第37話 同学

「遥、こっち向いてー」

「うん……」

彼女の返事が微妙なのは、ムームーを着ているからだ。パンケーキ作りをやりたかったようだが、美樹の推しに負け、接客担当になっていた。遥とは違い、美樹はアロハシャツを着た陵と楽しげに、既に写真を撮っている。

「美樹ちゃんと松下は、サイズオッケーだから着替えてー」

「はーい」

文化祭を前にパンケーキ屋になった二年一組からは、甘い香りが漂っている。

「美味しそう」

「遥、食べる?」

「うん!」

小百合からフォークを受け取ると、何度も試作をしただけあり、ふんわりとしたパンケーキが出来上がっていた。

「小百合ちゃんは、バスケ部でも焼きそば屋さん、するんでしょ?」

「うん! 二日目にそっちは接客するから、買いに来てよ」

「うん!」

「ハル、弓道部は何かしないのか?」

「毎年、何もしてないからね」

「あぁー」

「何かやっても良かったかもなー」

「そうだねー」

文化祭ではクラスだけでなく、部活動でも出店や展示を行う所もあるのだ。主に部員の多い運動部や文化系の部活が中心である。その為、体育館では演劇やカラオケ大会等、様々な催しが行われる事になっている。

「明日、楽しみだね!」

「うん!!」

明日の文化祭に向けて部活は休みの為、放課後の校庭にはテントや迷路等が設置されていくのだった。


遥がいつもの道場に着くと、心地よい弦音がしていた。

ーー蓮の音だ……。

彼が射るのを見届けると、遥は声をかけていた。

「……蓮、お疲れさま」

「遥……お疲れ。少し引いてくだろ?」

「うん!」

彼女は手早く、制服から袴に着替えると、彼の隣に並び、弓を引いていた。

カンと、美しい弦音が場内に響いていく。遥は隣にいる彼の音を聴きながら、楽しそうにしているが、手元が狂う事はなく、的確に的を射る彼女の姿があった。彼もまた久しぶりに近くで感じる遥の射に、心を奪われそうになりながらも、弓を引いていた。

二つの的には、十二射ずつ矢が中っている為、矢取りを行なっていく。

「蓮、明後日来れる?」

「あぁー、見に行くよ。今年はパンケーキだっけ?」

「うん! 食事系と甘いのと両方用意してるよ」

「楽しみだな」

笑顔を見せる彼女に、蓮も嬉しそうに微笑んでいるのだった。




「二年一組では、パンケーキ店をやってまーす!」

「ぜひ食べに来て下さい!」

美樹と遥がムームーを着て、呼び込みを行なっている。二人の後ろには、制服の黒いパンツにアロハシャツを着た陵と翔がプラカードを持って、外回りをしていた。

「陵がいるなら、俺いらなくないか?」

「私も。後、任せる?」

陵は三年生からも一年生からも、変わらずに人気なのだろう。彼女がいるにも関わらず、今も声をかけられているが、微笑んで断っている。

「美樹は大変だな」

「うん、慣れた」

翔は親友歴が長い為、陵の性格をよく分かっているのだろう。美樹もこの一年で慣れたのか、声をかけられ気にしていない訳ではないが、気にしないように心がけているようだ。

「これ終わったら、他のクラス見て回るでしょ?」

「うん!」

「途中サボってた陵に、奢らせような」

「賛成!」

翔と遥の様子に、美樹もクスクスと笑みを浮かべている。

「何食べる?」

「クレープ!」

「和馬たちが店番してるって、言ってたからな」

「うん!」


ムームーとアロハシャツを着ていた遥たちは、今日の役割を終えると、外でクレープ屋の出店を開いている和馬たち四組の元を訪れていた。

「お疲れー」

「お疲れさまー」

「お揃いのTシャツいいなぁー」

「うん、可愛い」

「遥、ありがとう。食事系はツナで、スイーツ系は生チョコバナナか生クリームとブルーベリーだよー」

「遥、シェアして食べる?」

「うん!」

雅人がクレープを焼き、奈美が仕上がると、接客担当の和馬と真由子が、遥たちへ手渡していた。弓道部で連携が取れたクレープ屋に、今の時間帯はなっていたのだ。

「美味しい!」

「ありがとう。明日は私たちが一組に行くね!」

「うん、待ってるね」

「またなー」

中庭に用意された簡易のテーブルに飲み物を置き、椅子に腰掛け四人とも食べている。先程寄ったクレープの他に、ユキや隆のクラスで、買ったフランクフルトやじゃがバターも並んでいる。腹ごしらえをしてから、一年生のクラスを巡るようだ。

