第19話 初空

「お母さん、明日着物着たいんだけど……」

「初詣で着ていくの?」

「うん!」

「後で出しとくけど、何色にする? 蓮くんと行くならピンク系がいいかしら?」

「ちょっ! 何でお母さんまで知ってるの?!」

お節料理を二人並んで作りながら、元旦の話をしていた。神山家には親戚一同が集まる為、大晦日はその準備で忙しいようだ。

「そんな事よりハル、千切り終わったの?」

「もう出来てるよ」

彼女の手元には、なます用の大根と人参が細く綺麗に千切りされていた。

「じゃあ、次は飾り切りお願いね」

「はーい。おばあちゃんが黒豆作ってくれたんだっけ?」

「そうよ。後で味見する?」

「うん」

和室の準備を整えた満が、キッチンに顔を出した。

「ハルー、携帯鳴ってる」

「誰からー?」

「ラインかな? めっちゃメッセージきてるみたいだぞ?」

「弓道部かも。これ終わったら見るー」

「リビングに置いとくなー」

「うん」

満は広い和室に、祖母の生けた花を飾っていく。神山家のお正月の準備は万端のようだ。


すごい、メッセージきてるけど……。

明日、学校の最寄り駅にある神社で初詣…か……。

遥は彼と約束をしているだけでなく、正月は親戚が集まる為、不参加の返事を出した。

陵や翔に美樹も用があるようで、参加は和馬、雅人、真由子、奈美の四人だけになりそうだ。弓道部は少人数の部員の為、全体に声をかける事は、よくある事だ。

「ハルー、お昼にするってさー」

「はーい! みっちゃん、今行くー」

彼女はエプロンのポケットに携帯電話を入れると、階段を駆け下りて行くのだった。




「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」

新年の挨拶を家族で交わすと、朝から家族五人揃ってお雑煮を食べている。

「ハルちゃん、着物着るんでしょ?」

「うん、着替えたら初詣に行ってくるね。みんなが集まる頃には戻ってくるから」

「気をつけていくんだよ?」

「おばあちゃん、ありがとう」

遥は片付けを終えると、和室で着物に着替えていく。学祭の時も一人で着替えていたが、祖母の影響もあり着付けは出来るのだ。姿見の前で帯のチェックを済ませると、髪を着物に合わせ編み込みにし、綺麗なアップに整えていく。

