第26話 春立

「満が一人暮らしか……。自炊するんだろ?」

「まぁーな。部活引退してから、簡単なものは作れるようになったぞ?」

「じゃあ、東京に行った時は手料理ふるまって貰おうかな?」

「あぁー……」

屋上は二月でまだ寒い為、満と蓮は屋上に続く階段に腰掛け、久しぶりに昼食を食べていた。

「この間は、久々に三人で遊んだな」

「そうだな……。また…しばらくは別々か……」

「あぁー。淋しいか?」

「満!」

図星なのだろう。声を上げた蓮の頬は、少し赤くなっていた。

「蓮が来るの待ってるな」

「あぁー」

彼らは未来さきを見ていたのだ。



「このクラスで過ごすのもあと少しかー」

「小百合、どうしたの?」

「また二人と同じクラスになれるといいなー」

「うん。また一緒になれるといいね」

「遥は部活違うもんね。入学式の勧誘は負けないからね」

「うん。バスケ部はユニフォーム着て呼び込みだっけ?」

「そう! あとは体育館で練習風景を見て貰う感じかなー。弓道部は?」

「私たちも道着で呼び込みかな? まだどうするか分からないけど」

「先輩になるのかー」

「小百合ちゃん、嬉しそう」

「中学の時の後輩が入学するらしいからね」

「それは楽しみだね」

お昼休みは、いつものように三人で話をしていた。三人揃って教室で過ごす時間も、残り一ヶ月もないのだ。

ーー早いな……。

もうすぐ卒業式。

みっちゃんが家を出る日が来るんだ……。

今までだって、そんなに話せてたわけじゃないけど、此処と東京じゃ距離が違う。

彼女は分かっていた別れの時が、迫っていると自覚していたのだ。


「遥、行くか?」

「うん!」

遥は翔と二人で道場へ向かっていた。今日は二人が一番乗りのようだ。

「雅人たちも弓に慣れてきたな」

「そうだね。四月の大会が楽しみだね」

「あぁー、そうだな」

的の用意をしていると、続々と部員が場内へ揃っていく。

「今日は一吹くんはお休みですが、いつも通り実践練習を行います」

「はい!」

藤澤の指導の元、弓道部員は練習を行なっていく。

この五人で弓が引けるのも…あと少し……。

彼女は、昨年の部長が引退した日の事を想い出していたのだ。

五人で弓を引く機会を貴重に感じながら、残りの矢を射る遥がいるのだった。




いつもの弓道場では、彼女の矢を放つ音が響いている。

「ハルー! そろそろ行くぞ?」

「うん!」

満と遥は道場を片付けると、急いで自宅へ戻った。今日は河津桜を見に、家族でドライブをする事になっているからだ。父の運転する車の中で、遥と満は祖母手製の団子を食べていると、目的地へと着いた。

