第35話 秋風

始業式では、彼女の苦手な部活動の成績発表が行われている。今回は壇上で、遥と翔の二人も、他の部活に紛れながら賞状を受け取っていた。

「遥たち、凄いね」

「だろ?」

「松下が自慢するとこ?」

「いいだろ、五條。自慢したいんだよ」

「まぁー、気持ちは分かるけどねー」

背の順に並んでいる為、小百合と陵が小声で話をしていると、拍手が起こっている。弓道部だけでなく、好成績を残した生徒に向けて、賛辞が送られていたのだ。

ーー慣れないけど……。

蓮も受け取ってるのかな……。

彼女が想うのは、彼の事だ。この場においては、気を紛らわせる事にも一役買っているようだった。


放課後は、袴姿の部員が弓道場に集まっていた。部員が座っている中、遥は部長の務めを果たしている。

「スポーツフェスティバルが約二週間後にあります。東部地区は例年通り男女別々の会場になるので、男子を一吹さんが、女子を藤澤先生が引率して下さいます」

「今年も頑張りましょうね」

「はい!」

藤澤に応える彼らは、大会が楽しみで仕方がない様子だ。

一吹はコーチを始めて、一年近く経つ事に気づいていた。最初はコーチを続けるか迷っていた彼も、今は彼らの成長が楽しみで、やめられないようだ。

「今日は実践練習だな」

「はい!」

勢いのある声に、藤澤だけでなく、一吹も、何処まで進めるか楽しみにしていたのだ。




教室には体育祭実行委員を中心に、クラスメイトが集まっている。今週末に体育祭がある為、最終調整が行われていたのだ。応援団や種目は、夏休み前に決めており、応援合戦参加の陵は、部活の合間に夏休み期間中も練習に参加していたようだ。

「美樹、部活遅れるから」

「うん、言っとくねー。二人とも練習、頑張ってね」

「あぁー」

陵も翔もクラス対抗リレーの代表になっていた為、体操服に着替えていた。

「ハルー、行くよー!」

「はーい! 美樹、私も遅れていくから」

「遥も頑張ってねー!」

「うん、ありがとう」

三人ともリレーの選手に選ばれていた為、一年から三年合同のバトンの受け渡しの練習が、校庭では行われている。

部活に行きたい気持ちもあるが、体育祭の行事も楽しみなのだろう。バトンミスの無いように取り組んでいる四人がいた。

「三人は、これから部活?」

「うん、小百合ちゃんも部活でしょ?」

「うん、いい準備運動になったかな」

「確かになー」

「またね」

遥たちは、それぞれ部活へ向かい、ある意味忙しい一週間が始まるのだった。




夏休み明けの土曜日、体育祭が行われていた。

「お疲れー」

「お疲れさま」

前半戦の大縄跳びを終えた所だ。昼食を挟んで、午後は応援合戦から始まるのだ。学ランを着て行う応援は、体育祭の目玉と言えるだろう。

校庭からは左から順に赤、白、黄色、青と、スコアボードが並んで見える。四クラス対抗の為、左から順に一組から四組と、それぞれスコアボードと同じ色のハチマキを頭につけ、参加している。

「腹減ったー」

「そうだねー」

「遥ー、三組のリレーは陸部が二人も出るんだってー」

「そうなの? 早そうだね」

「だよねー」

「五條、やってみなきゃ分からないだろ?」

「……松下のそういう所は、尊敬するわ」

「確かにな」

修学旅行の班のメンバーで、いつものようにお弁当を食べている中、小百合と陵のやり取りに笑みが溢れている。

「美樹まで笑うなよー」

「いいと思うよ? そういう前向きな所」

ラブラブカップルを通り越して、クラスの名物バカップルと言った所だろう。クラスメイトも笑みを浮かべているが、体育祭のお祭り感覚も相まって、皆いつもよりテンションが高めである。

「一位と十点差かー。応援団、期待してるぞー」

「あぁー、任せろー!」

陵はクラスメイトに応援され、上機嫌に応えている。

「今年も勝ちたいねー」

「小百合ちゃん、そうだね」

遥たち、元一年二組の白組は昨年優勝している為、連覇したい所なのだ。


「応援団、かっこいいねー」

「本当だね。陵が頑張ってたもんね?」

「うん」

「夏休みも練習してたんでしょ?」

「うん……」

彼に見惚れるているであろう美樹の姿に、遥からも笑みが溢れている。二人は赤色のハチマキをつけ、応援合戦を見ていた。

学ランを着て行う揃った動きは、男女関係なく格好良さが割増と言えるだろう。

応援合戦は一組から順に行っていた為、一組の陵たちが一番手だったのだ。

拍手と歓声が響くと、二組の白組が応援をしていく。大きな旗を振る姿は圧巻だ。

白組には一年の青木が、学ランを着て参加していた。

「あの子、かっこいい!」

「うん、可愛い感じ」

「青木くん?」

「美樹ちゃん、知ってるの?!」

「う、うん。弓道部だよ」

「えーっ! 弓道部、いいなぁー」

「美樹ちゃんとハルが羨ましいー」

遥と美樹は顔を見合わせると、微笑み合っている。別の意味でも彼女たちは、盛り上がっているようだ。

「応援合戦の次が一年生の借り物競走で、クラス対抗リレーだね!」

「うん!」

冊子を見ながらプログラムの確認をしていた。遥は出番が近づく度に、緊張感が増しているようだ。


クラス対抗リレーでは、各クラス二名ずつ出場し、男女別六人一チームで競い合うのだ。一組からは遥と小百合、陵と翔が、代表となっていた。

「はぁー……緊張するね」

「うん……。小百合ちゃんは去年も出てたけど、やっぱり緊張する?」

「するよー! 試合の方がマシ」

「それは分かる」

二人とも緊張しているのだ。そんな中、いつもと変わらずに陵が話しかけている。

「遥、五条、頑張れよー」

「うん!」

「そっちもねー!」

ハイタッチし合うと、女子からリレーが始まった。

一年生から順にバトンを受け渡ししていく為、遥が三番手で、小百合が四番手だ。三年生の一番足の速い人が、アンカーと、どの組もなっている。

心臓がドクドクと、高鳴ってるのが分かる。

遥は気持ちを落ち着けるように、息を深く吐き出していく。弓道の時と同じだ。

ーー……大丈夫。

バトンを受け取った彼女は、思い切り走り抜けていた。クラス対抗リレーは、応援合戦の次に体育祭の名物だが、あっという間に走り去っていく。

トラックを一人半周ずつの為、遥は同じチームの上級生と下級生と共に、アンカーがゴールテープを切る瞬間を見守っていたのだ。

「やったぁー!!」

「先輩、すごいですね!」

「やりましたね!」

遥サイドだけでなく、ゴールテープを切った小百合サイドも大盛り上がりをしている。一組である赤組が、一着だったからだ。

喜び合うチームメイトに続くように、陵と翔の二人もテンションを上げていた。体育祭ならではの一体感が生まれている。


「頑張れー!!」

美樹の声が届いたのだろう。陵は一番最初に三年生へ、バトンを繋いでいた。

「すごい、すごい!!」

「これ、男女とも一組がいけるんじゃない?!」

自然と声援も大きくなっていく中、ゴール前を赤組が一番最初に通り過ぎていく。

「すげー!」

「翔と陵が抜いた分、キープしてたな!」

「あぁー!」

スコアボードに視線を移すと、リレーで男女ともに一位だった為、単独首位になっていた。

参加していたメンバーだけでなく、赤組のあちこちで、ハイタッチをしたり、抱き合ったりしては、喜び合っている。

「小百合ちゃん!」

「遥ー! やったね!」

「うん!」

彼女たちも抱き合うように喜んでいた。

遥と小百合だけでなく、元一年二組で、今年一組になった二年生は、連覇を果たす事になるのだった。


スコアボードは崩され、体育祭が終わっていく。遥にとっては、部活にリレーの練習と、慌ただしかった一週間が終わったのだ。

「お疲れー、次はスポーツフェスティバルだな」

「うん、来週だね」

「去年より順位上げたいよなー」

「そうだねー」

部活は休みだが、いつものように四人揃って帰っていく。体育祭の余韻よりも、弓道の大会へ意識が向いているようだ。

「団体戦、楽しみだねー」

「うん」

「夏休み明けてから、早かったなー」

「そうだな」

「陵は応援合戦、お疲れさまー」

「ありがとう、美樹」

仲の良い二人を前に、遥と翔が動じないのは、いつもの事だからだろう。

まだ暑い日が続く中、二人の変わらない姿に、遥は心が和んでいるのだった。




スポーツフェスティバルでは清澄高等学校がある東部地区は、団体戦上位八校が九月下旬にある県連秋季大会への出場権が得られるのだ。個人戦もあるが、県連秋季大会がある団体戦に、毎年力を入れる学校が多いのである。