「一組は宮崎くん、杉山くんに加茂ちゃんで、二組が青木くんと平野ちゃん、オチちゃんだよね?」

「うん。三組はコバちゃんとマスちゃんに、石田くんと曽根くんでしょ?」

「うん。四組は渡辺くんと井上ちゃんだよね?」

遥と美樹は文化祭の冊子を見ながら、各クラスの催し物を見ていた。一年は一組から順に、ホスト喫茶、輪投げ等の縁日、手作りアクセサリー販売、写真館となっている。

時折、弓道部のグループラインには、写真が上がっている。皆、思いおもいの文化祭を楽しんでいるようだ。

「今、食べたから宮崎たちのホスト喫茶は、最後に回るか?」

「うん!」

「じゃあ、四組から順に回って行くかー」

「写真館って事は、美樹たちがやったのと同じ感じかな?」

「ねっ、どんな衣装があるか楽しみだよねー」

「去年の新撰組は目立ってたからな」

昨年も一日目は四人で回っていた為、共通の想い出が多いのだ。


「いらっしゃいませー」

「おっ、渡辺が接客してんじゃん!」

「先輩! 来てくれたんですか! 今、井上が衣装の所で接客中ですよ」

「じゃあ、四人でお願いなー」

「はい!」

昨年の一年三組が行ったコスプレ写真館と同じような感じだが、接客担当は執事とメイド風の衣装に身を包んで、客寄せしているといった所だ。

親戚の子に会ったかのように渡辺と井上の写真を撮る四人がいたが、さすがは彼らの後輩だ。上手く誘導し、六人一緒に撮っている。

「部長ー、どの衣装にしますか?」

「うーん、美樹どうする?」

「メイド!」

「美樹は、こういうの意外と好きだよなー」

「面白くない?」

「否定はしないけどなー」

「遥に髪の毛やって貰ったから、可愛いアップになってるし」

美樹の推しで、遥と翔は二年連続でメイドと執事に扮していた。

「二人でも撮ってー」

「追加料金貰いますよー」

「了解」

陵と美樹は、カップルでも仲良く写真に収まっていた。

「いーちゃんの先輩って、仲良いんだね」

「うん。みんな仲良いよー」

遥と翔は、カップルにはついていけず、早々に制服姿に戻っているが、二人をおいて行く事はなく、渡辺と井上に話しかけながら、待っているのだった。


三組では、手作りのアクセサリーを販売する小林と増田が髪飾りを、石田と曽根がレザーのブレスレットを付けていた。制服のままだが、アクセサリーは普段付けない為、文化祭ならではの光景だった。

