第3話 現パロ双子組
Quadruplet
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
「……サクはもっと違う役がいい」
机につっぷしたまま目の前の少女、ユメが不満そうに呟いた。
どうせ飲み物を飲み干してしまいやる気がなくなったのだろう、数十分前に渡されたばかりの台本がもう机の隅に追いやられている。
無視すると後々面倒だ。そう思い視線を移すと、ユメはそれだけで満足そうに笑った。
「私たちがするの白雪姫でしょ? 可愛いだけのお姫様も、ネクロフィリアの王子様もやだ。サクはもっと優しい王子様がいい」
ネクロフィリア(死体愛好家)__
確かにそんな設定…というか要素のようなものもあった気がする。馬鹿なお姫様と変わり者の王子、そんな話を昔、誰かとしたような気がする。
と言ってもあくまでグリム童話の話だが。俺たちがする劇は有名な映画を元にしていて、お綺麗なハッピーエンドのはずだ。高校生の文化祭でそんなに重い話はするわけがない。
「自分があんなに馬鹿なのはいいんだな…それより台本最後まで読んでないだろ」
「私はなんでもいいの。んーん、一応読んだけど…映画見てないしあっちの印象のが強くて」
言われてみれば。さすが有名どころと言うべきか、なんとなくの内容は知っているものの、映画自体は見たことがない。メインの白雪姫のビジュくらいは知っているが。
あの映画が上映されたのは俺達が生まれるずっと前だったし、特に興味もなくわざわざ見ようともしなかったのだ。
「……帰ったら一度見てみるか」
そこまで完成度をあげる必要もないだろうが、俺達に押し付けられた役は主役なわけだし見ておいて損は無いかもしれない。そう思いポツリと言葉を落としてみる、視線をあげるとこちらに向けられた瞳はもうキラキラと輝いていた。
「んふふ、やったぁ。じゃあ帰りポップコーン買ってこーね」
やわく微笑みながらユメがそんなことをこぼす。楽しみだな〜なんて独り言をいいながら、視線はもう台本に戻っていた。
ちょうど自分が本読みに飽きたところだったのでそのまま彼女を見つめてみる。が、すっかり入り込んでしまったようで目が合う気配はなかった。機嫌がなおったなら何よりだ。
この時期にしては少し効きすぎているクーラーが、店内に繰り返し流れる流行りの曲が、色があるならばピンクであろう甘ったるい匂いが、言葉はなくとも心地いい二人の時間が。
不思議とこの空間の全てが眠気を誘う。
昨夜も遅かった。台本は一通り読んだし、何かあればきっと起こしてくれるだろう。待ち人はまだ来そうにない。それまで少しの間眠ってしまおうか、そう思い目を閉じた。
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
風を感じてふと顔をあげると、最後に見た時と同じ姿勢のまま眠っているサクヤが目に入った。
腕が痛くなりそう。そう思ったが、変に動かすと起こしてしまうだろうから何も出来ない。昨夜遅かったのを知っている、せっかく眠っているんだし、起こしてしまうよりはこのまま何もしない方がいいだろう。
少し迷ったあとスマホを取り出し、カメラレンズを彼に向ける。カシャリと小さく鳴ったシャッター音は、店内の音楽に紛れて溶けていった。
…こんな写真を撮ったのがバレたらきっと怒られるから、このことはサクヤには絶対秘密。これから来る二人にだけはこっそり見せてあげよう、特別だ。
別に寝顔なんていつだって見られるけど、こうして外で眠ってしまうのは珍しいからその記念。
油断すると緩んでしまう頬を抑え周囲を見回す。なにが彼の警戒心を解いたのか、ちょっとした好奇心タイム。
白を基調としたオシャレな店内、少し寒いくらいのクーラー、サビだけ知っているこの曲は最近よく聴くやさしい初恋の歌。人工甘味料のこの香りは、甘いものが嫌いな彼があまり好きそうではないもの。……だめだ、よく分からない。
ほんの少し腕をのばし、彼の頭を軽くなでる。大丈夫、このくらいでは起きないはず。
「…ねぇサク、何が気に入ったの〜?」
指の間をサラリと流れる細い髪、父さん譲りのこの髪質が、夏場は少し羨ましい。伏せられた睫毛が冷たい風で小さく震えた。
何が彼のお気に召したのかは気になるけれども、まあ後で聞けばいいだろう。時間ならたっぷりあるし、ここにも何度だって来られる。
理由がなくてもこのお店が落ち着くのなら、また待ち合わせのとき使ってもいいかもしれない。今までゆっくり集まれる場所なんて…というか喫茶店なんて何もなかったからありがたい。どうせ家では会うけど、ゆるゆるになってしまう家より外の方が特別感もあって楽しい。どこにいてもやることはそう変わらないとしても、だ。
待ち人はまだ来ない。今向かっているという連絡はきているし、あと数分でつくはずだ。迷いさえしなければ、学校からでもそう時間はかからない。
早く来ないかな、期待に胸を弾ませ外を眺める。ステンドグラスがはめ込まれているから外の様子は分からないけど、キラキラと色を反射する様子を見ているだけでたのしかった。
とりあえず二人が到着するまで、それまでもう少しだけ眠らせてあげよう。そう思い、また台本に目を落とした。
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
まだ強い日差しの中を早足で進む、HRが長引いたせいで約束の時間はとうに過ぎてしまった。
