閑話休題 銀兎と桔紅と銀狐。
オオトカゲの獣人の銀兎とオオワシの獣人である桔紅。
同じ主に仕える同胞として互いに面識がないわけでもなかった。ただ、花嫁を探し出すという使命を受けた銀兎は諸国を飛び回る生活となり、中々本国に戻る事が出来なかったので、本国で渾沌の側から離れることのない桔紅とは少し疎遠になりつつあったのは事実だ。
「とんだオマケ付をつれてきたものだな、お前は」
本殿に近い渾沌の住まう宮の中、従者たちの控えの間の一席で桔紅は向かいに座る銀兎を冷ややかに見つめながら言った。
「……それを言ってくれるな」
銀兎は冷茶の器を手にしたまま器用に
「兄弟に軍人がいるのは調べで知っていたが、流石に詳細な記録など外国人である俺たちには公開されない。青蓮様のご家族に方術を使う者は他にいらっしゃらなかった。ご両親もご兄弟もみな文官で、田舎の役人一家だったんだ……」
「まぁ……あれは最高機密であろうな……」
二人が頭に思い浮かべた男。青蓮の兄であり、華風国の近衛術士。
戦場に出た者でその名を知らぬ者は居ないだろうと言われるほどの
神仙は正式には位ではなく通り名だ。
しかし、桁外れに強かった銀狐は、華風国内外で真の神仙の様に崇められ恐れられている。
「名は知れ渡っていたが、顔を見たものはなかった」
「ああ、俺も一度行き合った事があるが、銀色の紗の布を頭から被り、ふわりふわりと戦場を駆け巡っていた。足を下ろした瞬間にあの銅像たちが地面から沸くように現れ、周囲の兵士を薙ぎ倒して行くんだ」
桔紅が遠い目をして記憶を言葉にする。
銀色のきらめきが尾を引いて飛び回り、そこかしこで地獄絵図が湧き上がる。
銀狐の使役する青銅の式神は、人を超えた身体と能力を持ち、獣人の怪力を持っても押さえ込むことは難しい。
それに銀狐の術はそれだけではなかった。
「それに氷の方術も使う。華風国の沿岸から船で上がろうとした部隊は、皆、銀狐の方術で凍らされ海に沈められた」
通常、方術と言うのは木・火・土・金・水の五行のいずれか一つに属して、その属した行の力を持って術を発動する。
しかし、青銅の式神と氷の方術を使うということは、少なくとも金と水の行に属しているということになる。
人間は獣人より方術を使うに適しているというが、それを超えた存在が銀狐だった。
「バケモノか……」
「人間にもあんなのがいるのだなぁ……」
二人がしみじみとため息をついていると、不意に後から声がかかった。
「お前らの主の方が余程バケモノだろうが」
声のほうを見ると、白夜皇国の従者の服に身を包んだ銀狐が立っている。
華風国から来た時は白地に銀糸の刺繍のある着物であったが、今は青い色の服だ。これは青蓮の従者である事を示す。ちなみに渾沌直下の従者は紅色の服を纏っている。
「お前な……口は慎め。渾沌様はお前の主でもあるのだぞ」
桔紅が銀狐を窘めるが、銀狐は改めるつもりなど微塵もない。
「俺が仕えるのは青蓮だ。あの男は青蓮のついでよ」
そう言うと手に持っていた盆を卓の上に置き、すすめられもしないのに同じ卓の空いている椅子に座った。
「今頃お食事ですか?」
銀狐の置いた盆の上には粥や焼いた肉などが並べられている。
「ああ、ついさっきまで馬車馬のように働かされていたのでな」
むすっとした口調でそう言うと、銀狐は肉に噛り付いた。この国の食事は獣人の国だけあって肉が多くボリュームも多い。銀狐には味も濃すぎたが、量を減らして粥とともに食べるようにしていた。
「それを命じられたのは青蓮様でございましょう」
銀兎の言葉に銀狐は眉間のしわを深める。
銀狐の白く細い首には不似合いな、黒く厚い革と銀の金具で作られた無骨な首輪がはめられている。
この首輪は呪具だった。
その昔、獣人たちはこの首輪をはめられ奴隷として商われた。一度はめられればこの呪具に定められた主によってしか外せない。しかも、もし万が一、主が命を落とすような事があれば主と共に命を落とす仕組みのものだ。
そして、この呪具に定められている主人は渾沌と青蓮の二人。
死なずに尽くせという命を刻まれ、自害する事もできず、神仙とまで呼ばれた銀狐であっても従わざるを得ない。とても強力な呪いだった。
「……色々と気に食わんが、青蓮を置いて帰るわけには行かない」
銀狐は粥をすすりながら、不機嫌に吐き捨てる。
「渾沌様の寛大なご処置にも感謝がないとは傲慢な狐だな」