「コバとマスが作ったのは、この辺りっすね」

「石田くんと曽根くんは、作ってないの?」

「俺たちは、レザー系のキーホルダーっす」

「二人とも器用だなー」

遥たちが、どのアクセサリーを買おうか迷っていると、小林と増田が接客担当の入れ替わりなのだろう。教室へ戻って来ていた。

「先輩! 来てくれたんですね!」

「お疲れさま。みんな、器用だね」

「ありがとうございます!」

「美樹、どれか買って付けない?」

「するするー! ムームーにも合わせたいから、花のにしようかなー」

「いいね! この白いの二つにする?」

「うん!」

遥と美樹は、小林と増田が作った白い花モチーフのピンをその場で付けている。

「明日、これで接客するね」

「はい、ありがとうございます!」

手を振り教室を出て行く、遥たちは隣のクラスへと入っていった。

「先輩たち、仲良いねー」

「だよなー。明日は奈美先輩たちが来るって言ってたよな?」

「うん!」

二年生に負けず劣らず、一年三組の四人の仲も良好なようだ。


「何か人だかり出来てないか?」

「去年の陵みたいだね」

「そうだねー」

「おい!」

美樹にまで言われ、思わず声を上げる陵がいた。人だかりの原因は、法被を着た青木だったようだ。クラスでも盛り上がっていた通り、体育祭の応援合戦から人気があるのだ。

「あっ! 先輩!」

「青木、凄いな」

「陵みたいだった」

「いや、陵先輩には敵わないですよ」

「おまえらなー……」

文化祭のテンションの高さもあり、何でも楽しいのだろう。終始笑顔の四人に、青木だけでなく、その場にいた平野も落合も笑顔になっているのだった。

「遥、本当に得意だな。履歴書に書けるんじゃないか?」

「やだよ。特技、輪投げって」

「去年も雅人が遥が一番の客って、言ってたもんね」

「縁日の遊びは割とすきだよ?」

遥は取ったばかりの飲み物を一年生に渡すと、残りの飴とキャラメルは、美樹たちと四人で山分けだ。

「懐かしいなー」

「うん、小さい頃すきだったなぁ」

「私もー」

チェルシーとミルクキャラメルと、久しぶりに見る小さな箱のパッケージに、懐かしいと感じながら、お腹も空いてきた所で、ホスト喫茶に入っていった。


「何か、暗い?」

「カーテン閉めて、暗くしてるんだなー」

「すごいねー」

スーツ姿の男子生徒が、接客にあたっている。ホストと名付けただけあり、髪をあげたり、ネクタイを崩して着たりと、スーツの着方は様々だ。

「ってか、ホストってだけあって女子率高いなー」

「確かに……」

入店した陵と翔以外だと、一組しか男子の客がいなかったのだ。

「いらっしゃいませ」

「宮崎と杉山、いる?」

「はい! お呼びします!」

陵の声に勢いよく席を立った男子生徒に、これではどちらがホストか分からないと感じる三人がいた。

宮崎と杉山は弓道部でも背が高い為、スーツ姿が似合っている。他の席で接客していたようだが、部活の先輩という事で来てくれたようだ。チラチラと、女子生徒の視線を感じるのは、二人だけのせいではなく、陵と翔のせいでもあった。

「加茂、呼んでー」

「はい、ただいま」

宮崎と杉山もノリが良いが、陵の場合悪ノリし過ぎである。隣に座る美樹の冷ややかな視線を浴びながらも、平然と振る舞う姿は、いつもの事な為、遥も翔も特に気にする事なく、ここでも一年生と写真を撮り、交流を終えると、自分たちのクラスへ戻るのだった。




文化祭二日目は一般公開されている為、昨日よりも多くの人で朝から賑わっている。二年一組のパンケーキ店も、朝から客が多いようだ。

「いらっしゃいませー」

遥の髪には、昨日買った白い花のヘアピンが付いている。ムームーに合わせ、髪は昨日と同じく綺麗にアップにしていた。

「遥ー、蓮さん達、来るの?」

「うん。お昼前には行くって、言ってたよ」

「楽しみだねー」

「うん」

「えっ、ハルの彼氏来るの?」

「えっ? あっ、うん」

「私も見たーい」

「寛子ちゃんまで……」

「これ、三番テーブルねー」

「はーい」

遥は寛子から生クリームとフルーツの乗ったパンケーキと、ハムやレタスの乗った食事系のパンケーキをテーブルへ運んでいく。昨年の文化祭の慣れもあるのか、抵抗する事なく接客しているようだ。

