第33話 連覇

カメイアリーナ仙台の特設弓道場にて、開会式が行われている。インターハイが始まったのだ。

今日から四日間かけて行われるが、清澄高等学校からは昨年と同じく、個人戦のみの出場の為、引率の藤澤と共に遥と翔が参列していた。

個人は初日に予選から決勝まで行われる為、今日一日ですべてが決まるのだ。

「緊張するな……」

「うん……」

全国から各都道府県内で勝ち進んだ者だけが、出場できる大会の為、的中率は県大会よりも高い。そんな中、最後まで矢を射ることができるのは、ほんの一握りの人だけだ。

開会式が終わると、女子個人予選から始まっていく中、遥は心を落ち着かせていた。はやる気持ちを抑えていたのだ。


「神山さんの出番ですね」

「はい……」

藤澤と翔は、二階の観覧席から彼女の射を眺めていた。四射三中以上を決めなければ、準決勝へ出場できないのだ。

彼女はいつも通り弓を引いていく。その姿を見ていたのは、二人だけではなかった。昨年の個人優勝者の為、彼女は注目を集める中、風颯学園の部員も先月の合同練習を思い出すかのように眺めていた。

「……外さないなー」

「佐野、行くぞ?」

「ちょっ、蓮! いいのか?」

佐野は「最後まで見なくていいのか? 」と、言いたいようだ。

気持ちを整えている蓮は控え室へ向かう中、彼を振り返っていた。

「遥は、四射皆中で進むから心配ないよ」

当然の事のように告げる蓮に、佐野からは呆れ気味の溜め息が漏れている。

「はぁー……。遥ちゃんの射に関しては、信頼してるんだなー」

「ん? 佐野の射も期待してるけど? 明日、楽しみだな」

そう告げた彼は、個人戦で外すイメージはないようだ。団体で満から受け取った連覇を続ける事が、最も重要なのだろう。微かに笑みを浮かべる蓮に、チームメイトも期待を寄せ、予選の舞台へ立つのだった。


九十六名参加の中から四射三中以上で、準決勝へ進める者は女子は三十八名、男子は四十八名となっていた。

準決勝でも四射三中以上を的に中た者だけが、決勝進出できるのだ。

今年の県内では四射皆中する者は、蓮と遥くらいだったが、全国では男女共に十名以上皆中する者がいる。そんな中、翔も四射三中を決め、準決勝に二人揃って進出を決めるたのだ。

遥はチームメイトの応援をしながら、彼の射に視線を移していた。

ーー蓮……。

綺麗な射形に、変わらない音。

彼の澄んだ弦音に視線を奪われたのは、遥だけではなかったようだ。彼も昨年の優勝者である為、周囲の視線を集めていた。緊張感のある中、次々と放たれる矢は圧巻だが、そんな中でも彼の射は際立っていたのだ。

