2 ふたつのモノリス
西日本古墳学会がここ島根県松江市で開催されていた。出雲や北九州には特殊な古墳が多く、市民研究者も多い。公民館を借り切った2日間の学会は、専門の学者よりも市民でにぎわっている。その人混みの中に朋子はいた。
多くの発表の中一際賑わいを見せた講演こそ、朋子が目立たないよう座っている
よく通る声で発表する壇上の男,多田。フィールドワークで鍛えたがっしりした体に短く刈り込んだ髪、一見有名な歌舞伎役者に似ている。
黒いオーラをまとった男その人であった。
どこかで見たことがあるが思い出せない。
壇上の多田は会場の黒いスーツ姿の女が気になっていた。
二、三の質問の後、盛大な拍手と共に講演は終了した。多田は壇上を降りながらふたたび客席に目をやる。女の姿がない。女を探しながら廊下に出ると,自分の本を抱えた聴講者に囲まれた。サインを求められながら愛想よく対応しているうちに,女のことは頭からするりと抜け落ちていった。代わりに,今夜計画しているモノリスを使った実験が頭を支配していく。その期待と高揚そして自信,実験などという陳腐なものではない,挑戦,そう人類の挑戦だ。多田の目は鋭く光っていた。
その日の深夜,多田は出雲市の農作地に立っていた。山間にある開墾地。自分の乗っていた車のヘッドライト以外明かりは見えない。
ここは多田しか知らない
多田は小さな声で何かつぶやきながら,半分になったモノリスを握りしめていた。
握った右手に左手をかぶせ,握ったままの両手をゆっくりと前に出す。
するとどうだろう。こぶしの先に暗闇が霧のように形を作り始めた。
さらに多田のつぶやきは続く。何かの呪文のようだ。
形を成し始めた霧は,その黒い霧の姿を保ったまま集まり始めた。さらに呪文が続くと,黒い霧はバレーボールほどの塊を作り始める。その中央は漆黒。モノリスの切り口にあるような,光を発せず,反射もしない暗黒を形成していた。
多田の顔に苦悶が現れる。額には大粒の汗。まるで呪文が体力をそぎ落としていくように,多田の体は揺れ始める。そして,いきなり漆黒の霧が霧散し,多田はひざを折って倒れこんだ。
多田は荒い息を吐きながら,闇に向かってつぶやいた。
「方角が違うのか。それともここが機能を失ったか。半分では足りないか。」
スーツが汚れるのもかまわず,多田は畑の上で胡坐を組んだ。
モノリスをつなぎ合わせる方法は我が家に伝えられていない。周辺の古文書にも記載はない。とりあえず半分でも入手したのだ。まずは扉の反応を確認することが先決だ。まだ扉候補は4か所ある。すべてを試すのに1か月もかからない。試してみることはたくさんある。しかし,あらゆる方策の結果がこの中途半端な扉の出現だったら。そのときは,もう半分のモノリスを入手しよう。どんな手を使っても。
多田はヘッドライトの中立ち上がった。長く暗い影を引き連れて。
朋子さんも何かと顔を出してくれるようになった。姉の親友だった朋子さんを母はよく知っていた。みどりもすごくなついている。時々幼稚園のお迎えにも行ってくれる。心強い。
集中したためか,寝つきが良くない。それに,いつもは隣のベッドにみどりがいる。勉強の邪魔にならないよう,この期間みどりは両親の部屋で寝ていた。だから一人。みどりの寝息が聞こえないと寂しい。
明かりを消そうとリモコンに手を伸ばした瞬間,目の前に漆黒の霧が現れた。霧はバレーボールほどの塊を作り始めしばらく浮遊した後,突然霧散した。
声も出なかった。金縛りにあったように。
香は霧を探すように部屋中を見渡し,モノリスの様子を確認するためベッドから出る。バッグを開ける。今はバッグの外側でなく内側に取り付けていた。特に変わりはない。モノリス切断面を思わせる漆黒の霧。夢であってほしいと思う。香は不安を振り払うように頭を振ると,ベッドに戻った。
明日,朋子さんに相談しよう。
香が眠りに落ちたのは朝方だった。
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