第2話 パーティーのお話
カシャカシャカシャカシャ。ボウルと泡立て器が擦れ合う独特な音がキッチンに響き渡る。
お菓子作りは好きだ、難しくても楽しいし、何より皆が喜んでくれるから。
今日のパーティーもきっとつまらないのだろう。ニコニコと笑顔を振りまく自分を想像してため息をつく。
しかも今回はヒスイさんが来れないらしい。それを聞いてから、もう笑顔になる力すらない。みんなで適当に抜け出して、お喋りをしている時がいちばん楽しいというのに。
その時、ふと思い出した。
ああそうだ、今日は“特別”なんだった。
少し緩む表情を抑えながら卵白を泡立てる。と、突然背後からのしっと重圧がかかった。パサリと落ちてきた紫色の髪を払い、顔を上げて目を合わせる。
「フウキ、手伝ってくれるの?」
お菓子を作っている時に来るのはだいたい彼なのだ。誰よりも作ったお菓子を喜んでくれる彼は、お菓子を作るのも上手い。私は2人でお菓子を作る時間が大好きだったりもする。
まだ眠いのだろう、ぼんやりとした瞳が手元を見たままコクコクと頷いた。昨日寝れたのは明け方の6時だし、今日も夜遅いのだからもう少し寝ていたらいいのに。...なんて思ったりもしたが、言ったって聞いてはくれないだろうからやめておこう。
葡萄色の長い髪をサラリと纏め、手を洗ってこちらに来た彼。もう目は覚めているらしい、相変わらず行動がはやい。
「んで、ずっとやってるけど...何作ってんの?」
「...マカロン、あとレモンタルト作る予定」
しばしの沈黙。そう、実は今彼が言った通りで私はずっと卵白を泡立てている。固めのメレンゲを作らないといけないのだが、上手くいかないのだ。
ああ、彼の次の言葉が予想できる...
「......間に合うか?」
「わかんない!」
まだ今日の服も選んでいないし、ピアスも選んでいない。それなのにレモンタルトはレモンを切ったところで止まっている。正直言って一人では間に合う気がしなかったのだ。
「あー...タルトの方やればいいか?」
「うん!ありがと〜助かる〜!」
最悪服はシャルルに選んでもらって、ピアスは3人に合わせようなどと考えていたのは秘密だ。
仕事の進み具合はどうとか、今日のパーティーはどうするとか、たわいない話をしながら作業を進めていく。
マカロンの形成もおわり、あとは焼くだけだ。彼はもう生地を焼き始めていた。オーブンにマカロンの生地を入れ、彼の隣で中を眺める。
2人だけでゆっくりと話すのは久しぶりかもしれない。私達の会話が途絶えることは無かった。
彼のおかげで無事に2つとも完成し、パーティーまで1時間半の余裕を残すことが出来た。バランスを考えて盛り付けをして、ズラっと並んだ棚の中から今日の紅茶を選ぶ。
実のところ紅茶選びはあまり得意ではないが、身内にしか出さないのだから別にいいだろう。そんなに不味いものはないはずだし、と勝手に納得して目の前にあった紅茶を手に取る。
そこで彼らに伝え損ねていることがあるのを思い出した。
「今日はねぇ、マリアとアベルも来るって」
「あーそれでレモンか。てかそれならコレ、オレじゃない方がよかったんじゃね?」
そう言って驚いたようにこちらを見つめてくる彼。まだそんな事を気にしているのか、私達は“家族”だし、マリア達とは“友達”。出会ってからの年数も血の繋がりも、絆には関係ない。好きなことに変わりはないのだ。
いつまでたってもどこか遠慮がちな態度に思わずムスッとしてしまう。多分無意識だろうし仕方の無いことなのだが、どうしても寂しいのだ。
そんな表情に気づかれないように彼の背に回り込み、ぎゅっと抱きつく。
「...私はフウキの作るお菓子の方が好き」
できるだけいつも通りの声で笑う。だがそれも意味はなかったようだ。
「...ごめん、今のなしな。」
笑いながらくるりと抱きしめ返される。私たちの間でこんな咄嗟の嘘が通用しないのはわかっていたことだけれど。
「...まあそれはそうと、あのタルトにこの紅茶はねーな」
「私が選ぶの苦手って知ってて見てたよね...!?」
呆れたように言う彼に思わずツッコんでしまう。そして私の頭をくしゃりと撫で、そのまま棚の方に歩いていった。本当に、こういう所がズルいと思う。
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抜け出すための準備も終わり、時間をかけて今日の衣装を決定する。繊細なレースで作られた首元はまだ少し肌寒いかもしれないが、とりあえずあとはネックレスとピアスだけだ。
