第28話 前進

四月下旬の日曜日、東部地区では地区春季大会兼県総体個人予選が行われている。

八射弓を引き、男子五中以上、女子四中以上の者が県総体出場となるのだ。今年は経験者の入部が多かった為、清澄高等学校からは男子九名、女子十名が出場となった。

「次は神山さんと篠原さんが出てきますね」

「はい」

藤澤の声に応える未経験者三人に、彼は和馬たち四人が入部したての頃を思い返していたのだ。

遥が矢を放つと心地よい音が響く。音に魅せられている彼らに、藤澤も一吹も笑みを浮かべているのだった。

彼女は八射皆中を決め、女子ではただ一人の八射皆中者となっていた。

「やったね、遥!」

「うん!」

美樹と遥はハイタッチを交わすと、喜び合っていた。清澄高等学校の女子からは、二人を含む二、三年生の五人と新入生の加茂が、男子は隆、翔、陵に新入生の青木が、五月下旬に行われる次の大会への出場を決めたのだ。

東部地区からは男子五十三名、女子七十八名が県武道館で行われる大会に出られるが、来週にある団体戦に彼らの心は向いていた。

満開だった桜は、葉桜へと移り変わっているのだった。




「次は女子なー」

「はい!」

一吹指導のもと、団体に向けて最終調整が行われていた。

大前の由紀子から順に弓を引くと、個人でも全員が次の大会出場を果たした為か自信をもって弓を引いている事が、一吹だけでなく、藤澤にも伝わっていた。八射四中で個人出場を逃した雅人と和馬は、団体では結果を残したい思いが強いのだろう。こちらも先程、いい雰囲気のまま練習を終えていた。

「一吹くん、またいい年になりそうですね」

「はい」

藤澤から彼女たちの的に視線を移した一吹は、確信していたのだ。上位八校に残ると。


遥はいつもの弓道場へ部活終わりに訪れていた。蓮が来れなくなってからも、彼女は朝も夕方も毎日のように続けていた為、習慣になっている。

的を一つ用意すると、彼女は呼吸を整え、弓を引く。彼女の放った矢は、的に吸い込まれるように中っていた。八射皆中を決めると、彼女は矢取りを行なっていく。

ーー明日…団体……。

大丈夫……。

練習通りにできれば、きっと……。

遥も確信していたのだ。このまま矢を射る事ができれば、次の大会へ進めると……。




「おはよう、遥」

「美樹、おはよう」

袴姿にジャージを羽織り、電車に乗って先週と同じ会場へ向かっていると、翔と陵が同じ車両に乗って来ていた。四人は待ち合わせをしていたのだ。

「いよいよだな」

「そうだねー」

「楽しみだな」

「うん!」

三人の声に、遥は笑顔で応えているのだった。


四人が会場へ着くと、一吹が入り口前で待っていた。部長である隆と由紀子は、一年生と共に藤澤のもとに集まっていた。和馬たち残りの二年生が揃うと、総勢二十二人となった弓道部は、レジャーシートの上に荷物を置き、出番を待っている。

「一年生の皆さんは、団体の立ち位置等、初めての方もいますから、学んでいきましょうね?」

「はい」

藤澤は素直に応える彼らに、これからの成長を楽しみに感じているようだ。

「男子が始まるな。今の五人なら次に必ず進めるから、気負わずにな」

「はい!」

勢いよく返事をした五人はハイタッチを交わすと、会場内に入っていくのだった。


緊張感のある中放たれる矢に、一年生も緊張しているようだ。特に未経験者の三人は、他の部員よりも緊張しているように一吹と藤澤の目には映っていた。

「すごいだろ? 大会は独特の緊張感があるからな」

「はい……」

「試合に出てる雅人と和馬も高校から弓を始めたんだぞ?」

「えっ? あんなに弓が引けるのにですか?」

「そうだ。だから……三人とも毎日のように弓に触れれば、彼らのように弓が引けるようになるかもな? 要は本人のやる気次第だ」

「はい……」

一吹の声に応えた彼らの瞳は、一年前の和馬たちのように輝いているように感じる藤澤がいた。

彼らの目の前で放たれていく矢は、和馬が四中、雅人と隆が五中、陵と翔が六中と、全体で二十六中と東部地区三位の成績をおさめたのだ。


「すごい!」

「やったねー!」

男子チームとハイタッチをし、喜び合う女子チームは、一年生から見ても仲が良いと感じていた。

「次は遥たちだな。 頑張れよ」

「うん!」

翔の声に応えた彼女は、嬉しさと共に、彼らに続きたいと願っていたのだ。

今までで、一番の的中数!