今更そんなことで怒るような二人ではないが待たせていることに変わりないし、微妙に汗ばんだ肌に張り付く髪が鬱陶しいから早く涼みたいというのもある。と、言うよりそっちが本音だ。
無理やり渡された大して変わりのない曲を聴き比べながら愚痴をこぼす、二人の貴公子など原典の名前を聞いてもあらすじを聞いてもさっぱり分からない。初めましての物語だ。
まだカーディガンには早かったか、そう言いながらダラダラ走っていると目的地にはすぐついた。
「あっつ…フウ、早く……」
そう呟いている片割れ、ライキに適当な返事をしながら熱くなった扉に手をかける。重々しい見た目に反し、扉は軽やかな音を立てて開いた。
店内は今のオレ達にはありがたい冷気とどこまでも甘ったるい匂いで充ちていた。いかにも女子高生が好きそうな感じだ、偏見だが。
すでに眠そうなライキの手を引いて注文を済ませる。教会がモチーフなのだろう、窓にはめ込まれたステンドグラスの薔薇が辺りを赤く照らす。
どうしてこんな所に建てたのか、もっと都会にあってもおかしくない。店はそう思ってしまうくらいのクオリティだった、オレ達が元々住んでいた方にあっても違和感がない。
「お待たせしましたぁ〜ラズベリーラテとマロンフラッペ、オレンジタルトでございまぁす」
ぼーっとしている頭に間延びした声が入ってくる。反射でお礼を言ってトレーを受け取ると、オネーサンは笑顔を貼り付けたままどこかへ引っ込んで行った。
視線を感じ隣を見ると、先程までの眠気が嘘のようにライキが目を輝かせていた。本当にわかりやすいやつだ。多分この感じなら二人のことももう探しているだろう。
「……っし、行くか〜ライ、アイツらどこ?」
「あ、もう見つけたよ。めちゃくちゃ目立ってる」
ほらあそこ。そう言われ目線を辿ると確かにいた。この店と同じくこんな田舎に似つかわしくないような、一際目を引く二人組が。
「え、サクヤ寝てね? めずらし」
「ほんとだ。いいなぁ僕もねむい」
「あー…せめて1回くらい台本読んでからな」
いつもと変わらない会話をしながら二人に近づく。あの視線の中心に入るのは気が引けるが、何年も続けば流石にもう慣れた。
カチャリとカップがぶつかる音に視線を落とす。ああそうだ、せめて、遅れたお詫びにと頼んだこのタルトが美味しければいいが。
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
絵になるな〜なんて思いながら二人を見つめていると、視線に気づいたようで少女がこちらを振り返った。楽しそうにひらひらと手を振られ、重かった足取りが軽くなる。
隣から制止の声が聞こえた気がするけど無視だ。早くあそこに行きたい。
「ゆーめっ、サクヤなんで寝てるの?」
そう声をかけそのまま少女、ユメを抱き寄せ隣に座る。私もわかんないの〜、とふにゃふにゃ笑っているのを見ているとこちらまで笑顔になる。
数秒遅れて到着したフウキから静かに手が伸びてきた、と思うとべしっと音をたてて台本で叩かれる。音の割に痛くはない。
店の中で走るな、と呆れたように笑うフウキに適当に返事をしながらもう汗をかきはじめたマロンフラッペに手を伸ばす。キャラメルが効いていてなかなか美味しい、兄さんが好きそうな味だと思った。
「腕痛くなりそうだな、こっち来さすか」
そう言いながらフウキが隣で寝ているサクヤの体をゆっくりと倒していく、首が痛くなりそうだと思ったが口にはしないことにしよう。このままだと彼の言うように腕が痛くなる、というか確実に痺れる。それよりは多少首が痛い方がマシだろうし。
その仕草を真似してこちらに倒れてきたユメを軽く支える。よく寝てるね〜とカラカラ笑うその顔は、向かい側の彼と似せて作られた一対の人形のようにも見えた。普段は表情のせいで分かりづらいけど、二人もやっぱり双子らしい。
じゃれている間にフウキがタルトを切り分ける、もうサクヤは寝かせておくことにしたようで三人分だ。どうせあまりは持ち帰るしなんでもいいけど。
フウキが僕を見てぱくぱくと口を開く。察して同じようにあ、と口を開けばタルトの最初の一口が放り込まれてきた。
毒味か、そう思いつつもぐもぐしてみると結構美味しい。フラッペも美味しかったから期待していたけどこの店は当たりかもしれない、二人の表情も明るいのでみんな口にあったようだ。さっぱりとしたオレンジとチョコっぽいタルト生地がピッタリで、甘すぎないからサクヤでも食べれるだろう。
タルトに手をつけながら学園祭の話をする。お互いクラスは離れてしまったから違う劇だけど、主役を押し付けられたのはどちらも同じだったらしい。白雪姫と王子様もパラモンとアーサイトも正直よく知らないしどうでもよかったりする、どうでもいいというか正直セリフ覚えるの面倒くさいというか。
ユメをエミーリア役に据えてなんとなく通し終えたとき、サクヤが今まで体重を預けていたのと反対側に大きく傾いた。三人のあ、と気の抜けるような声とともにガンッと嫌な音がする。
……あーあ、最悪の目覚め方だ。
┈┈┈┈┈❁❁❁┈┈┈┈┈
とある双子達 悠紀 @yuuki-123356
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。とある双子達の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます