第36話 対戦

スポーツフェスティバルで東部地区を男女ともに団体一位で終えた清澄高等学校弓道部は、朝練と午後練の練習にも気合が入っているが、遥たちは放課後も教室にいた。

黒板には文化祭実行委員が書いた、出し物の案が並んでいる。

「今年は外でも出来るけど、他にあるかー?」

寛子が黒板にクラスの出し物の候補を書いていた。クレープ、タピオカドリンク、パンケーキと、女子に人気の食べ物が並んでいる。団子屋や毎年人気のおにぎり屋もあるが、一組はどれになっても食べ物屋に決まりそうだ。

「これで多数決でいいか?」

特に異論がない為、そのまま挙手をしていくと、パンケーキが圧倒的多数だ。放課後でお腹が空いているからかは定かではないが、パンケーキ店に決定したのだった。


「一組はパンケーキかー」

「四組は?」

「外でクレープ屋だったな」

「青木は?」

「二組は輪投げとかの縁日ですね」

「去年、雅人が法被着てやってたな」

「うん、またみんなで回れるといいね」

「そうだねー」

部活が終わり、それぞれ校門で別れる所だ。

電車組の一年生の四人と、遥たちは駅までの道を歩いていく。

「コバちゃんとマスちゃんのクラスは、手作りアクセサリーのお店だっけ?」

「はい! 楽しみです」

「渡辺は?」

「俺のクラスは写真館でしたね」

「去年、俺らもやったなー」

「うん! 楽しかったよねー」

「先輩たちのメイドと執事の喫茶室、人気だったらしいですね」

「えっ?」

「売上げ一位だったらしいぞ?」

「そういえば、そうだったね」

「部長たちの写真ないんですか?」

「あるある。見るー?」

美樹が携帯画面をスクロールし、二人の写真を探していくと、メイド服の遥と執事の衣装を着た翔が写っていた。

「クオリティー高いですね!」

「被服部の子が頑張ってくれてたからね」

「そうだったな」

ーー懐かしい……。

みっちゃんが、弓道部のメンバーと来てくれたんだよね。

蓮と少しでも回れて嬉しかった……。

遥は携帯画面に残る写真に、昨年の文化祭を想い返していた。

いつものように駅で別れると、遥は電車の窓から移り変わる景色を眺めていた。

団体か……。

今年で最後の大会だから、入賞できるといいな。

いつもの射を……。

彼女は、矢筒につけた御守りに視線を移し、願っているのだった。




県連秋季大会は県武道館が会場の為、遥は父に車で送って貰っていた。

「遥、いってらっしゃい」

「うん。お父さん、ありがとう! いってきます」

車を降りた遥は、秋晴れの空を見上げ、すぅーと、深く息を吐き出していた。

一人八射、団体計四十射で予選が行われ、男女別上位四校が準決勝、決勝とトーナメントを勝ち抜き、八位以上が入賞。二位以上が、中日本大会の出場権が得られるのだ。

清澄が勝ち残った東部地区、風颯のある中部地区、そして西部地区の計二十七校の中から、順位が決まるのである。

「緊張してますね」

「そうですね……」

藤澤の呟いた通り、団体出場メンバーの緊張感が、応援に駆けつけた一年生にも伝わってきていた。

「会場は大きいけど、基本はいつもと変わらないからな?」

「はい」

一吹の声かけに応えたのは、遥だけだった。彼女は緊張する度に深く呼吸をし、震えないように整えているのだ。

「加茂ちゃん、大丈夫だよ」

加茂の背中を軽く押した遥は、笑顔だった。最後の大会は関係なく、彼女はみんなで弓を引ける事が楽しみなのだ。

「皆なら大丈夫だ。実践練習もたくさんしてきただろ?」

「はい!」

今度は部員全員で、いつものように返事をしているのだった。



「蓮、楽しみだな」

「そうだな。また中日本大会に出れるといいな」

風颯学園の団体メンバーだった五人は、後輩の応援に駆けつけていた。この大会を全国大会に参加していた三年生が見学に来る事は、毎年恒例なのだ。

「はじまるな」

「あぁー」