すごい!!

私も…私たちも、みんなに続けるような弓を……。

彼女たちが的の前に立つと、チームメイトも緊張感に包まれていた。大前から順に弓を放つ中、彼女の放った矢は皆中していく。

「神山先輩…すごいですね……」

「だろ? だって遥は、インターハイ優勝者だからな」

自分の事のように言う陵に、周囲からは笑みが溢れている。彼らは、彼女の射に憧れていたのだ。

「……八射皆中だな」

「決まったな」

男子に続き、女子も由紀子、奈美、真由子が四中を、美樹が五中を、遥が八中を決め、二十五中し、全体のニ位で今月下旬にある県総体団体予選兼全国総体東海総体予選へ出場を決めたのだ。

喜び合う先輩たちに、一年生は早く弓を引きたいと感じているのだった。




「一年生ー! ジャージ届いたぞー!」

「わぁー!」

「名前も入ってる」

「サイズは大丈夫そうか?」

「はい!」

男女お揃いの水色ベースのジャージに、紺色で清澄高等学校 弓道部と、背中部分に書かれており、袴の濃い紺色とも合うような色使いとなっている。

一年生が喜ぶさまに、昨年は自分たちも同じように喜び、写真を撮っていたのを想い出していた。

「せっかくだから、みんなで写真撮るか?」

「はい!」

部長の提案により、部員はジャージを羽織ると、タイマーをかけ二十二人に藤澤と一吹も加わり、撮影をしていた。彼らは大会前でもナーバスになる事なく、明るい様子の為、二、三年生は精神的にも強くなったと感じる二人がいるのだった。


「明日から、いよいよ県武道館だな」

「そうだね」

「先輩たちの射、楽しみです」

「青木も日曜日の個人に出るんだからな?」

「分かってますって!」

翔たちと同じ方向の為、青木だけでなく、一年男子の渡辺わたなべに、女子の小林こばやし増田ますだも一緒に駅までの道を歩いていた。

「小林ちゃんと増田ちゃんは仲良いけど、同じ中学だったの?」

「中学は違うんですけど、同じクラスなんですよ」

「そうなんだぁー」

「先輩たちは同じクラスなんですか?」

「うん、二年になってからね。美樹とは幼馴染だよ」

「うん! 再会した時はテンション上がったもん」

仲睦まじい二人の様子に、小林と増田も笑顔になっている。

「じゃあ、また明日ね」

「また会場でなー」

「お疲れさまです」

「お疲れさま」

遥は、いつものように皆とは反対側の電車に乗り込むと、メッセージを送っていた。

『蓮、明日会えるの楽しみにしてるね』

彼女が最寄駅に着く頃、彼より返信があった。蓮にしては珍しい、可愛らしいウサギのスタンプで「了解」と、書かれている。遥は携帯電話の画面に小さな笑みを浮かべると、いつもの道場へ足早に向かうのだった。




団体は県予選にて上位八校を決め、六月上旬に県武道館にて準決勝および決勝が行われる。一人十二射、五人六十射で競い合うのだ。

「お父さん、送ってくれてありがとう」

「あぁー、頑張りなさい」

「うん!」

遥は会場まで車で送って貰い、目の前の光景に昨年を振り返っていた。

ーー嬉しい……。

去年は見てることしかできなかった……。

県武道館での団体に出場できる。

彼女は武道館に、五月晴れの空に、少しでも長く今のメンバーで弓を引けるようにと、願っているのだった。


藤澤が制服にジャージを持った一年生と観覧席で彼らの出番を待っていると、女子の団体メンバーが一吹と共に戻ってきた。午後一番で彼女たちの番になった為、男子の応援をしていく。応援と言っても、他の部活のように応援歌や声援を送れる訳ではない為、見守っていると、言った方が正しいだろう。