「美味しい」

「ごゆっくりどうぞ」

客の反応に笑顔になる遥がいた。接客は苦手でも、皆で作ったものを評価される事は嬉しいのだ。

「遥ー、次ドリンク頼む」

「了解」



「蓮、遥ちゃんのクラスって、今年何やるの?」

「パンケーキだって。今日は昼まで接客担当って言ってたな」

「へぇー、去年はメイドって言ってたっけ?」

「何で森が知ってるんだよ?」

「神山先輩が言ってたよな?」

「うん。あと、佐野も言ってた」

「似合ってたから、いいじゃん! 今年は、どんなのだろうな?」

「ムームーって言ってたな。男子はアロハシャツって」

「ハワイっぽいって事?」

「あぁー」

制服姿の蓮たちは、男五人で話をしていると、席に案内されていく。

「五名様ですね」

「竹山ー、こっちに頼む」

「了解。では、ご案内します」

「あっ、松風さん、こんにちは」

「こんにちは」

「副部長の白河くんか! 袴姿じゃないから新鮮だね」

「えーっと、佐野さんですよね? お久しぶりです」

「蓮、覚えてくれてるよー」

「よかったな」

「心がこもってないなー」

「ほら、甘いの食いたいって言ってただろ?」

「あっ、食事系もあるじゃん!」

「本当だ。美味そうだな」

「さっき森は、焼きそば食いたいとか言ってなかったか?」

「別腹、全然食える」

パンケーキ屋に男が五人でいるのは目立つが、それが他校生なら尚更である。

「翔、隣の教室に和馬たち来てるから、一瞬顔出せるか?」

「あ、あぁー、今行くー。竹山、遥が戻ってきたら五名の所、案内してやって」

「う、うん」

何の事か分からない竹山は、頷いて応えている。

程なくすると、裏で飲み物を受け取った遥が、顔を出した。

「ハル!」

「竹山、どうしたの?」

「それ運んだら、五名の所を頼むって、翔が」

「翔が?」

竹山が視線を移した教室の一番端の席には、風颯学園弓道部の五人が座っていたのだ。

「あっ、分かった。ありがとう、竹山」

遥は持っていた飲み物を席まで届けると、蓮の元へ注文を取りにいった。

「蓮、お疲れさま」

「遥、お疲れ」

「みんなで来てくれたんだね。ありがとうございます」

「この間は入賞おめでとう」

「田中先輩、ありがとうございます。風颯は中日本大会ですね」

「村松部長が頑張ってるからな」

「あぁー」

久しぶりに会う先輩らと談笑している遥は、可愛らしいムームーを着ている。

「そのヘアピンが美樹ちゃんとお揃いで買ったやつ?」

「うん。弓道部の子が作ったんだよ」

彼の方に右耳を傾ける遥は、嬉しそうにしている。

「あっ、何にする?」

「アイスコーヒー四つと、アイスティー。あと、どれにするって言ってたっけ?」

「食事系を一つと、生とフルーツの二つ、生とハニーナッツ二つで」

「飲み物は先に持って来る?」

「うん」

「では、少々お待ち下さいませ」

遥が席を離れ、裏手で飲み物を用意していると、翔が戻ってきた。二つの教室を使用している為、美樹と陵は隣の教室担当なのだ。

「翔、伝言ありがとう」

「いーえ。次、案内してくるな」

「うん」

隣の教室で陵と美樹が注目されていたように、裏手のある教室では、翔と遥の長身組が視線を集めているようだ。

「お待たせしましたー」

「ハルちゃん、よく分かったね。蓮がアイスティーって」

「紅茶よく飲んでるから……気にしてなかったです」

正直に応える遥に、五人とも微笑んでいる。佐野以外のメンバーにとっては、満部長の妹であり、中等部時代の後輩でもある為、他の女子部員より話しやすいようだ。

「お待たせしました」

「翔、ありがとう……。寛子ちゃん、裏方は?」

「えーっ、ハルの彼氏が来るって言ってたからー」

翔だけでなく、寛子も裏方から出来たばかりのパンケーキを両手に持って、出てきていた。

「もう……。蓮、小百合ちゃんと同じバスケ部の寛子ちゃんだよ」

「松風蓮です。よろしくね」

「……よろしくお願いします」

