第24話 行射
イベントも終わり、明日の高等学校対抗戦を控え、午後の部活動では最終調整が行われていた。調整と言っても本番のようにハ射ずつ引き、いつもより早めの解散となるようだ。
「今日はここまで。緊張で寝不足にならないように、早めに就寝する事」
「はい!」
一吹の言葉に、はっきりとした口調で応える彼らを藤澤は、煌めいているように感じていた。
「一吹くん、今日もお疲れさまでした」
「藤澤先生……。明日が楽しみです」
「そうですね……。彼らの成長は著しいですからね」
「はい……」
道場の戸締りを終えた二人もまた、明日の大会を楽しみにしていたのだ。
遥はいつも通り道場へ寄ると、満が彼女を待っていた。
「お疲れ。八射引いてから、帰るだろ?」
「うん!」
彼女は満に続いて弓を引くと、八射皆中を決め深く息を吐き出していた。
「ふぅー……」
「集中したな」
「うん。みっちゃん、付き合ってくれてありがとう」
「いいえー、日曜はまた射詰するか?」
「うん!」
ーー大丈夫……。
いつも通りできる。
団体戦に心なしか緊張している遥がいるのだった。
「遥、おはよう」
「おはよう、蓮……」
二人とも袴にジャージの上から、コートを着ているようだ。
「終わったら、道場で待ち合わせな」
「うん」
いつもの分岐点で彼の顔を見ると、遥は少しほっとしたような表情を浮かべている。
「蓮……楽しみにしてるね」
「あぁー、頑張ろうな」
「うん!」
手袋を外して握手を交わすと、二人は別々の方向へと歩いていくのだった。
会場へ着くと、隆とユキが藤澤や一吹と共に、一年生を待っていた。十人全員が揃うと、男子より試合が始まった。
清澄高等学校は五番目だ。
女子部員は一吹や藤澤と共に、客席から五人を見守っている。
「次ですね」
「はい……」
久しぶりの大会からか、彼らの緊張感が移っているように部員は静かだ。
陵の勢いのある射から流れるように放たれていく。五人とも一射目は中っていた。
東部地区では一人八射の予選を行い、上位四チームが決勝トーナメントに残れるのだ。
彼女たちは目の前で放たれる矢に、彼らが緊張しながらも弓を引く姿に、自分たちも続きたいと感じていた。
四十射二十一中と、全体の二位で決勝トーナメントへの通過を決めたのだ。
隆がトーナメントの抽選を引き、チームメイトの元へ戻ると、女子の予選が始まった。
彼女たちが姿を現わすと、遥から近い観覧席に人が集まっているように彼らは感じていたが、気のせいではなかった。彼女の射を間近で見たい者が、多かったのだ。
遥はいつもと変わらない所作で弓を引いていた。彼女の音に続くように、大前のユキが矢を放つと繋がっていく。
ーー緊張してるのが伝わってくる。
大丈夫……。
この間よりも集中できてるのが分かる。
「ーーすごいな……」
「あぁー」
陵が呟いた言葉に皆、納得していた。今までで一番多く中っていたのだ。
男子に続き、女子も四十射二十中を決め、予選を一位で通過したのだ。
ユキが午後から行われる決勝トーナメントの抽選を引いて皆の元へ戻ると、彼女たちは笑顔でユキを出迎えているのだった。
はじめての決勝トーナメント!
嬉しい!
また弓が引けるんだ……。
昼食を十人揃って食べる中、遥は喜びをかみしめていたが、彼女だけではなかった。決勝トーナメントに出れる事が初めての為、女子部員の五人とも嬉しそうにしている。
「また男子からか……」
「そうだな。男子の二試合の後、女子が二試合で、また男子から決勝戦だな」
「部長、楽しみですね」
「あぁー、また引けるからな。陵は食べすぎるなよ?」
「大丈夫です。今日はおにぎりにしたんで!」
「本当だ。珍しいな?」
「遥を見習ってみた」
「えっ? 私?」
「いつも、そんな食ってないみたいだったから」
「そんな事……」
遥はおにぎりを食べていた。彼女の膝の上には、フルーツの入った小さなお弁当箱が乗っている。
「本当だね」
「うん。遥、いつもはお菓子とか食べるのに」
「お菓子は持ってるけど……。お腹いっぱいにすると動きづらくなるから、気にしたことなかったけど……」
陵に言われ、彼女も初めて自覚したようだ。
そこまで気にした事なかったけど……。
私にとっては大会だと……これが普通だったから。
お弁当にしてもいつもより小さなお弁当箱にして、飴とかグミとか…すぐ食べれるものを持ち歩いて、糖分取ったりしてたから、特別なことじゃない……。
「へぇー、考えてるんだな」
「一吹さん、お疲れさまです」
「皆、よく残ったな。午後もこの調子で、さっきの感じ、忘れないようにな」
「はい!」
彼らは部活の時と変わらずに応えていた。
「……見るのもやっぱり緊張するね」
奈美の言葉に皆、頷いている。彼らが対戦校と共に入場してきたからだ。大前から順に弓を引いていく。陵は調子がいいのだろう。一射目から中る安定感があった。
ーーみんな…すごい……。
さっきよりも中ってる。
二十一対十九中で、清澄高等学校が決勝進出したのだ。
「次は、私たちの番だね」
「はい!」
ユキの言葉に彼女たちは応えると、場内へと向かうのだった。
「……あの子が全国優勝した神山さんでしょ?」
「まだ一年だってさ」
「すごい子が出てきたよね」
噂話の小さな声は、彼女たちには聞こえていない。試合が始まると場内は静寂に包まれていた。
ユキ先輩に続く、奈美の射。
今日はみんなも調子がいいみたい……。
中のマユに続いて、美樹が矢を射ると、彼女が的へ放っていく。緊張からか一射目を外しがちな奈美も中っていた。五人とも的に中ったのだ。
