アマミの歌

 




 新緑を待ちわびる草原、足元の自然の息吹はまだ雪の下で眠っている。空から降る粉雪、何重にも装備された防寒着、おぼつかない足。幼い頃の私は雪を踏みしめる音が好きだった。


「おいで、アマミ」


 私を呼ぶ父の優しい声がする。真っ白な世界に真っ黒な髪をもつ父は、子供ながらに美しい人だと思った。

寒さで真っ赤になった指先を、大きな手が囲いを作り命の息吹を吹きかけてくれる。じんわりと水分を含んで熱を帯びると、父は舞い落ちる雪のようにふわりと笑う。


「パパ、ママはー?」


「ああ、ごめんな。ママはまたクエストに出たんだよ。今日はパーティーメンバーでガッポリ稼ぐんだって」


「すごーいねー!」


「うん、すごいね。ママは本当にすごいね。パパは不甲斐ないなー」


 申し訳なさそうな顔をして父は私の頭の雪を払うためしゃがんだ。大きな手が私の頭に触れる。払い終わると父は同じ目線の私に微笑みかける。


「パパは、ヒモなの?」


 笑顔のまま氷のようにフリーズしてしまった父。ほっぺたをペチペチ叩くと再起動してくれた。


「クソ、娘になんて言葉を教えるんだアイツは」


 顔を背けて悪態をつく父は私を抱き上げた。父が雪の上を歩くと、雪を踏みしめるギュッギュッという音が小粋に鳴るのが好きだった。


 ぷりぷりして不機嫌になった父を私は慰めようと首に抱きついた。


「ぎゅっぎゅー」


 顔を上げて父の顔を確認すると頬を染めて口元が緩んでいた。小さな声でぎゅーっと言いながら抱きしめ返してくれるのを私は知っている。


「ごめんな、パパがお仕事してたらママともっと一緒にいれるのにな。パパがママに甘えてるからアマミを独り占めしてばかりだ」


「アマミ、パパ独り占めー」


「本当に可愛いなお前は……ゴホッゴホッ」


「パパ? コンコンしてるねー?」


 父は顔を背けて咳き込むが、しばらくするとまたいつもの笑顔を見せてくれた。真っ黒な黒髪に舞い落ちる雪がくっきりと境界線を作っていた。それを払ってあげる。大人しくされるがままで、終わるまで待ってくれる。気が長くて、博識な父は、なんといえばいいだろうか……儚げな人。


「ありがとう、もう大丈夫だよ。ママには内緒にしててくれ」


「いいよー。また冒険のお話して、パパとママの旅」


 父は頷くと、私を抱き抱えたまま雪の道を進む。父が友達を探した道、母が父を追いかけた道、一人で旅していた頃の二人はその先の道を信じて進んだ。思い出と手を繋いで、景色は違っても同じものを見ていたことだろう。離れていても二人はずっと一緒に旅をしていた。


 そして何よりも大好きな二人の旅。この美しい世界の空気を吸って、力いっぱい二人は駆け抜けた。美しい曲線を描く山脈、圧倒される轟音の滝、彩色の空、割れた地面に咲く薄桃色の小さな花。自分には特別に感じる光景にこそ、自らの命を見つけれると父は言った。


「そしてママは凶暴なワニに勝ちましたとさ。おしまい」


「ママかっこいいねー! アマミも冒険にでたいなー」


「パパ心配だなー。それに、アマミはもう冒険に出てたんだよ。十月十日の長い旅、パパじゃ見れない世界をママとアマミは見てきたんだよ。ママの中の世界は凄かったんじゃないかな。パパは羨ましかったよ」


 どこにいてもみんな旅をしていると、繰り返し私に説いてくれた。何かを思い出す時や感じる時、眠っている時は夢と馳せ、体の内側が旅をするのだと。


「そっかー、アマミも冒険者なんだねー。あ、ママ!」


 遠くから母が近づいてくる。機嫌が悪いのか雪を蹴散らしている。


「ただいま。急いで終わらせたのに、あの服他のやつに買われてた。許せない」


「もうしまいきれないほど持ってるじゃないか、同じようなヒラヒラしたのが」


「パパはわかってないなアマミよ、ママがお金を稼ぐのは可愛い服でパパに褒められたいからなのに」


「お前な、」


「ピグミが働くのは欲しいもの買いたいからなの。私の稼いだ金だ、どう使おうが勝手だ」


「亭主関白かお前は……おかえり、ピグミご苦労さま」


 父が屈むと二人はキスをする。私は落っこちてしまわないよう父にしがみつくのが仕事だ。


「さて、行こうか」


 私を雪の上に降ろしてくれると間に立ち、二人と手を繋いだ。


 振り返ると父一人の雪の足跡が三人分に増え、足跡が雪の上に続く。






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うさぎの少女と自傷癖のある青年。 ~ ピグミのうた ~ ソノ @sono08

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