(2)

 放課後、わたしは自分の席でべったり潰れてた。


「行きたくねー」


 わたしの意識は今、篠田先輩と話をすることよりも、誰が学校に夢視ゆめみのことを持ち込んだのかに向いてる。どうせお母さんだろうけどさ。


 夢視っていうのは、他人の夢の記憶を復元して引っ張り出してあげること。すぐに忘れられてしまうはずの夢にも、忘れたくないものはあるわけで。あやふやになってしまった夢の記憶を、文字やビジュアルで再現したり、特定したり。夏目漱石の夢十夜みたいなのを、わたしが代わりに書いてあげるって感じ。

 人様の意識の中に入って視るので、わたしはいわゆる異能者ってことになる。視るだけしかできないから、うんとこさちんけな能力だけどね。


 ちんけなことなので、夢視してくれってのはいつでもおっけー。それはいいんだけどさ。でも夢視する時には、夢の中身を可能な限り正確に再現しないとなんない。外れたらごめんみたいな占いと違って、その場のノリでほいほいできることじゃないんだ。

 それに、夢は現実の写しになってる。必ずしも別世界のできごとじゃない。悪用されないために、どうして視る必要があるのかをきっちり確かめないとならない。すっごい手間暇かかるの。お遊びで「ねえねえ夢視てよー」ってのは極力お断りなんだ。それなのに!


「お母さんてばさ! あとでがっつり吊るし上げてやるっ!」


 学校っていうところは、好奇心ばかりをぱんぱんに膨らませた少年少女がごっさりいるわけ。そこにオカルティックな要素を持ち込んでごらん。わあっとみんながたかってきて、わたしの人生が破綻しちゃう。だから、これまで視た人にもきっちり口止めしてきたし、親友の咲にすら夢視の話は一切振らなかったのにさあ。


「はあ……」


 気が重い。でも、一応依頼者ってことになるんだろう。話だけは聞かないと。


 のたのたと教室を出て、三階東ウイングどん詰まりの部屋を目指す。うちの高校は狭いから、独立した部室を持っているのはでかい運動部系だけで、残りは職員室奥の多目的室に全部押し込まれてる。部活の練習場所を兼ねてる部屋だから、私物をロッカーに入れっぱなしにしておくとか、授業さぼって部室に溜まるとか、そういうのは一切できない。口の悪い子は、雑居房なんて言ったりする。まあ……雑然とした室内を見れば、そう言いたくなるのはよーくわかる。


 軽音の使用日だって言ってたけど、部屋の明かりは点いてなくて。扉の前で、ギターケースを下げた篠田先輩がぼーっと立っていた。


「すんませーん。お待たせしましたー」

「あ、呼び出してごめんね」

「今日は練習、ないんですか?」

「僕らはここで練習しないんだ。音がすごく大きいから。部室は待ち合わせにしか使ってないの」


 でも。先輩以外の部員の姿はない。ってことは篠田先輩が、わたしと待ち合わせるためだけに軽音の名前を使って鍵を借りたってことなんだろう。


「中でやりますか?」


 わたしがさらっと言ったことに驚いた先輩が、慌てて首を横に振った。


「いや……」

「でも、昨日のことなんですよね?」

「うん」

「じゃあ、明日にはできないです。どうしても今日でないと」

「そうか」


 しばらく考え込んでた先輩だけど、疑われずに二人きりになれる場所がどうしても思い浮かばないみたいだ。しゃあない。


「はあっ」


 大きな溜息を一つ廊下にぶっ転がして。スクールバッグから百均のやっすーいメモ帳を出す。そこにボールペンでぐりぐりっと住所を書いた。


「うちでやりましょ」

「いいの?」

「それ以外に確保できる場所、あります?」

「う……」

「しゃあないです。すぐに来て下さい」

「斉木さんの部活は?」


 そう。わたしはバド部だから、いつもなら練習がある。でも、今日は事情が事情だからサボ。部長に直メで連絡しとこう。お腹痛いんで、今日は練習パスしましたーつーて。


「なんとかなります。鮮度優先」


 ほっとしたんだろう。先輩の表情が緩んだ。


「あっと。一つだけ聞いておきたいんですけど」

「なんですか?」

「知りたいものは映像ですか?」

「いや」


 ものすごく真剣な表情で、先輩がぱちっと指を鳴らした。人気の少ない廊下に、小さな破裂音がぴんと響き渡った。


「音、なんだ」

「じゃあ、わたしにもそれが再現できるような道具が必要です」

「ポータブルの小さなキーボードを持ってく」

「わたしに弾けます?」

「音を拾うだけなら」

「でも、記録が残せませんよ?」

「録音モードってのがあるんだ」

「あ、そうか。どの音か確かめたら、それを記録できるんですね」

「そう。どうかな?」

「やってみましょう。話はその時に。すぐ来て下さいね」

「わかった。ごめんね」

「いいえー」


 うん。見かけによらず、ちゃらけたところがなくて、とても腰の低い人だ。先輩だからってわたしを見下すような、不愉快な「上から目線」を感じない。逆に言えば、派手なバンドで目立つはずのギターが、不自然に引っ込んでるってことなんだろう。さっきの咲の言い方もそんな感じだったし。それが、すごーく気になった。


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