寛子が珍しく緊張気味になっていたのは、彼がにこやかに微笑んでいたからだろう。

「あと弓道部の先輩方で、田中先輩、下村先輩、森先輩、佐野さんだよ」

「えっ、俺だけ、さん?」

「あっ……えっと、佐野先輩」

「ハルちゃん、困らせると、蓮が後から怖いぞ?」

「森、ほら食べるぞ?」

「はーい、いただきます」

「残り二つ、すぐに持ってくるね」

「あぁー」

遥が残りの食事系を田中の前に置くと、五人分の注文が揃ったのだ。

「ハルちゃん、この後案内してくれるんでしょ?」

「はい! 何処か行きたい所ありますか? これ、文化祭の冊子なんで、よかったら見て下さい」

昼時になった為、店内は満席になっている。

「遥ー、飲み物頼む」

「うん、用意したら渡しに行くね。あっ、陵の方の出来てるから、持って行ける?」

「了解。メモある?」

「うん」

部活の連携もあるのか、スムーズに接客していく遥の姿に、微かに笑みを浮かべる蓮がいた。


「弓道部、仲良いんだなー」

「あぁー。白河くんと松下くん、あと美樹ちゃんは、同じクラスらしいからな」

「へぇー、白河くんがさっきの副部長の子だろ?」

「うん、安定してたよなー。この間の大会」

「俺も思った!」

引退式を残して、部活は引退したとはいえ、さすが強豪校の弓道部員だ。弓の事になると真剣な表情を時折、浮かべている。

「さっき、遥が冊子くれたけど、何処行くんだ?」

「ハルちゃんの所は見れたからなー。買い食いはしたい」

「外でも焼きそばとかクレープ、おにぎりと豚汁とかも売ってるらしいぞ?」

「いいじゃん! お祭りの出店っぽくて」

「体育館でも、色々やってるんだなー。他校の学祭って、新鮮だよな」

「分かる! 自分の所だと、大体弓道で時間取られるからなー」

「だよなー。今年は蓮と村松だな」

「あぁー」

衣装やハワイっぽいBGMも相まってか、パンケーキ店は盛況だ。

「遥、写真撮ろ?」

「うん! 竹山、お願い」

「了解」

「二人じゃなくていいのか?」

「せっかくだから、先輩方も一緒に撮りましょう?」

「ハルー、撮るぞー」

竹山に撮ってもらうと、遥は蓮と二人でも写真に収まっていた。彼が文化祭へ来てくれるのは、おそらく最後になるからだ。

「着替えてくるね」

「うん、待ってるな」

手を振り別れる二人は、仲の良さが周囲から見ても明らかだった。



「なぁー、翔」

「竹山、どうかしたのか?」

「あの風颯の人達、知り合いなのか?」

「あぁー、弓道部の合宿で世話になったんだよ」

「へぇー。じゃあハルの彼氏って、さっき話してた人か?」

「あぁー。っていうか、竹山も知ってるんだな」

「さっき、あれだけ寛子が騒いでればなー」

遥の知らない所で、彼女の彼氏が文化祭に来ている事が、クラスメイトに周知されていたようだ。



遥が教室へ戻ると、お会計まで済ませた彼らは廊下で待っていた。他校生が五人も揃っていれば、それなりに目立つ為、彼らを遠巻きに眺める生徒が多数見受けられる。

ーー目立つ……。

風颯は、この辺りだと有名な進学校だから、しょうがないかもだけど……。

近寄るのを躊躇しそうになる遥だったが、彼がいつものように柔らかな笑みを浮かべている為、安心したのか、彼女もいつも通り歩み寄っていた。

「お疲れ」

「お疲れさま。お待たせしました」

「ハルちゃんの制服姿、久々見たなー」

「いつも袴ですもんね」

「じゃあ、俺らは適当にぶらついてから帰るから」

「えっ?」

「遥ちゃん、またねー」

「じゃあなー」

「えっ??」

てっきり、みんなと回ると思ってたのに……。

彼女が声を掛ける間もなく、四人は何処かへ行ってしまった。

「遥、女バスの出店に行くだろ?」

「う、うん……」

そう言った蓮は、彼らを気にする事なく、彼女の右手を取っていた。

「……よかったの?」

「あぁー。帰りは適当に合流するから、大丈夫」

思いがけず蓮と二人で回れて、嬉しい!