……ずっと引いていたいな……。
彼女は予選から一度も的から外す事なく、試合を終えていた。彼女たちの放った的には、先程と同じく二十一射。対戦校の的には二十射中っていた為、一射の差で女子も決勝の舞台へと進める事になったのだ。
「やったね!」
「はい!」
「嬉しいです!」
「また引けるんですね」
次々と喜ぶ彼女たちを前に、遥は目標していた決勝トーナメントに出れただけでなく、決勝進出を果たした事により言葉にならなかったのだ。
「ーー嬉しいですね……」
ようやく口にした彼女の言葉に皆、笑顔で応えているのだった。
「やりましたね…一吹くん……」
「はい……。ようやく練習の成果が、実を結んだ気がします」
「まだ早いですよ? 次の決勝でどれだけ発揮できるか楽しみです」
「……そうですね」
藤澤の言葉に応えた彼は、決勝に残った時点で嬉しそうな表情を浮かべていたのだ。
二人の前に姿を現した彼らは、緊張と言うよりも高揚感の方が優っているように感じていた。
「上手くなりましたね……」
「そうですね。特に大前の陵と落ちの翔は、自分との向き合い方を何か掴んだようですね。部長は安定してますけど、和馬と雅人もまだ始めて一年経ってないとは思えないほど……成長してると思います」
「一吹くんが…コーチを引き受けてくれたからこその結果です……」
「いえ……。藤澤先生には感謝しています。自分の為にもなっているので……」
藤澤は一吹の言葉に微笑んでいた。
いつも自分の為になると、彼は言っているが、部員たちにとっては、一吹のようなコーチがいるからこそついてきた結果だからだ。
「やりましたね……」
「はい!」
五人の姿に一吹も喜んでいた。彼らは二十二対二十で優勝を決めたのだ。
「やったな!」
「あぁー」
「勝ったんだな……」
「やりましたね、部長!」
「そうだな……」
隆にとっては、二年近く清澄高等学校として出場してきた中で、初めての経験だった。
五人で臨んだ初めての舞台に高揚感を滲ませながら、彼女たちの射を見つめている。
大前のユキに続けず二番が外すも、中が断ち切り、落ち前、落ちへと続いていく。彼女のいつもと変わらない音にニ射目は全員、的に中ていた。
ーー楽しい……。
遥はいつもと変わらずに矢を射る為、プレッシャーを感じていないように彼らの目には写っていた。彼女は八射皆中を決めていたのだ。
男子に続き、二十一対二十と僅差で彼女たちも優勝を果たした。
「やった! 優勝だな!」
「あぁー……」
彼らも初優勝に喜んでいる。近年、弱小だった清澄学園にとって、快挙と言えるだろう。
藤澤の言っていた通り、再生を果たしたのだ。
表彰式を終えると、遥に彼女が抱きついていた。
「遥…嬉しい……」
「うん…美樹……。最後まで残れたね」
優勝を果たした彼女たちは、美樹に続くように五人で笑い合っている。ようやく優勝した事を実感していたのだ。
「皆さん、頑張りましたね」
「はい!!」
藤澤の言葉に部員全員、喜んでいた。
ーーみんなで…最後まで弓が引けた……。
的中率よりも何よりも、遥にとっては最後まで弓を引けたことが嬉しかったのだ。
「皆、よくやったな」
「一吹さん……。藤澤先生、一吹さん、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
隆の声に続いて、部員一同一礼をしていた。二人がいなければ、一吹がコーチを引き受けてくれなければ、今の自分たちは此処にはいないと、感じていたのだ。
「ーー次は…的中率をもう少し上げることを目標にな」
「はい!」
「明日は部活はありませんが、道具を持って午後から弓具店へ行きますよ?」
「はい!」
「購入しなくても構いませんからね。色々な弓に触れる事も良い経験になりますから」
「そうですね。自分の手に合う事が大事だからな」
弓具店の事は、すっかり忘れていたのだろう。二人の言葉に、明日が楽しみになる彼らがいるのだった。
彼女がいつもの道場へ着くと、まだ誰も来ていなかった。遥は、いつものように弓を引くと矢取りを行い、彼が来るのを座って待っている。
ーー蓮…早く会いたいな……。
東部地区で優勝できたんだよって言ったら、喜んでくれるかな?
「遥?」
蓮が道場へ入ると、彼女は壁にもたれながら眠っていた。張りつめた緊張感から、開放されたからだろう。袴姿にジャージを羽織った上から、コートやマフラーを肩から被せていた。
「ーー不用心だな……」
道場の鍵は開いていた為、不用心と言われても仕方がない。
彼が肩に触れ彼女を起こすと、遥はぼんやりとしながら目を開けていた。
「遥、はーる?」
「ん……。蓮?」
「起きたか? こんな所で寝てたら風邪ひくぞ?」
いくら床暖房やヒーターがあるとはいえ、二月はまだ寒いのだ。
「うん……。蓮…優勝したよ……」
「頑張ったな……」
「うん……」
「おめでとう。俺も優勝したよ」
「おめでとう……」
彼女があまりに嬉しそうな笑みを浮かべている為、彼は思わず抱きしめていた。
「ーーよかった……」
「うん……」
二人はそのままキスを交わしていた。軽く触れるだけのキスが徐々に深くなっていく。
「蓮……」
「遥…こっち……」
彼が更衣室へと彼女を連れて行くと、ガチャンと鍵のかかる音が響いた。深い口づけに彼女が漏らす声も、彼によって飲み込まれていくのだった。
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