(5)dreamer side

「ああ、やっぱり奇跡ってのはあるもんだな」


 私は、これまで一度も足を踏み入れたことがなかった盛岡の郊外に立っている。雄大な岩手山を見上げて、丁寧に描かれたスケッチと見比べた。


「間違いない。ここだったのか」


 斉木さんのところでいろいろ話をしているうちに、私が夢にひどく固執しすぎていたことに気づいた。夢に全ての真実が隠されているんだと。だが、夢の中にあるのは真実の一部に過ぎない。それよりも、それらがなぜ夢に織り込まれたのか、背景をしっかり見なければならなかったんだ。

 景色としての背景は、自力で埋められたかもしれない。でもそれだけじゃあまだ足りなかった。なぜ、妙なタイミングで同じ夢を見始めたのか。登場人物の中に会ったこともないはずの兄が出てくるのか。なぜ繰り返し宝物を埋めるというシーンが出てくるのか。そういう心の背景が、ざっくり欠けていたんだ。


 私とは全く別の視点で、斉木さんが重要なヒントをいくつもくれた。


『三、四歳くらいじゃ、夢にこびり付くような記憶はなかなか残らない』

『夢の中の子供たちは顔立ちがよく似ていた。夢で作られた兄弟ではなく、実際の兄弟だと思う』

『お兄さんが手にしていた宝物は、家族写真だった』


 でも、斉木さんがくれたのはヒントだけで、それ以上はわからないと言った。


「わたしが高島さんの記憶を作ってしまうと、高島さんの真実を捻じ曲げることになります。謎解きは高島さん自身で行ってください。申し訳ありません」


 いや、謝るのは私の方だよ。こんなじじいのわがままを、嫌な顔一つせず真剣に叶えてくれた。どんなに感謝してもし足りない。


 自宅に帰って、これまでの自分の生い立ちを遡れるところまでもう一度さらってみたんだ。そうしたら、大きな考え違いに気がついた。私が戦友だと思っていた、孤児院で仲の良かった兄貴。あれは……他人じゃない。実の兄だったんじゃないかと。

 はっきりした記憶が孤児院からしかない私に、故郷の話を延々とし続けた兄貴。私はそれを、兄貴の故郷の話だと思って聞き流していたんだ。でも兄貴がしつこく同じ話を繰り返すから、その筋がくっきり記憶に刷り込まれた。兄貴は、私が実の弟だと気づいていたんだろうか? それはわからない。でも兄貴は私を実の弟だと信じて、故郷のことを繰り返し吹き込んでいたんだろう。


 道が分かれ、高島の家に入って、私は他家の跡継ぎとして仕事に精を出すことになった。養親には本当に感謝している。まるで実の子供のようにかわいがってくれたから。

 だが私は知っている。勘当したと言いながら、両親が出奔した息子の安否を最後まで案じていたことを。勘当息子のことに触れられるのを嫌がったのは、代替品として私を見ている心象を覚られたくなかったからだろう。それでも。気付いてしまうんだよ。微妙な愛情のずれには。

 縁談がちっともはかどらず、養親にはずいぶん心配をかけた。でも私は、所帯を持てばできる実の親子関係が、養親との作り物の親子関係をないがしろにするのが怖かったんだ。どうしても腰が引けて前に出られなかった。結局ずっと独身を通しちまった。


 私は、養親の最期を看取ったあと高島の家を出ることにした。家督は養親の親族に譲り、全ての代表権を返上してただのじじいに戻った。背負っていた家の重荷を全部返したんだ。その重荷がなくなると同時に、あの夢を見始めるようになった。いや……違うな。夢は前から見ていたんだ。それを無視しなくなった。同じ夢にはきっと意味があるんだろうと思えるようになったんだ。

 だが、どんなに夢の記録を集めても、夢の中身がわからない。その夢がどこから来ているのか、なぜその夢を頻繁に見るのか、ちっともわからなかった。鮮明で再現性のある夢なのに、中身は全てばらばらの破片。その破片が……斉木さんの夢視で見事につながった。背景が補完されて、一枚の絵になった。


「ようし」


 持っていたカバンを下ろし、夢ノートを開く。情景はびっしり書き込んであったのに、どうしても埋まらなかった背景。そこに岩手山がぴったりはまる。そうすると、私が不可解だと思っていた事柄に全て合理的な理由があることがわかってくる。心象の背景も、ちゃんと埋まるんだ。


 斉木さんが最後に泣きながらスケッチしていた家族写真。そこに写っていた子供は、間違いなく私と兄貴だと言う。兄貴が、それをなぜ宝物として埋めたのか。そうしないと、家族としてつながっていた記録が全て失われるからだ。つまり、その時点で両親が亡くなっていたことがわかる。兄貴と私は別々の親族に引き取られることになったんだろう。それも盛岡ではなく、東京の親族に。


 戦中戦後の混乱期だ。戦災で焼け出されたのか、厄介者扱いされて飛び出たのか、それは定かではないが、兄貴も私もいつの間にかあの孤児院に吹き寄せられていた。両親を失った時にまだ幼かった私には、親の記憶がない。孤児院で、兄貴とワルざんまいしでかしていた時の記憶しかないんだ。

 そして。兄弟だという事実があろうがなかろうが、私たちはそれぞれに生き延びなければならなかった。兄貴には、私を抱え込む余裕はなかったんだろう。兄貴として残せるのは、私にはほとんど残っていない故郷の記憶。そして、一緒に遊んだ時の懐かしい光景。それだけだった。私は……その時の兄貴の心境が手に取るようにわかる。


『おまえも俺も両親に愛されていた。それに、故郷は大好きだった。頼むから、その事実だけは忘れないでくれ。忘れそうになったら埋めた宝物を掘り返せ。そうすれば、絶対に思い出せるから』


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