「出てきた!」

「いよいよだね」

団体メンバーだけでなく、一年生も彼らの緊張感のある中、放たれていく射に集中していた。

いつものように陵から順に矢が中っていく。

今回の目標は十二射八中だ。四十射中れば、確実に次の舞台へ進めると、一吹が確信していた為、半分以上の射が中るように日々、彼らは自分と向き合ってきたのだ。

落ちの一人を残し、陵が九中、和馬が六中、隆が八中、雅人が七中している。目標としていた四十まではあと一射。翔が放った矢は僅かに外れ、三十九射。

一吹が目標とした四十射までは届かなかったが、大健闘である。彼は次の舞台にまで立たせたかった為、態と高い目標にしていたのだ。

その結果、彼らは同率四位で来週行われる準決勝への進出が決まったのだ。

彼らは隆が引いたくじの結果、準決勝は三番目の立順たちじゅんになるのだった。


隆たちがレジャーシートを広げ、昼食をとっている清澄高等学校の元へ戻ると、由紀子たち団体メンバーは、早めに食べた後だった。午後一番で弓を引くからだ。

「おめでとう!!」

「すごい!!」

「ありがとう……」

準決勝の進出を祝福している彼女たちがいた。自分の事のように嬉しかったのだ。

「やったね」

「あぁー。次は遥たちだな」

「うん!」

微笑んで応えた彼女は、緊張感はあるが迷いはないのだろう。男子に続くと心に決めているように、彼の目には映っていたのだ。


再び会場内に戻ると、また独特の空気に包まれていた。試合は緊張がつきものである。遥は深く息を吐き出すと、的をまっすぐに見据えていた。

大前から順に放たれる矢の音を聞きながら、ここに立ててよかったと、感じる彼女がいたのだ。

遥は心地よい音を響かせながら、美しい射を披露していた。彼女が乱れる事はない。

次々と放たれる矢に魅了されていく。彼女は十二射皆中を決めたのだ。

由紀子は七中、奈美が六中、真由子が七中、美樹が八中と、一吹の言っていた四十射をクリアした為、女子は同率一位の成績で、次の舞台へ立てる事になったのだ。

「やりましたね……」

「はい……」

藤澤の声に頷いて応えた一吹は、初めて尽くしの中、結果を出した彼らに、心の中でエールを送っているのだった。

ーー夢…みたい……。

見てるだけだった団体が、準決勝進出できるなんて……。

遥はまだ夢見心地なのだろう。由紀子がくじを引く際も、実感できていないようだ。

「五番目だった」

「はい……」

「来週もみんなで立てるね」

「はい!」

涙目になりながら応えた遥と、彼女たちは抱き合っているのだった。


ーー明日は個人か……。

彼女は明日へ気持ちを切り替えるべく、いつもの道場を訪れていた。一つだけ用意された的は、四射皆中している。

手早く片付けを済ませると、家路を急ぐ中、彼女の携帯電話が鳴っていた。

「蓮?」

『遥、お疲れさま。進出おめでとう』

「ありがとう……。蓮もおめでとう」

風颯学園は男女ともに一位の成績で通過していたのだ。強豪の名は継続中である。

『また明日な』

「うん……。また明日ね」

名残惜しそうにしながらも電話を切ると、彼女は夜空を見上げ、明日に期待を寄せているのだった。




予選四射二中以上で準決勝進出となり、準決勝も四射引き、予選からの合計六中以上の者が決勝進出となる。

今日の清澄高等学校からのエントリーは隆、翔、陵、青木の男子四名と、由紀子、奈美、真由子、美樹、遥、加茂の六名の総勢十名だ。

