クダギツネ 3/10

「ええ、四十万様」

「それはよかった。後輩が今でも来てくださる、これはとても嬉しいことです。それに見たことのない方が御二人……。新しい部員ですか?」

「はい。男の子が矢淵准さん。女の子が木鳩悠季さんと申します」

「そうですか。私は四十万菊。西洋魔導研究会の先輩にあたります。あぁ、そうでした。今はOGという言い方をするんでしたね」


 加賀崎が矢淵と木鳩に目配せする。挨拶しろ、ということだろう。二人が名を名乗ると、老婆は二人にも挨拶をし、頑張ってくださいね、と告げる。矢淵はいつの間にか部員にされてしまったことに躊躇いを感じつつも、否定はしない。これ以上この老婆と会話をするのは疲れそうだったからだ。


「さて。御呼び立てした頼み事というのは、孫のことです」


 老婆は朗らかな笑顔に影を落とし、とつとつと語りはじめた。


「昨夜、孫の静流しずるが死んでおりました。すぐに息子のご友人が捜査しましたが、服毒自殺ということで早々に決着がつき、医者の死亡診断も終わりました。ですが、朝になると部屋から遺体は消えてしまっていたのです。わたくしが依頼するのは、孫の遺体の捜索です。……息子にはこれ以上任せておけません」


「わかりました。お孫さんのことでなにか、四十万様が気づいたことはおありですか」


 加賀崎はゆっくりと、だがはっきりと聞き取れる声量で喋る。普段の彼女と違って、そこに余裕はない。彼女もまた、緊張しているのだろう。


「さあ。孫とは話が合わなかったのでねえ。ただ、今日のことでずいぶん息子たちと言い争っていたようです」

「……というと?」

「今日、息子たちは孫を連れて式典に出るはずだったのですが、それを嫌がっていたようで……。何か自分の用事があったようです。それくらいでしょうか」

「わかりました。お任せください」


 加賀崎がそう言うと、老婆は礼を告げて襖を開け、部屋から出る。顔を出した女中が「しばしお待ち下さい」と告げると、矢淵たちは肩を下ろした。その中でベルタだけがきっちりと背筋を伸ばしたまま震えていた。そのぶっきらぼうな顔面はひきつっており、木鳩が怪訝に見つめる。


「OGという略称は、本場では生粋のギャングという意味で使うそうです。ヤクザ映画そっくりのこの部屋にぴったりだと思いませんか?」


 といってしなだれる。それを聞いて3人は顔を合わせ、声を殺して笑った。


 笑いがおさまった頃に女中がやってきて、部屋へ案内するという。加賀崎とベルタは立ち上がり、それについていく。木鳩は正座で足がしびれてしまったのか、矢淵に掴まりながらなんとかそれに続く。


「静流様の住まいは離れになっておりますので……」


 4人は再び竹林の中を歩く。


「鏑木さん。四十万様は何を考えてらっしゃいますの?」


 加賀崎は女中にそう問いかける。鏑木と呼ばれた女中は答えない。名前を知っているあたり、二人は何度か会ったことがあるのだろう。


「四十万様は管狐の異名の通り、直近予知フラッシュフロントという魔術を持っていたはずですわ。それなのに、静流さんの死を予知できなかったとは思えませんわ」


「その通りでございます。確かに菊様は、静流様が死ぬことを予知しておりました。そしてあなたがたを屋敷にお呼びすることも予知していました」


 鏑木は歩みを止めずに答える。


「ではどうしてですの? 防ぐことができたはず。自分の孫を見殺しにするような方ではないと覚えているのですけれど」

「勘違いしてらっしゃるようですが」


 女中はそう前置く。


「菊様は自分のためになるならば、どんな未来も利用する方です。……つきました」


 竹林の中に、一軒家が立っていた。つくりは和風だが、母屋に比べて新しい。女中は玄関の鍵を開ける。


「ここが静流様の住まいです。警察の検分は終わっておりますので、どうぞご自由にお調べになってください。お帰りの際は私にお電話ください」


 それだけ告げると、鏑木はさっさと立ち去ってしまった。


「バチバチに怪しくない?」靴を脱ぎながら木鳩がそう呟く。

「予知ってのが使えるんなら、どうして止めなかったんでしょうね。鏑木さんは意味深なこと言ってましたけど。もしかして……未来は変えられないってことですか?」


 矢淵がはっとするが、ベルタは首を振る。


「四十万様の逸話はいくつか知っていますが、不幸な未来をいくつも変えてきたそうです。先んじてそれを潰す対策を取っていたと。未来が変えられないということはないと思いますが」

「そのうち明らかになりますわ。あの人が何を望んでいらっしゃるのか」

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