第四話 夢の感傷

(1)

「月曜日の朝っぱらから、あーめーかー」


 リビングの窓に強く吹きつける雨が、複雑な縞模様を描きながら流れ落ちて、外の景色を歪ませる。週末は天気が良かったから、溜まってたやりたいことをいっぺんにこなせた。それは良かったんだけど、週明けからこれじゃあ、やる気が削げる。小雨なんかじゃなくて、ざあざあ音立てて降ってるからなあ。


 うっとうしいと思いながら窓際で雨空を見上げていたら、レインコートを持ったお母さんが二階から降りてきた。


「ゆめー、今日はコート着て行きなさい」

「そだねー。傘だけじゃ、向こうに着くまでの間にびしょ濡れだろなあ」

「ちょっと蒸れるかもしれないけど、もう寒いくらいだから大丈夫でしょ」

「うん。あ、そうだ」

「なに?」

「この前来た高島さんて、どの筋でわたしにたどり着いたんだろ?」

「その話は帰ってから。時間だよ。学校に遅れる」


 ちぇ。確かにそうだ。でも、人の話をすぐスルーするお母さんにしては珍しいな。なんとなくもやもやしたまま玄関でレインコートを着て、うんざり気分で降りしきる雨を見上げた。


「行ってきまーす」

「気をつけてね」

「うーい」


 冷たい秋の雨。いや、十一月なら、もう冬の雨に近いのかもしれない。この時期の雨は嫌い。全てをノイズで汚す感じがするから。夢の中まで、ね。


◇ ◇ ◇


「ぶー。まあだ降ってるし」


 闇からひたすら降り注いでくる雨を見上げる。部活が上がったあと、小降りになるのを待とうと思って生徒玄関で粘ったんだけど、無理そうだなー。


「しゃあない。あきらめて帰ろう」


 バスに乗るのはめんどくさいから歩きで通える高校にしたけど、雨の日はバス通の方が楽かもしれないなー。そんなことをぶつくさぼやきながら、降りしきる雨の中、街灯が点いていても薄暗い夜道をとぼとぼ歩く。


 部活が終わって帰る頃には、外が真っ暗になってる。日が短くなったなあって、実感する。今日みたいな雨の日は特にだ。毎日なにげなく過ごしている一日が、長さは変わらないはずなのにどんどん寸詰まりになっていく感覚。日の短さに急かされないで、もっとじっくり一日に向き合いたいなと思うけど、逆。余裕だけが削り取られて、いつの間にか足元が危うくなってる。

 昼の長さはいきなり変わるわけじゃない。少しずつ変わっていく。変わるのは、それだけじゃないよね。わたしも、わたしの周りも、少しずつ変わっていく。そんな風に、いろんなものが変わってしまうのはしょうがない。だって、ほとんどのものは時間に引きずられて動くから。


 夢が一番わかりやすいかもしれない。見ている間はこれでもかと鮮明なのに、目が覚めた途端に秒単位で壊れていく。あっという間に思い出せなくなっていく。それは、元に戻せない変化だ。

 わたしの夢視は、記憶を押し流そうとする時間にちょっとだけ抵抗すること。夢の全てを再現することは決してできない。それに、わたしが夢の記憶を外に取り出せても、夢を見た人がその記憶に意味を置かなくなったらやっぱり失われるんだよね。変化っていうのは、そんなものだと思う。


 でも。全てが変化するのはわかっていても。変わってほしくないなあと思うことがある。部活がそう。川瀬部長が引退してから、雰囲気ががらっと変わっちゃったんだ。


 まじめな川瀬部長からのんびり屋のナガやんに代わった途端、練習が極端にダレた。川瀬部長は恐ろしいくらいまじめだったし、自分から率先してきついトレーニングに取り組む人だった。わたしたちは、そのくそまじめな姿勢がなんだかなあと思いながらも、結局引っ張られていったんだ。だから練習にはちゃんとめりはりがついてたし、弱小って言っても県体地区予選の一回戦は勝てた。

 でも。ナガやんはダメ。部長なのに一年生になめられてるし、ナガやん自体も練習姿勢がぐだぐだ。全然部員をコントロールできてない。あれじゃあ……部活の意味がないと思う。わたしだって、決してくそまじめではないけどさ。でも、費やす時間が全部無駄になっちゃうような練習はしたくない。おしゃべりクラブじゃないからね。


「はあ……」


 こういう時、顧問の先生がお飾りっていうのはどうしようもないね。顧問代えてって言えるわけないし、代わりの先生が須藤先生よりましっていう保証もないし。バドは楽しいけど、先生には恵まれてないよなあ。


 がっつり落ち込んだ状態で、家に帰り着いた。


「たでーまー」

「おかえりー。玄関びしょびしょになるから、外でコート脱いでね」

「へえい」


 うちの家はひさしが浅いから、ぐずぐずしてるとどんどん雨に当たって、結局ずぶ濡れになる。乱暴にコートを脱いで、ぱんぱんっと雨粒を落とし、三つ折りにした。それをむんずと掴んで家の中に飛び込む。待ち構えてたお母さんが、ひったくるようにしてコートをビニール袋に突っ込み、ベランダに持って行った。


「ぐえー、それでもびしょびしょかあ」

「制服脱いだら、エアコンの前に吊るしときなさい。除湿でゆるく入れてあるから」

「わかったー」


 二階に上がって、濡れた服を着替える。雨の染みが点々とついちゃった制服を脱いでハンガーにかけ、厚手のトレーナーとジーンズにチェンジ。んで、姿見に自分を写してがっかりする。


「ちびまるこ、だよなあ……」


 いや、顔とかは持って生まれたものだからしょうがないけどさ。せめて、もうちょい背丈が欲しい。背伸び気味で150ジャストだからなー。160なんて贅沢は言わないから、せめて150の後半。

 高校でスポーツやったら少しは背が伸びるかなあと思ったけど、中学から着続けてる服がなかなか小さくならない。帰宅部の咲の方が背ぇ伸びてるっていうのはどうよ。どうにも納得行かん。これでお腹が出てボトムス系だけアウトになったら、まるっきりしゃれになんない。


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