昨日と同じように男子予選から始まっていく。次々と放たれる矢は、未経験者の三人から見たら圧巻である。

藤澤と一吹は、昨日と同じ観覧席から彼らの射を見ていた。順当に行けば、準決勝までは全員進出できる力はあるのだ。

二人の思っていた通り、男女ともに準決勝に十人揃って進出となった。

午後から始まる準決勝を前に、昨日と同じようにレジャーシートを広げ、昼食をとっていると、一吹が良知りょうじに声をかけられていた。

「あの、一吹さんと話してるの誰っすか?」

「ん? 良知コーチは、風颯学園のコーチだよ」

「えっ?! あの?!」

隆の応えに、青木は思わず声を上げていた。それ程に弓道の名門校として風颯学園は有名なのだ。

「一吹さんの母校だってさ」

「へぇー、そうなんですか」

青木だけでなく、弓道経験者の一年生の殆どが納得したような表情を浮かべていた。

「風颯って、あの濃紺のジャージですよね?」

「あぁー。そうだな、渡辺」

「強そうですよねー」

「青木が言うと軽いなー。陵みたいだ」

「ちょっ、雅人先輩!」

笑い合うチームメイトの様子に、彼女も笑みを浮かべている。

ーー蓮も頑張って……。

遥は心の中で、彼にもエールを送っていたのだ。


男子準決勝が始まる中、青木と蓮が同じグループで出てきた。先程四射二中の青木は、四射皆中を決めなければ決勝進出はできないのだ。彼は予選と同じく四射二中だった為、準決勝で敗退となった。

同じグループの蓮は、予選と変わらずに弓を引き、四射皆中を決めている。こうして二百人以上いた予選から、大幅に準決勝で人数が削られるのだ。

「隆たちは、上手くいったみたいだな」

「はい……」

一吹の言ったとおり、彼らは四射三中を予選は三人とも決め、準決勝では陵と翔は四射皆中を決めていたのだ。その為、三人は決勝進出となったのだった。


「すごい……」

「ハル先輩って、外す事あるんっすか?」

「……ないよな?」

「あぁー、俺も見たことないな」

「先輩たちもですか?!」

「入部してからの記録は、遥だけ全部丸がついてるからな」

「そうなんですか……」

彼女は予選同様に、四射皆中を決めていたのだ。

「女子も決まったな……」

決勝進出を果たしたのは、由紀子、美樹、遥の三人となっていた。


決勝でも四射引き、予選からの合計的中数で順位が決定する。

男女とも四位までが全国大会、五位までが東海大会へ出場ができるのだ。

決勝に立った隆たちの緊張感は、観覧席にいたチームメイトにも伝わってきていた。

隆は決勝も合わせ九射、翔と陵は十一射と同中の為、競射で順位を決定する事になった。彼らの他にも風颯の佐野、下村、森も同中だったのだ。

順々に同じ的に矢を一本ずつ放ち、矢が的の中心に近い者が上位となる。

もっとも中心に近かったのは、佐野、下村に続いて、翔、陵、森だった。

男子は十二射皆中を決めた一位の蓮から佐野、下村、翔の四人が全国大会へ、陵までの上位五名が東海大会出場を決めたのだ。昨年同様、風颯学園の強さを実感する二人がいるのだった。



自分の出番が終わり、蓮は彼女の射を静かに見つめていた。遥も彼と同じく、唯一の十二射皆中を出していたのだ。

「綺麗だな……」

彼は小さく呟くと、仲間のいる観覧席へと戻っていくのだった。



美樹と由紀子は決勝までの的中が九射と、八位の入賞まであと一歩及ばなかったが、二人ともすっきりした表情を浮かべている。全力を尽くしたからだろう。気持ちは、来週の団体に向いているようだ。

