなんか寒々しく感じる。そう、そこはちゃんと埋めていかないとならない領域。

 週末の午後は、昼ご飯食べたらぐだぐだしてたことが多かった。咲と遊びに行くとか部活の仲間と買い物にいくとか、そういうのはいいんだけど、それ以外の時間の使い方がへただった。一分一秒たりとも無駄にするなっていうのは無理だけど、空いてる領域は上手に埋めないと、そこがいつまでたってもすかすかのまま。勝手に埋まるってことは絶対ないんだよね。

 いや、目の前はすぐ埋められるからまだいいんだ。手持ちのタイルを、空いたところにぽんと置くだけでいい。でも、タイルを敷き詰めてどの道につなげるか。将来っていう大きな領域の埋め方がまだ決まっていない。それを、必ず決めなければならない。


「どうするか、だなあ」


 試験だけじゃなくて、これから進路志望の予備調査がある。二年のうちは準備運動みたいなものだから、なんちゃら関係程度でいい。まだ深刻に考えなくていいよ。担任の鈴木先生はそう言ってたけど。アパレル系を目指すって早くから決めてる咲みたいに、進路を固めてる子が結構いる。そういうのを見ちゃうと、やっぱり焦る。

 でも、進路の決まり方っていろいろあるんだよね。高島さんみたいに選択肢がそもそもなかった人もいれば、村岡先生みたいに目標を変えた人もいる。決めたからといって、それで最後まで行けるとは限らないんだろうし。だけど仮目標くらいは決めないと、そこまでの領域が埋められない。


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