クダギツネ 7/10

 加賀崎は隣りに座った木鳩をちらりと見やる。するとそれに気づいたのか、木鳩が口を開いた。


「もう大体わかっちゃったかも。静流ちゃんのSNSのアカウントも見つけたし」

「それで、あなたの見解は? もうある程度見切りはつけてあるのでしょう」


 もちろん、と木鳩は言う。


「この子、学校内では結構有名みたいだよー。軽音楽部では『ダークパープル』ってバンドを組んでて、ギタリスト兼ボーカルとして結構ファンがいるみたい。しかも今日初めてのワンマンライブだって」

「え、それって! もしかしてメンバーがいないことをバンドの人たちは知らないんじゃ」

「どうかなぁ。そうだったらさすがに周りがざわつくはずだけど、関係者らしいアカウントを探ってみても特にそういう動きはナシ」


 スマホを置いた木鳩は、肩の力を抜いて椅子にもたれかかる。そしてそのまま、仰ぐような姿勢のままこうつぶやいた。


「部屋になかった例のCDがさ、あのバンドの名盤って言われてるヤツなんだよねー。なんか家出する時にこれだけは置いていけないって持ち出したりするじゃん? そう考えると、やっぱ死んでないと思うんだよねー」

「そ、そうだったんですか?」


 加賀崎は答えない。代わりに静かにこう続けた。


「両親との義理を破ってでもやりたいことがある……。きっと、彼女なりの家出なのですわ。それを両親が察したのか、それとも本当に興味がなかったからなのかはわかりませんけれども。できれば前者であってほしいところですわ」


「どっちにしろさー。静流ちゃんが両親を嫌ってるのは確かだね。通ってる高校はこの辺じゃお嬢様校だし、成績もトップクラスだけど、彼女の成績が下がった時があったみたい。その時は一週間くらい軟禁されてたみたいで、学校での評判もサイアク。そのせいでみんな親と仲が悪いのを知ってるっぽいし」

「この短時間でどうやってそこまで……。まだ2時間位しか経ってないですよね?」


 確かめるように矢淵はスマホの時計を見る。やはりその程度しか時間は経っていない。


「えっへっへ。これでもネットじゃ有名人なんだよね私。だからちょっと声をかければぁ……勝手に調べて教えてくれるんだよ。たとえば今回みたいに、音声ファイルだけアップして『このバンド誰か知ってる?』って呟けばいい」


 木鳩はスマホをとんとん、と指で叩く。


「そこからバンドの情報がわかったら、それとなーく高校名を隠しながら『学生バンドだったんだ、知らなかった!』って追い打ちをかければ、その高校の人が情報を持ってきてくれる、というわけなのさワトスンくん」


 木鳩は得意げに語る。やけに犯罪臭く思えるのは矢淵の考えすぎだろうか。


「木鳩は現代のモリアーティといったところですか。裏で糸を引いているだけなのに、情報は集まってくる」


 ベルタはそう言ってパフェを口に運ぼうとする。すると、木鳩が口を開いてずずいとベルタに顔を寄せる。ベルタは当たり前のように、クリームとアイス、輪切りのバナナがのったスプーンを差し出した。躊躇なくそれにぱくついた木鳩は、ん~、と手を振って喜ぶ。


 ベルタがそんなことをするとは思いもしなかったので、矢淵はベルタをまじまじと見てしまう。すると、取り繕うように彼女は言う。


「今回、木鳩はとてもいい働きをしましたから」

「でしょでしょ~」木鳩がにかっと笑う。

「……ってそんなことしてる場合ですか? 急いで静流さんが生きているのかどうかはっきりさせないと」


 するとベルタが懐中時計を胸ポケットから出し、それを加賀崎に見せる。


「そろそろライブの始まる時間です。彼のいう通り行ってもいいかと思いますが」

「あら、もうそんな時間でしたの? では参りましょうか」


 加賀崎は会計伝票をつまみあげる。矢淵はポケットから財布を出すが、加賀崎の長く整った指がそれを静止した。


「カードしか持ち歩いておりませんの。割り勘できませんから、私が払いますわ」

「いや、そうは言っても」

「いいんですの」


 ベルタは木鳩に無言でパフェの台座を押す。すると残っていたパフェをあっという間に平らげた。木鳩とベルタも席を立ち、会計に向かうこともなく店を出る。矢淵はなんだか煮え切らなく思いつつも、それに続いた。

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