第15話 高み
中間テストを終え、今日から再開する弓道部の練習を心待ちにしている彼女に翔が声をかけた。
「遥、行くだろ?」
「うん! 一週間ぶりだね」
二人は話をしながら弓道場へ向かうと、見た事のある人物に驚いていた。
「一吹さん!?」
「えっ?!」
思わず声を張った二人に対し、一吹はいつもの落ち着いた調子で応えている。
「久しぶりだな。今日から正式にコーチに就任したので、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします!」
二人が驚きと喜びで顔を見合わせていると、残りの弓道部員と共に藤澤が場内へ現れた。
「一吹くん、早いですね」
「藤澤先生、今日から改めて宜しくお願い致します」
藤澤は一吹の一礼した姿に、微笑んで応えている。
「今日から一吹くんが、正式にコーチに就任にして下さいました。来月頭に控える大会に向けて、頑張っていきましょう」
「はい!」
元気良く応える相変わらずの部員を、一吹は快く思っているのだった。
高校新人地区兼県選手権予選の団体戦は、地区大会において男子は二十射十二中以上、女子は十中以上のチームが県大会へ出場ができる。
また個人戦では男子八射五中以上、女子は四中以上の者が、同じく県大会出場となる。
東部地区での大会を三日後に控えた清澄弓道部は、朝練にも午後練にも気合いが入っていた。
「一吹さん、どうですか?」
「部長はその調子で引けば大丈夫だ」
一吹は全員とは言わないが、少なくとも経験者は順当に行けば、個人戦は県大会に進めると確信していた。
また、団体戦では遥、翔、陵の三人の力に寄って県大会へ進める可能性が高いが、高校から始めた四人の結果次第で、それも変わってくると感じているのだった。
「お先に失礼します」
「お疲れさまでした」
「お疲れー、気をつけて帰れなー」
帰宅する部員達を一吹と藤澤が見送ると、一吹は今日の的中記録のノートを見ていた。
「ーー遥は、外さないですね」
「そうですね……」
遥の欄には丸のみが書かれている。彼女はこのノートに記録をつけるようになってから、一度も外していないのだ。
一吹は、かつての自分の師を思い出していた。
彼の弓道の師は、
「一吹くん、私達も帰りましょうか」
「はい……」
藤澤の声に我に返り応えると、彼は私服に着替え、弓道場を後にするのだった。
東部地区大会は男女別の会場で行われる為、スポーツフェスティバルと同じく男子に一吹が、女子に藤澤が付き添っていた。
遥は深呼吸をすると空を見上げ、今朝の出来事を思い出していた。
「遥、県大会で会おうな」
「うん……頑張る!」
「また後でな」
蓮と袴姿のまま抱き合うと、二人はそれぞれの道を歩いていくのだった。
「遥、次だね」
「うん……楽しみだね」
彼女の言葉に美樹は、緊張感が少しほぐれていく気がしていた。
団体戦は一人四射、一チーム二十射で競う。
清澄高等学校はインターハイ優勝者がいる為、観覧席には彼女の射を見に来ている者もいた。
「綺麗……」
落ちの遥の射に思わず口にする者がいた。
藤澤はそんな彼女達の射に、弓道部が再生しつつある事を実感していた。
彼女たちは大会の度に思っていた。遥の弦音を聞く度に、自分も続けていける気がするからだ。
今も彼女の弦音に続くように、五人とも皆中を決めていく。
彼女達は二十射十二中を決め、県大会出場を決めたのだった。
藤澤が一吹と連絡を取り合うのを五人が見守っていると、弓道部のグループラインに隆よりメッセージが届いた。
「……男子も団体戦、県大会出場決定! だって!!」
「やったぁー!」
「わーい!」
五人が抱き合って喜び合う様子を、藤澤は微笑ましく見つめている。
