第17話 恋路

「遥ー! おめでとう!!」

「美樹!」

袴姿に着替える彼女に、勢いよく抱きついてきた美樹は、彼女の優勝を心から喜んでいる一人だった。

「ありがとう……」

「遥、おめでとう!!」

「ハルちゃん、おめでとう!」

「遥、お疲れさまー!」

次々とお祝いの言葉を告げる彼女たちに囲まれ、遥は嬉しそうにしている。

蓮も喜んでくれたけど……。

こうして、美樹やチームメイトのみんなが喜んでくれると…よかったって思う……。

「みんなの御守りのおかげです。……ありがとうございます」

彼女は笑顔で応えると、いつも通り弓を引いていくのだった。




期末テストを間近に控え、清澄高等学校では部活動が休みの期間となっていた。

「遥、帰りに勉強していかないか? って、和馬が言ってるけど行けるか?」

放課後、携帯電話のメッセージを見ながら言う翔に、遥は頷いて応えた。

「行くー。マユと奈美……みんな行けるみたいだね」

遥も携帯電話を見ると、全員参加になったようだ。

「遥、またねー」

「うん、また明日ね」

クラスメイトと挨拶をし、彼女は翔と二人で隣のクラスへ向かった。テスト前になると、弓道部員が三人いる三組に集まって、度々勉強会をしているからだ。

「ハル、勉強して行くの?」

「うん、美樹たちとね」

彼女は三組にも知り合いがいるようで、教室を出て行く人から話しかけられる事が多いようだ。

「遥は、知り合い多いよな」

隣にいた翔の言葉に、彼女は笑って応えている。

「今の子は美樹の友達だよ? 中学から一緒なんだって、綺麗な子だよね」

彼は思わず、彼女の方が綺麗だと、言いそうになっていた。遥は弓道のおかげもあるのか、普段から立ち振る舞いが綺麗なのだ。

翔が曖昧に応えていると、廊下で四組の雅人から声をかけられた。

「二人ともお疲れー。三組は掃除中? 」

「お疲れさまー。もうすぐ掃除終わりそうだよ」

遥が応えた通り、教室では陵が机を元に戻している。

「陵、美樹と奈美は?」

「おー、雅人たち早いな! 奈美はゴミ捨てで、美樹は図書室に本返しに行ったー」

応えながらも机を整頓している為、直ぐに掃除が終わり、いつものように机を並べていると、八人全員が揃った。

「ハルー、またなー」

「うん? ばいばーい」

「遥、伊藤と知り合いなのか?」

「ううん、知らないよ?」

陵の問いに彼女が応えると、その場にいた全員がツッコミを入れそうになっていた。

「えっ! 知り合いじゃないのに挨拶したの?」

「奈美、えっと……顔見知り? 名前までは知らないけど、三組覗くとよく話しかけて来る人だよ? 話しかけられたら、無視するわけにはいかないから……」

そんな彼女の様子に隣にいた翔は笑っている。

「遥って、たまにそういう所あるよなー」

「ちょっ! 何で笑うのー?!」

「いや、今のは笑うでしょー」

「遥、ごめん……ツボった」

声を上げて笑う皆に、彼女の頭には疑問符が浮んでいるようだ。


それぞれ苦手な教科や他クラスのノートを写したりし終え、勉強道具を片付ける中、陵の話になった。

「そういえば陵、今日告られてただろ?」

「なんで……和馬が知ってるだよ?」

「ちょうど渡り廊下から、呼び出されるの見えたんだよ」

「……断ったからな!」

陵は和馬と言うより、美樹に弁明をしている。

そんな彼の様子に美樹が微笑んで応えていると、二人の雰囲気を察した雅人が尋ねた。

「もしかして、美樹と陵って付き合ってるのか?」

