里 (3)

 

 





 話し終わると、クローサーは屍人のない墓標の周りの枯れ草を払った。


「そして俺は司祭になって全て告発した。結構な大物貴族もいたが式典で全て告白し本家からも除籍され、奴隷となった子達を探しに旅に出た。殆どが間に合わなかったが……お前と旅をしようと思ったのも勝手な罪滅ぼしなんだ」


「罪滅ぼし……」


「すまない。ピグミ……俺は金も地位も家名も怖い。父と母を狂わせていた、人の繋がりが怖い。魔力は欲に通じる、欲しいものがあるほど魔力は強い」


 草原の眼下にある街、そのずっと奥に夕日が沈む。クローサーとあの砂漠の地で見た夕陽、あの光は全く一緒なんだと君が教えてくれた。血のようなあの真っ赤な光は、これからどこに行くのだろう。


「俺を見ろ、黒髪は魔力の強さ……魔力はいろんな形で痕跡を残す。尽きることの無い人の欲望、因果を繋ぐ血、あの家は欲から生まれた。俺もそうだ。会えないものに会いたい欲、理由をつけてそれで生きながらえているんだ」


 立ち上がると、クローサーは私の手を取って元来た道を歩き出した。話を聞く前と聞いた後では見るものは変わって見えた。ツシマの眠る大木の下のカバン、草原に続く森の小道、廃墟になり自然になりつつある孤児院。


 巻き戻すようにまた孤児院に戻ってきた。クローサーは何も言わない。私も彼の昔の話を聞いて言葉を失っていた。なすがままにコウノに引き渡されても、もう私は愚図らなかった。


 クローサーは、一人去っていった。



「すまない、嫌な別れ方をさせてしまった。私がクローサーにあんな態度をとらなければ」


 夜の闇で彼の姿が見えなくなると、横に立つコウノが私を見下ろした。私は口をへの地に曲げ、涙をこらえ見上げて首を振った。


「別れじゃない。ピグミはわかったの。私は、私は旦那をヒモにする」


 表情がピタリと止まったコウノは必死に何かを考えているようだ。


「ん……? えっと、どういうことだい?」


「クローサーは自分じゃ何も出来ない。両親を殺されても、ツシマにボロボロに傷つけられても、ヘタレだから生き方も何も決められない。だからピグミが強くなる」


「ピグミ、さん?」


「金を稼がない旦那なら浮気もしない。しばらくは変な虫もつかない」


 お金の出処が怖いという彼、でも私は仕事の素晴らしさも知っている、紡がれた歴史の技術があってお金が生まれる奇跡をわかっている。その奇跡を次の奇跡にきっと出来る。


 それも全て彼と一緒に居て学んだことだ。でも今のピグミはコウノの言う通り何も知らないしとても弱い。


「だからピグミはあのお金でアカデミーに行って、沢山学んで強くしてもらう」


 奴隷として強制されて動くのではない。自分で意志を持って強く生きていく。


「そういう生き方もある」


 決意を胸に、私は孤児院に向かった。コウノは正気を取り戻したようで、慌てて後を追ってきた。これから忙しくなる。私の目標は最短かつ、妥協せず強くなることだ。


 一人で野垂れ死にしそうな、自傷癖のある夫を持つと妻は大変だ。私はため息をついて新たな扉を開けた。


「とりあえず、逃げ出したりはしないんだな。安心した。君の荷物はさっきクローサーから預かった。と言ってもお金と美しい布だけだったが」


「うん……コウノ、お願いがあるんだけど」


「ああ、なんだい? 里親が見つかるまで私のことは本当の親だと思ってくれ」


「ピグミに里親は探さないで。ピグミはここを大人になって出ていく。コウノが私の里の親になって」


「……ああ、わかった。里子に出たくないなら許可しよう。君の選択は自由だ。私が守る」


「ありがとう。それで、あの布で作って欲しいものがあるの。手先は器用?」


「まぁ奴隷だった時、ある程度の手習いは覚えた。牧師は親代わりだ、裁縫なら」


 その言葉を聞いて私はニヤリと笑った。



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