県大会へは、清澄高等学校から団体戦男女一チームずつ、個人戦では隆部長、陵、翔、ユキ副部長、美樹、遥の経験者六人の出場が決定したのだ。
いつもの弓道場に遥が着くと、蓮が弓を引いていた。彼が皆中を決める姿を遥が静かに見守っていると、弓を引き終えた蓮が声をかけた。
「遥、お疲れ……」
「蓮…ありがとう……」
彼女は蓮に抱きついていた。
県大会へ進める喜びと彼と会えて、安心したのだろう。彼女は蓮の腕の中で泣きそうになっていた。
「おめでとう……明日は、俺が頑張る番だな」
彼の言葉に、遥は蓮を見上げていた。
「蓮たちの射、楽しみにしてるね」
二人は微笑み合うと、八射ずつ弓を引いていく。
十一月の夕暮れに、幼い頃から通い慣れた弓道場には、弦音と弓返りの音が響いているのだった。
中部地区大会では、この前の大会から新しくなった団体戦メンバーを風颯学園Aチームとし、二年生と一年生で編成されたBチーム、一年生を中心としたCチームの、三チームがエントリーしていた。
蓮は満から引き継いだ連覇を成し遂げると、心に決めていたのだ。
「部長、勝負だな」
珍しく口にした佐野に、蓮は笑顔で応えていた。
「あぁー」
二人の肩を組んで笑い合う
県大会でも使われる県武道館に遥は美樹と二人、制服姿で訪れていた。
「遥、楽しみだね」
「うん、美樹が一緒に来てくれて心強い」
「私が誘わなかったら、遥は一人でも見に来てたでしょ?」
「それは、そうかもだけど……」
「学祭でも思ったけど、蓮さん達の射をもっと見たくて」
美樹の言葉に、彼女は微笑んで応えている。
「ありがとう」
二人が話をしていると、風颯のAチームの番が来た。
大前の蓮から
「凄いね……」
美樹の思わず漏らした言葉に、遥は頷いていた。五人中三人は、皆中を決めているからだ。
程なくするとBチームが現れた。二年生と一年生の編成というだけあって、十五本中っている為、二チーム共に県大会への出場を決めたのだ。
一年中心のCチームが現れると、美樹が声を上げていた。
「あの人、前に遥に話かけてたよね?」
県連秋季大会で話かけられた林が、大前に立っていた。
「うん……。中等部が一緒だった林だね」
「そうなんだ……」
彼女の変わらない様子に、美樹は正直に打ち明けていた。
「あの日ね……遥の様子が気になって、二人の後を陵と翔と追いかけたの。会話の内容までは聞こえなかったけど、大丈夫だったの?」
彼女の心配する様子に遥は笑顔を作っていた。
「うん、大丈夫だったよ……。美樹、ありがとう」
彼女への感謝の言葉は遥の本心だった。
自分のことを気にかけてくれる人がいる……。
彼女には、それだけで十分だったのだ。
Cチームも先に終えた二チームに続き、二十射十三中で県大会出場を決め、風颯の男子からは全三チームが次の大会へ進める事になったのだった。
個人戦の射を遥は緊張感のある中、見守っていた。
蓮が弓を引くからだ。
彼は綺麗な射形で、矢を射る。
観覧席では、他校の生徒も彼の射を食い入るように見つめていた。全国クラスの彼が弓を引くからだ。
遥のすきな音が響く度、拍手の音も場内に響いていく。
蓮は八射皆中を決め、遥同様に県大会への出場を決めたのだ。
彼の姿を自分の事のように喜んでいる遥がいた。
風颯学園を見終わると二人は外のベンチに腰掛け、別に来ていた翔と陵を待っていた。
「二人も来てるなら、一緒に見れば良かったね」
「そうだね」
相槌を打つ遥に、美樹が告げた言葉は彼女の予想しなかったものだった。
「遥は、本当は会いたいんでしょ?」
彼女は照れくさそうにしながらも、正直に応えていた。
「それは勿論……。蓮の射は見れる機会に見とかないとね」