「ハルちゃん、入るよー」

「うん」

「綺麗に着れるようになったね」

「ありがとう」

彼女が笑顔で応えていると、玄関のチャイム音が鳴っていた。


「あけましておめでとうございます」

「蓮くん、あけましておめでとうございます。遥をよろしくね」

「はい」

彼は少し緊張した声色で応えていると、遥が玄関へやって来た。

「蓮くんも時間あるなら、帰りにお昼寄っていって?」

「ありがとうございます」

彼が母と話す姿に、彼女からは自然と笑みが溢れていた。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」


二人は手を繋ぎながら、夏祭りにも行った神社へと歩いていく。

「あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」

「あぁー、よろしくな」

艶やかな着物姿の彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべている。

「蓮、緊張してたでしょ?」

「ある意味、試合より緊張するよ」

微笑む彼女に、優しい視線が向けられている。

「遥…着物似合うな。綺麗だよ……」

「あ、ありがとう……」

二人は夏祭り以来の賑やかな神社に並んでいた。お祭り程ではないが、出店や甘酒が振舞われている。

「遥、はい」

「ありがとう」

温かい甘酒を飲むと、身体も温まっていくようだ。

美味しい……。

御守りも新しく買おうかな……。

「新しい御守り、買うか?」

「うん!」

彼も同じ事を考えていたようだ。二人はお参りを済ませると、御守りを買い合い交換をしている。

「また矢筒につけるね」

「俺もつけるな」

「おみくじ、引いていい?」

「あぁー。じゃあ、せーのでな?」

「うん! せーの」

二人同時におみくじを開くと、吉と小吉だった。

「内容はーー……」

「悪くはなさそうだな。木にくくりつけて帰るか?」

「うん」

二人は顔を寄せ合って、おみくじを見ていたようだ。

顔…ちか……。

思わず頬を赤らめる彼女の手を引くと、彼は人気の少ない裏手まで歩いていた。

「れ、蓮?」

「そんな顔……他の奴に見せるなよ?」

「えっ?」

彼女の唇をそっと手でなぞると、彼は口づけをしていた。

「ーー……木にくくりつけたら帰るか?」

「うん……」

蓮と遥は手を繋ぐと、ゆっくりと帰っていくのだった。


「蓮くん! ハル! あけましておめでとう!」

「航、稔! あけましておめでとう」

「あけましておめでとう。二人とも相変わらず元気だな」

神山家に着くなり、遥の従兄弟が二人を出迎えていた。

「ハル、おかえり。蓮くんもお昼食べていって? お母さんには、連絡済みだから」

「はい」

彼女の母にも誘われ、彼は遥とお昼を食べてから帰宅する事になりそうだ。

広い和室に入ると、大人たちはビールや日本酒で乾杯をしていた為、すでにほろ酔い加減になっている。

「蓮、あけましておめでとう」

「満……。あけましておめでとう」

「お節食べたら、久々に将棋やらないか?」

「あぁー」

彼らは祖父母の影響を受けているのだろう。特に二人は携帯やテレビゲームもするが、将棋や花札等の日本の昔ながらの遊びも得意なようだ。

「ハルちゃん、綺麗ね。そうしてると恵子けいこさんに似てるわね」

「ありがとうございます」

遥は着物姿のまま宴会の席に参加している為、度々お年玉を受け取っていた。学生の彼らにとっては貴重な収入源だろう。

「蓮、栗きんとん食べる?」

「あぁー。ハルが作ったのか?」

「お母さんのお手伝いだけどね」

「美味しい」

「よかった。蓮は意外と甘党だよね」

「意外?」

「うん、甘いの食べなそう」

「それを言うなら満だって、そうじゃん」

「確かに……。みっちゃん、クリーム系すきだもんね」

幼馴染三人に、航と稔の従兄弟を合わせた五人は、年が近い為、その後満の誘った通り将棋や花札、百人一首等をして盛り上がる事になるのだった。




蓮のお休みも今日まで……。

洋服、変じゃないかな?

彼女は蓮と朝から待ち合わせをしていた。久しぶりのデートだ。

「遥、おはよう」

「おはよう」

「とりあえずショッピングモールに行くか? 見たい映画あるって、言ってただろ?」

「うん!」

駅まで手を繋ぎながら歩いていく。電車に乗って二人で出かける事は滅多にない為、彼女は少し緊張しているようだ。

「遥? 大丈夫か?」

「うん…蓮と出かけるの楽しみで……」

彼女の顔色が彼にも移ったのだろう。蓮の頬も微かにピンク色に染まっていく。

「あんま…そんなこと言わないで……」

「そんなこと?」

「……チューしたくなるような顔するなって事」

「!!」

耳元で囁かれた遥は、顔が真っ赤に染まっていた。

「蓮……」

「今のは遥が悪い」

「私のせい?」

そんなやり取りをしていると、目的地へ着いた。

彼女の誕生日が今月末にある為、彼にとってはプレゼントのリサーチを含めたデートのようだ。今もアクセサリーを彼女の手元に合わせている。

「遥は華奢なのが似合うな」

「そうかな? すきだけど普段つける機会ないから、あんまり持ってないかも」

「そういえば、遥がつけてるのってネックレスが多いよな?」

「お下がりが多いからね」

彼女の首元には、オープンハートが可愛らしいネックレスがつけてあった。

「遥、そろそろ昼にしないか?」

「うん。映画は二時半からだったもんね」

「あぁー」

彼に手を引かれエスカレーターでレストラン街に向かうと、遠くに山が見えていた。

「綺麗……」

「初富士だな」

「そうだね」

遥は蓮といられれば、それだけで楽しいのだろう。終始笑顔になっている。

「久々に、此処に来たね」

「そうだな。二人で来たのは初めてだな」

「うん…懐かしいね……」

二人が訪れた洋食屋は、小学生の頃に祖父に連れられて来た事のある場所だったのだ。

懐かしい味に当時を思い出したのだろう。遥は手元から、目の前に座る彼へ視線を移していた。

おじいちゃんやカズじいちゃんが弓を引いた後……。

まだ…弓に触れることも出来ない私は、二人が羨ましかった……。

でも、やめたいとは思えなかったんだよね。

あの音や独特な空気感がすきだった……。

彼は、懐かしむような表情を浮かべる彼女の口元を指先で拭っていた。

「遥、ついてた」

「あ、ありがとう……」

彼女は拭ったクリームを舐め取った彼の仕草に、頬が赤くなっている。

「映画、ちょうどいい時間になるな?」

「うん……」

「行くか?」

「……そうだね」

彼が腕時計で時間を確認すると、彼女の手を引いて歩いていく。


「蓮…家じゃないんだから…さっきみたいなのやめて?」

小さな声で反論する彼女に、悪そうな笑みを浮かべている。

「なんで?」

「うっ…いじわる……」

「はいはい。ほら、行くぞ?」

彼も久しぶりのデートが楽しみだったようだ。

先に予約しておいた映画を見る間も、時折彼女へ視線を移していた。

映画を見ながら涙する彼女にハンカチを手渡すと、遥は恥ずかしそうに微笑んで目元を拭っている。

蓮は彼女の頬に触れる代わりに、遥の右手を握っていた。彼女は一瞬驚いた表情を浮かべるが、蓮の手を握り返している。

……このまま、ずっと一緒にいられたらいいのに。

エンドロールが流れる中、遥は彼の手の温かさを感じながら、そう感じているのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る