ゆめののゆめみ
水円 岳
第一話 夢の残響
(1)
「ちょっとお母さん! わたしのことを外でべらべらしゃべるなって言ってるでしょ!」
「ええー?」
「もういいっ! 行ってきます!」
「はいはい。行ってらっしゃい」
朝っぱらからお母さんとどんぱちやり合ってる間に、家を出るのが遅くなっちゃった。今日はのんびり行けないな。バドのラケットが突き出たスクールバッグを背負って、一回深呼吸して。
「ふぁいっ! おーっ!」
気合いを入れてから走り出す。
新旧取り混ぜて、いろんな色と形の家がぴったりはまっている住宅地。家の間の路地を通り抜けたらぽんと視界が広がって、国道沿いに伸びる広い歩道に出る。あとは高校まで一本道だ。全力疾走しなくても十分間に合うから、周りの景色を見渡しながらたったか走る。
十月は秋って言われても、そういう実感がない。学校祭が終わって、秋季大会の地区予選も終わって、中間試験も終わった。ぽこっとエアポケットに落ちちゃったみたいな時間の中に自分がいて。いつの間にか涼しくなったよなあとか思いながら、色づく気配のない街路樹の葉っぱを見上げる。
「よっしゃ! 楽勝セーフ!」
息が切れるっていうほどでもなく。ゴールテープを切るみたいにして校門を走り抜け、生徒玄関になだれこんだ。おはよーという声がのんびり飛び交ってる間は、いつもの光景。到着時間は誤差の範囲内だ。わたし
◇ ◇ ◇
でも。なあんか嫌な予感がしたんだよね。学校に来てからじゃなく、家を出る前に。ここんとこ、お母さんの口の軽さが度を越してる。お母さん自身のことをぺらぺらしゃべるのは構わないけど、わたしをネタにするのはまぢやめてほしい。それが回り回って、わたしの大事なスクールライフを吹っ飛ばしてしまうかもしれないの。そこんとこがなあ。どれっほど文句を言っても治らない。
あのね、お母さん。日常っていうのは、何かあれば日常じゃなくなるの。わたしの場合、『何か』がいつ起こるかわからないっていう時限爆弾をずっと抱えてる。その厄介さをちっとも理解してくれない。
高校卒業までのあと一年ちょっと、爆弾がぼかあんと行かないで欲しいんだけどな。びくびくしながら学校に通うのはばからしいから、学校でのオンと学校以外のオフをすぱっと切り替えることでいろいろこなしてきたんだけど。時限爆弾のボタンは、いつもむき出しになってるんだ。爆弾のスイッチに、いつ誰がどんな風に触るかわからない。
三時間目のリーダーが終わったあと、教科書を片付けながら朝のどんぱちを思い返してぶつくさぼやいていたら。悪友の
「ゆめー、篠田先輩が用があるってー」
は? わたしはそのシノダセンパイとやらを知らないんだけどな。誰だろ? 席を立って、背伸びして戸口を見る。
「うーん……」
知らん。見覚えがない人だ。ひょろっと背が高くて、髪がぼさぼさっとしてる。雰囲気は地味。顔は整ってるけど、女の子が大勢きゃあきゃあ騒ぐようなレベルでもなさそう。はてなを満載にしたまま戸口に向かってのったり歩く。
「えーと」
あんた誰感たっぷりに、間近で改めてシノダセンパイの顔を見る。やっぱり知らん。ということはもしや……。わたしは思わずこめかみを押さえちゃった。お母さんの愚行が、とうとうここまで跳ねちゃった。サイアク!
「ちっ!」
「へ?」
舌打ちを聞きつけた咲が変顔になる。それをさっくり無視して、先輩に話しかけた。
「わたしに何かー?」
「斉木さんだよね」
「はい」
無表情にわたしをぐるっと見回した先輩は、少し落胆したみたいにふっと息をついた。美少女を期待していたんだろうか。ふん! どうせわたしは実写版ちびまるこだよ。おあいにくさま。
「僕は3Bの篠田って言います。あの」
「は?」
「ちょっと君に頼みたいことがあるんだ」
あーあ、やっぱりかあ。
「うーん」
即返はできない。それと……校内ではどうしてもやりたくないなあ。どうすべ。わたしが露骨に渋ったのを見て慌てたんだろう。先輩が、口ごもりながら提案を切り出した、
「放課後、部室の前で待ってる」
「部室……デスカ」
「今日は、軽音の枠なんだ。頼みたいことの中身は、その時に」
ぽいっと言い残して、走り去ってしまった。咲が、その後ろ姿を呆然と見てる。
「なんなの、あれ」
「さあ」
「ゆめは、身に覚えがないわけ?」
「だって、わたし、あの人知らんもん」
「うーん、それもそうかあ」
「てか、咲はあの人知ってるの?」
咲が、にへっと笑った。
「あの人じゃなくして、あの人のいるバンドの方。ブレイバリーっての」
「ばりばり無礼?」
「ぼけなくていいって。英語で、勇敢っていう意味だったかな」
「ふうん。そっか、さっき軽音だって言ってたもんな」
「でも、軽音にいるのはブレイバリーの四人だけだよー。メンバー全員三年だし、一、二年部員が誰もいないから、軽音は来年潰れるんちゃうかなー」
おいおい。弱小部もいいとこじゃん。でも、面食いの咲がよく知ってるってことは、きっとメンバーの中にイケメンがいるんだろう。ガールポップ大好きなわたしは、ビジュアル系には興味ないけど。
「篠田先輩ってのは、何やってる人?」
「ギターだよー。でも、地味ー」
「ふうん。地味、かあ」
「おとなしい人みたい。ステージでも端っこで黙々弾いてるっていうか」
「じゃあ、ボーカル一人目立ちって感じ?」
「そ。
そらあ知らんかった。まあ、わたしは夜遊びには付き合わんからなー。
「中学からってことは、ただの学バンじゃないんだ」
「もっちろん! あのねえ」
「おっと」
うっかり咲を乗せちゃうと、一方的かつ延々とイケメン賛歌を聞かされることになるから、急いで自分の席に戻る。
「ちょっと、ゆめー! ちゃんと話聞いてよう」
「あとでねー。授業始まっちゃう」
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