(3)
「たでーまー」
「おかえりー。お客さん、もう来てるよ」
「早いなー」
いつもならお母さんが、彼は誰って聞くはず。でも、お母さんが黙ってるってことは。やっぱりあんたが諸悪の根源か!
「ちょっと、お母はん!」
「なに?」
「学校関係者には絶対に漏らさないでって言ったじゃん!」
「どして?」
口が酸っぱくなるまで説明したのに、まあだ自覚なしかよ。
「あのね。わたしのは商売じゃないの。純粋なボランティア」
「知ってるわよ」
「だったらさあ。わたしのキャパを超えそうなところに広げないでくれる?」
「だあってえ」
だってもくそもあるもんか! ったく! ムスメの状況を少しはまじめに考えてよ!
「と・に・か・く! これから、学校関係者にわたしのことを漏らしたら、学校やめて引きこもるからね!」
苦笑いしたお母さんは、そのあとバカにしたみたいにふんと鼻を鳴らした。
「あんたが引きこもれるわけないでしょ」
くっそお!
◇ ◇ ◇
不機嫌爆裂の状態で、庭の端っこにあるプレハブ小屋の鍵を開ける。小屋っていっても、ひろーいガラス窓が二面にはまってて母屋のわたしの部屋より明るいし、しかも冷暖房完備だ。この小屋は、わたしを中学受験させようとした両親が、わたしの勉強部屋として建てたもの。母屋は狭い上に、弟たちが年中ぎゃあぎゃあ騒ぎ回ってて、勉強どころの話じゃないから。
でも、わたしは中受を徹底拒否した。冗談じゃない! 小学校から仲のいい友達は、咲も含めてみんな地元の公立中学、公立高校に行く。わたしだけが、なんで受験しないとなんないの? 激怒したわたしは、建ったばかりのこの部屋に内鍵をかけて立てこもり、三日間ハンストしたんだよね。さすがに両親が折れて、念願通りに地元の中高と進んでる。スクールライフはずっと楽しい。なんの不満もない。
で。残っちまったわけだよ。この独房が。環境としては快適なんで、テスト前の集中したい時だけここを使ってる。それと……。今日みたいに、夢視依頼のお客さんが来た時使うんだよね。
わたしが小屋から出ると、門の前で待っていた篠田先輩が、想像以上におんぼろでクラシックな母屋と、想像していなかったきれいなプレハブ小屋を見比べてびっくりしてた。
「あの、斉木さん」
「はい?」
「あの小屋は……事務所?」
ひりひりひり。頭が痛い。でも事情を知らない人が見たら、そう感じちゃうだろなあ。
「違います。うちは母屋がめっちゃ狭い上に弟が二人いるもんで、騒がしくて勉強できないんですよー」
「それで建ててもらったんだ」
「わたしは勉強大好きってわけじゃないから、こんなんいらなかったんだけどなー」
むくれたわたしの表情を見て、先輩がぷっと吹き出した。
「ごめん。笑って」
「いいですよー。あ、靴脱いで上がってください」
「なんか……緊張する」
「え?」
「女の子の部屋入るの、初めてで」
「うーん」
なんつーか。女の子の部屋とは言えないと思う。母屋の部屋は完全わたし仕様だけど、ここは応接室を兼ねてるからすごくそっけない。夢視の時に気が散っちゃうようなものは一切置けないし。事務机とシンプルな回転椅子、夢視の時にわたしが座る小さなスツールが一つずつ。グレーのソファーと木製の小さなティーテーブル。家具はそれだけ。他には何もない。それは、先輩にもすぐわかったんだろう。ぐるっと部屋を見回した先輩が、ほっとしたように呟いた。
「そっか。ここは仕事用、かあ」
「仕事ちゃいますよー。わたしの夢視は完全にボランティアです。正直言うと、あんまりやりたくない」
「え?」
意外だったのか、先輩が顔をしかめた。
「じゃあ……なんで? なんでやってるの?」
「さあ。それは自分でもわかんないです。でも」
「うん」
先輩にソファーに座ってもらって、夢視を引き受ける条件の説明をする。それは先輩に対してだけでじゃなく、依頼を持ち込んだ誰に対してもする重要説明だ。
「夢っていうのは、何もないところからは出てこないんです」
「うん。わかる」
「でもね、ほとんど忘れちゃうでしょ?」
「うん」
「いっぱいある記憶の中から、夢を作るために取り出されたもの。それにものすごく大事な意味があるなら、忘れる前にこういうのだよって見せられる。それがわたしの夢視だし、夢視をする意味です」
「すごいね」
「すごくはないですよ。わたしは、出て来たものに何もアプローチできないし、する気もないから」
「する気がない……の?」
全力で苦笑する。ああ、誰もその怖さを知らないんだなあと思って。
「あのね、先輩。わたしは、ごくごく普通の女子高生なの。自分のしたいことや楽しいと思うこと、例えば部活とか友達と遊ぶとかそういうのが最優先。等身大の今を、すっごく大事にしてるんです」
「うん」
「そこに、夢視を介して他人がどどっとなだれ込んできたら」
「あっ!」
先輩の顔から、さっと血の気が引いた。
「それ……は」
「地獄でしょ?」
「わかる」
「だから商売にする気もないし、積極的には視ない。あくまでも、わたしの手が空いている時にこそっと手伝う。そういうスタンスです。そこんとこ、よろしくう」
ごくりと生唾を飲み込んだ先輩が、大きく頷いた。うん。篠田先輩は、しっかり自分と人を見ている。足が地に着いたまじめな人なんだなって、わかる。これなら引き受けても大丈夫かな。でも、一応確認しておこう。
「で。これからが、夢視を引き受ける条件になります」
「はい」
緊張したんだろう。先輩がぶるっと体を震わせた。
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