第11話 奴隷商人と呪い。
ロッタはまんまと青蓮を連れ出し、青蓮はどこか分からない場所に移動を続けていた。
最初はロッタに担がれて、次は腕と足を縛られて馬に乗せられ、今は手足を縛られたまま馬車の荷台に乗せられている。
(どこへ行くつもりなんだろ……)
ロッタは一座の他の者と接触もせず、ひたすらに移動を続けている。
誘拐されていると分かった時に、真っ先に一座の仕業でシェムハやレンザたちと合流するものかと思ったのだが、もしかしたらロッタの単独犯行なのだろうか?
(俺を殺すつもりはないんだろうか……)
殺すチャンスは幾らでもあった。そもそも殺すつもりなら窓越しに青蓮が顔を出した瞬間に殺す事も可能だったろう。
こんなに遠くまで移動しなくても、森に入った時点で殺して置き去れば良いだけの話だ。
それなのに青蓮を連れていると言う事は、青蓮に何らかの利用価値があるということだ。
(身代金……かなぁ?)
パッと思いつくのはそれだ。
青蓮を人質にして身代金を取る。交渉は都に残っている連中がするのかも知れない。
(そんな事が上手く行くはずがない……)
青蓮が考えているのは混沌のことばかりだ。
ロッタが方術を使う術士だとしても、あの渾沌が負けるはずがない。
方術士としては仙人とまで呼ばれている銀狐ですら敵わないと認めているのだ。こんな旅芸人の術士が敵う相手とは思えない。
まだ正式に渾沌の番となっては居ないが、渾沌には青蓮がどこに居るのか分かるはずだ。
(俺に、渾沌様が追ってくるのがわかるように……)
そう、青蓮には渾沌がずっと追ってくるのがわかっていた。
馬車に乗り換えてからは距離が縮まらずにいるが、ずっと大きな獣が追ってくる気配が青蓮には感じられるのだ。
だから、考えられるとしたら、青蓮は囮なのだろう。
現に青蓮を渾沌が追って来ている。渾沌は慎重に距離をとっているようだが、最終的に青蓮がロッタと一緒にいる限り、ロッタと渾沌の接触は避けられない。
(俺が上手く逃げ出せればいいんだけど……)
逃げ出して、ロッタから距離をとって、上手く渾沌と合流できればそれが一番安全だ。
(……なんか、嫌な予感がするんだよね……)
謁見の間で、じっと青蓮を見つめていたロッタ。あれば青蓮ではなく、その前に居た渾沌を見ていたのかも知れない。
得物を見つめる獣のような目で。
(できれば、ロッタと渾沌を接触させないほうが良い)
これは青蓮の勘でしかなかったが、後にその勘が当ることとなってしまった。
◆ ◇ ◆
「お待たせいたしました、青蓮様。長旅ご苦労様でした」
どのくらい馬車に揺られただろう、途中馬を休ませることも無く一昼夜を駆け抜け、たどり着いたのは古びた廃墟の砦だった。
「ここは、どこだ?」
「あら、まだお元気ですね」
ロッタはケラケラと笑いながら頭からすっぽりと被っていたマントを脱いだ。
「え?」
顔はロッタだ。しかし、あの美しかった金色の髪も白く透けるようだった肌も全てが黒くなっている。黒髪に褐色の肌。それに頭上に黒い獣の耳。
(これでは、まるで……)
「驚きました? 驚きましたよねぇ……貴方の知っている人に良く似ているでしょう?」
顔は美しいのに、その赤く毒々しい唇を歪めるようにしてロッタはニヤリと嗤った。
「人ではなくて、ケダモノかしら」
「どうして……あんた獣人だったのか……?」
「ねぇ、青蓮様、貴方、疑問に思ったことは無い?」
「……何をだ?」
「あんなに強くて方術にも抵抗する獣人が、どうして人間なんかの奴隷にされていたのか?」
手足を縛られたまま床に寝転がっている青蓮の前にしゃがみこみ、ニヤニヤ嗤いながら内緒話でもするように顔を寄せてくる。
ふっと何か凄く胸の悪くなるような臭いが一瞬臭った。
「私は調教師。獣人奴隷専門のね」
「調教師?」
「ええ、人間より力のある獣人を屈服させて、奴隷として使役するために調教するの」
「あんたも獣人じゃないのか!?」
「私が? 獣人? とんでもない」
ロッタは嫌な笑いを浮かべる。
睨み付けるような、嘲笑うような、美しい顔を歪ませた笑みだ。
「この姿は呪い。獣人たちを従えるために自分に呪いをかけ続けているんだ」
「え……」
「獣人の肉を食らってその血を自分の中に溜め込み、こんな化け物の姿になるまで私の中は呪詛で溢れている」
「っ!?」
獣人の肉。獣人は獣とは明らかに違う。人間から生まれる突然変異だ。
(その肉を食べる!?)
