ピグミの歌 (7)
ツシマの墓標の前で、クローサーはしばらく目を瞑り黙っていた。カバンは風にはためく以外、変わりはない。報告を済ませたのか息を一つ吐いて、背中を向けたまま私に声をかけた。
「みんなは、俺を許してくれると思うか?」
「知らない。許してくれないんじゃない?」
黒い髪が風に揺れ、クローサーは俯いたようだ。
「でもピグミはクローサーと一緒じゃないと幸せになれない。次クローサーが逃げ出したらピグミと、さらにお腹の子が許さない」
彼が振り返る。その顔はムッとして不機嫌さをアピールしてくる。彼は昔より表情がよく変わるようになった思う。
「おい、お前は俺を慰めても励ましてもくれないのか」
「ピグミは幸せ、それでいい」
茶色いカバンを手に取り、クローサーは眺めていた。しばらくするとカバンをまた元に戻し、顔を上げて私を振り返った。
「結婚式は、どうする?」
「クローサーはバカなの? 夢見る夢子ちゃんなの? 結婚式なんか挙げるお金もないし、今のご時世御祝儀でハネムーンなんて夢の話だよ。そもそもクローサー友達もいないし」
やれやれと首を振る私に、クローサーはツカツカと歩み寄ってきてアイアンクローをかましてくる。
「いたいいたい」
「あーやーまーれーっ」
全く痛くは無かったが、こめかみを締め付ける指の隙間からクローサーの顔を覗き見た。どうやらいつもの彼に戻ったようだ。指が離れると、私はクローサーの腰に抱きついた。
「それに、再会したときにピグミはウェディングドレスもう着てたから」
コウノは私の頼みを全うしてくれた。何年もかかって、あの素材で手縫いをして設えてくれた。クローサーと採取した貝子糸を泥染めで染め、エルフが機を織ってくれた布で亜人のコウノが望み通りのヒラヒラした服を作ってくれた。
少し思い出す仕草をしてクローサーは更に疑問を抱えたかのように首を傾げた。こんな仕草まで全てが可愛い。
「いきなり街中を猛ダッシュで駆けてくるから驚いた。あの時着ていたのは確かにドレスだったが、真っ黒だったぞ? 普通ウェディングドレスは真っ白だ」
「うん、あの時の泥染めの布。白いウェディングドレスはあなたの色に染まります。黒いウェディングドレスはあなた以外染まりませんって意味なんだって」
「……黒は悪いことばかりじゃないんだな」
輝くような満面の笑みは、私が培ってきた努力の賜物だと思うととても誇らしい。この笑顔を守ってきてよかったと、私は満足して胸が膨らむのだ。
「そういえばよく俺を見つけれたな。どの街に行っても名乗ることもないのに」
「ピグミはアカデミーでしっかり勉強してきたの。それに、私を孤児院に置いていった時ヒントを残してくれてた、欲は魔力の証だって。クローサーの魔力の匂いを辿るのは簡単だった。どこの魔痕にもクローサーの生きたいって欲が溢れて……寂しいって叫んでた」
「ああ、そうだな……本当だな」
クローサーは私を抱いたまま空を見上げた。分厚い雲の遠く、世界樹の浮島が真上に飛んでいた。太陽と私たちの間に、浮島が浮かぶなんて奇跡みたいな日だ。
光り差す島。全ての恩恵。浮遊する島が見下ろす街並みはいつも変わらない。美しい日だ。
「子供の名前を決めたよ。
「うん……ピグミはいいと思うよ」
「きっと、逞しい子になる」
あなたの澄んだ心を写したような空に風が吹く。大地の力を染めた黒い髪を新緑の風が撫でる。家のない私たちは風が住処だ。いつだって、風が包み込んでくれる。
クローサー、アマミは元気に育ってるよ。少し甘えん坊なところもあるけれど、この子にも私が居なきゃいけないんだってあなたのように思わせてくれる。
私の大きなお腹を、子供の背中に向けてポンポンと叩いてくれるあなたを、今でも思い出す。
得意げにアマミにご飯を食べさせる君、小さな手を取り微笑んで話しかける君。あなたが最後の息を吐き出す時まで、アマミの名前を呼んでくれた。最後の力を振り絞り、私を見つけてくれた。
大丈夫だよ。私たち親子は元気にあの島の下で、今日も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます