第34話 夏衣

「ハルちゃん、綺麗に着れてるねー」

「ありがとう、おばあちゃん!」

遥は白地に青い糸菊模様の浴衣に、渋めの淡いピンク地の帯を締めている。これから神社の夏祭りへ行くのだ。

下駄に小さな籠バッグを持って家を出ると、待ち合わせ場所に彼がいる事が分かったが、駆け出す事はできない。二人とも浴衣姿の為、いつもより小さな歩幅で歩み寄っていた。

「蓮、部活お疲れさま」

「遥もお疲れさま」

彼はそう言うと彼女の手を握り、車道側を歩いていく。久しぶりのデートに、二人とも照れくさそうにしながらも、頬を緩ませていた。

「また、家で食べるか?」

「うん! 花火見たい!」

「じゃあ、また射的しないとな」

「また? おじさんに止められるよ?」


たくさんの出店が並ぶ中、蓮は得意な射的で遊んでいる。彼は容赦ない為、全弾命中させていた。

「兄ちゃん、去年も来ただろ? 今年はこれで勘弁してくれよー」

「はーい」

遥の手元には、すでに駄菓子の入った袋が握られている。蓮がその袋を何気なく受け取ると、彼女の手を握り、出店を見て回っていく。

「ラムネ、飲むか?」

「うん。ビー玉、昔よく集めてたよね?」

「懐かしいな」

並んで歩く二人は可愛らしい高校生のカップルだが、二人とも長身の為、浴衣姿は大人っぽく見られる事もしばしばあるようだ。



「あれ……遥じゃない?」

「本当だ……」

美樹と陵もお祭りに来ていたのだ。二人とは距離がある為、遥も蓮も彼らには気づかずに、たこ焼きやじゃがバター等、屋台で買い物をしている。

「松風さんも浴衣かー」

「似合ってるよねー。陵も着る?」

「来年は着てもいいかなー」

彼の返答に、浴衣姿の美樹は嬉しそうにしている。来年も二人でお祭りに行く気なのだ。

「それにしても、目立つなー」

「陵には言われたくないと思うけど」

浴衣姿の遥と蓮は美男美女カップルのようで目立ってはいるが、陵と美樹も劣らずに注目を集めている。彼が目立つからだ。浴衣姿の彼女と楽しそうにする陵に話しかける人はいないが、彼が一人だったら多くの人が話しかけていた所だろう。



「ん、美樹ちゃんと松下くんじゃないか?」

「ん?」

帰ろうとした蓮と遥も、二人に気づいたようだ。

「仲良いんだな」

「うん、クラスでも仲良いよ?」

「そっか」

遥と美樹は視線が合い、手を振り近寄っていく中、遥の右手は蓮と、美樹の右手は陵と、しっかり手を繋いでいた。

「こんばんは」

「蓮さん、こんばんは」

「連覇おめでとうございます!」

「ありがとう」

蓮が友人と話す様子に、遥からは笑みが溢れている。

変な感じ……。

でも……蓮も同じ学校だったら、こんな感じだったのかな。

「遥たちは、もう帰るの?」

「うん、帰ってから食べる事になって」

「そっかぁー。じゃあ、また学校でね」

「うん、またね」

遥は美樹と陵に手を振ると、彼の差し出した手を握りながら、帰っていくのだった。



「花火、見てていい?」

「あぁー。飲み物持ってくるから、座ってて」

「うん」

彼の部屋の窓から、遠くに花火が見える。夜空を照らす花に、彼女は昨年を想い出していた。

賞状が増えてるけど……。

相変わらず乱雑。

全国大会で貰ったばかりの賞状も、他と同じく丸まったまま棚に置かれている。彼らしいさまに遥からは、また笑みが溢れていた。

「きれい……」

ドーンと、大きな音を立てて夜空に上がる花火は、夏の美しい風物詩だ。

夜空を照らしてくれてるみたい……。

来年は……一緒に見れるか分からないけど……。


蓮が飲み物をグラスに注いで戻ると、彼女は夜空を静かに眺めていた。その後ろ姿を愛おしく思ったのだろう。グラスをテーブルに置くと、彼は後ろから彼女を抱きしめていた。

「……蓮?」

遥の声には応えず、彼はうなじにキスをしている。

「!? ……れ」

驚いた彼女が振り返ると、間近にある彼の顔に思わず視線を逸らしていた。

「遥……」

「……っ」

耳元で囁かれた声に、耳に触れる柔らかな感触に、反応する遥がいた。二人の唇が重なると、彼のベッドの上で触れ合っているのだった。




澄んだ弦音が辺りに響いている。今日は朝から、二人で弓を引いているのだ。

「次、終わったら出かけるか?」

「うん!」

更に十二射皆中を決めると、遥と蓮はそれぞれ自宅に戻り、私服に着替えてからデートをするようだ。

白いレースのトップスに、ショートパンツを履いた遥は長い髪を器用に編み込みにし、アップスタイルにしていた。夏らしい格好をしているが、その手には弓具が握られている。

「いってきます」

「一夫さんによろしくね」

「うん!」

どうやら弓道場へ行くようだ。

楽しみ!

