第22話 鬱金香

何であんな事、言っちゃったの?!

……自然と身体が動いてた……。

蓮といると欲張りになる。

遥は髪を一つに結ぶと、柔軟体操を始めている。午前中はいつも通り、矢を射るようだ。

「ハル、早いな」

「みっちゃん、おはよう」

「おはよう」

二人は的の用意をすると、弓を一人ずつ丁寧に引いていく。まるで一射一射に、気持ちがこもっているようだ。集中力が高まっているのだろう。静寂の中、弦音や弓返りの音が響いている。

「ふぅー……」

遥は思わず息を大きく吐き出していた。

二人の的には十二射ずつ矢が中っている。

「矢取りしたら、射詰な?」

「うん!」

決勝の舞台でよく行われる射詰を、遥は日々の練習に取り入れている。その為、本番でもミスする事はない。少ないと言った方が正しいのだが、彼女と競い合える程、射詰で残れる者が少ないのは事実だ。

今も二人の的には、七射ずつ中っている。安定の射と言っていいだろう。

二人や蓮も含め三人で射詰の際は、十二射までと決めている。彼らは大抵十二射皆中を決めてしまう為、中心に近い矢が多い者を勝者にしているのだ。

「半分くらいか……」

「そうだね。みっちゃんは手加減しないよね」

「当たり前だろ? 手抜いたらすぐバレるし。それに負けたくないからな?」

「うん……」

どうやら同点のようだ。

二人は矢取りを行うと、お互いの射形に乱れがないか確認をしていく。

彼らには的に中る時の感覚と、中らない時の感覚がはっきりと身体に馴染んでいる為、わかるのだ。

「ハル、そろそろ行かなくていいのか?」

「本当だ! 先に戻ってるね」

「あぁー」

時計の時刻に慌てて彼女が道場を出ると、満は戸締りをしてから、ゆっくりと帰るのだった。


遥は自分の部屋に着くなり、用意していた服に着替えている。デニムのパンツにノーカラーコート、大判のマフラーを巻いていた。髪は綺麗に編み込みをし、アップスタイルにしている。遊園地のデートコーデが出来上がった所で、蓮から連絡がきた。家の前に着いたのだ。

「いってきまーす」

「遥、気をつけてね」

「うん」

彼女が玄関を出ると、蓮が私服姿で待っていた。彼もデニムのパンツを履いている。考える事は同じようだ。

「遥、遅くなっても平気?」

「うん、言ってきたから大丈夫だよ。遊園地行くの久しぶり」

「俺も」

二人とも部活優先の為、小さい頃に行った以来なのだ。

「お腹空いたから、先に昼軽く食べてから行ってもいい?」

「そう言うと思って、サンドイッチ作ってきたよ。飲み物は買ってもいい?」

「あぁー、ありがとう」

移動の間も二人は、手を繋ぎながら歩いていく。

遊園地まで電車で向かう中、サンドイッチや飲み物と一緒に買ったお菓子を食べながら、話をしていた。

「日曜日も練習、お疲れさま」

「遥もお疲れ。満と引いてたんだろ?」

「うん」

「来月の大会は地区の対抗戦だから、遥の射見れなくて残念だな」

「私も蓮の射、見たかったよ……。終わったら、道場で会える?」

「うん、会おうな」

彼の応えに、遥は嬉しそうにしているのだった。


「ジェットコースター、乗りたい!」

「遥は意外と絶叫系すきだよな。久々だから制覇したいな!」

「うん!」

ジェットコースターやコーヒーカップ、空中ブランコ等、二人は次々と乗り物で遊んでいく。

「蓮! こっち向いてー」

彼がクレープを食べている所を、携帯電話のカメラに収めていた。

「どうせなら、一緒に撮りたい」

そう言って彼女の肩を抱き寄せると、クレープを片手に笑顔で写る二人がいた。

「結構、乗ったなー」

「うん、遊んだね」

「最後はあれだろ?」

「うん!」

彼は遥の手を握ると、観覧車へと乗り込むのだった。

「この中、暖かいね」

「そうだな」

二人は並んで座っている。

ーー何か…緊張する……。

肩が触れ合う距離にいるせいか、遥の口数が減っていたのだ。

「遥…緊張してる?」

「何か…急に二人きりになったみたいで……」

「昨日のは?」

「ふぇ?」

変な声出た!