その言葉に、彼が他校生である事を実感する美樹がいたのだ。
二人が話をしていると、彼が声をかけていた。
「遥」
彼の呼ぶ声に、遥は思わず駆け寄っていく。
「蓮! おめでとう!」
彼女の声に、蓮は堪らず抱きしめていた。
「次は、俺たちで勝負だな」
「うん!」
彼女は嬉しそうに、笑って応えている。
そんな二人の様子を美樹が少なからず羨ましそうに見つめていると、陵と翔がその場に居合わせた。
「あれ? 遥は?」
陵の声に美樹が彼らの方へ視線を移すと、二人はハイタッチをしている。
楽しそうにする二人の姿に、彼らは追いつきたいと思っているのだった。
翌週に迎える県大会は団体戦、個人戦の順に二日間に渡って開催される。
団体戦では、予選を勝ち抜いた四チームで決勝リーグを戦うのだ。男女共に一位校は十二月にある全国選抜大会に、四位校までは今月下旬にある東海高校選抜大会への出場が決定する。
個人戦では、男女共に四射二中以上で準決勝へ、予選の的中数と合わせて六中以上の者が決勝戦へと進み、決勝でも四射引き、合計十二射で順位が決定する。
男女共に一位と二位が全国選抜大会、五位までが東海高校選抜大会に出場でき、次へと繋がるのだ。
清澄にとっては厳しい戦いが予想される中、遥はいつも通り弓道場へ足を運んでいる。
県大会が終わるまで、蓮が此処へは来られない事を分かってはいるが、彼女にとっては落ち着く居場所でもあるのだろう。
いつものように皆中すると、場内を片付け、学校で行われる朝練へ向かうのだった。
「一吹くん、男子の試合はどうでしたか?」
部活前の面談室で藤澤と一吹は、県大会に向けて話合っていた。
「的中記録は、この通りです」
一吹が記録したノートには、大前と落ちの陵と翔が四射皆中、中の隆が三中、二番と落ち前の雅人と和馬が
「今回は雅人も和馬も落ち着いて引けたみたいですけど、こればっかりは慣れるしかないですかね」
「そうですね。いつも通り引ければ、十五が最大ですか」
「ギリギリ四位に入るかどうかですね。去年だと十五が六チームいて、さらに一射ずつ引いて競ってますからね」
「チームもまとまって来ているので勝たせたいですよね。やはり団体戦の強化練習ですか?」
「はい……。女子はマユと奈美の的中率ですかね」
藤澤の記録したノートには、大前のユキと落ち前の美樹が三中、二番と中の奈美とマユが一中、遥が皆中と、丸が並んでいた。
「大会だと緊張するみたいですね。二人とも普段なら、羽分けになる事が多いですからね」
「そうですよね……。でも、残念を出さないだけ優秀です」
「一吹君もそう思いますか?」
「勿論です! 弓道始めて半年ちょっとですよね? 十分だと思いますが、きっと……本人達は納得してないでしょうね」
「よく分かりますね?」
「あの子たちを見てると、かつての自分を思い出します。弓がすきで必死になってる所とか、彼女に憧れている所とか……」
素直に告げる一吹に、藤澤は笑みを浮かべていた。
「まだ発展途上ですよ。あの子たちも…もちろん一吹くんも……」
藤澤の言葉に、一吹は肩の荷が少し下りた気がしていた。
まだ成長出来るだろうか……。
じいさんに負けない弓引きになれるのだろうか。
そう彼は感じていたからだ。
「ーー藤澤先生……。団体戦の練習を中心に実践練習をしていく方向でいいでしょうか?」
一吹の提案に、藤澤は深く頷いて応えている。
「勿論です。コーチにお任せしますよ」
「はい!」
言葉通り、藤澤に一任された一吹は気合いを入れ、部員が集まるであろう弓道場へと足を運ぶのだった。
明日に試合を控え、弓道部は十人全員、食堂へと集まっていた。大会を前に結束力を高める為、隆が提案したのだ。お弁当や定食、購買で買った昼食が、テーブルに並んでいる。