「風颯は順当に残りましたね」

「はい……」

「白河くんも残りましたし、次も楽しみですね」

「はい!」

笑顔で応える遥は、緊張はしているが心の底から矢を射ることが楽しみなように、藤澤の目には映っているのだった。


ーー四射三中以上……。

普段の練習で皆中していても、本番で……大会で実力が出せなければ意味がない。

いつも平常心を心がけ、初心を忘れずに弓を引ければ……。

大丈夫。

遥は矢筒につけたピンク色の御守りを、両手で握りしめていた。

彼女は大会の度に、矢を射る度に、願っていたのだ。彼と同じ場所に立てることを。

彼女は澄んだ弦音を響かせながら、一射、また一射と的に中ていく。

周囲から見れば、危なげなく四射皆中をしていた遥だが、彼女自身は緊張していたのだろう。息を深く吐き出すような仕草をする姿があるのだった。


男子準決勝を前に、遥はパウチゼリーで栄養補給をしている。

決勝は射詰競射により順位決定が行われる為、集中力が勝利のカギと言えるだろう。

五射目より直径二十四㎝の星的を使用する事になっている。そこまで矢を射る事ができれば、合宿の効果的な練習が試される機会でもあるのだ。

「白河くんも危なげなく四射三中、できるようになりましたね」

「……はい」

藤澤の言葉に遥も微笑んで応えていた。一年間、藤澤のもとで弓道を学んできた彼らは、より良い方向へ導かれていたのだ。

『再生に手を貸してくれますか?』

そう先生は言ってくれたけど……。

実際に居場所をもらったようで、再生していたのは私だったと思う。

この一年間で、清澄高等学校弓道部を弱小だと呼ぶ人が減ったのは、チームメイトの……部員全員の力だと思う……。

投げ出すことなく、続けてきた結果が、今に繋がっている気がする。

藤澤先生と一吹さんには、感謝の言葉だけじゃ足りないくらい……。

彼女が試合前に想い出すのは、今までは苦い想い出が多かったようだが、今は違うのだろう。その表情は緊張感を滲ませながらも、晴れやかだった。

「決まりましたね……」

「はい……」

翔も遥と同じく決勝進出を決めたのだ。

チームメイトの結果に、彼女もまた勇気づけられていた。

「藤澤先生、見ていて下さい」

はっきりと告げた彼女の横顔は、凛としているように藤澤の目に映っていた。彼には予感があったのだ。彼女なら連覇を叶えるという予感が。

藤澤のように予感していた彼も、彼女の美しい射に視線を向けていた。

「……決まりだな」

そう呟いた蓮は自分の射へ集中すべく、控え室へと歩いていく。

彼女は澄んだ音を響かせながら、的に中ていた。

六本目まで中ったのは、遥だけだったのだ。

チームメイトの射を羨望の眼差しで見る翔と、彼女に続くようにと集中する蓮がいた。

彼らにあるのは、高みにある目標の為、日々精進してきた行いが、結果として表れた日となった。

遥の連覇に続き、蓮もまた男子個人の優勝を果たしていたのだ。


インターハイ一日目は、個人表彰式まで行われている。翔は五位入賞を果たし、昨年より順位を伸ばしたが、彼女の優勝する姿に羨ましくも感じるのだった。

全国大会の舞台に出れるだけでも凄いことだが、百人近くいる中から入賞できるのは、限られた人だけだ。翔もその中に入っているのだが、より順位の上の者を羨望の眼差しで見てしまうのは、仕方のない事なのかもしれない。

「……よく頑張りましたね」

「はい!」

藤澤の声かけに、二人とも笑顔で応えていた。張り詰めた緊張感から、一気に解放されたからだろう。

ホテルへと戻る三人に、一ノ瀬が声をかけていた。風颯学園も個人入賞者が、男女合わせて三人いたのだ。明日の団体も男子は出場の為、藤澤は彼らにもエールを送っていた。県代表である彼らには、長く弓を引いてほしいのだ。

先生等が話をしている間、遥はテレビ電話を美樹にかけていた。二人が大会中は部活が休みの為、デートを楽しんでいた所だろう。美樹の部屋に陵がいたのだ。

『二人ともおめでとう!』

「ありがとう!」

「ありがとな」

『団体戦、ムービー撮ったら送ってくれよ?』

「分かってるって」

「美樹は、今日デートだったの?」

『うん、久々にねー』

『ちょっ! そういう話は、俺らのいない所でしてよ!』

少し照れた様子の陵に、美樹も遥もクスクスと笑っている。

『はーい! じゃあ、遥またねー』

「うん! 戻ったら、話そうね」

『うん!』

楽しそうに手を振る美樹と遥に対し、陵と翔はいろんな意味で女子には敵わないと、感じているのだった。




二日目は団体予選が、三日目に団体一回戦、二回戦が行われていた。予選では四十八校いた団体も、三十二校、十六校と試合の度にチームが減っていく。

遥は勝ち残っている風颯学園男子弓道部員を、翔、藤澤と共に応援していた。

二人とも制服姿で会場を訪れている。明日に控える大会最終日は閉会式がある為、袴姿での参加だが、他の日程は出場する訳ではないからだ。

冊子を見ながら、二階の観覧席に三人並んで座り、同じ県の代表や昨年強かった九州の学校等の記録を撮りながら見ていく。

「強いな……」

「うん……」

彼らの前では、第八試合が行われている。今日の団体最後の試合だ。

風颯学園は二十射十八中、対戦校は十三中している。

……蓮…すごい……。

明日も頑張って……。

遥がそう感じるのも当然だ。県内からは、男子のみ明日の準々決勝へ進出となったからだ。

彼らは県内の全国クラスの強豪校と合宿を出来た事に、改めて感謝しているのだった。


「……もしもし?」

『遥、今いいか?』

「うん、大丈夫だよ。明日の試合も楽しみだね」

電話の相手は彼なのだろう。ホテルの部屋に一人でいた彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべている。