っていうか、やっぱり覚えてた!

「あれは……」

「してくれないなら、俺からしてもいい?」

「ちょっ、待っ……」

「顔、真っ赤」

彼女は頭を優しく撫でられていた。

私は子供っぽいな……。

すぐ顔にでるみたいだし……。

「遥?」

「蓮……目つぶって?」

「ん……」

彼が素直に目を閉じると、彼女はそっと唇を重ね、有言実行する事になるのだった。


「遥、少し早いけど誕生日プレゼント」

「わぁ…ありがとう……」

彼女の笑顔に、蓮も笑みを浮かべている。

「開けてみてもいい?」

「うん」

「可愛い……」

小さなデイジーの花が可愛らしいネックレスが入っていたのだ。

「つけてもいい?」

「あぁー」

彼女はその場でつけると、ネックレスを見つめ嬉しそうにしている。

「蓮…ありがとう……。大切にするね」

「うん、似合うな……」

夕飯を食べ終えると、蓮が彼女を家まで送り届けているのだが、二人とも名残惜しそうにしている。

「遥……そんな顔するなよ。帰したくなくなるだろ?」

「もう少し…一緒にいたかったんだもん……」

「あのなー……。俺だって…いれるものなら、一緒にいたいよ」

彼の本音に、遥はまた顔が赤くなっていた。

「蓮……。今日はありがとう」

彼女はそう告げると、彼の頬にキスをしていた。

「……おやすみなさい」

「おやすみ……」

扉の閉まる音よりも、自分の心臓の音の方が大きく聞こえている蓮がいるのだった。




「小百合ちゃん、知佳ちゃん、改めておめでとう!」

「ありがとう!」

「遥、ありがとう!」

女子バスケ部は新人戦を優勝したのだ。

お昼休みの為、三人は机を並べてお弁当を食べていたのだが、その中央にはポッキーやチョコレート等のお菓子が広げてある。ちょっとしたお祝い気分だ。

「弓道部も試合あるの?」

「来月、学校対抗戦があるよ」

「対抗戦?」

「うん、地区内の団体戦って感じかな。一人八射ずつで、的中率が高いチームが決勝トーナメントに出れるの」

「その日に決まるの?」

「うん、一日で決まるよ」

「そうなんだー。じゃあ、今は大会に向けて練習中って感じかー」

「そうだね」

話をしながらもお菓子は徐々に減っていく。三人とも甘いものがすきなようだ。

「土曜日応援来てくれたけど、遥はデートとかしないの?」

「デート?」

「私なら休みの日はデートしたり、放課後遊んで帰ったりしたい」

「小百合の願望ね」

「……昨日は会ったけど…部活が忙しいからね。バスケ部もそうでしょ?」

「確かに。今週も練習試合組んでた」

「部活はすきだけど、たまには遊びたい」

「たまにはねー」

「そういうもの?」

「そうだよー、遥」

以前から部活中心だった為、放課後に遊んで帰るという発想が彼女にはなかったようだ。

会えたら、それは嬉しいけど……。

弓道を頑張ってる蓮を見るのもすきだから…あんまり会えないと淋しくはなるけど……。

放課後デートか……。

そういえば、一度だけしたかも。

彼女はテスト終わりの彼が、駅まで迎えに来てくれた事を思い出したようだ。

「遥は相手がいるから、いいじゃない」

「小百合は女子にモテるからねー」

「知佳、それは言わないでー」

三人で笑い合っていると、お昼休みが終わりを告げるチャイムが鳴るのだった。


彼女が道場へ着くと、雅人が袴に着替え準備運動をしていた。

「雅人、早いね」

「今日、ホームルーム短かったからな」

「そうなんだ」

遥も着替えを済ませると、同じように準備運動を行なっていく。二人が整えていくと、チームメイトに藤澤と一吹が揃い、いつもの午後の練習が始まるのだ。

午後は実践練習が主だが、先週は男子が月、水、金曜日と団体の練習をした為、今週は女子が練習する番となっている。

大前からユキ、奈美、マユ、美樹、遥の順に弓を引いていく。実践的な練習の為、本番と同じように八射ずつ矢を射ると、遥の的にだけいつもと変わらず八射とも中っているのだった。

