クダギツネ 10/10 第二話完
加賀崎は鏑木の前に膝をつくと、銃身を彼女のこめかみに突きつける。
「さすが四十万様の
鏑木は諦めたようにふっと一息つくと、がっくりと肩を落とした。
「私は静流さんの狂言だと思っていましたけれども、あなたがいるということは四十万様も噛んでいるのですね」
「ええ」
その手に持った銃を指でこつこつと叩きながら、加賀崎は何か考えているようだった。おそらく、喋ることをまとめているのだろう。
「おそらく発端は、家族間の不和。そんなところでしょうか。静流さんはライブにでるために何らかの魔術かトリックで死を偽装し、予知のできる四十万様はそれを知った。警察ではなく私達を頼ったのは、息子さんを見返す目的もあるのではありませんか?」
「そこまでわかるものですか」目を細めて鏑木が言う。
「ええ。そもそも現役警官である息子さんの捜査に私達を割り込ませること自体が、不自然なのですわ」
癖のようなものなのか、加賀崎は喋りながら銃のセイフティをいじる。撃鉄の脇にあるセイフティを親指で欠けたり外したりを繰り返す。
「想像ですが……息子さんは魔女の特性がなく、それゆえに四十万様のような存在を疎ましく思っていらっしゃった。だから余計に、魔女かもしれない静流さんとのひずみも広がっていった……」
ずいぶんと饒舌に加賀崎は語る。その顔はとても真剣でありながらも楽しげであり、今回の件を楽しんでいるんじゃないか、と矢淵は思わずにいられない。
「いわゆる親子喧嘩ですわね、とても胡乱で迂遠な方たちですこと」
ふふふ、と小さく鏑木は笑う。
「わからないのは静流さんの死の偽装ですけれども……」
「それは魔術ですよ。四十万様はもしもの時のために、自分の死を偽装する魔法を使いこなしておりました。一度はそれで、自分の夫の前からも姿を消したのです。私は知りませんが、静流さんにもそれを教えたのでしょう」
鏑木はさきほどまでの気迫はどこへ行ったのやら、感心しきっていた。口調も元に戻り、さっきまでの人斬りとは別人だ。
「ですが気になるというか、ここが本題なのですが。あなたは本気で私達を殺しにかかりましたわ。なぜですの?」
「腕試しですよ。四十万様、そして私の」
「……どういうことですの?」
「四十万様も私も、一線に立つには老いすぎました。四十万様に拾われてからはや40年。新参者のお嬢さんに負けるようなら……と」
「ずいぶん勝手な話ですね。それでこちらに斬りかかった釈明になるとでも?」
ベルタは首の傷をなでる。血は止まっているものの、学生服のシャツには赤い染みが残っている。
「釈明するつもりはありません。油断してやられるような子たちに任せられない、というだけです。それに、四十万様の予知では私達が負ける未来のほうが勝っていた。どうせ最後なら、思う存分戦って果てたいものだと常々考えていましたからね。まさか娘さんの一人が化け物だとは考えもしませんでしたが」
「それって褒めてるんだよね? だよね?」と木鳩が言って、ひくつきながら肩を回す。
「ある意味では……。私の時代にはあなたのような生き物を飼いならすなど、考えたこともありませんでした。これも、時代でしょうかね」
それを聞いた木鳩が鏑木の前に仁王立ちする。
「違うね。加賀崎っちは器がでかいんだよ」
木鳩がきっぱりと言い切る。
「くっくっく、あっはっはっはっは。確かに。確かにそうかもしれません。まったく、まったく……」
底抜けに明るい笑い声をひびかせ、納得するように何度も何度も鏑木は頷いた。
「せっかくだし、ライブ見ていかない?」
鏑木を解放してから木鳩が提案した。矢淵は断ろうとしたが、木鳩に腕を捕まれると固まってしまう。木鳩の本性を知ってしまったのだ、無理もない。疲れがでたのか、ぐったりと四肢を緩ませながら木鳩に運ばれていく。
その後姿を見ながら加賀崎とベルタは顔を見合わせる。ベルタは無言で、しかし視線の動きで加賀崎を誘った。
「ああいうガチャガチャした音楽は苦手ですの。知っていますでしょう」
加賀崎は珍しく整った眉を吊り上げる。
「意外といいものですよ。私が好きなのはフォークメタルですけれど、ヘビーメタルも似たようなものです。いかがです?」
今度ははっきりと声にして加賀崎を誘う。それ自体が珍しいことだったので、加賀崎は思わずベルタを二度見する。こころなしか、ベルタは楽しそうに見えた。
「そうね、確かに……興味がないと言えば嘘になりますわ」
曲よりベルタに、と心のなかで加賀崎はつけ足す。
ライブ会場の中は意外と人がいる。大きさはせいぜい学校の教室くらいだが、座り込む場所もないほどにみっしりと人で埋まっている。高校で有名だったという話通りに観客は高校生らしき生徒でいっぱいだ。
それらから離れた暗がりに立つ一人の女性に目が止まった加賀崎は、そのへんの女子生徒を捕まえてこう聞いた。
「あの人、もしかして有名な人ですの?」
「常連ですよ? しずりっちーの一番のファンというか。いやでも実際、あの年齢でここに来る自体レベルたけえっすよねー。負けてらんないし」
「へ、へえ。そうなんですの。ありがとうございます」
壁際でライブが始まるのを今か今かと待っている女性を見て、加賀崎は複雑な顔をした。
あの管狐がどうして自分の孫の手の混んだ疑似自殺に手を貸した本当の理由がわかったのだ。
「ああ、こういうのを化かされたというんですのね……」
きっちりと和服に身を包んで、自作団扇とサイリウムの準備をするその老婆は、四十万菊その人であった。
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