4 漆黒の霧
飯田聡が電車に飛び込んだ。
朋子はあのとき無理やり飯田の聴取を行わなかったことを悔やんだ。
自殺の方向で捜査されているらしい。県警には、飛び込んだホームのカメラ映像が運び込まれていた。
「あたしも見せてもらっていいですか?」署長室でにこやかにお願いする。
うまくいかなければ伯父に電話をかけてもらおう。キャリアでありながら大畑市くんだりまで異動し,かなり自由に動き回る。そのせいで市警の建屋内に県警の刑事課分室ができたくらいだ。警察庁のお偉方である伯父の威光を存分に使うだけでなく,検察庁のお偉方,父の威光も使っている。松島家は代々警察官僚一族だ。
沙織の仇を打つ。みどりを守る。この二つだけを目標に1年半動いてきた。
今でこそ香を守るが三つ目の目標になったが。香はああ見えて頼りになる。さすが沙織の妹だ。あの子は強い。もう少し踏ん張ってくれるはず。
署長はすぐどこかに内線をかけ始めた。
4つの画面。4つの角度からホームが見える。
朋子は若手の刑事と一緒に画像をのぞき込んでいた。
その中に飯田が現れる。飯田はホーム中央にうつむいて立っている。スマートホンをいじっているようだ。
電車が近づくと顔を上げた。急にきょろきょろとあたりを探し始める。何かに押されるように飯田の姿が移動し始める。飯田は動かされまいと両足を突っ張りながら必死で何かを探そうとし始めた。
もがく。ずるずると押される。踏ん張る。電車が正に走りこんできたとき,飯田は最後の一押しでホームから転落した。
若手の刑事が口をあんぐり開けて画面に見入っていた。
「なんか変っすね。」
朋子もうなずく。「自分から飛び込んだようには見えなかった。なにか透明人間に押された様に見えたわ。」
「あ,そんな感じ。でも,透明人間が犯人だって言えないっすね。」
首をかしげる若手刑事に「この柱の陰にいる人。ここが映ってる映像ある?」カメラ端の人影を指さす。
「真正面はないけど,これが反対側のカメラっすね。」
録画されたディスクを交換し,飯田が転落した時刻に合わせる。
「あ。飯田は写ってないっすね。あとこの人影も隠れ方が妙っすね。カメラに映らないように注意してるみたいっす。」
「再生し続けて。」朋子は画面に見入ったまま動かない。「あ,ちょっと動いた。」
飯田が転落したちょうどその時刻,ゴリラを思わせる筋骨隆々の肩が踵を返して去っていった。
その日の深夜。香はモノリスの切れ端を前に座っていた。
もう4日も続いて漆黒の霧ボールが現れていた。今日の霧は大きい。さらに大きく成長すると,中央に直径10センチほどの穴が現れた。
「穴だ。これがきっと扉だ。」
目を凝らして穴の向こうを観察する。洞穴の中かな?真っ暗な岩の塊がいくつか見える。
え,見える?
血の気が引いた。部屋の明かりが漏れてるんだ!飛び起きて明かりを消す。暗闇の中,香は身動きしないまま,耳をすました。無音。
しばらくして漆黒の霧は消失した。
朋子さんと不思議な棒をめぐる6つのエピソード 小早川一 @tonkiti44
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