3 捜査

「霧の向こうに何かあった?」

朋子は電話の向こうで問う。

「黒い霧ばっかりで何もなかったと思います。」

香も昨夜の霧ボールを思い出しながら答える。朋子は捜査で島根県にいる。

「たぶん多田は扉を開ける実験をしてるんだと思う。しばらく続くんじゃないかしら。切れ端どうしでリンクしてるんだとすれば,多田の動きをトレースできるかもしれない。」

香は電話でしか話せない分,不安になる。

「こっちの動きがばれるってことは?」

「今のところは大丈夫だと思う。それにすぐ動きがあるようには見えないの。」

「扉ってどんな形してるんですか?」

少し安心して聞いてみる。

「沙織なら分かったかも。ただ,このままうまくいかなければ,モノリスの半分を狙いに来るかもしれない。またみどりちゃんや香を危ない目には遭わせられない。早めにもどるわ。」

穴が出るのか,門みたいなのが出てくるのか。今度はじっくり観察してみよう。



朋子は2階建てアパートの2階の最奥にいた。部屋の前に立ち,ノックする。

表札のプラスチック板の奥に飯田聡いいださとしと書かれた紙が挟まっている。

のぞき穴の向こうで人の気配がする。扉から能力者のオーラが漏れ出ている。強くはない。

朋子があたりを見回した途端,突然視界が消えた。一瞬目の前のドアの内側が見え,ブラックアウトした。朋子は自分の目を両手で覆い,もみながら思った。

なるほど,視野の入れ換え。こんな能力ちからもあるんだ。こちらが何人で来ているか確認したのね。

「飯田さん」

どうやら飯田はシカトすることに決めたようだ。朋子は名刺を出すと,用件と携帯電話番号を記して郵便受けに入れた。



飯田は出雲大学考古学教室の学生だった。

多田助教の使い走り。その痩せこけて鬱とした外見のせいもあり学内の評判は良くない。

飯田は足音が遠ざかるのを確認すると,名刺を拾い上げた。

警察!慌てて裏を見る。

佐藤健一さとうけんいち厳次がんじについてお聞きしたい。」メッセージと携帯番号。

飯田は息をのんだ。佐藤厳次。危険な奴だ。一つ年下の学生の姿を思い描き震える。同じ多田助教の使い走りで信奉者。筋骨隆々でゴリラのような容貌からうかがい知れる,筋肉が詰まったような頭脳。多田の言うことを正義と信じて何でもやる,いや遂行する能力ちからすら持つ男。

その兄の佐藤健一なるチンピラは,こないだ死んだはずだ。どこかの田舎町で。

何の能力ちからも持たず,悪事を働いて死ぬ。

飯田は身震いした。俺もそうなるのか?俺のチンケな能力ちからであんなことになるなんて。

もう一度名刺に目を落とした。1年半もの間離れない,目に焼き付いた風景がすぐに現れる。自分の風景ではない,他人の景色。トラック運転手の最後の景色。飯田はそれを振り払うかのように頭をと扉に打ち続けた。



朋子は大畑市への帰り際,挨拶に寄った島根県警でその知らせを聞いた。

飯田聡が死んだ。

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