第21話 声援

「遥、明日は校門に九時半でいい?」

「うん!」

「マユと遥、どこか行くのか?」

「明日、女子バスケ部の観戦に行くの」

道場入り口で、靴に履き替えながら遥が応えた。今日の練習が終わったのだ。

「うちの学校のバスケ部、男女共に強豪なんだっけ?」

「そうだよー」

「遥、楽しそうだね」

「うん! クラスメイトが出場するからね! マユのクラスの子も出るんだって」

「うん! 楽しみだね」

「うん、また明日ね」

「またねー」

歩いて帰る真由子たちと別れると、いつもの四人で駅までの道を歩いていく。

「翔は男バスの応援行くの? 山田が試合に出るって言ってたよね?」

「俺は行かないけど、何人かクラスの女子が行くらしいぞ?」

「そうなんだ」

二人の前を美樹と陵が、楽しそうに話をしながら歩いている。遥は彼女たちの様子に嬉しそうな笑みを浮かべながら、隣にいる翔と話をしていた。

「遥は楽しそうに話すよな……」

「えっ? 変?!」

「いや違くて……。明日の応援、頑張って」

「うん! ありがとう」

遥は駅で彼らと別れると、いつものように弓道場へ寄り帰宅するのだった。




「おはよう、遥」

「みっちゃん、おはよう」

二人で弓を引いていくと、その的には十二射ずつ矢が中っている。

「今日は部活なのか?」

「ううん、今日はバスケ部の応援だよ」

「遥のクラスメイトの小百合ちゃんと知佳ちゃんだっけ? バスケ部って、言ってたもんな」

「うん、よく覚えてるね。スタメンだから観戦して来るね」

「あぁー、気をつけてな」

彼女が先に道場を出ると、一人残った満は続けて弓を引いていくのだった。


「遥ー! おはよう」

「おはよう、マユ」

「体育館、行こう?」

「うん!」

二人が体育館へ着くと、試合前の緊張感のある空気が流れていた。ベンチ入りしていないメンバーのいる席の近くには、清澄高等学校の生徒が応援に駆けつけている。

コート内で繰り広げられる戦いに、彼女は無言になっていた。

すごい……。

これが…小百合ちゃんと知佳ちゃんの立っている場所……。

二人はスタメンと言っていた通り、第一ピリオドから出場している。小百合と知佳のコンビネーションは他校からも定評がある為、清澄高等学校の試合を偵察に来ている出場校もいるようだ。

「スリーポイント!」

「すごい! 小百合ちゃん!」

遥とマユは、弓道とは違い声援に後押しされるように戦う彼女たちの姿に、気持ちが高ぶっていた。

「第一と第二ピリオドの間、二分のインターバルがあるんだね」

「そうだね。バスケは授業でしかやった事ないなら知らなかった」

「私もだよ」

二人が話をしていると、すぐに第二ピリオドが始まった。清澄高等学校は優勢の為、小百合と知佳は交代している。

第三ピリオドでまた出るのかな?

