第13話 学祭

「三組はコスプレ写真館だよ」

「写真館?」

「衣装用意しといて、お客さんに着替えて貰ってチェキで撮るって感じ、陵がコスプレして客引きするって今日決まってた」

「そうなんだ」

遥が部活の帰り道、美樹と文化祭の話をしていると、後ろを歩いていた陵が話に加わった。

「クラスに貢献しろって言われたら、するしかないじゃん」

「どんなコスプレするの?」

「それは当日のお楽しみで、俺も分からないんだよなー」

「演劇部の子がクラスにいるんだけど、衣装用意してくれるから、私もまだ知らないんだー」

文化祭の話で盛り上がる中、翔は先日の大会の後の出来事を思い出していた。

幼馴染らしいし、抱き合うのが当たり前なのかな?

別にすきとか…そういうのじゃないって、陵にも言ったけど……。

「翔! 翔ってば!」

「悪い……ぼーっと、してた」

「翔、二組の出し物は決まったのか?」

親友の微かな異変にも陵は気づいたが、ここは追求せず話題を振る選択をした。

「メイドと執事の喫茶室だって」

「へぇー、じゃあ当日は二人のメイドと執事の姿が見れるって事か」

「あぁー、二人とも接客担当になってたな」

「うん。被服部の子が衣装調達してくれるから、本格的になりそうだよ」

遥と美樹は二人の前を歩きながらも、四人で話をしているが、翔の耳にはあまり内容が入って来ていないようだ。

いつも通り、遥、美樹の順に別れると、男二人だけになった為、陵が翔の話を聞くべく、ファストフード店へ立ち寄るのだった。


「翔さぁー。この間の大会の後の事、考えてただろ?」

「ーーそんなに分かりやすかったか?」

翔はコーラを飲みのをやめ、顔に出ていたのなら気不味いと思っていたが、直ぐに応えが返ってくる。

「美樹と遥は気づいてないよ。文化祭の話で盛り上がってたし」

「それなら、よかった……」

「抱き合ってたのが、ショックだったのか?」

「ーーショックって言うか、分からないな……。元々、松風さんと遥はお似合いだって思ってたし」

フライドポテトに伸びていた手が止まると、陵が告げていた。

「俺は、学祭の時に告白する」

「えっ?!」

翔は思わず声を上げていた。

「告白って、美樹にか?」

「部活もあるし、このままでいるのも良いかなーとは思ったけど……やっぱり無理だな」

「無理って?」

「だって、エロい事もしたいじゃん」

包み隠さず告げる陵に、翔は笑っていた。

「さすが陵!」

今の彼の言葉に、吹っ切れるものが翔にもあったようだ。

「そうだな」

「ん?」

「陵の言ってた通りだよ。俺は……遥がすきだってこと」

親友の言葉に陵は内心、安心していた。

中学の頃、告白されても誰とも付き合わなかった翔が、ようやく自覚したからだ。

「やっとか……」

「やっとって、何だよ?」

「いや、ライバル多そうだけど頑張れ」

「そう言う陵は、美樹の何処がすきなんだ?」

いきなり彼女の何処がすきかと聞かれ、驚きながらも陵もはっきりと応えていた。

「気遣いが出来るところ」

翔も理由については納得はしていたが、今までの彼なら一人と真剣に向き合う事が出来なくなってきていた為、彼女をすきだと聞いても何処まで本気かは分からないと感じていたのだ。

