(5)dreamer side

「はあ……」


 ふらふらで、二階の自分の部屋にたどりつくのも一苦労だった。ベッドに転がって、大きな溜息ばかりついてる。

 情けない。スポーツ系部活の部長が、よりにもよって貧血なんかでぶっ倒れるなんて。ただ……自分でもやばいかなあとは思ってた。ここんとこ食欲がなくて、あんまり食べられなかった上に睡眠不足も続いてた。部活と勉強を両立させなきゃってがんばり過ぎて、オーバーペースになってたんだろう。


 それでも……止まらなかったんだよね。


「あ、そうだ」


 斉木さんからもらったメモをバッグから出して、何度も何度も読み返す。


「すごいな……」


 斉木さんが引っ張り出してくれた夢の中身が、じゃない。それはわたしが薄々気付いていたことだから、確かめただけ。わたしが驚いたのは、斉木さんのプロ意識だ。

 わたしは「夢を引っ張り出してほしい」って言っただけで、その中の何が欲しいかを伝えていなかったんだ。でも、斉木さんはそれをきちんと探り当てた。あの限られたわずかな時間で、わたしが欲しかった夢の中身をピンポイントに引っ張り出してくれた。


 トシは斉木さんを知らなかったから、夢視に向き合う斉木さんしか見ていない。夢視の時は触れると切れそうなほど真剣で、恐ろしいくらい集中してたって言ってた。わたしの時と同じだ。そして、夢視の時の姿が斉木さんの本質だと思ったんだろう。

 でもわたしの印象は違う。保健室での怖い斉木さんの姿は、部活で他の部員と楽しそうにじゃれあっている普段の斉木さんの姿とまるっきり一致しない。


 どっちが本当の彼女? ううん、どっちも間違いなく斉木さんなんだ。そこが、わたしとはまるっきり違う。


「……」


 もう一度、メモを凝視する。


 後輩たちに、部長はまじめですねーってよく言われる。だって他の部は秋季大会終了と同時に一斉に部長が二年生に交代してるのに、うちだけ三年のわたしが部長だ。そもそも三年の部員は、もうわたし以外引退してる。副部長の永井さんに部長を譲って、引退して受験に専念する……それがスジなんだろう。

 でも、わたしはまじめだから部長を続けてるわけじゃない。まじめだから、須藤先生のむちゃくちゃなトレーニングプランを実行しようとしたわけじゃない。部長ってところにしがみついてないと、わたしの拠り所がどこにもなくなるから、だ。


 うまく自己主張できなくて、人とぶつかるのを怖がる。自分がないわけじゃないの。ちゃんと言いたいことやりたいことはあるけど、その意思が人と衝突するのがすっごく怖い。でも、ぶつかることから逃げ回っていたら孤立しちゃう。

 それなら、自分を少しだけ高いところに置けばいいのかなって。わたしのまじめさは、そこから来てる。人よりもまじめに、人よりも熱心に、人よりもがんばって。それで自分を人より少し高いところに置ければ、きっとぶつからずに済む。そう思っちゃったんだ。


 他の部員が帰ったあともトレーニングしてるわたしを見て、トシががんばり屋だと思ってくれたこと。声をかけてくれたこと。わたしたちの付き合いは、そこから始まった。今思うと、きっとトシもわたしも同じだったんだろう。先頭には立てないけど、まじめにがんばる。それで、自分の居場所を確保してきたんだ。でも……。

 がんばる目的が、違ってたね。がんばって何かできるようにするっていう目標が欠けてて、がんばること自体が目的になってしまった。わたしは、意思を人にぶつけられない弱さをがんばることで薄めようとしたんだ。だから、どんなにがんばっても達成感がない。少しでも上に行こうとしてひたすら走り続けるだけで、その先には……永遠にゴールがない。

 そして、わたしがまじめにがんばるほど、賞賛の声とは裏腹にみんなとの距離が開くんだ。だって、みんなが見ているのはわたし自身じゃなくて、わたしのまじめさやがんばりなんだもん。誰もわたし自身を見てくれない。きっと、トシもそうだったんじゃないかなと思う。


 だから、同じ底なし沼からトシがすぽんと抜け出したのは、目の前が真っ暗になるくらいのショックだった。それまで同じところを堂々巡りしてうだうだ悩んでたのに、スイッチがぱちっと切り替わったみたいに爆進し始めた。トシって、そんなすごいエネルギー持ってたのかって。驚くよりも悔しくて、置いていかれて悲しくて。悲しくて悲しくて……どうにもやりきれなかった。


「……うん」


 でも、それは逃げだ。わたしは、同士だと思っていたトシに逃げ込んでたんだ。そこにトシっていうシェルターがある限り、がんばれるって。でも、トシはわたしじゃない。僕は君のシェルターなんかじゃないって宣言されたら、わたしの居場所はどこにもなくなる。


 あの時見た夢は、わたしの恐れの表れだ。誰もわたしを直視してくれないから、横顔ばかり。わたしが見えないから、かける言葉がない。わたし一人で動き回ってるから、みんなはわたしのために動く必要がない。だから止まってる。そして……わたしだけが一人でみっともなくあがいてる。ちゃんとわたしを見てよ。わたしに話しかけてよ。わたしと一緒に動いてよって、叫び続けてる。

 わたし以外の人の中に、トシが入っていたということ。それが、どうしようもなく悲しかった。悲しかったんだ。だから感情が溢れてどうしようもなくなった。


 目尻から涙が次々に流れ落ちる。こんな風に泣いたのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。それ自体がおかしかったのかもしれない。ずっと前から。


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