『あぁー、楽しみだな』

「うん……。応援してしてるね」

『ありがとう…遥……』

……話したいこと、いっぱいあるはずなんだけど……。

蓮の声を聞いたら、それだけで……。

二人にしばらくの間、沈黙が流れた。無言でも気まずくならないのは、遥と蓮だからだろう。

「……蓮、お祭り…楽しみにしてるね」

『あぁー。他にも遥と行きたい所あるから、出かけような?』

「うん……。電話ありがとう」

『……うん。遥、また明日な』

「うん……」

二人は名残惜しそうにしながら、電話を切っていた。

ーー蓮の射が見れるのも…あと少し……。

彼女は、二ヶ月後には彼が引退する事を分かっていたのだ。




「今日で最後かー」

「あっという間だったね」

「あぁー」

遥も翔も閉会式がある為、袴姿で会場を訪れていた。

団体決勝トーナメント、準々決勝から決勝戦。表彰式に閉会式もあるが、その全てが午後一時頃に終わるのだ。

試合開始から三時間半程度で優勝者が決まる為、会場では出場校が次々と入れ替わっている。

蓮の射が一番……。

弦音、矢が的を射る音、弓返りの音、そのすべてが綺麗な所作から生み出されてるのが分かる。

蓮が弓を引く度に、冴えた音が響く。彼女は心の中でエールを送りながら、彼の射を見つめていた。

「すご……」

「強いですね」

そう告げた藤澤の通り、風颯学園は二十射十八中で優勝を果たした。部長である蓮は、予選から最後まで一本も外す事なく、大会を終えたのだ。

遥は思わず立ち上がると、一番前にある手すりに掴まっていた。高校最後の全国大会に相応しい、彼の締めくくりに、泣きそうになっていたのだ。


蓮には、彼女がどこにいるか直ぐに分かった。

「やったな!」

「あぁー」

団体優勝を喜ぶ彼らが場内を去る中、彼は遥に向けて微笑んでいた。

昨夜の電話が彼の気持ちを落ち着け、勝利へと導いてくれていた。少なくとも蓮は、そう思っていたのだ。


「二人とも、お疲れさまでした」

「藤澤先生、ありがとうございます」

「ありがとうございました」

閉会式が終わり、遥と翔は並んでホテルへと戻っていく。また学校での練習の日々が始まるのだ。

「翔、お疲れさま」

「あぁー、お疲れー」

二人が結果を残した姿に、藤澤は実を結んでよかったと改めて感じていた。

「遥!!」

大きな声で呼ばれ、振り向くとテンションが高めの蓮が駆け寄っていた。今まで学校が違うとか色々と彼なりに考え、彼女との距離感を配慮していたが、この一瞬ですべてが無になったかもしれない。

「……蓮、お疲れさま」

彼女も笑顔で応えていた。

「優勝おめでとう!!」

二人は同時にお互いの勝利を祝うと、その勢いのまま満にテレビ電話をかけていた。二人が二番目に報告したい相手なのだろう。

『二人ともお疲れさん。大会どうだった?』

「叶ったよ!」

『よかったな。おめでとう!!』

「ありがとう」

遥と蓮は、寄り添ってピースサインを満に向けている。そんな二人の仲睦まじい様子に満がつっこんだのは、言うまでもない。

我に返った二人はハイタッチで締めると、それぞれの場所へ戻っていくのだった。

「神山さんは、松風さんと仲がいいんですねー」

「はい……」

藤澤にまでからかわれ、遥は恥ずかしかったのだろう。頬を赤らめていた。


「松風くんは、遥ちゃんと仲が良いんだなー」

赤崎あかざきさん!」

「連覇おめでとう! 少し取材いいかい?」

「……はい」

満ほど社交的ではない為、返事はきちんとするが、明るい声ではない。蓮はこういう事が苦手なのだ。それでも部長らしく対応するさまは、さすがと言えるだろう。

ちなみに遥にもこの手の取材はあるが、個人的な為すべて断っていたのだ。

「今度、遥ちゃんも取材したいなー」

「駄目ですよ。来年、団体で来れたら…また別ですけど……」

「へぇー、それは期待しておかないとな」

赤崎の応えに、蓮は微かに笑みを浮かべている。彼女の実力なら、次は出場まで手が届くかもしれないと、期待を寄せていたのだ。




遥はいつも通り、朝から弓道場へ来ていた。今日は部活は休みだが、習慣になっている為、いつもと変わらずに弓を引いていく。

五つの的に四射ずつあてた所で、蓮が道場に顔を出した。彼も部活は休みなのだ。

「おめでとう!!」

会場では抱き合う事はできなかった為、二人は袴姿で抱き合っていた。お互いの健闘を称えていたのだ。

「昨日は、声かけて悪かったな」

「ううん、嬉しかったよ! ありがとう」

二人は抱き合ったまま、喜びを分かち合っている。

「蓮、連覇おめでとう」

「うん、遥もおめでとう」

蓮は彼女の頬に触れると、そっと口づけていた。

「ん…蓮……」

「ん?」

「……かっこよかったよ」

「ありがとう。遥は、綺麗だったな」

彼の言葉に頬を赤らめる遥は、反応が可愛いらしいと言えるだろう。

二人は微笑み合うと、場内にはまた弦音が響き始めた。

やっと実感した……。

連覇を果たした事も、大会がまた一つ終わってしまった事も……。

私…宣言した通り……矢を射る事ができたんだ……。

二人で矢を射る度、その仲も深まっていくようだった。




「二人とも大会、お疲れさまー!」

「お疲れさまでしたー!!」

遥と翔をチームメイトは、笑顔で出迎えていた。メッセージのやり取りで、遥が連覇を、翔が五位入賞を果たしたことを知っていた為、ちょっとしたお祝いモードだ。午後の練習を前にお弁当を食べ終わると、様々な種類が用意されたアイスから、好きな物を手に取っていた。

「わぁー、ありがとう!」

「ありがとな」

遥も翔も嬉しそうに、チームメイトが買ってくれたアイスを食べている。仲間に祝って貰える事は、自分たちが思っていたよりも、くるものがあったようだ。

……嬉しい。

緊張で眠れない日もあったけど、頑張ってよかった。

来年はみんなで挑めるような、そんな弓道部を目指していきたい……。

それは彼女だけでなく、部員共通の想いだった。

「来年は、俺も出る!」

「あぁー、近づきたいな」

「そうだねー」

はっきりと口にした陵に皆、笑顔で応えているのだった。







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