その話だけで青蓮は吐き気がこみ上げてくる。
「獣人たちが畏怖する存在。恐怖でもって人に従わせる。古の獣人奴隷の調教師たちはみんなこの穢れた姿で
ロッタは結い上げていた黒髪を解いた。
だらりと解けて下がる黒髪が、まるで血が流れるように肌に這う。
「獣人である以上、例外はない」
髪を下ろすと臭いがより一層強くなった。
その臭いを嗅いでいると、どんどん頭が朦朧としてくる。
「そんな……術……」
ぐらぐらと視界が揺れて、声が震え――青蓮は気を失ってしまった。
「……まだ番になっていないと聞いたが……私の『呪い』に反応するなんて、随分と獣人の気を取り込んでたんだな」
ロッタはつま先で青蓮を軽く突いて、青蓮が気を失ったのを確認した。
「後はあのバケモノがこいつに誘き寄せられてくるのを待つだけだ」
喉の奥を震わせるように嗤いながら、ロッタは青蓮を担ぎ上げると廃墟となっている砦の更に奥へと入っていった。
「……リェン……」
暗闇の中でぼんやりとしていると、どこかから声が聞こえてくるような気がする。
「……シン……
青蓮の名を呼んでいる。
「渾沌……様……?」
聞き覚えのある声。低く、自分の中に響き渡るような渾沌の声だ。
目を開いたつもりだったが、目を開けても閉じても変わらず、辺りは真っ暗で何も見えない。
「……どこに……」
青蓮が真っ暗な中で方角もわからず手を伸ばすと、ふわっとやわらかい毛並みが指先に触れる。
「青蓮……」
「渾沌様」
声の主がわかって――渾沌が来てくれたのだと、触れる毛並みにもっと触れたくて更に手を伸ばした。
「青蓮、すまぬ。もうしばらく耐えてくれ。必ずお前のところへ行くから」
「大丈夫、大丈夫です! 渾沌様! 俺は大丈夫だから……ここへ来てはダメです……」
青蓮はロッタの台詞を思い出した。
方術に抵抗力のある渾沌だとしても、獣人の奴隷を専門に扱っていた連中と退治するのは分が悪い。
「ここには獣人の調教師がいるんです! ここへ来てはダメです……」
渾沌にもっと話しかけたいのに、どんどん空気が重くなってくる。
伸ばした手が石のように強張り、起き上がろうとしても身じろぎも出来ない。
「渾沌様っ……!」
青蓮は自分の声で意識が覚醒した。
辺りはもう暗くない。日の光の中のように明るいわけではないが、周りが見えないほどではない。
(ここは……どこ?)
多分まだ砦の中なのだろうが、さっきの石畳の部屋ではなく、板張りの床の上に青蓮は寝かされている。
手足の拘束は解かれておらず、うつぶせるように床に横たわっている。
何とか周りを見回そうと、寝返りをうつように身体を動かすが、後手に手を縛られているのでそれも出来ない。
視界に入るのは、黒く塗られ磨かれた板張りの床、そして燭台と思われる金属製の何かの足だけだ。
じりじりと火が燃える音がしているので、多分この部屋が明るいのは蝋燭か油が灯されているのだろう。
音はそれ以外何も聞こえない。
(渾沌様……)
さっきのは夢だろうか。
この砦に連れ込まれてから、まるで鼻が利かなくなったかのように渾沌の気配がわからなくなった。
このままでは渾沌が助けに来てしまうかもしれない。
渾沌がどんなに強くても、獣人であったらここに来てはダメだ。
ロッタと話していて気を失ったのは、きっと渾沌の血の影響が青蓮に残っていたからだ。発情期の時に血を浴びただけの青蓮ですら反応してしまった。
それは渾沌にもこの呪いが通用してしまうということだ。
(何とか逃げ出せないか……)
青蓮は焦るが、手足を縛られ、床に寝かされた状態では何も出来ない。
声をあげても人が居るとは思えない。それに、ロッタが必ずどこかで見ているはずだ。
獣人の肉を喰らい呪われたもの。
その悍ましさだけでも渾沌に近寄らせたくない。
(渾沌様……来ないで……!)
青蓮はそう強く祈るが、その祈りはどこにも届かなかった。
『青蓮』
渾沌の声が耳に聞こえた。
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