パイオニア~奪われた世界を生きる者たちの足掻き方~

@gacho

第1話 師匠との出会い 於王都

私はその人を常に師匠と呼んでいた。だからここでも師匠と書くだけで本名は打ち明けないでおこうと思う。これは世間に名前が出るのを嫌う師匠への気遣い、というよりも、そのほうが私にとって自然だからだ。私はその人の記憶を呼び起こすごとに、すぐ「師匠」と呼びたくなる。ペンを執っても気持ちは同じことだ。それに余所余所しく、頭文字などは使う気にはならない。


私が初めて師匠にあったのは、私がまだ六歳の頃。私の故郷の村―後に「ローザ」という名前があるのを知った。ここを切り開いた開拓者の名前らしい。―から少し離れた場所にある森の中、夏には蛍でにぎわうせせらぎのきれいな小川でのことだ。


貧しい農村では食べ物といえば雑穀や少しの野菜の類である。時折村の男たちが猪や鹿、時には熊なんかの獣を狩ってきた時に少しばかりの肉が手に入るが、めったに食べられるものではない。育ち盛りの子供達は、そんな質素な食事ではもの足りず、その川で魚を取り、焼き魚、あるいは煮魚を一品、家族の夕飯に加えるのがこの村のちょっとした習慣だった。


その日いつものように子供達だけで川へ向かうと、対岸に先客がいた。上品ではないが上質だと見てとれる、しっとりとしたコートを纏った、いかにも旅人然とした細身の若い男である。


男は川をじっと見つめていた。上流から下流へ、また上流へと目を動かす。その端正な顔に付いた、まるで自分とは違う世界を見ているような澄んだ目に、私の意識は吸い込まれていった。


「この辺りの村の子かな?」


依然として川を見つめたままであったが、男は私たちにそう問いかけた。私と一緒にいた誰かが、「そうだよ。」と答えると、「そうか」と短く返した。そして、差し支えなければ、村に幾日か止めてほしいと言った。私たちは少し顔を見合わせ、問題ないと頷いてみせた。村に来客などとても珍しいが無いわけでもない。その場合いつも村長の家に旅人は寝泊まりすることになっている。


久しぶりの来客に、気が急くのを感じた。早速大人たちに知らせてこようと思ったところで、「あ、でも魚。」誰かがそう呟いた。

それはそうだ、まだ魚を獲ってない。手ぶらで帰れば文句の一つや二つ言われるに決まている。どうしようか迷っているとき、男が初めてこちらを見た。

私達の格好をみたのだろう。網やら籠やらを持っていたのを見て、「魚をとりに来たのか。じゃあ手伝おう。」とそう言った。男は袖を捲り、右手を川に浸した。

何をしているのだろうかと呆然と思った次の瞬間、その細腕から紫電が走った。急な閃光と音に腰が竦む。大丈夫だよ、と笑う男を見ていたら、誰かが、「魚だ!!」と声を上げた。何事かと川を見ると、なんとも不思議なことに気絶した魚がプカプカと流れていくではないか。突然のことに呆然としてしまう私達を見て、男はケラケラと笑うと、「ほら魚が流れていってしまうよ」、と私達に魚を捕るよう促した。私たちはわぁっと川の中に入り、訳もわからず籠いっぱいの魚を得たのであった。


その後、私たちは大量の魚達と共に、その男を村に向かい入れた。


その後、村ではその男の話で盛り上がった。男はどこに持っていたのか、肉や酒を取り出し、村人に振る舞った。宿泊料だと言って可憐な布地を出し、女共に贈った。村の男は酒を嗜み、女は布をあれやこれやと姦しく騒ぎ立て、そして子どもたちは男に群がり外の話をせがんだ。


この村には来客など殆どない。年に一度、冬前に行商人が僅かな品を運んてくるくらいで、特に目立ったものも無いこの村は、言ってしまえば外の世界に飢えていた。特に年頃の女達は、端正な顔立ちで上質なものを身につけ、少し謎のあるその男に色めき立ち、それをよく思わない青年たちはしかし外の話に興味を捨てきれず葛藤していた。


男は村長の家で饗された。夜日が沈んでも火を焚き、大人たちは男と酒を交わしていた。一通り飲み明かすと、先に潰れて寝転がっている者を叩き起こし、また明日とそれぞれの家へと帰っていった。

 

男は村長の末の娘に連れられて、宿代わりの家へと案内されていった。


その晩、私が夜更けに厠へと起きた時、その男が森に入っていくのが見えた。それが無性に気になった私は、その後を付けていった。月明かりが夜道を照らし、足下はよく見えた。


 男の後をつけていくと、いつも魚を獲っている川に出た。ああ、やはりここかと何処か納得しながら、歩みを止めた男を木の影から覗く。男は川に沿って上流へと歩いていった。少し距離を取りながら後をつける。それが少し楽しかった。そもそもこんな夜更けに森に来ることはなかったから、きっとその興奮も加わっていてのだろう。


 男は相変わらずあちらこちらを見渡して何かを探しいるが、私に気がついた様子はない。だか子供の私より男の歩みはもちろん早かった。私が茂みに足を取られている間に、男は先へ先へと行ってしまった。慌てて後を追いかけ男の影を探したが、終ぞ見つけることはなかった。仕方なく帰ることにした。来た道を戻る。しばらくして、ふと川を覗くと月が水面に浮かんでいた。川沿いを歩きながらその様子を見ていると、映る月が2つに増えていることに気がついた。慌てて天を見上げると、そこには月ではなく、何か虫のような、蛍のような小さな光ではない、もう少し大きな、ふわりふわりと宙を漂う光の玉を見つけた。