「夏休み以来だな。みんなで集まってご飯食べるの」
隆の言葉にユキが同意し、箸を進めながら話をしていく。
「一吹さんがコーチになってくれて、良かったですよね」
「そうだな、心強いよな」
陵の声に隆が頷いて応えると、ユキが気にかけていた事を口にした。
「男子だけの大会の時、一吹さんはどんな感じなの?」
「どんな感じって?」
「藤澤先生といる時は、一歩引いて見てくれてる感じがしたから」
「そういう意味では、いつもと変わらないよな?」
「そうですね。でも、かなり心強いですけどね」
「コーチは藤澤先生ばりに的確に指示出しくれるから、自分の動き方が分かりやすくなったと思います」
翔の言葉に陵が同意すると、全員納得していた。
一吹さんの指示は簡潔で分かりやすい。
五人での的中率も上がってきてるみたいだし、明日が楽しみ……。
遥は彼に感謝しながら、残りの昼食を食べているのだった。
部活の練習後いつもの弓道場へ遥が着くと、蓮が弓を引いていた。射形を乱す事なく弓を引く姿に、遥は言葉が出てこなかった。彼の姿に見惚れていたのだ。
蓮は弓を引き終わると、いつもの調子で彼女に話しかけていた。
「遥、お疲れ」
「……お疲れさま」
彼女のいつもと微かに違う様子を蓮が見逃すはずはなく、彼は彼女の頬に触れると、優しく尋ねていた。
「遥……どうかしたのか?」
遥は彼の手に自分の手を添えると、正直に打ち明けていた。
「……蓮の射に見とれてた」
彼女から告げられた言葉に、蓮は頬が赤くなるのを感じ、彼女から自分の顔が見えないように抱きしめていた。
「明日、楽しみだな」
「うん。蓮、ありがとう……」
遥は彼の腕の中で蓮を見つめていた。
「来てくれて、ありがとう」
蓮の中には、彼女と会いたい気持ちもあったが、同時にまた一人で抱え込んでいるのではないかと、心配もしていたのだ。
「……遥」
彼女の光が宿ったような瞳に、彼は惹かれていたのだ。
「蓮?」
彼は遥の声で我に返り、彼女の両手を握ると弓を引くよう促した。
二人がいつものように並んで弓を引くと、弦音が響いていく。
蓮は右隣で先に弓を引く彼女の音を聴いていた。そして、遥もまた彼の音を聴き、大会に向けて心を落ち着かせていくのだった。
高校県新人兼県高校選手権、一日目の団体戦が始まった。県武道館にて行われる中、遥は風颯のジャージを羽織った蓮を見かけたが、程よい緊張感の中にいる彼に声をかける事はせず、試合への集中力を高めていく。
「皆の射を楽しみにしてる」
一吹の言葉に彼ら自身も、自分の射が何処まで出来るかを楽しみにしているようだった。
清澄高等学校の女子五人が的前に立つのを、チームメイトの男子五人に藤澤、一吹が、静かに見守っている中、彼も彼女たちの射を見つめていた。
「相変わらず、綺麗だな……」
蓮は思わず声を漏らしていた。
遥の射は美しい……。
そう感じている彼の予感通り、彼女は皆中を決めていた。
落ちの音に続くかのように弓を引いていくと、地区大会より的中数を上げ十四本中り、男子団体を迎えるのだった。
女子の団体予選を同率六位で終わっていた。
緊張が解れたのか、いつものように話しながら男子の順番を観覧席で待っている五人がいた。
「この間より、的中率上がったな……皆、お疲れさま」
一吹の言葉に彼女たちは、頷いて応えていた。
「一吹さんと、藤澤先生のおかげです」
はっきりと告げたユキに続くように、チームメイトが座ったまま一礼をしていると、清澄高等学校の番となった。
大前から順に五人が弓を引いていく。五人の矢が的に中ると、「よーし」の掛け声と拍手が響いた。その音を味方につけるかのように弦音が響くと、地区大会よりも一射多く中り、十六本で予選を終えたのだった。
