2 ふたつのモノリス

松島朋子まつしまともこは島根県にいた。

西日本古墳学会がここ島根県松江市で開催されていた。出雲や北九州には特殊な古墳が多く、市民研究者も多い。公民館を借り切った2日間の学会は、専門の学者よりも市民でにぎわっている。その人混みの中に朋子はいた。


多くの発表の中一際賑わいを見せた講演こそ、朋子が目立たないよう座っている多田康久ただやすひさ助教の発表だった。「装飾古墳からその源流と支流へ」と冠した講演は満席で、小さな公民館のため立ち見すらでていた。多田は若干40才、その斬新な発想で新しい古墳を次々と発見し続ける業界の風雲児であった。あまりにも独創的で中央からは疎まれていたが、ここ出雲大学考古学教室を根城に実績を上げ続けていた。

よく通る声で発表する壇上の男,多田。フィールドワークで鍛えたがっしりした体に短く刈り込んだ髪、一見有名な歌舞伎役者に似ている。

黒いオーラをまとった男その人であった。


どこかで見たことがあるが思い出せない。

壇上の多田は会場の黒いスーツ姿の女が気になっていた。

二、三の質問の後、盛大な拍手と共に講演は終了した。多田は壇上を降りながらふたたび客席に目をやる。女の姿がない。女を探しながら廊下に出ると,自分の本を抱えた聴講者に囲まれた。サインを求められながら愛想よく対応しているうちに,女のことは頭からするりと抜け落ちていった。代わりに,今夜計画しているモノリスを使った実験が頭を支配していく。その期待と高揚そして自信,実験などという陳腐なものではない,挑戦,そう人類の挑戦だ。多田の目は鋭く光っていた。



その日の深夜,多田は出雲市の農作地に立っていた。山間にある開墾地。自分の乗っていた車のヘッドライト以外明かりは見えない。

ここは多田しか知らない四隅突出型墳丘墓よすみとっしゅつがたふんきゅうぼだ。掘り返され,耕されたために石室を構成した石はほとんど残っていない。大きすぎて動かせなかったらしい2個の石が目印として残っているだけであった。石に残った円紋の残骸が,ここが装飾古墳であったことを示すものの,気づくものはいない。


多田は小さな声で何かつぶやきながら,半分になったモノリスを握りしめていた。

握った右手に左手をかぶせ,握ったままの両手をゆっくりと前に出す。

するとどうだろう。こぶしの先に暗闇が霧のように形を作り始めた。

さらに多田のつぶやきは続く。何かの呪文のようだ。

形を成し始めた霧は,その黒い霧の姿を保ったまま集まり始めた。さらに呪文が続くと,黒い霧はバレーボールほどの塊を作り始める。その中央は漆黒。モノリスの切り口にあるような,光を発せず,反射もしない暗黒を形成していた。

多田の顔に苦悶が現れる。額には大粒の汗。まるで呪文が体力をそぎ落としていくように,多田の体は揺れ始める。そして,いきなり漆黒の霧が霧散し,多田はひざを折って倒れこんだ。

多田は荒い息を吐きながら,闇に向かってつぶやいた。

「方角が違うのか。それともここが機能を失ったか。半分では足りないか。」

スーツが汚れるのもかまわず,多田は畑の上で胡坐を組んだ。

モノリスをつなぎ合わせる方法は我が家に伝えられていない。周辺の古文書にも記載はない。とりあえず半分でも入手したのだ。まずは扉の反応を確認することが先決だ。まだ扉候補は4か所ある。すべてを試すのに1か月もかからない。試してみることはたくさんある。しかし,あらゆる方策の結果がこの中途半端な扉の出現だったら。そのときは,もう半分のモノリスを入手しよう。どんな手を使っても。

多田はヘッドライトの中立ち上がった。長く暗い影を引き連れて。



大西香おおにしかおりはベッドの中にいた。試験が近くまじめに勉強していたため,ベッドにもぐりこんだのは深夜だった。みどり救出で左足の小指を無くしたが,特に不都合なく生活していた。

朋子さんも何かと顔を出してくれるようになった。姉の親友だった朋子さんを母はよく知っていた。みどりもすごくなついている。時々幼稚園のお迎えにも行ってくれる。心強い。


集中したためか,寝つきが良くない。それに,いつもは隣のベッドにみどりがいる。勉強の邪魔にならないよう,この期間みどりは両親の部屋で寝ていた。だから一人。みどりの寝息が聞こえないと寂しい。

明かりを消そうとリモコンに手を伸ばした瞬間,目の前に漆黒の霧が現れた。霧はバレーボールほどの塊を作り始めしばらく浮遊した後,突然霧散した。

声も出なかった。金縛りにあったように。

香は霧を探すように部屋中を見渡し,モノリスの様子を確認するためベッドから出る。バッグを開ける。今はバッグの外側でなく内側に取り付けていた。特に変わりはない。モノリス切断面を思わせる漆黒の霧。夢であってほしいと思う。香は不安を振り払うように頭を振ると,ベッドに戻った。

明日,朋子さんに相談しよう。


香が眠りに落ちたのは朝方だった。

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