「お疲れー。掃除したら帰るぞ?」

「はい!」

一吹の声かけで今日の練習が終わると、雅人が彼に話かけていた。

「一吹さん……」

「雅人、どうした?」

「あの、弓を買いたいんですけど…どれがいいのか分からなくて……」

「そうか……。始めてから、もうすぐ一年経つんだよな」

「はい。備品じゃなくて、自分のが欲しいんです」

「そうだな。今からだと手に馴染むのにタイミングがなー……。次の大会が終わったら、見に行ってみるか?」

「はい!」

「雅人だけ、ずるい! 私も行きたいです!」

「俺も一吹さんが連れてってくれるなら、矢とかみたい!」

和馬や奈美たちだけでなく、経験者も言い出し為、大会の翌日に一吹が弓具店へ連れて行ってくれる事が決まるのだった。


「それにしても、雅人が自分の弓が欲しいとは思わなかったな」

「弓道、続けていく気なんじゃないか?」

「だよなー」

弓道の道具はけして安価な物ではない。未経験者の四人は、今まで学校の備品を使用していたくらいだ。初心者向きとされているグラスファイバー弓でも、三万円程するのだ。

「一吹さんと藤澤先生にも見て貰えるなら、自分に合ったの探してみたいよなー」

「そうだな」

「遥が使ってるのって、竹弓だよな?」

「あぁー。でも体験入部の時、学校の備品のグラスファイバーでも皆中決めてたから、選ばないんじゃないか?」

「だなー」

陵と翔の帰宅中に話題になるのは、弓道の事ばかりだ。彼らも弓がすきなのだろう。チームメイトの弓の新調に喜んでいる二人がいるのだった。


真夜中の十二時過ぎに、彼女の携帯電話にメッセージが届いた。遥がベッドの傍に置いてあった携帯電話に手を伸ばすと、彼からのメールに嬉しそうにしている。

『遥、お誕生日おめでとう! これからもよろしくな』

彼女はすぐに返信をすると、幸せな気持ちのまま再び眠りにつくのだった。

『蓮、ありがとう! これからもよろしくね』




「ハル、誕生日おめでとう」

「ありがとう…みっちゃん……」

「はい」

そう言って、朝食中に手渡された袋を開けると、雪の結晶の形をした髪留めが入っていた。

「可愛い…ありがとう……」

「うん。今日は母さん達からのプレゼント買いに弓具店に行くぞ?」

「いいの?! やったー!」

「じゃあ決まりな。部活終わる頃、学校に行くから」

「うん!」

「満も遥も、あんまり長いしないで帰ってくるのよ? ケーキ用意して待ってるからね」

「はーい」

「いってきまーす」

遥は誕生日の朝から心が躍るような気持ちで、いつもの弓道場へ足を運ぶのだった。


放課後の練習は、男子がメインで弓を引いている。彼女は素引きをしながらも、久しぶりに行く弓具店が楽しみのようだ。

矢もいいけど……。

麻弦も見たいかなー。

「遥の番だよ」

「うん!」

彼女は大きく息を吐き出し、気持ちを整えると足踏みから流れるように、射法八節を行なっている。彼女の放った矢は、綺麗な音を立てて的に中っていた。

「私も…あんな風な音が出せたらいいのに……」

「篠原さんの弓だと難しいですよね」

「藤澤先生……。はい、竹弓じゃないと出せない音ですよね」

「そうですね。入部した頃より上達していると思いますよ?」

和やかな笑みを浮かべる藤澤に、彼女も笑顔で応えている。

入部したての頃よりも確実に上達している。それは彼らが、毎日積み重ねてきた練習の成果だ。側で見てきた藤澤は、誰よりも彼らの成長を実感しているのだった。


「今日、先に帰るね」

「うん、お疲れさまー」

「またなー」

遥は校門前で待つ満の元へ急いで向かうと、放課後の人の少ない時間帯だが、ちょっとした人だかりが出来ていた。