「……そうだよ」

「えっ?!」

はっきりと告げた陵に驚いたのは、雅人と和馬の二人だけだったようだ。

「えっ? もしかして、みんな知ってたのか?」

「だいぶオーラ出てたし。私たちは美樹からちゃんと聞いてるもん」

和馬の声に呆れ気味にマユが応えると、態とうな垂れて見せる彼らがいた。

「いや、大会あったからタイミングがなー。わざわざ言うのも何だし……」

言葉を選んで伝えようとする陵に、和馬も雅人も笑顔で祝福していた。

「よかったな」

「サンキュー」

友情を感じる温かな時間が、過ぎて行くのだった。




「終わったー!」

「陵、お疲れさまー」

「美樹、一緒に帰るだろ?」

「うん!」

期末テストが終わり二人が教室を後にすると、教室では付き合い始めた二人の話題になっていた。

「松下くんと美樹ちゃん……本当に、付き合ってるんだねー」

「そうだね。いいなぁー、美樹」

「松下、かっこいいからねー」

美樹を羨む女子がいるようだが、彼の一途な一面は彼女がいなければ見ることが出来なかった為、お似合いの二人だと思っている人が多数なようだ。


「せっかくテスト終わって、部活もないし。どこか寄ってくか?」

「うん!」

二人が下駄箱へ向かうと、ちょうど翔が帰る所だった。

「お疲れー、翔! 遥は?」

「お疲れ。遥は先に帰ったぞ?」

「そっか」

「じゃあ、またな」

「あ、あぁー」

先に帰っていく翔は、陵の性格をよく分かっているのだろう。何も言わなくても、彼が彼女と二人で帰ることを分かっていたようだ。

「陵? どうかした? 声がしたけど、翔は?」

「いや……先に帰った。今日は久々に、カフェ寄ってく?」

「いいの?」

「あぁー、美樹が行けるなら」

「うん! 行きたい!」

彼女は久しぶりの放課後デートに、嬉しそうな笑みを浮かべているのだった。



「ハルー、今日も行くのか?」

「うん、やっとテスト終わったからね。みっちゃんも行くでしょ?」

「あぁー」

遥が自宅に戻ると満も袴姿に着替えていた。

部活を引退した満は、朝と放課後の一日ニ回いつもの弓道場で弓を引いていたのだ。兄妹きょうだい二人きりで引くのは、久しぶりである。

「蓮は、部長が忙しいのか?」

「うん……。朝も夕練も頑張ってるみたいだよ?」

「そっか……。ハルは淋しい?」

「うっ、それは……まぁー」

「歯切れ悪いなー」

「私のことはいいの!」

「はーい。じゃあ、十二射で勝負な?」

「うん!」

二人は的の用意が整うと、息を整え、弓を引いていく。心地よい弦音が次々と響いていくと、的には十二本の矢が中っていた。

「みっちゃんは綺麗だよね」

「急に何だよ?」

「ううん、いつ出て行っちゃうの?」

「三月に引っ越しだな」

「もう場所も決めてるんだよね?」

「あぁー、この間決めてきた。大学近くはどこも人気みたいだからな。東京は家賃高いし」

「そっか……」

「ハルもすぐだよ」

「うん……。慶星けいせい大学かー……」

満は妹の頭を優しく撫でていた。

「次は射詰でもするか?」

「うん!」

彼女は笑顔で応えると、また交互に弓を引いていく。二人は射形を崩すことなく、矢を射るのだった。




一吹は一週間ぶりに、清澄高等学校の弓道場を訪れていた。期末テストも終わり、今日から補講期間の為、赤点がなければ部活へ参加出来るのだ。

「一吹さん、おはようございます」

遥の挨拶に応えると、一吹は制服姿のままの彼女を連れて、面談室へやって来ていた。