細身のリングを指にはめながら辺りを見回す。さっきから今着ているドレスに合うネックレスを探しているのだが、どれもピンとこない。ウロウロとさまよっているとき、並んだソレに目を奪われた。
「...ねぇノアン、こんなのあった?」
「あぁ、柚様から頂いたものですね。他の方にも同様のものが届いているはずです」
キラキラと輝く綺麗な雫型の宝石に、ワイヤーで作られた薔薇が飾られたシンプルなもの。さすが柚、私の好みにピッタリだ。
すぐに手に取り身につける。鏡を見るのも面倒で、そのまま外に出た。
そこにはもうとっくに選び終わっていたであろう3人が揃っていた。待ちくたびれたらしくもう眠そうにしているシャルルも。
「あ、ユメもそれなんだ?」
「うん、みんなもコレにしたんだね!」
皆の胸元に輝くネックレスは、私が選んだものの色違いだった。私は紺、サクヤが水色、フウキが赤、ライキが紫。特に合わせるわけでもなく、いつの間にか私たちのなかで決まっていた四色。
皆すごく似合っている。
「ピアス、どうするの?」
「私はみんなに合わせるよ」
「...めんどくさいだけだろ」
「えへへ、バレた?でもとりあえずおそろいがいいなぁ」
「それは知ってる〜僕もおそろいがいい」
「つかそうじゃねえとつける意味ねえじゃん」
当然か、おそろいにするために集まっているんだし。
私達は、パーティーに出る時は必ずおそろいのピアスを1つつける。一応いろいろ考えてのことだけれど、7割私のわがままだ。
「ユメのソレは固定か?」
「あぁこれ?かわいいでしょ、固定だよ」
今日つけているのはアジサイのピアス。4枚の花弁ひとつひとつに色がついていて、真ん中に小さなダイヤモンドが2粒乗っている。この間ヒスイさんと街に行った時に買ってもらった、お気に入りのものだ。
なかなか決まらず、だんだんパーティーの時間が近づいてくる。みんな半分諦めてだらけ始めたとき、少し脳が起きてきたらしいシャルルの一言でこの話は終わった。
「......ねぇみんな〜twilightからなんか届いてたけど、あれピアスでしょ?」
「あぁ、確かにこの間頼まれてましたね」
twilightは私達がいつもオルゴールを特注で作ってもらっているお店。今回は特別に、ピアスを頼んでいたのを忘れていた。
なぜか今日の衣装は皆モノクロで揃っているので、確かに注文していたアレはちょうどいい。2人に出してもらい耳につける。うん、ピッタリだ。
さて、パーティーまではあと数十分。
ヒスイさんが来れないのは残念だが、今は久しぶりに会う友人達の話にでも花を咲かせよう。
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「皆様、そろそろ時間ですので行きましょうか」
「ほーら!仮にも王子様とお姫様なんだからそんな顔しないの〜」
ノアンとシャルルに呼ばれ部屋を出る。憂鬱だ、行きたくない。そのままの気持ちでなんとなく目の前にいた彼に抱きついてみた。
「...何だ」
「...充電中?」
嘘はついていない。パーティーの最中は世間体とやらであまりくっついていられないのだ。私個人としては世間体なんてどうでもいいが、他の人、例えば兄さん達に迷惑がかかるというのなら話は別だろう。
私達4人がピアスを揃えているのもそんな理由。あまり近くにいられない分、自分たちは繋がっているという証のようなもの。暗に手を出すなという、他の人達への牽制の意味もある。ブラコンやらシスコンなどと言われようがどうでもいいのだ。
実をいえば、今私がつけているアジサイのピアスなんかはまさにそれだ。
ただでさえ敵を作りやすい立場のヒスイさんだから、こうして強すぎるくらいの牽制をしておいた方がいい。私達はヒスイさんを愛している、手を出そうものなら容赦しない、と。
「ん、なんかいい匂いするな」
「ほんと?この間買ったコロンつけてみたんだ〜」
すんすんと鼻を鳴らす彼に心の中で猫か!とツッコミを入れる。不機嫌になるだろうし、決して声には出さないけれど。
今日つけているのはローズのコロン。カレンに選んで貰ったそれは、どうやら彼のお気に召したらしい。
心の中で、かわいい妹に感謝した。
「…ふふ、引き止めてごめんね。行こ!」
サクヤの手を取り前を歩く二人の所まで走り出す。気は進まないが、楽しむ努力ぐらいはしてみてもいいかもしれない。
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