一瞬、季節外れの蛍かとも思ったが、光り方が明らかに違う。蛍の光と比べるとあまりに非現実的で幻想的な淡い光だった。


手の届く位置まで光が下りてきたのでそおっと手を伸ばすとその光の玉は私の小さな掌に収まった。何処か温かい、儚げな光だった。


「それはイグニス・ファトゥス。妖精の灯火だ。」


急に背中から声が聞こえた。びっくりしてふりかえると、随分と先を歩いていていたはずの男がいつの間にか戻ってきていた。反射的に二歩ほど下がる。後をつけていたことに加え、こんな夜更けに私のような子供が外に出るなど確実に怒られると思った。しかし、月明かりに照らされた男の顔は柔和な笑みを浮かべたままであった。

私が声を出せずにいると、男は静かに語りだした。


「ここの上流でとある龍が死んでね、その所為でイグニス・ファトゥスが6匹生まれたと御告が出てね、それを迎えに来たんだ。」


イグニス・ファトゥス、知らない言葉だった。


「あのフワフワ?」


私の言い方がおかしかったのか男はきょとんとした後、ケラケラと笑った。


「うん、そうだね、あのふわふわさ」


そうして男は5つの光の玉が入った綺麗な籠を見せてくれた。少しずつ色の異なる5つの光。その光に見とれていた私は、自分がその光を持っていることを思い出し、自分の掌に収まっている光の玉を男に差し出した。


だか男はそれを受け取ろうとはせず、私が胸に抱えるようにやさしく押しかえしてきた。


「それはどうやら君が気に入ったらしい。君が育ててあげなさい。」


「育てる?どうやって?」


「君の魔力を与えるんだ、それは魔力を与えることで孵化するからね」

 

どうやって?

私のその問に男は少しニヤリとするとこう言った。


「ゴクリと、それを飲み込むんだ」


「へ?」


「大丈夫、そうすることでそれは君に宿り、いずれ生まれてくる。」


「でもそんな」


生き物を食べるということは殺すということ。その相反した行為に戸惑いが生じる。

男はそれを見て、またケラケラと笑った。


「仕方ないなぁ。別の方法でやってあげる」


そう言うと胸の前にきちんと抱えるように言った。私は一度その玉をみる。少し温かく、ふるふると震えている。

それを胸の前で、きちんと抱える


男は何か唱えると私の手を胸に押し込んだ。光の玉が自分の胸へと吸い込まれていく。

光の玉が私の中に入ってくるのがわかった。


「…ひゃっ…うっ…あぁっ…」


何か温かいものが流れ込んでくる。

体をかき混ぜるようなゾワゾワとした感覚が全身を巡る。

冷えた体に懐炉を押し当てられるような、寒い時期に熱いお茶を飲みこんだ時のような そんな感覚に全身を強張らせていると。男は肩に手をのせて安心するように言った。


そうして光の玉がすべて入り込むと。

ぽかぽかした感覚が全身を満たした。


「うん、成功だね」


男がそう言って微笑むとなぜかその顔を見てられなくて、目をそらした。


「もう朝だね。」


東の空が少しずつ明るくなっていた。


男もイグニス・ファトゥスを見つけて契約を済ましたと言い、今日ここを出ていくと言った。


「あれを探していたの?」


少し嬉しそうな男の顔を覗き込む。


「そうとも、最後の一匹だったのだが、ようやく見つけられた」


君のおかけでね、そう男が微笑むと、不意にどきりとしていまう。ふいと顔をそらすと怪訝そうな雰囲気が伝わってきたが、無視だ。


「明日、ここを出ていくよ」

「そう」


わかってはいたが、そう聞かされると残念だ。もう少し一緒に居たかったと思う自分がいることに驚いた。


「いい村だ。とても良くしてもらった」

「また来る?」

「さあ、どうだろうね」


やはりこの人は旅人なのだろう。そう確約しないところがこの人らしいと思った。


「ああ、もし君が、」


 そう言われて彼を見上げる。


「もし君が成人してこの村を出るようなら、いつか俺を尋ねるといい」

「どうして?」


どうして村を出ると言われたのか?どうして尋ねるよう言われたのかわからなかった。


「いずれわかる時が来るさ」


彼はそう言って微笑むと私の頭を撫でた。

それからはお互い無言で村に帰った。

なぜかその無言がとても温かかった。


これが私と師匠の出会いである。


●●●●●●●●●


「何を読んでいるんだ?」


急に掛かられた声に、ビクッと椅子から飛び上がる。


「ちょっ!師匠!気配を消して近づかないでください。」


「特に消してるつもりはない。」


古い日記を見直していたら師匠が近づいて来ていた。

あの日師匠と出会い、妖精の灯火の恩恵を得た。

成人したら師匠の言う通り村を出てみようと思った。

あの村は恩恵を受けた私には小さすぎた。


師匠は温かく自分を迎えてくた。

遅かったねと言われたときは、たった一晩一緒にいただけの私をこの人は待っていてくれたんだと、とてもうれしかった。


今では師匠の手伝いをしている。

そんなこと言うと師匠には半人前のくせに俺の手伝いだなんて、生意気だと言われてしまうだろうが。


「それより仕事だ、支度しろ」


そう言って、部屋を出ていく師匠をかばんを持って追いかける。

ここは王都、私のような妖精の灯火の恩恵を得た者が多く住む場所。

そして私の物語が始まった場所でもある。









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