気持ちが漏れているのだろう。遥は頬が緩み、彼の手を握り返している事が、彼にも分かっていた。

「焼きそば買ったら、何処かで食べるだろ?」

「うん! あっ、おにぎり持ってきたよ」

「ありがとう。楽しみだな」


二人は、校庭にいくつかあるテントのうちの一つに並んでいる。女子バスケ部の売り子は、小百合と千佳だ。元気よく売りさばいている為、繁盛していると言えるだろう。

「小百合ちゃん、千佳ちゃん!」

「遥! いらっしゃーい!」

「焼きそば、二つお願いします」

右手でピースサインを作って、注文する遥の後ろにいる彼に、二人も気づいたようだ。

「こんにちは」

「蓮さん、こんにちは」

「蓮さん、来てたんですねー。さっき、風颯の制服着てた四人組も買いに来てましたよ」

「じゃあ、同じ部活の奴かも」

話しながらも、二人の注文した焼きそばは直ぐに出来上がり、遥は手を振りテントを後にした。

「相変わらず仲良いねー」

「そうだねー」

さすがに学校内の為、ぴったり寄り添っている訳ではないが、遥は小さな手提げを左手に持ち、右手は彼と手を繋いでいたのだ。


遥は彼を連れて、中庭に来ていた。

「蓮、座って食べよ?」

「うん」

四人掛け出来るスペースの椅子に並んで腰掛けると、遥が手提げに入れていた飲み物やおにぎりを取り出し、蓮は焼きそばをテーブルに置いている。

「いただきます」

二人揃って両手を合わせると、美味しそうにおにぎりを食べる彼に、嬉しそうな表情を浮かべる遥がいた。

「また…蓮と回れて嬉しい……」

「あぁー、俺も……。遥と同級生だったら、面白そうなのにな」

「……うん、そうだね……」

蓮と同級生だったら、同じクラスになれたりしたのかな?

考えただけで、楽しそう。

妄想だけが膨らんでは、萎んでいく二人がいた。

年の差は縮まらないし……。

学校だって、別々。

分かってる。

これが現実だって。

学校だって、私が決めて外部を受けたんだから……。

自分の選択に後悔はしてないけど、蓮と一緒に過ごせたらいいなって、思う時はある。

今も……。

「ーー同じ学年は無理だけど、また一緒に弓が引けるように頑張るね……」

「あぁー、楽しみだな」

「みっちゃんと会うのが?」

「あー、それもな。満はついで」

「そんな事言ったら、みっちゃん悲しむよー」

「満はバイトもしてて、忙しそうだよな」

「うん。長期休みの時に、短期のバイト入れてるみたいだね」

「大学生かー」

先に大学生になった満を、二人とも想い浮かべていたのだ。蓮は頻繁にメッセージのやり取りを彼と行なっているのである。

「早いな……。来月は、うちの学祭に来れるか?」

「うん! 弓道部の子達と行くね!」

「また人数分かったら、チケット渡すから」

「うん! 今年は蓮から受け継がれていくんだね」

「そうだな。早いよな……」

一年が過ぎ去るのをあっという間に感じる蓮がいた。部長になって一年足らずで、引き継がれていくのだ。

「蓮、今日は来てくれてありがとう」

「うん、今年の衣装も可愛かったよ」

「……うん、ありがとう」

少し照れた様子の遥に、彼も頬が緩んでいるのだった。



「蓮、お待たせー」

「見て回れたか?」

「あぁー、お腹いっぱい」

「佐野は食い過ぎだろ?」

「焼きそばに、クレープ、じゃがバターとか美味しかったー」

「通常運転だな」

「だよなー」

「これ、遥から」

蓮はそう言うと、彼らにショートブレッドが入った小さな袋を手渡していた。

「来てくれて、ありがとうだってさ」

「ハルちゃん、器用だなー。手作りだろ?」

「あぁー。今日は付き合ってくれて、ありがとう」

「蓮はそういう所、素直だよなー」

「だな」

蓮は、佐野とは約三年、他のメンバーとは約六年間、部活動を共に過ごしてきた為、彼にとっても感謝のひと時だったのだ。

祭りの後の寂しさをほんの少し滲ませた彼は、仲間と共に帰っていくのだった。



遥が彼と別れ教室に戻ると、小百合や翔も教室へ戻って来ていた。文化祭は間もなく終わりを告げるのだ。

「お疲れー」

「お疲れさま」

ーー早かった……。

もっと、蓮と一緒にいたかったけど……。

教室に戻って来ているのは在校生だけ。

こういう時、年も違えば、同じ学校でもないんだ……って、思い知る。

そばにいると忘れそうになるけど……。

教室がいつもの風景に徐々に戻っていく。机にかけられたテーブルクラスは撤去され、出入り口に追いやられていた教卓は、黒板の前に移動している。そんな教室の風景ですら、彼女は別れの時を感じていた。

寂しさを紛らわすように、いつもの笑顔で友人達と祭りの余韻に浸る遥がいたのだ。












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