「皆さん、お疲れさまでした。よく頑張りましたね」

「はい」

藤澤の言葉に、個人戦が終わったと実感したのだろう。応える声がいつもよりも静かだ。

「……来週の団体、私も楽しみにしています」

「はい!」

いつものように元気よく応えた彼らに、藤澤も笑みを浮かべ、彼らの射を待ち遠しく思っているのだった。




「遥、県大会どうだった?」

「今週末、団体の準決勝だよ」

「凄いじゃん!」

「小百合ちゃん、ありがとう」

今日の昼休みは小百合と美樹の三人で、お弁当を食べている。

「小百合ちゃん、ちなみに個人は遥の二連覇だよー」

「そうなのー?! おめでとう!」

「ありがとう……」

「部員も集まったみたいで良かったね」

「うん」

「バスケ部には敵わないけどねー」

「まぁーね。そこは一応、強豪校だからね」

三人は修学旅行の班も同じになった為、話が弾んでいると、陵が輪に入ってきた。彼も同じ班なのだ。

六人一グループの為、翔と竹山も同じ班だ。来週に控える京都、奈良の修学旅行は皆、楽しみなのだろう。

「京都は中学の時も修学旅行で行ったなー」

「私もー」

「そうなんだー。竹山は?」

「俺は両方行ったことあるな。遥は?」

「私も行ったことあるよ。久しぶりに行くから楽しみ」

「お土産、いっぱい買おうね」

「うん」

班毎に自由に回れる為、行き先はもう決まっているのだ。修学旅行も楽しみだが、弓道部の四人にとっては、県武道館で行われる準決勝の舞台を待ち遠しく感じているのだった。


午後はいつものように実践練習が行われていた。

「一年は、左端の的で順番にな。射形は俺がチェックするから」

「はい!」

一吹の指示通り、部員たちは練習をしている。団体を控えた二、三年生は、五つの的を使い大前から順に弓を引いていく。藤澤はまとまりのある彼らの様子に、安心しつつも三年生がどこまで続けられるか楽しみでもあったのだ。




準決勝は先週くじで決めた順番に弓を引き、予選も含めた合計的中数の上位四校が、決勝リーグ出場となる。

清澄高等学校は八校中、男子は三番目、女子は五番目の順番だった。

「うま……」

「風颯は全国クラスだからね」

「……レベルが高いですね」

一番目だった彼らは、大前の蓮に続き、下村、佐野と四射皆中を決めていた。一立目が五人で二十射十八中と二立目をするまでもなく、単独首位になりそうな出だしである。

予選と今日の一立目と二立目の四十射の的中数で決まるからだ。

ーー蓮……。

美しい射に、綺麗な音……。

他に知らない。

こんなに惹かれる人…他にいない……。

遥は風颯学園の射を眺めながら、圧倒的な差を感じずにはいられずにいた。

二番目の学校は風颯のプレッシャーからか、外す者が多く九射に留まっていた。

清澄高等学校の五人が姿を現わすと、遥は祈るように彼らの射を見守っていた。

大前の陵から順に放たれていく一立目の矢は、二十射十二中だった。

「予選が三十九だから、次の二立目で四位以内に入れるか決まるな」

「はい……」

一吹の声に応える彼女たちは、自分の事のように緊張しているようだ。次々と対戦校の放つ矢の結果に、一喜一憂していたのだ。

一立目を終え、一吹の予想より他校が外した事もあって、清澄高等学校は五十一射と三位につけていた。


二立目が始まると、一番目の風颯学園は大前の蓮に続くように皆中する者もいる為、二十射十七中だった。先程よりも落としたが、八十三射と圧倒的な力を誇り、他校の結果を待たずして、決勝進出を決めたのだった。

清澄高等学校が会場に再び姿を現わすと、チームメイトは緊張した面持ちで彼らを見つめていた。陵から順に放たれていく矢が続くようにと、願っていたのだ。

「緊張するね」

「……はい」

「中る……」

そう呟くように言った遥のとおり、彼の射は中っていたのだ。彼女は弓から離れる瞬間に、的に中るかどうか分かるのだろう。

二立目も二十射十二中し、合計六十三と四位の的中数で午後から行われる決勝リーグに出れる事になったのだ。

「やば……」

「……手が震えるな」

「部長……」

彼らは会場を出ると、抱き合い喜びあっていたのだった。


遥たちは五番目の為、会場で自分たちの番が来るのを待っていた。思いおもいの精神統一をする中、遥は弓を引ける事が、何よりも嬉しかったのだろう。緊張感はあるが、彼女は微かに笑みを浮かべている。

