(2)

「弱い。どうしようもなく弱い。体力や技術以前に、心が弱いの。勝てないと思ったとたんプレイの質ががくんと落ちる。試合中に打開策を探ろうとする意欲も、最後の最後まで相手の弱点を探り出そうとする執念もない」


 ちょっと間があって、もっともきつい言葉が吐き出された。静かに。だけどこれでもかと厳しく。


「いいの? それで? 部活は、高校の間だけのこと。そこで何があったところで卒業すれば思い出になるだけ。でも思い出なんか、何の力にもなってくれないよ」

「じゃあ、どうすればいいんですかっ?」


 目を真っ赤に泣きはらした川瀬先輩が、食ってかかった。


「決まってる。骨を作んなきゃ」


 骨……かあ。


「さっきも言ったけど、部活なんか高校にいる間だけのこと。卒業すれば全てが形のない思い出になっちゃう。一番頭と体が動かせるあなたたちの年齢で、ただ思い出だけ作っておしまいって。それでいいの? 私ならいやだなあ」


 部活のことだけじゃない。わたしの中でずっとくすぶっていたことが、村岡先生の指摘で少しずつ形を成し始めた。


「皮膚とか筋肉とか、そんなものはすぐに入れ替わるし、失われるの。でも、骨は死ぬまで残る。死んで焼かれたあとまでね。せっかく少なくない時間を部活に捧げるなら、しっかり骨を作ってほしいなあ」

「質問!」


 手を上げて、村岡先生に聞く。中途半端な聞き方じゃわからない。


「骨って、具体的にはなんですか?」

「一つじゃないよ」


 あっさりかわされた。でも、その後の説明を聞いて納得した。


「あなた方がぎりぎりまで追い詰められた時にも、最後まで崩れない芯。骨格。それは、一種類だけじゃないでしょ?」


◇ ◇ ◇


「うーぶ。劇薬すぎたかも」


 衝撃的な部活が終わって、よろよろと家に帰って。机の上にばたっと突っ伏す。わたしはもうちょいライトな指導を期待してたんだけど、村岡先生のど突きははんぱじゃなかった。それも、最後の最後までにこにこ笑顔を崩さないまま。まさににっこり笑って人を斬る、だ。


 でもあの時の先生のアドバイスを思い返してみると、わたしたちがどうしようもないぐうたらで評価に値しないとこき下ろしてるわけじゃないんだ。

 心が弱いっていうこと。部活でがんばって骨を作れっていうこと。提言としてはものすごくまともだ。それを飾らずに、ストレートに言っただけ。言われたわたしたちが傷ついたとすれば、先生の言い方がきつかったからじゃなく、やるべきことをやっていなかった自分自身が情けないからだろう。


「確かにそうなんだよなー」


 わたしは、これまで自分で決めた基本方針をずっと貫いてる。修行僧じゃないんだから、高校生活はしっかり楽しむってこと。その「楽しむ」ことの中には部活も入ってる。もちろん、学生生活を楽しむために必要な努力は欠かしてないよ。授業にもテストにもまじめに取り組んでるし、部活もさぼらないでずっと出てきた。努力も結果も全部ひっくるめて楽しんでいるし、わたしはそれでいいと思ってきたんだ。

 でも……。今はともかく、わたしの未来を組み立てていくには自覚も努力も全然足りない。骨がないから、あまりにもやわ。村岡先生の指摘は、わたしの弱点にぐっさり突き刺さったんだ。


「うーん。わたしの骨ってなんだろ」


 あなたのいいところは何って聞かれたら、すぐに答えられる。根性ある方だし、安易に自分を曲げない意思の強さはある。くよくよ考え込まないで、すぱっと気持ちを切り替えられるし。でも自分がぎりぎりまで追い込まれた時に、長所が骨格として本当に残ってるかっていうと……自信がない。問題はそこなんだろなあ。


「未来、かあ」


 もちろん、自分の将来のこともいろいろ考えないとならないんだけど。それ以外に、夢視をしていて前からずっと気になっていたことがある。


 未来の夢を見て、中身を引っ張り出してくれとここに来た人は今まで一人も……ただの一人もいないんだよね。みんな、見せて欲しいと言うのは過去のできごと。五分前でも八十年前でも、全部過去のことなんだ。

 たとえば、自分がこれから結婚式に出る花嫁さんになってて、花婿さんの顔がわからない。どうしてもそれを知りたいっていう夢視の依頼があったっていいわけでしょ? だけど、お遊びですら未来夢の夢視を頼まれたことがない。とても不思議だった。その謎が、この前村岡先生と電話で話した時になんとなく解けた気がするんだ。


 未来の夢は予知夢とは違う。手元にある材料から適当に組み立てられた、自分に都合のいいスケッチ。さっきの花嫁さんの例で言ったら、夢に出てくる花婿さんは、こんな人がいいなという願望とか実在の俳優やモデルさんのような現在と過去の切れ端のミックスになるんだろう。本当の意味での未来要素は一つも入っていないんだ。それは単なるビジョンに過ぎなくて、感情が動くことはあっても未来を先取りしてることにはならない。

 夢を見た人は、それが最初からわかってる。どんなに素晴らしい未来の夢を見たところで、実体のない夢は現実を決して上回れないって考えてしまうよね。だから、視てほしいっていう対象にならないってことじゃないかな。


 でもさ。村岡先生のポリシーの話で、一つだけ引っかかったところがある。夢でも現実でも、手持ちの材料から未来を組み立てるっていうプロセス自体は全く同じじゃん。それなのに、夢はまるっきり意味のないゴミで、現実はとんでもなく重要なの? 夢と現実はそもそも違うでしょって言われたら何も言い返せないけど、なんか矛盾してるみたいに感じられたんだ。


「ううーむむむ」


 まあ、いいや。まだ考える時間はたっぷりある。来年受験生になるまでの間に、もう一回現状をしっかりチェックしようっと。学校のことも、夢視のこともね。


 体勢が崩れた時にもしっかり体を支えるためには、骨が大事。それは、ジャスト先生の言った通りだと思う。骨を作るには、まず牛乳だっ! 身長ももっと伸ばしたいし。


「ようしっ! がっつり牛乳飲むぞーっ!」


 冷蔵庫の牛乳をがぶ飲みして意気込んだまではよかったんだけどさ。その意気込みをぽっきりへし折るような依頼が、突然飛び込んできたんだ。


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