(4)
やっちまった……。わたしには、先生の夢視をするつもりなんか全くなかったよ。純粋に、どのくらい硬いたこかを確かめたかっただけ。でも、相手の右の手のひらに指を置くわたしの姿勢は、夢視をする時と全く同じだったんだ。いつもならきっちり集中しないと読み出せないはずの夢が、どうしてかはわかんないけど勝手にどどーっと流れ込んできちゃった。
くっきり視えたビジョン。それは……先生がさっき言ってた悪夢そのものだった。灯りの落ちた薄暗いコート。先生が一人きりで立ち尽くしている。足元には、羽がちぎれてぼろぼろになったシャトルが数限りなく転がっていて。先生は、真っ二つに折れてガットの切れたラケットをぎゅうっと握りしめ、顔を歪めてずっと泣いてる。
「どうして? 私、どうしてこんなに弱いの? こんなんじゃ扉が開くわけない! プロになんかなれるわけないっ!」
誰もいない寒々しいコートに、自分を激しく責め続ける先生の言葉だけが虚しく響き渡る。ラケットをへし折ったのもシャトルを踏みつけてぼろぼろにしたのも、先生自身なんだろう。先生が悔し泣きしてるのは、試合に負けたからじゃない。対戦相手に負ける以前に自分の弱さに負けてしまったから。目標に向かって突き進むことを諦めてしまったからだ。
小学校の先生になったあとも、プロ選手になる目標をどうしても捨てきれない。理性でプロになるのはもう無理と割り切っていても、夢の中の意思や感情までは制御できないんだ。こびりついた後悔が辛い夢に化けて、繰り返し再生されてしまう。先生の中では、もう一人の自分が先生を罵倒し続けているんだろう。なんであっさり諦めたのよ、この根性なしっ! ……って。つ、つらい。
先生の同意なしに夢視しちゃったなんて、口が裂けても言えない。わたしは、しどろもどろになって言いつくろった。
「しー、しししまったー。こんなたこ見ちゃったら、自分の練習不足をもろ実感しちゃうなー」
「そう? 私のなんかまだまだよ。プロレベルの選手だったら、たこが裂けて血が出るようになるの。グリップテープがすぐに血まみれ」
「うげー、ラケットたこできたくらいで喜んでるようじゃ、わたしたち甘々だー」
「あはは。部活はそれでいいでしょ。うまくなるとか試合で勝つとか以外にも、いっぱい学ぶことがあるからね」
「はい!」
先生がわたしの不自然な雄叫びをスルーしてくれて、ほっとした。じゃあ、話の逸らしついでに。
「あのー、先生。一つずうずうしいお願いがあるんですけど」
「お願い? なんだろ?」
「部のオービーとして、わたしたちの練習を一度チェックしてもらえませんか?」
どうかな?
「いいよー。母校にもずっと行ってなかったし。懐かしいなあ」
「わあい! やったあ!」
先生がすぐにオーケーしてくれて、めっちゃ嬉しかった。プロを目指してた人なら、段違いにレベルが高いはず。今でもわたしたち以上にトレーニングしてるみたいだし、きっと模範プレイを見せてくれると思う。ぐだってるナガやんに、闘魂注入してくれるかもしれない。うきうき。
「ありがとうございます! じゃあ、先生の方でこの日は行けるっていう日を教えてください。部長に話して、日程調整します」
「わかった。あとで連絡するね」
ラインのアドレスを交換して。ちょこっとバドの話を続行して。そのあと、心なしか嬉しそうに先生が帰っていった。暗闇をほんのり照らし、雨の中をリズミカルに上下しながら遠ざかる先生の赤い傘。その軽快なリズムが、わたしをほっとさせてくれる。それにしても。
がたがた音がし出したキッチンを見て、思わず顔をしかめちゃう。
「お母さんは、お見送りなしかよ」
そりゃあ、村岡先生はうちに謝りに来たんだけどさ。もともとの原因がうちのツインズなら、申し訳ありませんて謝るのはうちであって先生じゃないはずだよ? お気遣いいただきありがとうございましたって、ちゃんとお見送りしないとさあ。先生をつらっと無視するのは当てつけみたいじゃん。それはまるっきり筋が違うし、わざわざ来てくれた先生に対してものすごーく失礼だと思う。
そういやお母さんて、夢視の依頼者にも同じような態度取るんだよね。あんたのお客さんだからわたしは知らないっていうか。いや、確かにその通りなんだけどさ。でも、うちを訪ねてきた人なら誰でもお客さんでしょ? 無視したり挨拶ぶっちするのは親として人としてどうよ。なんだかなあ……。
わたしの不快感を増幅するみたいに。また一段と雨脚が強くなってきた。
ざあああああっ!
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