(6)dreamer side
「あ、そうか」
普段部員同士で無邪気にじゃれあう斉木さんと、夢視の時に声をかけられないくらい真剣になる斉木さん。そのイメージが一致しないと思ったのは、わたしが壊れてるから。斉木さん自身は、態度を変えてるつもりなんか一切ないんだろう。一貫してるんだ。
一貫してるから、部長で上級生のわたしにもずばっと文句を言った。トシも、斉木さんは主張がはっきりしててわかりやすいって、そう言ってた。だからって、彼女がわがままで鼻持ちならないとは感じない。指導には素直に従うし、だらけたところもない。さっき保健室に来たのだって、昨日さぼったことを謝りに来たんだろう。感情の動きがすごく自然で、無理がないんだ。
筋を曲げない頑固なところと、人と上手に付き合える柔軟さ。全然違うものが同居してるように見えるけど、彼女の中ではそれを区別して使い分けてるっていう意識はないんだろう。紙に表裏があるように、どっちも彼女で、でも見る角度によって印象が違う。そういうことなのかな……と思う。
わたしはいつも人の目を気にしてる。誤解されたくない。反感を向けられたくない。そういう恐れが、無駄にがんばる自分を作ってしまった。
トシがぐいっと舵を切ったように。わたしも、そろそろこんなひ弱な自分とはおさらばしたい。がんばるわたしに見られたいじゃなく、これがわたしよって胸を張ってがんばる姿を見せたい。
「えいっ!」
掛け声をかけて、思い切って上体を起こす。まだふらふらする感覚は残ってる。でも、それはわたしがひ弱だからだ。身体じゃなく心がひ弱だからだ。トレーニングするなら、まずそこから。一からやり直さないとね。
枕元に置いてあったスマホがぶるって、慌てて取り上げる。あ、トシだ。
「おーい、ミナ。大丈夫かあ? 図書室追ん出されて帰ろうとしたら、ミナが宇野先生に抱えられてたから」
心配そうなトシの声が流れてきて、思わず涙腺が緩んだ。
「うぐ。だい……じょうぶ」
「泣いてんのか」
「うん。ちょっと……ね。精神的にしんどくて」
ちょっとだけ沈黙があって、トシから探りが入った。
「斉木さんには?」
やっぱりか。わたしの思い詰めてた様子が気になったんだろう。
「夢、視てもらったの。保健室にいる時に」
「昨日見たやつ?」
「いや、保健室で横になってる時に見た夢」
「そうか……」
トシにも謝っておかないとならない。
「ごめんね、無理言って。斉木さんを……すごく怒らせちゃった」
「あっちゃあ」
頭を抱えてるんだろう。トシの声がみるみるしぼんでいった。
「夢視のことを絶対に人に漏らさないでっていう約束。トシにその約束を破らせちゃった。ごめんね。ごめん……ね」
どうしても涙声になる。
「はあっ」
弱々しい吐息が聞こえて。それから、思いがけない返事が返ってきた。
「そもそもミナにばらした僕が悪い。斉木さんに土下座して謝るよ。それで許してもらえるかどうかわからないけど」
「うん……でも」
「なに?」
「わたしは夢視してもらって、本当によかった。これで」
「うん」
「部を……部長を、やっとやめられる」
「……いいの?」
「てか、まだ部長に残ってる三年は、わたしだけなの」
「ああ、そっか」
「うん。いやいや部長をやってたなら、わたしだって引退したけど。わたしは弱いから、部長に無理やりしがみついてたの」
「しがみつく、か。うん。わかる」
トシにすんなり理解されてしまうこと。それは、わたしたちの弱さが共振している表れ。もっと……もっと強いところ、明るいところ、楽しいところを共振させないと。わたしたちは、きっと足を引っ張りあって一緒に沈没しちゃう。そんなの絶対にいや! そろそろ覚悟しよう。
「ねえ、トシ」
「うん?」
「トシはバンドを抜けて、わたしは部長をやめる。潮時だよね」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
「僕が……いやになったの?」
「ちゃうちゃう! そうじゃないってば!」
慌てて否定する。
「そうじゃなくて。付き合い隠す意味がないでしょってこと」
「あはっ! そっちかあ。びっくりしたあ。そうだよな」
ちゃめっけたっぷりのトシの声。そのボリュームが上がった。
「おまえら、受験前だってのに何浮かれてんだって言われそう」
「いいじゃん。堂々とすれば」
「ミナは、なんか吹っ切れたみたいだな」
「だってえ、トシだけエンジン全開で、わたしがどつぼって置いてかれたら悔しいもん!」
「んだな。まあ、本番まで残り少ないけど、ごちゃごちゃ言い訳しないでがんばろう」
「うん! 電話、ありがとね」
「またな。調子悪いんなら、無理すんなよ」
「ありがとー」
通話を終えて、スマホをぎゅっと抱きしめる。
がんばるっていう言葉の響きが、こんなにポジティブに聞こえたことは今までずっとなかった。そうだよね。これからは、本当に自分のためにがんばれる。まじめにまじめにがんばれる。そうしたいなって、心の底から思える。
ベッドの上ででっかいガッツポーズをかましたわたしは、次にどんな夢を見られるか、すごく楽しみになってきた。それはどうしても覚えていたい。斉木さんには頼りたくない。
「ああっ!」
その瞬間、斉木さんの警告の真意がわかって青くなった。保健室で斉木さんが言った、ひどい目にあうってこと。わたしはそれを、興味本位で騒がれることだと思ってたんだ。違う。そんな表面的なことなんかじゃない! とんでもなく深刻で、どうしようもなく恐ろしいこと。ぞっと……する。
『わたしは、夢視で他人の汚い夢ばかりずーっと見せつけられるの。それがキャパを超えて大量に流れ込んできたら。あなただったら耐えられる?』
【第二話 夢の横顔 了】
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