例年なら予選突破出来そうな本数だが、二十射十六中が三校並び、同率四位の為、更にもう一射ずつ矢を射ることになった。
緊張感のある中、女子部員は彼らの射が中るようにと願っていたが、直ぐに決着が着いた。
五射中二本中り、五位の成績で県大会を終えると悔しさを滲ませる五人がいた。
「あー、惜しかったな」
「あぁー」
陵の言葉に皆、同意していた。あと一歩が及ばない。その一歩がどれだけ距離がある事か、改めて痛感していたのだ。
お昼休憩を挟んで、午後に決着トーナメントが行われるのだ。清澄高等学校弓道部は、結果は出ていたが他校の試合を見る為、昼食を外で取っていた。
「もっと弓を引きたかったですね」
「だよなー」
話題は先程までの射の事ばかり。
「一吹さん、先生は?」
一吹が一人で皆の元に戻って来た為、和馬が尋ねている。
「藤澤先生は中で話してるから、帰る頃に合流になりそうだな」
部員全員チームワークの良い状態でも…勝たせてやれなかった……。
そう一吹が思考を巡らせていると、遥が気持ちを切り替えるように口にしていた。
「明日の個人戦も楽しみです」
彼女の言葉に、その瞳に、彼らが憧れを抱くのも無理はないと感じる一吹がいるのだった。
場内へと戻ると女子のトーナメントから始まった。風颯は男女共に予選から勝ち残っていた。
彼女たちは、決勝トーナメントに残った四校の射を見つめていたが、遥のように皆中を決める者が一人もいなかった。その事実に、改めて彼女の射の的中率の高さを知るのだった。
女子の結果が出ると、男子の番になった。的前には蓮率いる風颯学園の五人が並んでいる。
遥は彼らの射を一つ残らず見つめるように、眺めていた。
大前の蓮から順に弦音を響かせていく。落ちの佐野が弓を引き終えると、「よーし」の掛け声と拍手が響いた。風颯の弓道部員も彼らを見守り、エールを送っている。
「やっぱり凄いな……」
珍しく漏らした翔の小さな声を、陵はしっかりと聞き取っていた。
視線を彼らに向けたまま頷いて応える陵に、翔は明日の個人戦への闘志を密かに燃やしているのだった。
風颯学園は団体戦女子Aチームを三位、男子Aチームを一位の成績で終え、強豪校と言うのは伊達ではない事を証明している。
遥はチームメイトと別れると、迎えの車を外で待つ中、先程の蓮の射を思い浮かべていた。
綺麗に決まった皆中。
優勝を決めた彼らに、私も少しずつ……追いついて行けるかな?
きっと…今の清澄でなら叶うはず……。
そう信じている彼女が空を見上げていると、携帯電話には蓮からメッセージが入っていた。
「また明日、楽しみにしてる…か……」
携帯電話に額を寄せる彼女からは、笑みが溢れていた。
高校県新人兼県高校選手権、二日目の個人戦には清澄からは、隆部長、陵、翔、ユキ副部長、美樹、遥の経験者六人が出場している。
見学する四人も袴姿で県武道館を訪れていた。大会後に時間があれば学校で弓を引く為、弓具も持って来ている。
「落ち着いていきましょうね」
「はい」
「いつも通りな」
「はい」
藤澤と一吹から一言ずつ貰うと、大会に出場する六人と見学する四人は、別々の場所に控えていた。和馬達四人の元には一吹、藤澤も同行している。
「個人戦は、八位までが入賞だな」
一吹の言葉を冊子を見ながら、彼らは聞いていた。
「丸とか書き込んでいいぞ?」
そう言ってボールペンを差し出す彼から受け取ると、雅人はさっそくペンを構えていた。
「一吹さん、ありがとうございます」
真剣な眼差しを的前に向ける彼らの姿に、一吹と藤澤は今できる事から学ぼうとしているのだと感じていたのだ。