二年生だけで編成された団体メンバーに、蓮は彼らが勝ち残ると確信していたが、勝負はやってみないと何かあるか分からないのだ。

「村松、いい感じじゃん」

「だな。さすが部長」

「確かに。村松と足立は割と安定してるからな」

「あぁー、上手くなったよな」

後輩の頑張りに、自然と頬が緩む彼らがいた。

「次、清澄だな」

「東部地区、一位だったんだろ?」

「あぁー。高校から始めた二人が、安定してきたからだな」

「詳しいな。遥ちゃんから聞いたのか?」

「ん? あぁー、遥も楽しみにしてたからな」

「蓮といい、ハルちゃんといい、心臓強いよなー」

「森、そんな事ないだろ? 毎回、緊張するし」

「蓮は分からないんだよなー。いつも落ち着いてるし」

「そうそう。冷静な感じ」

色々言われ放題だが、蓮自身も緊張は毎回していた。そして、彼女が緊張している事も痛いくらいに分かっていたのだ。

「白河くんと松下くんが六中か……」

「午後の決勝トーナメントは、うちと清澄で決まりだな」

「あぁー」

風颯は危なげなく一位の為、四十射二十五中で四位になった清澄との対戦が決まったのだ。

「蓮、楽しそうだな?」

佐野の問いに頷くと、微笑んで応える蓮がいるのだった。

「……楽しみだよ」



「ーー緊張しますね……」

「会場も地区大会より大きいですからね」

観覧席で彼女たちの出番を待つ部員も、緊張した面持ちだ。

「皆、よく頑張ったな。午後もその調子でな」

「はい!」

見学していた一年生に対し、戻ってきた男子団体メンバーは、清々しい顔をしている。

「……始まるな」

翔の声に、下に視線を移すと、清澄高等学校の女子団体メンバー五人が姿を現していた。

チームメイトが見守る中、大前の美樹から順に矢が放たれていく。成長している彼女たちの射に、自然と笑みが溢れる藤澤と一吹がいた。

「ーーすご……」

「上手いよなー」

後輩の漏らした声に応えたのは、ムードメーカーな陵だ。

「遥が高校の公式戦で外した所、見た事ないよな」

「あぁー。部長は頼もしいだろ?」

頷いて応える一年生は、同い年の加茂を応援しながら、安定感のある彼女の射に、ただ圧倒されていたのだ。

「四十射二十六中で三位か」

「俺たちも負けてられないな」

「そうだな」

彼女たちの健闘に、彼らも感化されていたようだ。男女揃って決勝トーナメント出場は、清澄高等学校と風颯学園高等部の二校だけだったのだ。


「まさか、両方とも風颯と当たる事になるとはな……」

「そうだね」

風颯学園は男子が一位、女子が二位の為、決勝トーナメントの準決勝では一位と四位、二位と三位が当たるのだ。その為、必然的に風颯学園対清澄高等学校となっていた。

昨年は、午後の試合に参加出来なかった彼らにとっては快挙であるが、県内No1の高校に当たるとは勝利運があるのか微妙な所だ。

「次は四射だろ?」

「うん。一位と四位のトーナメントから始まるから、男子がトップバッターだね」

「はぁー、緊張するなー」

「そうだねー。でも、皆課題はクリア出来てたじゃない?」

「うん。美樹の言う通りだね」

皆、八射四中以上を出していたのだ。一年生で参加の青木と加茂に至っては、さすが経験者というべきだろう。練習と同じ本数を射る事が出来ていた為、優秀である。

今朝会場入りした時よりも、柔らかな表情を浮かべる彼らがいた。試合の独特の緊張感から一時いっとき、解放されているからだ。

楽しみ……。

去年は叶わなかったけど、午後も弓が引けるんだ。

微かに笑みを浮かべ、チームメイトと楽しそうに話をする遥の姿があった。



「両方とも清澄とかー」

「あぁー、さっそくだな……」

蓮が視線を移すと、風颯、清澄の順に会場に入ってきた。これから一人四射、合計二十射で競い合うのだ。矢を放つ音、的に中る音が、次々と会場に響いていく。先週までは大会出場の度に緊張していたが、見学する今も、部員の息遣い、視線、手の震え、微かな動作に見るだけでも緊張する五人がいた。

