(4)
「部室の前でも言いましたけど、わたしが夢視できるのは、先輩が昨日見たものだけです」
「それより古いのはできないってことか……」
「できなくはないんですけど、ひどく断片化してる上に新しい夢と混ざっちゃう。うまく再現できないことが多いんです。なので、前日分だけって制限させてもらってます」
「わかりました」
次が一番大事。椅子に深く座りなおして、ぐいっと背中を伸ばす。
「さっき説明しましたけど、わたしの夢視は夢の中にあるイメージを具体化することだけ。引っ張り出したものへのコメントとかアドバイスとか、一切しません……てか、できません」
「それはお母さんから聞きました。大丈夫です」
ほ。やっぱり出どころはお母さんだったか。あとでもう一回ぎっちり締め上げたる。くそったれ!
「それと、わたしが夢視をしていることを、学校で絶対に漏らさないでください。それを約束してください」
「それも、聞きました。絶対に漏らしません」
「先輩はまじめそうだから大丈夫だと思うんですけど、うっかり漏らされたらわたしの人生が終わるかもしれませんので、くれぐれも口チャック、お願いします」
「はい」
はあ……。切羽詰まった先輩が校内でわたしにアプローチしてきたのは最悪だったんだ。あとで、咲に絶対突っ込まれるだろう。もう終わってしまったことを今からぶつくさ言ってもしょうがないけどさ。あとで対策を考えなきゃ。
「あと、当たり前ですが、悪用は禁止です」
「悪用するって、できるんですか?」
「まあねえ」
世の中にはいろんな人がいるからなあ。
「ものすごーくストーカー気質の人が、夢に出てくる実在の美人を特定するためにわたしの夢視を使おうとしたことがあったんです」
「うわっちゃあ……」
先輩が、ボサ頭に指を突っ込んで抱え込んだ。
「それってヤバくない?」
「論外でしょ?」
「ひでえ」
「こうやって面談してる時に、見破りましたけどね」
「そうか。だから、ここに来てくれってことか」
「ええ。対面で話をすれば、だいたいその人の性格や状況はわかります。そこで、引き受けるかどうかを判断させてもらってるんです」
「なるほどなあ」
「先輩のは『音』だから、悪用の心配はないでしょう。ただ……」
「うん。上手に引っ張り出せるか……ってことだよな」
「はい。ここまで、何か質問とか注文とかありますか?」
ふうっと大きく息を吐き出した先輩は、わたしではなく、足元に置かれているギターケースをじっと見下ろした。
「特にないです。どうしても知りたい音がある。それだけなので」
「じゃあ、その残響があるうちに、急いで拾い出しましょう。わたしの耳は音楽耳じゃないし」
「わかった。ありがとう」
テーブルの上に、先輩が持って来た小さなキーボードを置いて、電源を入れる。どの鍵盤を押したか記録できるから、それを一音ずつ根気よく繰り返せば旋律を拾える……そういうことだ。
「メロディーなんですよね?」
「そうだと思うんだけど、思い出せない。でも、どうしてもその音を特定したいんだ」
「覚えてる範囲でいいので、その音を聞いた状況を教えてもらえますか」
「それって、必要なの?」
これも、よく聞かれることだ。あのね、夢っていうのはただの断面じゃないの。連続性、つまり時間の流れに沿ってはっきりしたストーリー性を持ってることがよくあるの。そして、夢視から何を引き出すかは、引き出したいものが点か線か面かによって全然違ってきちゃうんだ。わたしがそれを説明したら。目をつぶった先輩が、しばらくじっと何かを思い出そうとしていた。
「ごめん、細部がわかるなら、君に手伝ってもらおうとは思わないよ」
「そりゃそうですよね」
「でも、僕がステージの上にいたってことはわかる」
「練習中とかではなく、ステージの上……か」
「頭上から強いライトが当たってた感覚を、なんとなく覚えてるんだ」
ふむ。先輩は、それがいつもの練習、いつものライブと違うってことに気づいてるのかな。咲が言ってたみたいに袖でギターを引いてるシチュなら、ライトの当たる感覚なんか覚えていない。先輩がセンターに立ってるってことじゃないかな。
「じゃあ、その時に、問題の『音』を聞いたってことですね」
「そうだと思う。てか、それしかはっきり印象に残っていないんだ」
「わかりました。すぐ始めましょう」
「お願いします」
緊張した面持ちで、先輩がぐんと身を乗り出した。きっと、おでこに手のひらを当ててみたいなイメージだったんだろう。ちゃいます。
「ええと、先輩。右手を手のひらを上にしてテーブルの上に置いてください」
「え? 手? 手なの?」
「そうです」
拍子抜けしたみたいに、先輩が無造作に手を出した。細くてきれいな指。まるで女性モデルの指みたいだ。わたしのは、丸っこくてぽちゃっとした指だから、ちょっと嫉妬しちゃう。おっとっと。気を散らしてる場合じゃない。
「じゃあ、目をつぶって、夢を見た時のことを思い出すモードに入ってください。無理に中身を思い出そうとしなくていいです。回想モードっていうか」
「うん。わかりました」
目をつぶった先輩が、小さく息を吸い込んで、それを細く細く吐き出した。集中し始めたんだろう。すかさず、手のひらの真ん中を右手の人差し指で押さえる。先輩は、わたしの指が触れたその一瞬だけぴくっと体を揺らしたけれど、そのあと再び集中し始めた。
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