(6)dreamer side
おっと、忘れないうちに夢乃ちゃんに連絡しておこう。登録したばかりのラインのアドレスにメッセージを流す。
『明日はどう? 私の予定は空いてます。学校の仕事があるから五時半過ぎちゃうけど』
すぐに「わあい」という返事と、うさぎが飛び跳ねてるスタンプが返ってきて。その後に「電話していいですか」というメッセが続いた。
『大丈夫だよ』
即返して電話を待つ。お、来た来た。ワンコールですぐ出る。
「あのー、村岡先生ですか? 斉木ですー」
「今日はありがとね」
「いいえー。お礼はわたしの方が言わなきゃなんない。いきなり面倒なことお願いしてすみません」
「いいのいいの。練習チェックだけでなくて、私も体を動かせそうだし。そういう貴重な機会は逃したくないんだ」
「助かりますー。みんなにライン流したんですけど、すごく喜んでて」
そうだろなあ。指導者がちゃんと見てあげないと、子供たちだけじゃどうしたって無理よ。ぐだぐだになるのは、放置されてることへの無力感もあるんでしょ。
「じゃあ、明日学校にうかがいます」
「お待ちしてますー。あ、それと」
「うん?」
「弟たちが迷惑かけて、すみませんでした」
あらあら。お母さんはがらっぱちな感じだったけど、夢乃ちゃんはしっかりしてる。さすが長女。お姉さんだなあ。
「ふふ。そういう年頃ってこと。まだまだこれからだよ」
「これから、ですか?」
「そ。中学上がったら大変だあ。男の子は、自尊心と自意識だけ先に大きくなるからね。中学の先生は猛獣使いよ」
「ぐええ」
「その点は女の子の方が楽ね。いろんな感情が潜りやすくなるから、そこだけは注意しないとならないけど」
「そっかあ」
「夢乃ちゃんは、中学時代はどうだったの?」
「楽しかったですー。仲のいい子とずっとつるんでたので」
「今でも?」
「はい。親友が同じクラスにいるんです」
いいなあ……。私は部活だけでなくクラスでも浮いてたから、夢乃ちゃんのようには思えなかった。結構友人関係に苦労したんだ。その分、大学以降は人に恵まれてるけど。カレシ系以外はね。そうそう、忘れないうちにあの話をしておこう。
「ねえ、夢乃ちゃん」
「はい」
「お宅で、夢の話をしたでしょ?」
ちょっと間があって、気のない返事が聞こえた。
「……はい」
「夢に出てくるものって、結局夢の中だけで終わるよね」
「そうですね」
「だから、私は夢の中のことをいろいろ考えたことがないの」
「うわ、そうなんだー」
「夢に出てきたものがすごーくいいものであっても二度と見たくないものであっても、それは私にとっての感傷に過ぎないの」
「感傷……かあ」
「そう。だって、それを他の何にも使えないもの」
「……」
「夢に出て来て欲しいものがあったら、現実でそれを作ろうとする方がずっといい。それが私のポリシーなの」
かさかさと何かを書き控えている気配があった。
「そういう考え方があるんですね」
「まあ、人それぞれよ。私はそうしたいなーと思うし、そうしてるってだけ。だから、悪夢を見ることはあっても、悪夢のような現実に出くわすことはないかな。夢は変えられないけど、現実は動かせるからね」
「なるほどー。すっごいポジティブですー」
くっきりした返事が聞こえて、くすっと笑っちゃう。いろんな考えに触れること。夢乃ちゃんくらいの年齢の時には、すごく大事なことだと思う。私の出来損ないポリシーも、その一つとして考えてくれればいい。
「じゃあ、また明日ね。楽しみにしてる」
「ありがとうございましたー。明日、よろしくお願いします」
通話が切れて。微笑が残る。
「夢乃ちゃんはこれからどういう選択をするのかな。すっごく楽しみー」
◇ ◇ ◇
灯りを消してベッドに横になったけど、もくもくといろんなことが思い出されてなかなか寝付けなかった。
「……」
よく見る悪夢。どんなにがんばっても勝てない強大な相手がいて、私はその前で無力感にさいなまされてる。そういう絵面だけを取り出したら、悪夢どころか最悪の恐怖だ。でも、それは夢での出来事に過ぎない。
実力が水準に届かなくて、プロ選手になるのを断念したこと。それが夢を蝕むほどの後悔だったのは間違いない。でも、プロになったところで、一線で活躍できるのはせいぜい数年だ。長い人生を考えた場合、それでいいのかなっていう疑問は最初からあった。本当に、プロ選手だけが自分を活かすカタチなのかなって。それをよくよく考え直してみたら、なんか違ってるって思ったの。
私の場合、自分をきちんと鍛えきれなかったっていう後悔の延長線上に、後からプロ選手っていう目標を置いた。トレーニングする動機に、自らゴールラインを作ってしまったんだ。違うよね。プロになることは、競技者としてのスタートに過ぎない。そこからが本当の勝負。だから、プロになるっていう目標は最初からおかしかったんだ。
私の後悔は、プロになれなかったことじゃない。一流選手には必ず備わっている
さっき電話では言わなかったことを、夢乃ちゃんに向かってこそっとつぶやいた。
「夢乃ちゃん。私は、夢を見て感傷的になりたくないの。感傷は全部夢として置いて行くつもり。だから私の夢視をする意味はないかな。さて、いい加減休まなきゃ。ふわわわわ」
【第四話 夢の感傷 了】
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