ーー文化祭でも思ったけど、制服が違うだけで目立つ……。

彼女が声をかけようか迷っていると、彼が遥に気づいた。

「ハル! お疲れ」

「……みっちゃん、お疲れさま」

満は周囲を気にする事なく、彼女の手を引いて歩いていく。

「みっちゃんは目立つね……」

「そうか? 他校生が珍しかっただけだろ? それより、何買うか決めたのか?」

「矢と……麻弦もみたいかな。みっちゃんは?」

「俺も同じだな」

二人は弓具店に着くと、昔からの知り合いなのだろう。親しげに店主が話かけていた。

「ハルちゃん、ミツくん、久しぶりだね」

浩司こうじさん、ご無沙汰してます」

「ご無沙汰してます」

「注文受けてた矢は出来てるよ」

「麻弦も見ていいですか?」

「勿論、二人が使ってたのはこれだったかな?」

「はい」

浩司は常連客の使用しているモノは、把握しているのだ。

「さすが浩司さんですね……」

「みっちゃん、矢は注文してたの?」

「あぁー。同じ作り手のは注文しないとないからな。母さん達からの誕生日プレゼントだってさ。俺には入学祝いだって」

「見るの楽しみだね」

「あぁー」

「ミツくんのはこの間みたから、ハルちゃんが今使ってる矢の状態を見ようか?」

「はい! 浩司さん、今はこんな状態なんですけど……」

「うん、綺麗に使ってるね。注文受けてたのは、この矢だよ」

「ありがとうございます」

「ミツくんのは、こっちね。二人の頻度なら、一ヶ月後に矯直ためなおしにおいで?」

「はい!」

千賀せんが弓具店では、県内外問わず多くの人が利用している為、オーダーも可能なのだ。

「綺麗な矢ですね……」

「二人は今年、段位受けるのかい?」

「そうですね。俺は受けたいと思ってます」

「ミツくんは四月から東京かー。こっちに来た時は店にも顔出してね」

「はい!」

「ハルちゃんも学校から割と近いんだから、たまには寄ってよ? 先代も喜ぶしさ」

「はい、ありがとうございます」

かつて滋が自慢していた孫の為、浩司にとって二人は子供のような存在でもあるのだ。

「今日、勝敏かつとしさんは?」

「じいさんは久しぶりに先生の所だよ。蓮くんも二人と同じような矢を注文してたからね。そうだ、ハルちゃんお誕生日おめでとう」

「浩司さん、ありがとうございます」

遥は小さなブーケを受け取ると、嬉しそうに応えていた。

「また来月、待ってるからね」

「はい! 失礼します」

「ありがとうございます」

二人が店を出ると、店内は静かになった。日曜や祝日は客足はあるが、平日は空いているのだ。それでも今もなお続いているのは、創業百年以上の歴史がある中、自分たちも使う道具しか販売していないからだろう。店主は代々、弓道家でもあったのだ。


「遥、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう!」

「弓具店で受け取れた?」

「うん! 大事に使うね。ありがとう」

娘の喜ぶ様子に父と母だけでなく、祖母も嬉しそうな笑みを浮かべている。

ダイニングテーブルには、彼女のすきな母手製のちらし寿司や茶碗蒸し、天ぷら等の和食に生クリームをたっぷり使った苺のホールケーキが並んでいた。

「ハル、おめでとう!」

「ハルちゃん、おめでとう」

「ありがとう」

彼女はそう応えると、火のともった十六本のローソクを吹き消していく。

家族五人揃っての誕生日を祝福される中、今日手にした矢にさっそく触れたくなっている遥がいるのだった。


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