第五話 夢の骨格
(1)
「はあはあはあっ! つ、つえー……化けもんだー」
放課後の体育館。わたしは、照明が煌々と灯る体育館の床にだらしなく転がっていた。
練習チェックに来てくれた村岡先生は、せっかくだから試合しましょうかと言って、二対一、つまりわたしたちはダブルス向こうは先生一人って感じで試合を組んでくれた。わあいって喜んだのは最初だけ。まったりだった部活風景が、一瞬で地獄絵図になった。
だって、わたしたちの方が絶対有利なはずなのに、ただの一ポイントも取れないんだもん。二年生のわたしたちをナメきってた一年のうまい子も。オービーのすごい選手が来るって聞いて、引退したのに飛び入りした川瀬先輩も。誰も。誰一人として。村岡先生に汗をかかせることすらできない。高体の地区予選で対戦した相手がどんなに強くても、ここまで圧倒されたことはなかった。二人いるわたしたちの方がコートの端から端までいいように走らされて、へっとへと。一試合終わるごとに、コートの横でマグロってく子がどんどん増えていく。
結局、一セットマッチ七試合やって、わたしたちが取れたポイントはたったの三ポイント。コートの横でぜいぜいあえぎ、げほげほ咳き込んでいるわたしたちを涼しげに見下ろしていた先生が、くすっと笑った。
「なんだなんだ。あなたたちは、私みたいな引退したオバさんよりずっと若いのに。だらしないなあ」
ううう、惨敗とか完敗なんていうレベルじゃない。なけなしのプライドも、これまでまじめに練習してましたっていう言い訳も、何もかもこっぱみじん。がっくりだ。でも、そのあとの先生のコメントの方がもっときつかった。
「ねえ、みんな。私が強いから、こんなに差がついたと思う?」
しょげきっていた部長のナガやんが、素直に認める。
「はい。そう思います」
「違うんだよね」
先生がラケットをかざして、顔の前でくるくるっと回す。
「そうね。テニスとか野球を考えてもらえばわかりやすいかな」
え? わたしだけでなく、みんなが顔を見合わせた。
「200キロ以上の高速サーブを打てる選手がいつも勝ってる? 160キロ以上の豪速球を投げるピッチャーが、いつも勝ってる?」
「いいえ」
「でしょ? 速い球が出せるから強いってわけじゃない。ましてやバドミントンのシャトルは、初速は早くてもすぐにスピードが落ちる。ある意味、我慢比べなの。絶対に歯が立たないなんてことはありえない」
先生の言わんとすることがわかって、心にぐっさり刃が突き刺さった。
「つまりね。あなたたちは最初から負けてる。それは技術の問題じゃない。私が強い選手だから勝てっこない……そういうイメージを作って、勝ち方じゃなくて負け方を考えてしまったの」
く、悔しい。悔しいいっ! そんなつもりなんかこれっぽっちもないって言いたいのに、結果は嘘をつかない。圧倒的な点差は、わたしたちの弱さをこれでもかと目の前に突きつける。
体育館の中に、すすり泣きの声が響き始めた。泣いていたのは川瀬先輩だった。誰よりもまじめに練習してきた川瀬先輩。先輩だけはシングルスで試合したんだけど、結果はやっぱりお団子だった。どうしようもなく悔しかったんだろう。
わたしたちをぐるっと見渡した村岡先生は、笑顔を崩さないままチェックポイントを指摘し始めた。
「いい? バドミントンていうのは、とてもクレバーなスポーツなの。どういう意味か。他の球技に比べて、相手の弱点を徹底的に突くという側面がすごく大きい」
弱点……か。
「あなたたちのアップの様子を見ていれば、試合で勝ちに来る子は誰もいないなってわかっちゃう。それなら、私は負けをイメージしなくてもいい。負ける要素は一つもないわ。相手が戦意喪失するまで、徹底的に弱点を突くだけでいい」
ぐ……。
「この人には絶対に勝てないとイメージさせてしまえば、楽勝よ。相手が勝手に自滅してくれる。だから、最初の試合だけは集中したけど、あとの試合は手を抜いてるの。それがわかった子、いる?」
げっ! 知らなかった。だから汗一つかいてないのか。
「そもそもね。試合しましょうかって言った時から、すでに試合が始まってる。私は、どういう形式でするかっていうところにもう勝ちパターンをはめ込んでるの。その意図を誰も見破れなかったでしょ?」
わたしだけじゃない。部員全員絶句してる。わたしたちを見回した先生が、ブイサインを示す。
「二対一の形式。これね、実力が揃った同士だと、一人の方には勝ち目がない。必ずコート全面を走らされるから、体力が保たないもん。でも……」
先生の指が、わたしたちの間をぐるっと一周した。
「ダブルスの基本ができていないペア相手なら逆。連携が取れていないことは、全部弱点になるからね。ちゃんとカバーしてくれない相棒への苛立ちが、対戦相手に勝とうとする意欲を上回っちゃう。勝手に同士討ちしてくれるから、私はすっごい楽なの」
体育館の中に、はあっと溜息が漏れる。
「ねえ、ダブルスでやった部員さん。試合前に作戦を立てた? 一試合目はまだしょうがないよ。なにも判断材料がないから。でも、二試合目からは私の動きや、作戦、打球のくせ、そういうのがある程度わかるはずだよね?」
返す言葉がない。チームとしてばらっばらなのはその通りだ。
「つまり、自分が弱いなら弱いなりに、二人でその弱さをカバーする作戦を考えないとならない。そのためのダブルスなの。でも、誰もそうできなかったでしょ?」
静まり返った体育館の中に、柔らかい村岡先生の声だけが響き続けた。
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