「綺麗ー!」

「久しぶりに出かけたな」

「そうだね」

濃いピンク色の河津桜が晴れた空に映えている。家族で此処を訪れるのは、三年ぶりの事だ。

ーー綺麗……。

ソメイヨシノもすきだけど……。

綺麗に咲き誇った花が、川沿いに並木道をつくっている。所々にある出店やテラス席のあるカフェが、繁盛しているようだ。

「みっちゃん、ハルちゃん、綺麗だねー」

「うん!」

「ばあちゃん、綺麗だな……」

祖母は孫二人に手を引かれ、嬉しそうな笑みを浮かべている。ゆっくりと歩きながら眺める桜並木に、彼女は季節が巡るのが早いと感じていたのだ。


ドライブから戻ると満は、妹を連れて道場へ来ていた。いつもの習慣だ。

「ハル、一人になってもサボるなよ?」

「みっちゃん! もう…サボらないよ……。一日一回以上、弓に触れる事……でしょ?」

「あぁー、じいちゃんの教えだな。でも、無理はするなよ?」

「うん…ありがとう……」

「蓮に負けるなよ?」

「うん!」

二人は顔を見合わせて笑い合うと、夜空を見上げていた。矢を射る音が先程まで響いていた的には、八本ずつ矢が中っている。

「ーーここの桜も、もう時期咲くね」

「そうだな……」

小さい頃から変わらない景色の一つが、この弓道場であり、今まで過ごしてきた場所だ。

「母さんたちの事、頼んだぞ?」

「うん! 夏休みは東京観光行こうかなーって、言ってたよ?」

「あぁー、二人だけでも来そうだよな」

「うん……」

家族仲もよいと言えるだろう。無条件で味方になってくれる親に、感謝している彼らがいるのだった。




「満ー!」

「蓮! どうした?」

「これだよ」

彼が持っているのは、卒業生の胸元に付ける花だ。

「どうせなら、女子部員から付けて貰いたかったな」

「満、動くと刺さるぞ?」

「はーい」

冗談を交えながら彼の胸元に花を付けると、蓮は微笑んでいた。

「卒業、おめでとう」

「ありがとう……」

風颯学園の卒業式が、第一体育館で行われている。満の親も息子の姿を見送っていた。

「満も大学生になるのね……」

「そうだな……」

「……早いものね」

親にとっては、感慨深いものがあるようだ。


式が滞りなく終わると、満は後輩に第二ボタンをせがまれていた。

「神山先輩! ボタン下さい!」

「私も!!」

「ごめんな。もうないんだ」

彼のブレザーには三つしかボタンがないが、すでに付いていない。同級生に渡してしまった後だったのだ。

「満ー、帰るだろ?」

「あぁー、今行く!」

声をかけた春馬のブレザーにもボタンはなく、ネクタイまで誰かにあげてしまった後のようだ。

「春馬は相変わらずだな」

「満に言われたくないけど?」

春馬はどうやらシャツの第一、第二ボタンまであげてしまった為、制服の上からコートのボタンをしっかりと閉じていた。

「春馬も東京の大学だろ?」

「あぁー、向こうで会おうな?」

「勿論! 楽しみにしてるよ」

「じゃあな」

「あぁー」

満は風颯学園で過ごした六年間を振り返っていた。

まさか…東京の大学に行くことになるとはな……。

予想していなかった未来も、不安な事もあるが、彼は四月からの生活が楽しみなのだ。

自分で選んだ道だからな……。

また全国を目指して進むだけ。

あの日の約束を叶える為に……。

卒業式に相応しい、晴々とした空が広がる中、彼らは三年間共に過ごした高校を卒業したのだった。




「みっちゃん、気をつけてね」

「満、たまには帰ってくるのよ?」

「分かってるよ。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

東京に向かう満を、神山家は見送っていた。

「ハル、頑張れよ?」

「うん! みっちゃんも!」

二人はハイタッチを交わすと、列車の発車ベルが鳴り響いた。

見送る側も見送られる側も、同じくらいに寂しさが募る。それでも、彼の選んだ道を応援する家族がいた。

遥は手を振りながら遠ざかっていく満の姿に、彼が部活を引退してから、道場で一緒に過ごした数ヶ月の出来事を想い返していた。

ーー射詰も、矢渡しの練習も……。

楽しかった……。

みっちゃん、ありがとう。

頑張って……。

季節は巡り、いつもの道場に咲く桜が満開になる前に、彼は東京へと向かっていくのだった。




みっちゃんが練習につきあってくれてたけど……。

また一人……。

あの日の約束を叶える為に、彼らは弓を引いているのだ。

遥は気持ちを切り替えるように桜の木を見ると、的へ視線を移した。彼女は珍しく着物姿で弓を引くと、いつもと変わらずに矢が中っていく。

「……見事だな」

彼女が矢取りを行おうとしていると、彼が声をかけていた。

「……蓮」

「お疲れさま。これから昼、一緒に食べないか?」

「うん……」

今日は日曜日だった為、風颯学園は午前中だけの練習だったようだ。

「家で着替えてくるね」

「あぁー。俺も着替えてくる」

彼も部活終わりの為、制服姿だった。

二人は一度自宅に戻り私服に着替えると、いつもの待ち合わせ場所から、彼の家へ歩いていく。

「おばさんが作ってくれたのか?」

「うん。蓮の所も今日はお休み?」

「仕事は休みだけど、二人で花見に出かけてるよ」

「いいなー。私たちもお花見行く?」

「俺の家で昼食べたら行こうか?」

「うん!」

彼女の持ってきたお弁当を蓮が持ち、二人は手を繋いでいた。


「いつ来ても、蓮の部屋は整ってるよね」

「そうか? お茶入れてくるから、適当に座ってて?」

「うん」

遥はお弁当をテーブルに広がると、トロフィーの置いてある棚を眺めていた。

この間の個人優勝のだ……。

また適当に置いてる。

彼の部屋にあるトロフィーは横たわっているものもあるが、彼女に至っては自分の部屋に飾ってもいない。神山家ではトロフィーや賞状の類は、親が飾っているようだ。

彼らにとって順位は結果であって、弓を引く過程の方が大切なのだ。

「お待たせ」

「ありがとう」

彼女は温かいお茶を受け取ると、二人揃ってお弁当を食べ始めた。

「遥が前に作ってくれた卵焼きと同じ味がする」

「本当? 卵焼きは、おばあちゃん直伝だからね」

久しぶりに二人で過ごす穏やかな時間に、自然と会話も弾んでいく。

「遥、また大会で会えるの楽しみにしてるな」

「うん」

色気のない会話だが、二人らしいとも言えるだろう。

「蓮、お花見行く前にいい?」

「……何かあったのか?」

「ううん……。ぎゅってしたい……」

「いつでもどうぞ?」

彼が腕を広げると、彼女は腕の中に飛び込んでいた。二人はぎゅっと、抱き合っている。

ーーほっとする……。

私も頑張ろうって思える。

蓮を見てると……。

「ーー遥…ちょっとだけ……」

「ちょっと?」

彼は伝わっていないと思ったのだろう。彼女の唇に指先が触れていた。遥は頬を赤らめながらも、そのまま瞳を閉じると、理解しているのだった。


「蓮、綺麗だね」

「そうだな……」

神社の境内にある桜を見に来ていた。

蓮と見る桜だからかな?

綺麗に見える気がする……。

「あんず飴、買うか?」

「うん!」

花より団子のようだが、晴れた空に薄ピンク色の花びらに、彼らはこれからを期待していたのだ。

「楽しみだな」

「うん……」

春は…出会いと別れが一度にやってくる。

だから苦手だけど……。

満開の桜を見上げる二人は、同じ気持ちでいたのだ。

また来年も、一緒に来れるといいのに……と。







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