第二話 夢の横顔

(1)

「ちょっと、いい加減にしてっ!」


 斉木家の朝は、わたしがお母さんにぶちかます文句から始まる。それが恒例行事化してること自体、どうしようもなく腹立たしい。


「ねえ、お母さん。何度も言うけどさ。わたしの夢視は仕事でも商売でもないの。純粋なボランティアなの。最優先は学校生活なんだから、わたしのいないとこで余計なことをべらべらしゃべらないでよっ!」

「ええー?」


 あー、もー、ばりむかつくったら! だいたいさあ、ムスメにこんな奇妙な能力があるって知ったら、親は普通隠すよね。それを嬉しそうに誰にでも言いふらすってのはどうよ。信じられない! 特に、情報拡散速度がばかっ早い学校関係者には、絶対そっち系を知られたくなかったのに!

 いつもはぶつくさ言うだけで済ませるわたしが顔を真っ赤にして怒っているのを見て、さすがにまずいと思ったんだろう。いつもは平然と文句を聞き流すお母さんが、横を向いてぷっと頬を膨らませた。


「だあってえ」

「だってもあさってもしあさってもやのあさってもないっ! 今度余計なことしたら、うちの母も夢視できるから依頼はそっちにどうぞーって言っちゃうからねっ!」


 ざあああっ! 滝の水が流れ落ちるような音がして、お母さんの顔から血の気が引いた。


「ちょっと、私にそんなのできるわけないじゃないっ!」

「ほほー。自分のできないことを、子供には押し付けるんだー。そのまんまパワハラじゃんか。さいってー」


 ぐっと詰まったお母さんが、渋々自制を約束する。


「わかったわよ。黙ってりゃいいんでしょ」

「けっ! お母さんの約束なんか、一日すら守られたことないじゃん」


 そ。それはわかってる。わかってるけど、これでもかと釘を刺しておかないと、わたしがどんどん息苦しくなる。まったく、勘弁してほしいわ。


「もういいっ! 行ってきます。タク、ノボ、あんた方もいい加減にしないと遅刻だよっ!」


 これまた朝っぱらから恒例行事のケンカをぶちかまし、それがつかみ合いから取っ組み合いモードに移行しそうだった弟たちを、全力でどやす。


「げえっ! やべえっ!」

「急げえっ!」


 揃って時計を見上げた弟たちが、でっかい悲鳴をあげた。家の中のものを蹴散らしながら、ついでに親切な姉のわたしまで突き飛ばす勢いで、二人が家を飛び出していった。

 やれやれ。小六にもなっていまだに毎日くだらないことでケンカできるってのは、双子ならではの才能かもしれない。悪いところだけ無駄にシンクロしてるような気がするけどね。ガキそのものの弟たちが来年中学生になっちゃうなんて、どうしても想像できない。でも、わたしもいつの間にか高校生になっちゃったし、しかもいつの間にか折り返し過ぎちゃったからなあ。おっと、わたしも急がなきゃ。


「いってきまーす!」

「はいはい」


 スクールシューズをつっかけて、だあっと家を飛び出す。お願いだから、今日は平穏無事に過ごせますように。そう祈りながら。


◇ ◇ ◇


 篠田先輩の夢視には成功したし、先輩にも満足してもらえたみたいだから、それはいいんだ。完結。問題は、咲の突っ込みをどうかわすかだよなー。昨日のわたしと先輩とのやりとりは絶対にスルーしないはず。ブレイバリー絡みだし、何があったのって探りは必ず入るよね。うー……めんどくさ。

 生徒玄関で靴を履き替えながらうなってたら、咲でない女子の声が背中でぽんと跳ねた。


「ゆめー、おはよー。どしたん? 朝っぱらからしけた顔して。まだ調子悪いん?」


 ああ、バド部の未沙か。昨日の部活サボ、探り入れとこ。


「ねーねー、未沙ぁ。昨日わたしが休んだの、部長何か言ってた?」

「いやー、ゆめ以外にもあっこが休んだから、風邪かなあって。あんたはもう大丈夫なの?」

「お腹だからね。正露丸ぼりぼり食べて直した」

「ぎゃははっ! なんじゃそりゃ」

「今日は練習出るからー」

「わかつたー。今日は体育館が使えないから、サーキットだってさ」

「げー。陸トレかあ。もう一日腹痛になってればよかった」


 ぺん。すかさず頭を叩かれた。


「あんたねー。部長まじめなんだから、困らさんといて」

「へえい」


 そうなんだよね。バド部の川瀬部長はクソまじめ。顧問の須藤先生の立てたトレーニングプランを、馬鹿正直に全部こなそうとするんだ。でも、須藤先生ってば、顧問のくせしてバドのことを何も知らない。覚える気もやる気もないの。んで、どっかの社会人チームのトレーニングスケジュールをコピーして持ってきて、おまえらこれやっとけって、ぽい。

 高校生の弱小チームが、そんなハードなやつをこなせるわけないじゃん。当然、わたしも含めて部員は適当にそれを間引いてる。そうしないと体が保たないもー。須藤先生は顧問のくせにほとんど練習見にこないから、なーんも支障なし。なのに部長だけは、それを無茶なトレーニングプランだって考えないみたい。だから、みんなで必死に止めてるんだよね。部長、それするのはなんぼなんでも無理ですよーって。それくらい、部長はまじめ。そのまじめな部長を困らせるなと言われたら、わたしゃなにも反論できません。その通りでございます。おっと。


「予鈴鳴っちゃう。急がなきゃ」

「じゃあ、放課後、グラウンドねー」

「へえい」


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