桔紅が目を眇めて皮肉気に笑うが、銀狐は一瞥するだけで無視した。
「お前たちもあのバケモノの奴隷のようなものだろうに」
「とことん失礼な男だな」
銀兎も呆れた声で言う。
「渾沌様は次代の白夜皇国皇帝陛下に在らせられるぞ」
「……あのバケモノを皇帝に仰ぐこの国はどうなるんだろうな……」
銀狐の言葉は不遜そのものであったが、銀兎も桔紅も一瞬言葉を詰まらせる。
渾沌が今までの皇帝の中でも群を抜いて規格外なのは二人が一番良く分かっている。
銀兎が少し声を潜めて言った。
「貴方の言葉もわからんではない。銀狐。渾沌様のお力は桁外れだ。貴方も戦場では神仙と呼ばれて、鬼神の如き働きであったと記憶しているが、渾沌様はそれ以上だ」
「俺と比べないでくれるか。俺は所詮人だ」
「人にしては貴方も相当なものと聞いているがな」
「俺は五行を操る」
銀狐は空になった粥の椀をタンッと卓に置くと、二人をまっすぐに見つめて言った。
「それでも今の俺ではあの男には敵わない」
偽りなき銀狐の本心だった。
「呪われてはいても俺は神仙だ。あのバケモノが青蓮に仇為すような事があれば四凶であろうと容赦はしない」
四凶とは大陸の四隅に封じられ、その強大な力を持って世界の均衡をとらされている四柱の悪神がいるという神話の中の神の名だ。その内の一柱に渾沌と同じ名の神がいるとされている。
その力の強靭さは比類稀なるもので、四凶の中でも一二を争う。
渾沌のその名と規格外の力を四凶に例えて通り名としているのだ。
それに銀狐は真っ向から対抗することを隠しもしない。
(これは思いがけない拾いものだったかもしれないですね)
熱弁を揮う銀狐を見て、銀兎は思う。
青蓮の兄とは言え、銀兎や桔紅と比べればまだ歳若い銀狐は怖いものを知らない。
なまじ強いが故、少し驕った部分はあるが、己の力を信じ突き進む強さがある。
(渾沌様の強さを恐ろしいと思わないわけではないのだ……だが、白夜皇国には渾沌様のような絶対的に強い支配者が必要でもある……)
国を興して500年。長いときを経て、国としての態を為し始めはいるが、元々強きものが寄り集まった国だけに互いに手を取り合う事が苦手な国だ。
それを国として纏め上げ団結させるには強い支配力が必要になる。渾沌のような絶対的な力を持つ強い支配者が。
(しかし、拮抗するものなければ大きな力はすぐに暴走する。それを押さえ込むだけの拮抗する強いものが渾沌様のお側には必要になる)
銀狐は強い。
今はまだ敵わないとしてもいつかは……。
「……青蓮?」
不意に銀狐が何もない方角を振り返った。
気がつけば他に休憩していた者たちの姿もなく、部屋には三人しかいない。
「どうした?」
「何も聞こえませんでしたが」
桔紅と銀兎は首をかしげる。二人ほど人間よりはるかに耳が良い。人間の銀狐に聞こえたものが聞こえないはずがないのだが。
「青蓮だ。少し寒いのかも知れない、くしゃみをしている。かわいそうに羽織を持って行ってやらないと」
昔から風邪を引きやすい子だったからな――と誰に言うでもなく呟きながら、銀狐は空になった器を乗せた盆を持って立ち上がる。
もう銀兎や桔紅に興味はまるで向いていない。
(この男には青蓮様が至上か……)
この兄弟に何があって、こんなに執着しているのか分からないが、銀狐には青蓮が全てなのだということだけはよく分かる。
呪具の呪いで渾沌に逆らえないだけで、銀狐が傅くのは華風国の王でも渾沌でもなく青蓮だけなのだろう。
うきうきと部屋を出て行くその背を見送りながら、銀兎と桔紅は同時にため息をついた。
「案外、この国の最強は青蓮様なのかもしれません……」
「ははっ、確かに」
家族に守られ、箱入りのお坊ちゃんかと思いきや、渾沌を前にしても怯まぬ強さもある不思議な末っ子。
「まあ、今は早く婚儀が無事に終わって欲しいものだよ」
「そうですね……」
銀兎も桔紅も、今最優先すべきは婚儀を無事に終わらせることだ。
銀狐の登場でその予定に狂いが出ていたが、そこは銀狐をこき使って埋めさせることになるだろう。
「しっかり働いてもらわないとな」
桔紅の言葉に頷きはしたものの、銀兎にはあの神仙が一筋縄で行くとは思えず、ただため息ばかりがこぼれるのであった。
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