クダギツネ 4/10

 離れと言っても充分一人で暮らしていける設備が整っていた。台所、風呂場、居間、寝室がある平屋だ。冷暖房も完備してあり、家具もある。長く使われているようで、おそらく静流のものと思われる現代的な小物やインテリアが多い。


「では私と木鳩で寝室を調べますわ。矢淵くんとベルタは台所と居間をお願い」


 了承した4人はそれぞれに手分けして家中を家探しする。


 台所はごく普通の一軒家の台所、という感じだ。一体型のシステムキッチンは収納は多いものの、それほどたくさん食器や調理器具が納められているわけではない。鍋やフライパンも多くなく、二口のコンロはシンクに近い一つが主に汚れている。


「ここで長く暮らしていたんですかね。生活感がありすぎる」


 矢淵は台所を物色してそう言う。調味料の収納には醤油のペットボトルが染みを作っているし、みりんや酒をこぼしたせいで付いたであろう臭いが色濃く残っている。炊飯器は3合炊きしかできないタイプだが高価なものだ。周囲には乾燥したお米がぱらぱらと散っている。


「同意見です。母屋から離れて一人暮らしに近い状態だったのでは? 意外にも料理はしていたようですが」


 ベルタがコンロにこびりついた焦げを指で撫でる。


 矢淵はそれから食器棚に立てかけられた数冊の料理本をぺらぺらとめくる。そこには丸文字でメモが書き込まれており、自分たちの世代でしか使わない略語や言葉が多い。おそらくこれは静流の筆跡だろう。


「その割にレシートが一つも見当たらないですね」

「おそらく食材は届けてもらっていたんでしょう。あの女中が詳しいことを知っている気がしますが、あの様子だと聞いても教えてもらえないかもしれませんね。どこか非協力的でした」

「うーん。なんでこんなに徹底した一人暮らしをしてたんですかね。親と仲が悪かったとか?」

「その可能性は高いかと。ここの調査はこのくらいにして、寝室に合流しましょうか」


 居間を通り過ぎた矢淵は、広くて大きなダイニングテーブルに、椅子が一つだけという事実にぞっとする。ここに誰かが来る、ということはなかったのだろう。テーブルの端には小瓶に詰められた調味料がある。薄汚れたそれらが置かれている場所は椅子が置いてあるところに近い。手を伸ばしやすく、他の誰にも考慮されていない置き方だ。矢淵は自分の食卓に似ている、と直感する。


 テーブルの真正面には大きな液晶テレビが置かれている。矢淵はその前で、しばしこの居間での生活を想像した。


「どうしました?」


 寝室に来ない矢淵にベルタが声をかける。


「ちょっと想像したら、なんだかかわいそうだなって思っちゃいまして」

「かわいそう、とは?」

「お孫さん、ここでずっと一人でご飯を食べてたと思うんです。テレビを見ながら。すぐそばには自分の両親どころか、おばあちゃんまでいるのに。これ、異常ですよ」


 その行き着く先が、自殺。矢淵はかつての自分を見ているようでぞっとした。


 寝室に入った矢淵は、今度は違う意味で驚く。壁にかけられたいくつものエレキギターと周辺機器が雑多に転がっていたからだ。使い方もさっぱりわからない似たような機器がところせましと床に置かれ、ばらばらに繋がっているコードが床の模様のようにのたうっている。


 大きな本棚には平積みにされた音楽関係の雑誌が納められ、上段にはギターの指南書から音楽編集の仕方、ソフトウェアを使った編曲などの本が納められている。ベッドは簡易なパイプベッドで、そばにはディスプレイとパソコンが設置された机がある。


「ひえー。これ全部ガチなヤツばっかりだね。このギターのチューナーなんかお値段……20万!!」


 木鳩はビデオデッキのような機材を写真に撮り、画像検索しているようだ。


「この部屋にある機材だけで200万くらいいくっぽい? いやーお金持ちだったんだねぇー」


 加賀崎はベッドに腰掛け、遺書と思われるルーズリーフを熱心に読んでいる。窓から差し込む光を浴びてそうしている様は構図としてはいいのだが、ルーズリーフのせいでどこかちぐはぐだ。


「こっちは遺書ですわね。読んでみた限りではなんともいえませんね。真実は何も書いてない気がしますわ。唯一わかるのは、両親と仲が悪かったことくらいでしょうか。彼女いわく『自分と違うからって話もしないなんておかしい』だそうですわ」


 なるほど、と言って頷いたのはベルタと木鳩だ。これだけで大まかにどんな内容かわかったらしい。


「それと、お婆さんに一言だけ。今回だけだから、と」


 加賀崎はそう言うと、ふぅ、とため息をつく。


「四十万様も人使いが荒い人ですわ」


 そこにカタカタとキーボードを爆速で打つ音が響く。

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