カズじいちゃんの射が見れるなんて!

一夫の射が楽しみなのだろう。遥は嬉しそうにしながら、蓮の家まで向かうのだった。


一夫に連れられてきた弓道場では、初心者クラスに見せる演武を頼まれたようだ。蓮と遥にとっては、ちょっとしたお小遣い稼ぎでもある。

再び袴姿に着替えた二人は、他の先生方と顔を合わせると、準備運動を行なっていく。教室は十時から二時間を予定している為、あと一時間程で生徒が集まるのだ。

「先生のお孫さんと彼女さんですかー」

「あぁー。二人とも全国大会二連覇しているからな。その辺の人より上手いぞ?」

「ちょっ、先生!!」

「先生!!」

弓道においては師であり、他の先生方もいる為、普段の「じいちゃん」「カズじいちゃん」呼びはしていない。弓道において二人の礼儀のようだ。

「蓮くんと遥ちゃんね。よろしく」

「よろしくお願いします」

丁寧な所作で挨拶をする二人に、周囲は驚いているようだ。私服姿は年相応な高校生だったが、袴姿の彼らは凛とした眼差しで、この場に立っている。

「生徒が来る前に、少し見てやるぞ?」

一夫の言葉に二人は顔を見合わせると、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「はい!」

「お願いします!」

高校生らしからぬ射と的中率に、周囲からは感嘆の声が上がっていたが、彼女が神山滋範士十段の孫という事実に、納得の表情を浮かべている者が殆どだ。

二人の放った矢は、十二射皆中を決めていたからだ。

「本番もこの調子でな」

「はい!」


初心者クラスだが今日がレッスン最終日の為、生徒たちは的に実際に射る事が、出来るようになっていた。そして、このクラスは高校生不可の為、遥が一番年下である。

二人は主に一夫の演武の介添えをしていた。彼が放つ澄んだ音に、生徒たちが惹かれている事が、二人にも伝わっていく。

ーー綺麗な射……。

いつ見ても変わらない。

美しいって言葉は、こういう時に使うんだと思う。

目の前で矢を射る一夫の姿に、祖父を重ねていたのだろう。遥の目は微かに滲んでいた。

「蓮、遥」

「はい」

二人は同時に応えると、蓮から順に弓を引いていく。三人の演武に、場内からは拍手が響いていた。

彼らの放った矢は四射皆中していたのだ。


「先生、今日はありがとうございました」

「二人とも、ありがとう」

「ありがとうございました」

「失礼します」

蓮が彼女の手を握ると、二人は道場を一足先に後にし、残り少ない夏休みを満喫している。

道場近くの公園のベンチに腰掛けると、木陰の下でお弁当を食べ始めた。

「遥、美味しい」

「よかった」

「もうすぐ学校、始まるなー」

「そうだね。蓮は受験生か……」

「あぁー、もう引退した奴もいるからな。一応、団体メンバーは九月までは、現役だけどな」

「そっか……。学祭、楽しみだね」

「また、見に来てよ?」

「うん!」

先程までの凛とした空気とは一変、二人の間には甘い空気が流れている。

「楽しかったね」

「あぁー」

数年前までは、祖父たちの射を見ている事しか出来なかった彼らにとって、師と一緒に弓を引く事は、モチベーション維持にも一役買っていたのだ。

「今日はありがとう。じいちゃんも喜んでた」

「こちらこそ、ありがとう……」

「何か想い出したな……」

「そうだね……。初めて弓に触れた日の事」

二人とも小学生の頃の事を想い返していたのだ。

祖父たちは、孫が弓に興味を持ってくれる事を喜んでいた。

一夫の今日の提案も孫と、弟子と、一緒に過ごす想い出づくりの一環でもあったのだ。

二人にも分かっていたのだろう。いつも一緒にいても、いつ別れがくるか分からない事を。

「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」

蓮が空の弁当箱が入った籠を持つと、二人は並んで歩いていく。

「遥、甘いの食べて帰るか?」

「うん!」

さっそく貰った金一封で、三時のおやつといった所だろう。二人はソフトクリームを片手に、笑顔を向け合っている。

「遥」

彼女が見上げると、彼が笑顔を写真に収めていた。

「ちょっ、蓮!」

「可愛く撮れてるって」

「ーー……一緒に写って?」

「ん……」

側から見れば、年相応の高校生のカップルだ。二人は顔を寄せ合い、写真を撮っている。

まだ日差しの強い中、残り少ない夏休みと目の前にいる彼との時間を、貴重に思う遥がいるのだった。



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