クダギツネ 6/10

 向かったのは繁華街の集合施設だった。最近新しくオープンしたここには、様々な店が出店している。主に一階のレストラン街で、4人は甘いものに定評がある喫茶店に入ったのだった。


 それぞれ思い思いのものを注文する。すると、木鳩がベルタと会話しながらスマホをいじっている。対面に座る加賀崎は、無言で自分の顔くらいはあるソーダフロートのアイスを突いている。花びらのように盛られたアイスと、海へ沈んでいくようなグラデーションのあるソーダの色は、沈みゆくアイスのかけらを眺めているだけで涼を取れそうだ。


 矢淵はどうにも居心地が悪かった。女子と喫茶店でお茶、というのが初めてだったこともあるが、対面が加賀崎なので会話をどう切り出せばいいのか全くわからなかったのだ。ちなみに彼は無難にアイスティーを頼んでいた。


「あの、せっかくなので聞いてもいいですか」

「もちろん、なんでも聞いてくださって構いませんわ」

「じゃあ、まじ……」


 魔女、もしくは魔術と言いかけた彼の口を、隣りに座っていたベルタの手が塞いだ。彼女が食べているバナナパフェの甘ったるい香りが鼻をつく。それから自分の口に指を立て、言外に「それは聞くな」と伝える。ジト目で矢淵を睨みつける視線は身長に反比例して鋭く、銃を押し当てられているようにすら感じる。


「それ以外でお願いしますわ」


 加賀崎がそう言うとベルタは手を離し、おどけるように手をひらひらとさせ、またパフェスプーンを握り、不穏な笑みを浮かべる。口止めの上手いヒトだ、と矢淵は高鳴る心臓を抑える。


「じゃあ……。どうしてこんなに落ち着いてるんですか?」


 せわしくスマホをいじる木鳩以外は、まるで放課後に遊びに来ているように楽しげだ。それこそ、遺体を探してほしいという奇っ怪な依頼を受けたことが嘘のように。


「そうですわね。まず遺書に緊張感がありませんでしたわ。かしこまった書き方もなくって、遺書と言うよりも……、そう! 家出の置き手紙に近いものを感じましたわ」


「……僕は読んでないからわかりませんけど」


 矢淵がそう言うと、加賀崎が鞄からそれを出して広げた。なるほど、彼女の言うことに少し納得がいった。ルーズリーフに手書きの荒いボールペン。口語を多用した文章。自殺を前に書くには、気迫が足りない。


『パパ、ママへ。

 これは遺書だよ。なんで死んだかって、そんなことだって聞かなきゃわかんないの?

 自分と違うからって否定してたら一人ぼっちになるんだよ?

 寂しかったらせいぜい自分の思い通りになるお人形さんを買えばいいよ。

PS,今回だけだから。ま、自殺ってそういうもんでしょ?』


 矢淵にも経験があるのでわかる。遺書というのは自分を一番知っている人に向けて書くわけで、特に書き出しはかしこまったものになることが多い。なぜなら人生最後の挨拶だからだ。だが今読んでいるコレは、そういった張り詰めたものがない。

 恨みはあるが、怒りを感じない。悲しみもない。その恨みでさえも、どうにもぼやけてしまっている。どこかとぼけた文だ。家出らしいと言った加賀崎は的を射ている。明日にでも帰ってきそうだ。


「しかも、最後の一言が不思議なのですわ。『今回だけだから』なんて、まるで……またお婆さんに会えるからと言わんばかりではございませんか? 四十万様はあまり話したことがないとおっしゃっていましたけれど、その割には好かれているように思えますわ」

「そうかもしれませんけど……でも本当に死んでたらどうします? 単にこの子がこういう遺書を残したってだけで。辛いときほど軽く言うことってありませんか」

「では矢淵さんは親御さんにこういう文章を残しますの?」

「親のほうが先に死んでるのでなんとも……」


 それを聞いて加賀崎はえーと、と考え込む。すると横からベルタが口を挟んだ。


「美智留さんがいたら、こういう文を残しますか?」

「いやあ、ないですね」


 即答した矢淵に、ベルタは手に負えない、とジェスチャーする。加賀崎はくすくすと笑うと、ルーズリーフをしまいこんだ。


「それに警察の対応があまりにお粗末すぎますわ。身内とはいえ、遺体が消えていらっしゃるのよ? 取るべきリアクションとはあまりにもかけ離れていますわ」

「それは確かに思ってました。普通、身内だからこそ念入りに調査するものですよね」

「さ、さあ、それは場合によりますわ。とにかく、普通は偉い人ほど身内の恥を出したがらないものですの。どちらにしろ、この対応は異常ですわ。形式上だけでも捜査したという事実がほしい、そんな風に感じられましたわ」


 身内だからこそ念入りに、という発言に面食らった加賀崎は言葉を濁す。矢淵の返事が純粋すぎるのだ。

 しばらく考えると、矢淵がぐっと机に乗りだした。


「もしかして、両親が静流さんを?」

「さあ、どうでしょう。ただ、私達が共感した部分が一つあります。おわかりかしら?」


 逆さまに問われて、矢淵はさきほど読んだ文章を思い返す。


「そういえば『自分と違うから』と書いてありましたけど。そこですか……?」


 矢淵には確証がなかった。が、加賀崎は肯定する。


「まず、私達のような……ええと、『特性』は遺伝しますわ。ですが子供には遺伝せずとも、お孫さんにだけ表れる、ということもよくある話ですの。隔世遺伝というものですわね」


 特性、と聞いて矢淵はすぐにピンときた。魔術のことだろう。


「おそらくお孫さんの静流さんにだけ、特性が表れたのでしょう。ですから両親は娘と距離をおいた、と考えられますわ。なにより、四十万様がわざわざ私達を呼んだ。それこそ、この推論の証拠に思えませんかしら」

「……いやぁ、そこまでわかるものなんですね。でもだからといって、捜索しないわけにも」


 説得力のある推論に舌を巻きつつ、矢淵は言った。


「木鳩がさっきから一生懸命捜索していますわ」

「いや、そうじゃなくて。僕らが動かなくていいのかって話なんですよ。人の命がかかってる……かもしれないんですよ」


 正直、彼も疑いを抑えきれない。末尾は取ってつけたようなものだった。


「じゃあ、矢渕くんが手当たりしだいに聞き込みをして、有益な情報が見つかる可能性がございますの?」

「ないとは言えないでしょう」

「いいえ、滅多にありませんわ。近所は全て四十万様の土地で、周囲に民家もありませんもの。それに高校生が突然訪ねてきても、向こうはそうそう喋ってくれませんわよ。聞き込みというのは、警察という権力が目に見える形で使うから意味があるのですわ」


 もっともな言い分だった。


「こういうときは、彼女の学生の顔を洗うのが一番てっとり早くてよ。四十万家のご子息ではなく、四十万静流という生徒としての顔ですわ。誰もが家庭と外で態度が違うのは、交友関係を明確に分けたほうが都合がいいからですもの。だからそちらの情報に詳しい木鳩に頼んでいるんですわ」

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