昨年と同じく、東部地区女子の会場には、藤澤が同行していた。

一年生では唯一の団体参加である加茂は、極度の緊張感に見舞われているようだ。元々の性格もあるが、さらに無口になっている。

「加茂ちゃん、大丈夫だよ」

「ハル部長ー……」

「一緒に深呼吸しよう?」

遥は加茂と合わせるように深く呼吸をしていく。何度か繰り返すと、彼女も緊張はしたままだが、落ち着きを取り戻しているようだ。

「……みんな、いるから大丈夫だよ。ねっ?」

「ーー……はい」

加茂が遥から周囲に視線を移すと、団体メンバーの皆も微笑んでいる。昨年の自分自身を振り返っていたのだ。

「大丈夫だよー。遥がいるから」

「美樹? 私も緊張するよ?」

「遥は見えない」

「そんなー……」

彼女が態と、うな垂れる様子に、加茂だけでなく応援に駆けつけていた一年部員も皆、微笑んでいる。

「そろそろですね。準備はいいですか?」

「……はい!」

彼女たちは顔を見合わせると、真っ直ぐに応えていたのだ。



女子が弓を引く頃、男子の会場では、一吹が清澄弓道部員を見守っていた。

こちらも青木が緊張していたようだが、加茂ほどではなく。中学からの知った顔があるからか、今は的確に矢を射る姿があった。

団体戦は一人八本弓を引く為、四十射中、何本的に中られるかで順位が決まるのだ。

大前の陵、二番の雅人、中の青木、落ち前の和馬、落ちの翔の順に弓を引いていた。一吹の設定した八射四中は、五人ともクリアしていたのだ。

「ーー……成長したな……」

一吹は思わず呟いていた。昨年の七位の順位から、大幅に順位を上げ、東部地区一位の成績で、県連秋季大会の出場権を手に入れる五人がいたからだ。



カンと、心地よい弦音が響いていく。落ちの遥の射に続くように、大前の美樹、二番の奈美、中の真由子、落ち前の加茂と、順に繋がっている。その様に、藤澤は入学したての頃の二年生を想い返していた。

昨年初めて挑んだ団体に、加茂のように緊張し、ガチガチになりながらも、ギリギリ八位で掴んだ次への切符。彼女たちは、清澄高等学校弓道部の再生に大きく貢献していたのだ。

女子は四十射中二十六射。男子と同じく東部地区一位の成績を収めていた。

ーー蓮…やったよ……。

団体を終えた遥は、うっかり泣きそうになるくらい気が緩んでいた。一朝一夕では届くはずのない順位に、彼女を囲むように喜び合うチームメイトの姿があった。

応援に駆けつけた一年生にとっては、先輩の勇姿に、同級生の頑張りに、思わず拍手を送っているのだった。


「部長、男子も一位だったようですよ?」

「えっ……」

遥の驚いた声は小さく、言葉が出てこなかったようだ。

「男女揃って、来週の大会も出場できますよ?」

「ちょっ! 遥、凄くない?!」

「あっ、ライン来てるよ!」

藤澤だけでなく、チームメイトの言葉に、彼女は嬉しくて言葉にならなかったのだ。

二年生が抱き合う中、加茂を遥が抱き寄せていた。

「やったね、加茂ちゃん!」

「は、はい!!」

遥以上に、状況が把握できていなかった加茂は、部長の言葉で実感していたのだ。自分がやり遂げた事に。

「鈴華ー! かっこよかったよー!」

「あ、ありがとう」

「おめでとう!」

今度は加茂が、同級生と抱き合っている。喜びを分かち合う姿に、少しずつ記録を伸ばしていた昨年の事を皆、想い浮かべているようだった。


遥はいつもの弓道場で一人、弓を引いていた。大会と変わらずに、心地よい弦音が辺りに響いていく。

ーー嬉しい……。

また、みんなで弓が引ける。

去年と同じ舞台に、また立てるんだ……。

矢取りを行う彼女の目から、涙があふれそうだ。

「遥、お疲れさま」

彼女が振り返ると、一番に報告をした蓮が袴姿のまま立っていた。彼もまた中部地区の試合を終えたばかりなのだ。

「蓮…お疲れさま……」

「よかったな」

「……うん、ありがとう」

ラインのやり取りで、結果は既に報告していたのだ。蓮は自分の事のように嬉しそうにしながら、彼女を抱きしめていた。

「……蓮」

「んー……」

抱き合ったまま、彼は一つに結ばれた長い髪に触れている。身を委ねるように、額を彼の胸元に寄せる遥の目から、涙がこぼれ落ちていた。

「遥、頑張ったな……」

「……うん」

何度目かになるか分からない蓮の言葉。

優しくて、強い……私の憧れ。

「遥、目つぶって?」

「うん?」

素直に従う彼女に微笑むと、蓮は手で拭っていた涙を吸い取っていく。

「れ、蓮?!」

「……遥の射、見に行くからな」

「ーー……うん」

彼女の涙は驚きで何処かへ行ったようだ。

「蓮…お疲れさま……」

「ありがとう…遥……」

彼は強く抱き寄せたまま、彼女にそっと唇を重ねていた。

その日の個人の結果は、遥が東部地区一位。

翔と陵は、昨年より記録を伸ばし、二位と三位の成績となった。

中部地区では蓮が一位となり、風颯学園は団体でも結果を残していたが、彼がこの先の大会に出場する事はない。

夕暮れの涼しくなった風が、季節の移り変わりを教えている。

道場に袴姿のまま並んで座る二人は、過ぎ行く季節を早すぎると感じながらも、隣にいれる今を大切にしているように、肩を寄せ合っていた。

「ーー早かったな……」

「うん……」

弓道部恒例の引退式を残し、部活を引退した彼の瞳は、寂しさよりも、これから巡ってくる季節を、心待ちにしているようだった。





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