(6)dreamer side
「
「いや、今日は別件」
「いい加減にしなさいよ。もう三年も残り少ないんだからね」
「わあってるって」
母さんの言葉には強い棘が含まれてる。みんなが受験に向かって必死に追い込んでいる時期に、いつまでものんきにバンドで遊んでていいのかいっていう。遊んでるつもりはないさ。僕は僕なりに、ビジョンは持ってたよ。それが普通の人とはちょっと違ってたっていうだけで。ただ……。
「ご飯食べたら、模試に向けて部屋にこもる。次の模試の結果を見て志望校決定になるから」
「え?」
これまで勉強の『べ』の字も口に出したことがない僕が突然追い込み宣言したのを聞いて、母さんは口をあんぐり開けて驚いていた。確かに始動が遅すぎたかもしれない。でも、何もしないで後悔だけ残すのはいやだ。
「バンドは、昨日の練習で終わりにしたから」
◇ ◇ ◇
部屋でギターケースを開けてスコアを出し、机の上にずらっと並べる。サクたちとずっとフォーピースのバンドをやってきて、とても充実してたし楽しかった。僕の青春は、間違いなくサクたちとの六年間とともにあった。でも、これからもずっとそうするのって聞かれた時に、うんとは言えなかったんだ。
いつからだろう。ボーカルのサクが僕らを振り回すようになったのは。才能があることはわかる。性格もぴっかり明るいし、MCもうまい。作詞も作曲も非凡だと思う。女の子にもめっちゃモテる。サクは、バンドに必要な何もかもを一人で全部持ってるんだ。それを羨むことはないよ。だってそれがサクだから。でも。サクは僕らを
メンバーそれぞれ、これから自分自身の進路をどうするか考えてる。悩んでる。サクは、それをつらっと無視するようになったんだ。だって、もうサクは音楽一本で行くと決めているから。ダイガク行くなんて時間の無駄だよな。それよか、がりがり音を詰めてこうぜ。そういうサクのブレーキの壊れた全開感が、残りのメンバーをじわじわ蝕むようになっていった。引きずられたっていうか。
僕だけじゃないと思う。ベースのタケもドラムのモリも、本当にこのまま突っ走っていいんだろうかという不安をいつも抱えてて、でもサクのペースからどうしても逃れられなかったんだ。
サクが大手音楽プロに送ったデモ音源が認められて、生演奏を聞かせてくれと言われたのは先週のこと。サクは、応募したことを僕たちに何も言ってなかった。サクはいいさ。度胸満点で、いつものようにぶちかますだろう。でも、僕らはそうは行かないよ。僕らがとちったら、サクの足を引っ張る。そんな猛烈なプレッシャーと戦いながら、演奏しないとなんない。
ああ……いつからだろう。楽しかったはずのバンドが苦痛に変わったのは。四つの音を束ねて新しい音を作るはずが、窮屈に縛り上げられて悲鳴を上げるようになったのは。不満や鬱憤が幾重にも積み重なって、でも出口がない。そんな……そんな毎日が続いていて。現実より先に、夢で爆発したんだろう。
なぜあの音が深く刻み込まれたのか。斉木さんには言わなかったけど、今ならよくわかる。
ギターは和音楽器だ。旋律を奏でることもできるけど、和音の響きで曲を彩る。でも、金管は違う。ブラスはどの楽器も単音楽器なんだ。和音は出せない。
僕は、バンドのパーツにされてしまったことを恨む前に、まず自分が出せる音……主張が何かをきっちり決めなければならなかったんだ。だから僕は、僕自身に強い強い警告を出したんだろう。単音楽器としてどんな音が出せるのか、おまえは知ってるのか? 自分をちゃんとわかってるのかって。
わからないね。本当にわからない。だから、わからないうちはサクから離れないと、僕はもう保たない。パーツの位置から二度と出られなくなるだろう。それが音楽のことだけならいいさ。でも、このまま大人になって、サクみたいなやつと一緒になったら。僕は、間違いなくパーツとしてただ使い潰されるようになる。
斉木さんに差し出した時みたいに右手を開いて、それをじっと見つめる。僕っていう管楽器は、ちゃんと吹き鳴らしてくれって夢の中で僕を挑発した。でも、そいつが夢から出られないままなら、何の意味もない。
僕という楽器の音……個性と魅力が何なのかっていうのは僕自身にしかわからないし、それがわかってからじゃないと楽器を使いこなせない。一つの楽器として、どんな音が出せるか。そして、出したいか。それをこれから真剣に考えたい。そのためには……。
机の上のスコアをざらっと重ね、力一杯ねじってゴミ箱に放り込む。
すまんな、サク。おまえのことを嫌いになったわけじゃない。でも、今の僕の体たらくなら、きっとサクのことを嫌いになってしまう。わがままで、一方的で、人の気持ちがちっともわからないジャイアン。そう思ってしまうんだ。
違う。サクが悪いんじゃない。まともに自分の音を出せない僕が「足りない」んだよ。きっとサクも、僕の物足りなさにいらいらしだすと思う。だから「今は」サヨナラ。別の道を行こう。
もし、トモダチっていう枠を取っ払っても僕っていう楽器の音がいかすじゃんと思えたなら。その時に、また誘ってくれよ。昔のように仲良くやろうじゃなく。がんがんぶつかって火花が散るような、そんなごついやりとりができるようにしようぜ。
「ふうううっ」
夢にどやされるなんて、ものすごく情けない。でも、斉木さんに夢視してもらったことで、自分が抱えている課題がくっきり見えただけじゃなくて、どうすればいいのかもわかったんだ。その幸運は絶対に逃がしたくない。夢視の結果に納得するんじゃなくて、その結果を活かさないと、わざわざ視てもらった意味がないよな。
「ようしっ!」
がっつり気合いが入った。両拳をぎっちり握りしめ、顔を上げる。もう、うだうだ考え込んでる暇はない。時間切れを言い訳にするのは最低最悪だ。今すぐに。始めよう!
「まだまだこれからだっ! がんがん追い込むぜえっ!」
【第一話 夢の残響 了】
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