「……決まったな」

右側の五つの的には全部で十六射。左側の五つの的には全部で十三射。風颯学園が決勝進出を果たしたのだ。

「次の勝利校と決勝戦か。女子の準決は最後だなー」

「そうだなー」

蓮からは、観覧席でチームメイトを見守る彼女の姿が目に入っていた。悔しさよりも、何処かすっきりしたような表情を浮かべる彼女は、自分の番へと気持ちを整えるように呼吸をしている。

「蓮? 何かあったか?」

「いや、何でもない。中日本大会は決まったな」

「だな!」

遥から佐野へ視線を移すと、自分の事のように喜び合う彼らがいるのだった。



ーー緊張する。

いつもの事だけど、慣れない……。

見た目には分かりにくい為、彼女が「心臓が強い」と、言われる事も頷ける。

「頑張る……」

「うん!」

緊張気味で告げた美樹に応えた遥は、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。準決勝が始まるのだ。

一射、また一射と、的に放たれていく矢は、時折外れているが、そのまま崩れる事なく、持ち直すように弓を引く姿があった。

ーー最後……。

あっという間だと思う。

この大会で弓を引く機会は、最後だ……。

もっと綺麗な形で、もっと響くような音で、もっと……と、望んでしまう。

何度も最後にしたくないと願ってしまうから。

右側の五つの的には全部で十四射。左側の五つの的には全部で十二射。風颯学園との対決は男女ともに、風颯に軍配が上がったのだ。

遥が感じていたのは、悔しさよりも安堵だった。

此処まで、みんなで来れた事が嬉しかったのだ。

「……楽しかった」

思わず溢れた彼女の言葉に、チームメイトからも笑みが溢れている。全国クラスの高校と対戦できる所まで来れたのだ。

「よく頑張りましたね」

「入賞おめでとう!」

「はい!」

藤澤と一吹の声に応える部員は、晴れやかな表情を浮かべていた。男子は昨年の八位入賞からの躍進に、女子にとっては悲願の初の入賞が、嬉しかったのだ。

「やったね、遥ー!」

「うん!」

「お疲れー!」

「お疲れさまー!」

団体メンバーが喜び合う中、応援に駆けつけた一年生は、彼らを羨望の眼差しで見つめていた。


決勝の舞台に立った風颯学園は、予選結果と同じく男子が一位、女子が二位となっていた。そして、清澄高等学校も予選と同じく、男子が四位、女子が三位入賞を果たした。

入賞校の発表の際、嬉しそうに笑い合う彼らの姿があるのだった。

「遥、またねー」

「うん、また月曜日にね」

「またなー」

いつものように現地解散の為、彼女は父の迎えの車を一人、ベンチに腰掛けながら待っている。

ーー終わっちゃった……。

少し寂しさを滲ませていた彼女の頬に、冷たいペットボトルが触れている。

「ひゃっ!」

「……お疲れ」

驚いて振り返った彼女の目には、微笑む彼の姿があった。

「……蓮」

「楽しかったか?」

「ーーうん……。此処にいて大丈夫なの?」

「あぁー。村松中心でミーティングしてるから、大丈夫だよ」

「そうなんだ……」

「一週間ぶりか」

「うん……」

少し照れた様子の遥は、彼からの差し入れのスポーツドリンクを口にしている。

「もう少ししたら、いつもの所で一緒に出来るな?」

「うん……。引退式、楽しみにしてるね」

「あぁー」

蓮がそっと彼女の頬に触れると、彼の携帯電話が鳴り、その場を後にした。

遥は彼の後ろ姿を眺め、今日の射を振り返っていた。

初めての合同合宿では、まるで相手にならなかった風颯に、今日は少しでも挑む事が出来たかな。

蓮の弦音が、もっと聴きたかった……。

高校の大会で竹弓の使い手は稀な為、彼のような弦音は滅多にいないのだ。今回の県大会では、竹弓を用いていたのは、遥だけだった。

携帯電話のバイブ音に気づき、電話に出た彼女は、自宅へ車で帰る中、彼から貰ったスポーツドリンクで喉を潤していた。

「遥、どうだったんだ?」

「んー、女子が三位で男子が四位入賞だったよ」

「凄いじゃないか!」

「うん、ありがとう……」

父に褒められ、そう応えた彼女は、携帯電話に視線を移していた。そこには、彼からのメッセージが書かれているのだった。

『お疲れさま! 入賞おめでとう!!』

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