バスケは攻守が切り替わるのが早いから、難しいな……。

「あっ! ユウが決めた!」

「やったね!」

真由子のクラスメイトが、シュートを決めたのだ。二人は手を取り合い喜んでいる。

「隣のコートの声援もすごいね」

「うん……。青嵐って書いてあるね」

彼女たちの黒いジャージには、青嵐女子バスケットボール部と英語で書かれている。

青嵐って…陵たちが以前言ってた弓道部がある高校か……。

清澄はバスケ部の強豪校なんだけど……。

強そうに見える。

遥の思った通り、清澄に次いで青嵐は東部地区の強豪校だったのだ。


「やったー!!」

「すごいね!」

清澄が七十対五十八で勝ったのだ。

「遥、ちょっと早いけどお昼食べよう?」

「うん」

「あの、さっき応援してくれてたよね? よかったら一緒に食べない?」

バスケ部のジャージを着た彼女は、遥たちの会話を聞いていたのだろう。緊張気味になりながらも、話かけていたのだ。

「うん! 私、一組の真由子」

「私は二組の遥、よろしくね」

「私は三組の理恵りえ、よろしくね」

「三組って、美樹と奈美に陵がいるクラスだね。知ってる?」

「うん。松下くんは目立つし、美樹ちゃんも奈美ちゃんも仲良いから」

「そうなんだ」

「遥ちゃんと真由子ちゃんの事も知ってたよ? テスト前によく集まってるよね?」

「うん。弓道部で毎回勉強会してるの」

「仲良いなーって、思ってたんだ」

理恵に連れられ、バスケ部の揃う教室へ行くと、小百合と知佳が遥を歓迎していた。

「遥ー、来てくれたんだ! ありがとう!」

「かっこよかったー! すごいね!」

「ユウ、お疲れさまー」

「真由子、ありがとう!」

真由子もクラスメイトとハイタッチをし、喜んでいるようだ。

「理恵ちゃんに案内してもらったんだけど、お邪魔していいのかな?」

「勿論! 今日は男子も試合だから応援取られたんだよねー」

「二組では山田が声かけてたもんね」

「そうそう」

女子バスケットボール部も仲が良いのだろう。運動部の為、上下関係はしっかりしているが、話が弾んでいるようだ。

「本当に遥ちゃん、背が高いんだね」

「理恵もそう思うでしょ?」

「うん。座ってたら分からなかったけど」

「ずっと座ってようかなー」

「遥、何言ってんの?」

「そうだよ。袴似合うんだから、いいじゃない」

「マユまで! しかも袴関係ないよ?」

遥と真由子はバスケ部一年と笑い合っている。

「遥、忘れるところだった!」

「そうだった! これ、よかったらみなさんで……」

「チョコレートとかお菓子だけど、差し入れです!」

「わぁー、ありがとう!」

「あれ、始業式の日表彰されてなかった?」

「は、はい」

「由紀子からハルちゃんとマユちゃんの話、聞いてるよー」

「ユキ先輩から?」

「そう、クラス一緒だからね。今日、弓道部の子が応援に来るって聞いてたから、チョコレートありがとう」

「はい」

「……いいえ」

差し入れを受け取った二年生たちは、柔らかな笑みを浮かべている。先程の試合で活躍していた部長たちだ。

「部長さん、かっこいいね」

「ねっ! 統率力もあって私も憧れるもん」

「ユウの気持ち、分かる!」

「弓道部は男女一緒なんでしょ?」

「うん。大会によっては会場違う時もあるけど、基本は一緒だよ」

「いいなぁー。私、男バスの試合も見たかったんだよねー」

「松下くんって、部活でどんな感じなの?」

「陵? 陵は彼女とラブラブだよ」

「マユ……。ラブラブって……」

「美樹と仲良いじゃない」

「そうだね。昨日も仲良く帰ってたよ」

「じゃあ白河くんは? 彼女いるの?」

「翔? そういう話聞いたことないかも。マユ、知ってる?」

「ううん。ドライに断ってるのは見たことあるけど」

「そうなんだー」

「へぇー」

「遥も知らなかったの? 部活では割と熱い奴なのにね」

「うん、知らなかった。確かに熱いかもね」

休憩中はリラックスモードだが試合になると皆、女子だがかっこいいと彼女たちが感じてしまうようなプレーを次々と繰り出していたのだ。


「また決めた!」

「すごい!!」

強豪校は伊達じゃないのだろう。また十点以上の差をつけて、勝利したようだ。

「明日の決勝見れないの残念……」

「そうだね。私たちもトーナメントまで残りたいね!」

「うん!」

気合いを入れる真由子に、彼女は笑顔で応えていた。

真由子と校門で別れると、遥は一人で駅までの道を歩いている。

バスケ部の試合、すごかったな……。

小百合ちゃんも知佳ちゃんも大活躍だった。

ーー来月は頑張らないと……。

彼女は最寄駅に着くと、自宅に帰る事なく道場へと向かった。

みっちゃんが一式持っていってくれてるって、メッセージ来てたし。

彼女が道場へ着くと、二人が弓を引いていた。

「同点か……。ハルが来たら射詰するか?」

「そうだな」

矢取りをする二人の姿に遥は声をかけていた。

「蓮! みっちゃん!」

「遥、お疲れ」

「バスケ部どうだった?」

「清澄が勝ち残ってたよ! お疲れさま」

先ほど話していた通り、三人は射詰を行なっていく。

ーー楽しい……。

二人に続いていけるような私でありたい……。

彼らは美しい所作で弓を構えると、矢を次々と放っていくのだった。


「久しぶりに三人で引いたな」

「夏以来か……」

「そうだね」

無作法ではあるが、二人が袴姿のまま寝転んだ為、彼女も同じように寝そべっていた。

「楽しかったー……」

「また、三人で勝負しような?」

「あぁー」

「うん!」

満の言葉に蓮も遥も笑顔で応えている。

おそらく数える程しか、三人で弓を引く機会がない事は分かっていたが、その表情は明るい。久しぶりの三人での練習は楽しかったのだ。

「ハル、先に行ってるな」

「えっ?」

「蓮が話あるってさ」

「満!」

「またな、蓮」

「あぁー」

道場に二人きりになると、彼は抱きしめていた。

「蓮?」

「明日、遊園地行くからな?」

「うん、楽しみ……」

「遥…介添、頑張ったな……」

「……ありがとう。蓮…温かいね」

「そう?」

「うん……」

蓮は温かい……。

彼女も彼の背中に手を回すと、そっと唇に触れていた。

「……帰ろう? 明日も朝、早いでしょ?」

彼女は頬を赤らめながら、道場を出て行こうとするが、彼に背中から抱きしめられていた。

「遥、もう一回」

「恥ずかしいから無理!」

「えーっ」

わざと悲しそうにする蓮に、彼女は耳元で囁いているのだった。

「……また…明日ね」
















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