「遥、来月の全国選抜の付き添いも、俺が同行する事になったから」

「ありがとうございます」

「東京の会場は使った事あるか?」

「はい。中学の時にあります」

「それなら良かった。冬休みに入って直ぐだからな」

「はい! またよろしくお願いします」

「あぁー」

また……大会で弓が引ける。

それは、とても嬉しいことだけど……。

東京か……。

彼女は道場へ向かう中、二週間後に迎える大会に向けて気持ちを整えていくのだった。


補講期間は基本的に休みの為、登校している者は補講を受ける者か、部活動がある者だけである。

弓道部は八時から十二時までの四時間。弓が引けることになっていた。

遥は一足遅れて道場に入ると、皆が準備運動をしている所だった。

「遥ー! 今日は自由練習だって」

「うん!」

「ハルは大会あるから右端の的使うんだぞ?」

「はい! 部長、ありがとうございます」

彼女は柔軟体操を念入りに行うと、言われた通り右端の的の前に立っている。一週間ぶりに弓を引く者が殆どの中、彼女は一射目から的に中ていく。

彼女は一日も弓に触れない日がないからだ。

弦音と弓返りの音が一定なのも、日々の練習の成果だろう。

彼女の射に周囲も活気づくのだった。


「腹減ったー」

「そうだな。陵、何か食べて帰るか?」

「食べる! 駅前のマック寄って行くか?」

「あぁー。他に行ける奴いる?」

「駅前なら、俺も行くー!」

陵と翔の話に和馬も加わり、いつもの流れで一年全員で行く事になりそうだ。

「ごめん、私は先に帰るね」

「分かったー。遥、また明日なー」

「遥、またねー」

彼女はチームメイトに手を振ると、足早に道場を後にした。

「急いでたから、待ち合わせかな?」

「そうかもねー」

遥を除く五人で、駅前で昼食をとる事になった。


「何にするー?」

「クーポンあるか見るか?」

「そうだね」

携帯電話を片手に駅までの道を歩いて行く。雅人と奈美は自転車を押しながら歩いていた。

「雅人ー、チャリ乗せてー」

「陵、少しだけだぞ? 駅前、交番あるから」

「やったー!」

雅人の後ろに乗ると、駅前まで直ぐに着いた。

「自転車だと早いなー」

「それはな。でもあと少しだったから、みんなも後ろに見えるぞ?」

陵は後ろを歩く皆に手を振っていると、先程まで一緒にいた彼女に気づいた。

「あれ、遥じゃないか?」

「本当だな。ってか、改札にいるの松風さんじゃないか?」

「だな。やっぱ、待ち合わせだったのかー」

二人の仲の良さは、はたから見てもはっきりと分かったようだ。

「二人ともどうしたのー?」

「美樹」

彼女が彼らの視線の先に目を向けると、遥が改札を抜ける所だった。

「あっ、遥ー!」

美樹がためらう事なく声をかけると、彼女は振り返っていた。

「美樹! みんなも、また明日ね」

「うん! ばいばーい」

蓮は彼女の後ろで会釈をしているのだった。


「遥と松風さんって、仲良いんだなー」

「そうだねー」

「へぇー、つき合ってるのか?」

「らしいぞ。文化祭の時に聞いた」

「そうなのかー?! って、またマユたちは驚いてないんだな」

「文化祭の時に二人でいる所見かけたから、聞いてたもん」

「うん、そうだねー」

女子には周知の事実だったようだ。五人は話しながら、ハンバーガーやポテト等を食べていく。女子だけなら恋話こいばなに発展しそうだが、話題になるのは二月に控える高等学校対抗戦についてだ。

