(2)
「うーむ」
てっきり昨日のことを全力で突っ込まれると思ってたのに、咲は朝からずっと上の空だ。こりゃ予想外。それも嬉しいことがあるからっていうより、どでかいショックを受けて呆然という感じだ。何かあったのかな。
二時間目が終わったところで、すぐ問いつめた。
「ちょっと、咲! あんた、なんかあったの?」
「ブレイバリーが……解散しちゃった」
昨日と同じボケをもう一回かまそうとして、ぎりぎり自制した。んで、篠田先輩が夢視のあとですごく喜んでいたわけが……なんとなく見えてきた。そういうことだったのか。思わず苦笑しちゃった。わたしは、夢視のあとのことには関われないし、関わりたくない。でも、こんな風に依頼者の背景がわかっちゃうことは珍しくないんだよね。それが夢視のしんどいところなんだ。
おっと。咲にこのままずっとどつぼられるのは困る。一応フォローしておこう。
「学バンじゃん。受験控えた三年なんだし、メンバーの進路までみんな同じってことはないんでしょ。休止とか解散とかは当然なんじゃね?」
「ええー?」
不満そうに、咲がぷうっと膨れた。
「学バンて言っても、六年続いてる完全無欠のフォーピースだよ? そんな、学祭目当ての即席バンドと一緒にせんといて」
「でも、プロじゃなくてアマじゃん」
「そだけどさー。ううー」
納得行かないんだろなあ。心酔してたバンドの解散は、小学校からずっとつるんでるわたしと咲が割れるみたいなものなんだろう。そう考えれば、咲のショックはよくわかるけど。
やれやれと思いながら、ぷんぷくりんにむくれている咲の横顔を見る。咲はいつも顔を突っ込むようにして話すから、わたしはいつも正面からの顔しか見てないんだ。こんな風に横顔を見るってことは……あんまないんだよね。
◇ ◇ ◇
「えええーっ!? 部長が倒れたーっ?」
「うん。今保健室で休んでる」
校庭に集まった部員全員、思わず絶句。副部長のナガやんが、おろおろしながら報告を続ける。
「なんか……最初から調子悪そうだったから、部長、今日は無理しないで休んだ方がいいですよって言ったんだけど、大丈夫だからって更衣室から出てすぐ」
ばったり、かあ。昨日も風邪であっこが休んでたっていうし。部長も調子悪かったんちゃうかな。事情があったとはいえ、ずる休みした自分がものすごく悪者に思えてきた。部長、すんまそん……。
「今日は、ってか今日も須藤先生は来ないので、これで解散にします」
しょげしょげのナガやんが部活の切り上げを宣言して、なんとなく淀んだ感じで部員が散った。ほとんどの部員はそのまま帰るんだろうけど、わたしは昨日のこともあるからすぐには帰りにくかった。昨日サボったことを、部長に謝っておこう。
更衣室でジャージから制服に着替えて、すぐ保健室に向かう。五時前だから、養護の宇野先生はまだいるはず。
「失礼しまーす……って、あれ?」
細く扉を開けて首を突っ込んだんだけど、先生がいない。あ、職員会議か。この時間だと、気分悪い系の子は来ないもんな。
「……っす。ぐすっ。うっ」
「え?」
泣き声が聞こえて、思わず顔をそらしちゃった。おっかなびっくり保健室に入って、様子をうかがう。休憩用のベッドの上に、ジャージを着たままの部長が横になってて。悲しそうにすすり泣いてた。うっ……胸が……詰まる。
「ぶちょおー……大丈夫ですかあ?」
わたしの声にびくっと体を震わせた部長が、ゆっくり顔を回してわたしを見た。目は真っ赤。ぎごちなく笑って、ばつが悪そうに拳で目を擦った。
「斉木さん、ごめん……ね。今、すっごい悲しい夢見ちゃって」
「うわ、部長を泣かすって、どんな夢なんですか?」
「あ……」
わたしがかけた声で意識が現実に戻った途端に、ついさっきまで鮮明だった夢の記憶がほとんど消し飛んでしまったんだろう。部長は、悔しそうに顔をしかめた。
「覚えてない……」
「悲しい夢だったら、忘れちゃった方がいいのかもしれませんねー」
「うん」
うんと言ったけど、部長はちっとも納得していないんだろう。ブレイバリーの解散に納得しなかった咲と同じ表情で、わたしに横顔を向けた。また横顔、かあ。今日は妙に横顔ばかり見てる気がする。朝、お母さんとやり合った時も、お母さんそっぽ向いてたし。それも横顔。うーん……。
わたしが急に黙り込んでしまったのを見て、今度は部長の方が慌てたみたいだ。
「何か?」
「いや。なんか今日は、みんなの横顔ばっか見てるなあと思ったので」
「……」
それを聞いてふっと考え込んだ部長が、首を回してわたしをまっすぐ見上げた。
「あの、斉木さん」
「はい?」
「お願いがあるの」
「なんすか?」
「夢を。さっき見ていた夢を、引っ張り出したい。夢視してほしい」
ぐ……心臓が止まるかと思った。ちょ、ちょっと!
「ど、どどど、どーこでそれをーっ!」
「篠田くんから聞いた」
あんの野郎おおおおおっ! 昨日、わたしの夢視の話を学校関係者にするなって、あれっほど口止めしたのに! ぺろっと裏切りやがって! おのれえ、ただじゃ済まさん!
いきなり百パーセント戦闘モードになったわたしを見て、これはまずいと思ったらしい。部長が無理に上体を起こして、次の瞬間よろけてベッドの上に倒れた。さすがに、沸騰した血も少しだけ冷める。
「部長、まだ寝てないとだめですって」
「う……ん」
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