ーー…嬉しい……。

蓮と同じ舞台に立てた……。

ただ単純に、五人で弓を引きたかった想いが強かったのだ。

大前から順に弓を引く中、彼女はチームメイトの放つ矢の音に耳を傾けながら、ずっと引けたらいいのに……と、願っていたのだ。

彼女の放った矢は逸れることなく的に中り、二十射十一中と好調な滑り出しなった。

「緊張するな」

「はい」

「それ、ユキ先輩たちも言ってました」

「……だよなー」

「あぁー、次も……」

思いきって矢を射ることができれば、四位以内に入ると、彼らは確信していたのだ。清澄高等学校は一立目を終え、二位につけていたからだ。


「うちの女子、今年は通過しそうだな」

「あぁー、鍛えられて上手くなったからな」

蓮が応えたとおり、二立目も順当に羽分はわけ以上を出し、六十八射で単独首位になりそうだからだ。

「遥ちゃんの所は?」

「二位か…三位止まりだな……」

「蓮は相変わらず、弓道に関しては厳しいなー」

「佐野、一人がどんなに中ったって、次に続いてくれる人がいないと団体は残れないだろ? でも……」

「でも?」

「いや……。去年の合宿の時とは別人みたいだな」

「それは、俺も思った」

「上手くなったな……」

彼が嬉しそうにそう呟いていると、遥たちの二立目が始まった。

大前から順に矢を射る中、彼女の音が響くと、音が連なっていく。

「ーー決まったな……」

蓮の呟いたとおり、合計六十三射で二位となった。

清澄高等学校は、男女揃ってはじめて決勝進出を決めたのだ。

「遥ー!」

「美樹……」

美樹が彼女に勢いよく飛びつくと、五人は抱き合っていた。張り詰めた緊張感のあった空気が、いつもの五人に変わっていくのを遥は肌で感じているのだった。


「皆、良くやったな。午後もこの調子でな?」

「はい!」

一吹の声に応えた彼らは笑顔だ。レジャーシートを広げ昼食を食べている彼らは、いつものように話をしている。

一年生が入部して二ヶ月。昨年より大所帯になった弓道部は楽しそうにしていた。

大会の度に震えていた手も……。

緊張感と…自分との向き合い方を覚えた……。

楽しかった。

また、弓が引ける。

決勝はリーグ戦の為、あと三回同じように四射ずつ弓が引けるのだ。対戦校との勝敗によって順位が決まる為、一試合ずつが勝負なのだ。

「遥、お昼それだけ?」

「うん……。お菓子あるから、大丈夫だよ?」

「そういえば、藤澤先生は?」

「先生は、一ノ瀬先生と話してたぞ?」

「一ノ瀬先生って、誰ですか?」

「一年は知らなかったな。風颯の顧問の先生だよ」

「交流あるんっすか?!」

「去年、藤澤先生のおかげもあって合宿させて貰ったんだ」

「そうなんですか……」

「その後に……一吹さんがコーチになって下さって、部員も増えて良い事づくしだな」

「隆部長……」

「俺たち三年は、最後の大会になるからな」

「うん。次も練習通りに射るようにしたいね」

隆と由紀子の言葉に、部員の士気は高まっていくのだった。


「一吹くん、どうですか?」

「そうですね。男女揃って風颯が圧勝って、感じですね……。東海高校総体出場できるだけでも、凄い事ですけど、本人たちは悔しさが残りそうですね」

「ーーそうですね……。このメンバーで弓が引ける機会は、もう少しありそうですね」

「はい……」

清澄高等学校は羽分け以上を出すが、対戦相手がそれ以上の的中数を見せた為、男女揃って一勝三敗で決勝リーグを終えたのだ。


遥はいつもの道場を訪れていた。

ーー終わった……。

八月のインターハイ進出は叶わなかったけど……。

この五人で東海高校総体には出場できる。

まだ弓が引けるんだ……。

遥は大会の独特の緊張感から開放され、ほっと息を吐き出していた。

「三位……」

東海高校総体は今月末の土日に、今日と同じ県武道館で行われるのだ。翔、陵、遥にとっては二度目の、他のメンバーにとっては、初めての大会となる。

ーー嬉しい……。

また、みんなで弓が引ける。

遥は一歩前進したような繋がった今日を、喜んでいるのだった。












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