予選には男子百二十五名、女子百九十八名が参加している。
男女共に四射二中以上が準決勝に進める為、いつも通りの射が出来れば、地区大会を通過した六人は勝ち残れるのだ。
遥が的前に立つと、インターハイ優勝者と言う事もあって、彼女のいる組は注目を集めていた。
右から四番目の位置で弓を引く彼女の姿は、いつもの部活と変わる事はなかった。弦音と弓返りの音がし、拍手と掛け声が響く。
彼女は四射皆中を決めたのだ。その立ち姿を綺麗だと、感じる者がいた事は確かだった。
遥に続き、ユキと美樹も四射三中を決め、準決勝に進める事になったが、その人数は半数以下の九十八名となっていた。
男子も同じように半数近くが予選で敗れ、七十六名が準決勝進出となった。その中に隆、陵、翔の三人も四射三中を決め、残っているのだった。
男女共に予選の的中数と合わせ、六中以上が決勝進出となる。その決勝に残る事が、どれだけ難しい事なのか、見学していた彼らは痛感していた。先程よりも更に人数が減り、男子十八名、女子二十名となっていたからだ。その中に清澄の六人中三人が残っていた。陵と翔、そして遥の三人だったのだ。
決勝も四射引き、予選、準決勝の的中数と合わせた十二射で順位を決め、同中の場合は競射により順位決めを行う事になっている。
蓮は遥の射を見つめていた。何人も並ぶ中で、彼女の音だけが違って彼には聴こえていたのだ。
競射するまでもないか……。
彼の思ったとおり、十二射皆中を決めたのは遥だけだったのだ。そんな彼女の姿に、蓮は呼吸を整えると的前に向かっていくのだった。
見学していた四人に隆、ユキ、美樹も加わってエールを送っている。
陵の組には佐野、蓮の風颯の二人がいた。遥は観覧席へ戻る中、彼らの射を見つめていた。チームメイトにエールを送ると同時に、いつもの蓮の射が見れる事を願っていたのだ。
的に中る音が続くと、蓮は十二射皆中を決めた。準決勝と合わた的中数となり、次の組の結果を待って順位が決まる。
二組目には翔の他に、団体戦にも出ていた風颯の下村と森がいた。
遥がチームメイトの元へ戻ると、ちょうど翔が弓を引く所だった。彼の射は的から外れると、思わず声が出そうになるのを抑える彼女がいた。
十二射を終え、皆中したのは蓮だけだったのだ。彼に続いて十一中は佐野、翔、陵を含め八人いた為、競射が行われていく。チームメイトが彼らを見守る中、数分で決着がついた。
八位までの入賞者に、清澄の三人の名前が残っていたのだ。
県大会個人戦男子七位に白河翔、八位に松下陵。
そして、女子の一位に神山遥。
三人は十分に藤澤の期待に応えていたが、もっと高みを目指したいと思う彼らがいるのだった。
車で会場から帰ると遥は袴姿のまま、いつもの弓道場へ足を運んでいた。彼女はいつものように的を用意すると、弽を付け、弓と矢を用意する。
先程注目を集めたような綺麗な所作で、弓を引く。大会の後にも関わらず、彼女は四射皆中していた。
五つ並んだ的には、全て四射ずつ中っている。
彼女が矢取りをしようとした時、弓道場の扉が開き、声がした。
「遥」
そこには蓮が立っていた。遥は彼の元へ駆け寄っていた。
「おめでとう!」
祝福の賛辞を送る彼女に、彼は応えていた。
「遥もおめでとう! これで全国選抜に出れるな!」
「うん!」
彼女は蓮の言葉に、また一緒の舞台に立てることを喜んでいたのだ。
矢取りを終えると、いつものように二人並んで弓を引く姿があった。
幼い頃から姿は変わっても、弓道がすきな想いを変わらずに持ち続ける彼らは、八射皆中していくのだった。
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