団体競技の為、男女別に五人八射で予選が行われる。今のメンバーで弓を引く数少ない機会だ。

「年明けまで、試合なしかー」

「次はトーナメントまで残りたいね」

「だよなー」

「遥は今月、東京に行くんだよな?」

「うん、冬休み入ってすぐの土曜日でしょ?」

「そうそう。東京かー」

「和馬、どうしたの?」

「うちの県からは、遥と松風さんの他に、二人だけかー」

「そう考えるとすごいよな」

「私、遥が外した所見たことないもん」

「確かに!」

彼女が的から外した所を、彼らは見た事がなかったのだ。それだけ的中率が高いのだろう。

赤点を出した者は一人もいない為、明日も十人揃って弓が引ける事を楽しみにする彼らがいるのだった。



「遥、よかったのか? 部員の子で集まってるんだろ?」

「今日は急遽だったから、いいの。蓮と会いたかったから……」

「それは…嬉しいけど……」

いつもは一人で乗る電車に、今日は蓮がいる。

それだけで、嬉しい……。

彼の隣でつり革を持つ彼女は、嬉しそうにしていた。

「お腹空いたなー。何か買ってから行くか?」

「うん! おばさんは?」

「今日は仕事。俺の家で昼食べたら、道場に行くだろ?」

「うん! 最近はみっちゃんが練習につき合ってくれてるんだよ」

「よかったな」

「うん」

こちらも弓道が話題のようだ。

「大会前に会えてよかった」

「うん……」

彼女の鞄を彼が持つと、二人は手を繋いで歩いていくのだった。


「蓮は着替えてから行く?」

「あぁー、遥も着替えたら? 道場、暖房の効きが悪いから寒いだろ?」

「うん」

「俺、向こうで着替えくるから、遥ここ使って」

「ありがとう」

彼は道着を持って部屋を出て行くと、彼女だけが彼の部屋に残った。

久しぶりに蓮の部屋に来たけど……。

相変わらず、綺麗。

彼の部屋は物が少ないようだが、賞状やトロフィーの類は乱雑に棚に置かれている。あまり興味がないのだろう。

遥は先程まで着ていた袴姿に着替えると、髪を一つに結んでいく。整えていく度に、気持ちも高まっていくようだ。

「遥ー、入っていいか?」

「うん」

蓮が部屋に戻ると、大会でよく見る背筋のピンと張った、凛とした姿の遥がいた。

「……遥」

手招きする彼の方へ歩み寄ると、彼女は抱きしめられていた。

「蓮?」

「……ちょっと充電」

「うん……」

彼女がためらう事なく彼の背中に手を伸ばすと、柔らかな笑みを浮かべる蓮がいた。

彼が遥の鞄を持ち、いつもの弓道場へ向かうと、日中の為、一夫が弓を引いていた。

「じいちゃん!」

「カズじいちゃん、お久しぶりです」

「おー、蓮とハルか。選抜楽しみだな」

「うん!」

二人は笑顔で応えると、数年ぶりに師の前で弓を引いていく。

緊張感のある空気が流れる中、蓮から順に弓を引くと、二人とも的に中っていた。

「ーー二人とも成長したな……」

的には四射とも中っていたのだ。

「私……カズじいちゃんの射、見たい!」

彼女の声に微笑んで応えると、一夫が的の前に立ち、美しい所作で構える。その姿に、遥はかつての祖父の射を想い浮かべていた。

ーー綺麗な射形……。

極めたような射法八節。

おじいちゃんを想い出す……。

彼女は弦音と弓返りの音を聞きながら、一夫が放った矢の美しい軌道に、心が揺れていたのだ。

「じいちゃん、やっぱり上手いな……」

「そりゃあ、若者にはまだ負けないさ。この間の大会は三人ともいい射だったな……。ハルも蓮も、東京に気をつけて行ってくるんだぞ?」

「あぁー」

「うん……ありがとうございます」

爽やかな笑顔で応える二人に、一夫も思わず笑みを浮かべているのだった。


「カズじいちゃんの射、久しぶりに見たけど…やっぱりすごいね……」

「そうだな。じいちゃん、かっこいいよな」

「うん」

一夫が一足先に帰った為、道場には少し前までのように矢取り中に話をし、弓を引く際は静かになる二人がいた。

「今日は、そろそろ帰るか?」

「そうだね。蓮は今日、テスト終わったんでしょ?」

「あぁー。だから明日から、また部活優先になるな」

「お疲れさま。また蓮の射が見れるように頑張るね」

「あぁー、俺も遥に会えるように頑張るよ」

蓮は彼女を抱き寄せると、そっと唇にキスをした。一緒にいられる機会が減った分、二人きりの時はよく抱き合ったり、手を繋いだりしては、お互いに充電しているのだ。

「……遥、顔赤い……」

「うっ……そんなに?」

「うん……。可愛い」

「……蓮。わざと言ってるでしょ?」

頬を真っ赤にした彼女の頭を優しく撫でる彼は、本当にそう思っているのだろう。

愛らしい彼女に、深く口づける蓮がいるのだった。














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