「……まぁー、早い話は一目惚れかもな」

「それなら、納得……」

入学式の日、初めて美樹と会った日。

握手を交わした彼女の手が、思ったよりも小さくて驚いた事。

愛しいと初めて感じた事。

その全てを親友に告げたりはしなかったが、一目惚れという言葉だけで、翔には十分伝わっていたのだった。




清澄高等学校の文化祭は二日間に渡って行われる。

遥は二日目に接客担当になっていた為、今日はメイド服姿でチラシを配り、呼び込みを行なっている。これが終われば自由行動出来るので、彼女は気合いが入っているようだ。

「翔ー、次行くよー!」

「あぁー」

男女ペアでメイドと執事、それぞれの格好に扮しながらプラカードを持って校舎内を周っていると、弓道部員を見つけた為、彼女は声をかけていた。

「ユキ先輩!」

「ハルちゃん! 翔! 似合うねー」

「ユキ先輩は、これから店番ですか?」

「そうだよ。外でおにぎり屋やるから、時間あったら来てね」

「翔、後で行こうよ!」

「うん、あと他のクラスの奴もな」

二人の仲の良い様子に、ユキは微笑みながら応えていた。

「ユキ先輩も時間あったら、来て下さいね」

「勿論! あっ、二人とも行く前に写真撮らして!」

遥と翔が並んでいるところを写真に収めると、弓道部員のグループラインに送り、学祭を各々が満喫している事が分かるメッセージが飛び交っているのだった。

「メイドと執事の喫茶室を一年二組でやってまーす!」

普段は声を張るのが苦手な遥と翔も、文化祭の雰囲気に乗せられているのか、きちんと呼び込みを行なっていた。

クラスの使命を果たし制服姿に着替えると、二人は美樹と陵と一緒に、残りの文化祭一日目を楽しんでいる。

今日、店番をしている和馬とマユのいる一組では、フリーマーケットが行われていた。

「お疲れさまー」

「四人とも来てくれたの?!」

店番の二人は、可愛らしいフリルの付いたエプロン姿でお会計や商品の案内をしている。

「和馬、意外と似合うな」

「そんな真面目な顔で言うなよ翔……」

あまり違和感のない和馬の姿に笑いつつも、使えそうな商品を探しながら四人は仲良く回っていると、図らずも陵が客寄せになっていた。

「松下くん、写真いい?」

「陵くん、一緒に撮りたい」

文化祭の所為か、ストレートに告げる人が多いようだ。

「うーんと、写真なら明日ね。三組の写真館で店番するから、その時にお願いします」

やんわりと断りつつ、三組の宣伝をする所はさすが陵と言うべきである。

「さすがだねー」

マユの言葉に、その場にいた弓道部員は全員納得しているのだった。


一組のフリーマーケットを見終わった四人は、和馬とマユに別れを告げると、四組で店番をする雅人の元へ向かった。四組では、的当てゲームや輪投げ等の懐かしの縁日が開催されている。

「みんなー、やってかないか?」

雅人は法被姿はっぴすがたで、輪投げの案内係をしていた。

「やりたい!」

遥は百円を支払い、雅人から輪投げを受け取ると、器用にお菓子や飲み物等の商品へと投げていく。

輪投げに商品が引っかかっていると貰えないのだが、五本とも缶ジュースが綺麗に輪っかの中に収まっていた。

「やられた……。遥が今日一番の客だな」

「やったー! ありがとう」

彼女は笑顔で商品を受け取ると飲み物を一つ、雅人へ渡している。

「せっかく取ったのに、いいのか?」

「うん。雅人これ良く飲んでるから、差し入れって事で」

「ありがとう。他はお茶にしたんだな」

「うん。この後ユキ先輩のおにぎり屋さんに行くから、みんなで飲めるかなーって、思って」

彼女の応えに最初に反応したのは美樹だった。

「遥は、そう言う所は男前だよねー」

「えっ? 男前??」

「かっこいいって事だよー」

彼女の言葉に男子一同も納得していた。

「雅人、他のゲームもやりたい!」

遥にライバル心をわざと燃やすかのように、陵が声を上げ的当てゲームを行うと、彼も三球中一球ボールが枠内にはまり、景品が貰える事となった。

「すごい!」

「当たったー!」

遥に続いて美樹も彼の有志に拍手をしている。

一組の時と同じく、ここでも雅人を含めて写真を携帯電話で撮ると、弓道部のグループラインで共有する事になるのだった。


遥たちが校庭で行われているおにぎり屋へ行くと、丁度ユキと隆の二人が店番をしている最中だった。

「おっ、四人で来たんだな」

「いらっしゃい」

二人は、おにぎり屋と書いてあるお揃いのクラスTシャツを着ている。

「先輩達の写真、撮っても良いですか?」

遥の声に二人は笑顔で応えた為、先輩たちのツーショットと六人での撮影を終えると、購入したおにぎりを持って、中庭にあるベンチへと腰を下ろした。

「結構、回ったな」

「ねぇー、楽しかった!」

「うん! これ食べたら、奈美が三組で接客中だよね? 行ってみてもいい?」

遥の声に彼女と同じクラスの美樹と陵も喜んで応えている。

「勿論! せっかくだから、何か着て写真撮ろうよ」

「それ、いいな」

「どんな衣装があるか楽しみだね?」

「そうだな」

遥の正面に座っていた翔が彼女の声かけに応えると、四人はおにぎりを食べ終え、奈美のいる三組へと向かうのだった。


「奈美、可愛い!」

「ありがとう、遥」

奈美は、ナース服姿で接客にあたっていた。

「衣装決まったら声かけてね」

「はーい」

遥と美樹は衣装の掛かったラックの前で、楽しそうに話ながらこれから着る服を選んでいる。

「遥! チアの服は?」

「スカート短い! 美樹が着たいならいいけど」

「じゃあ、決まりね! 陵と翔はこれ着て来てね」

美樹の指定した服を三人は受け取ると、それぞれパテーションで仕切られた場所で着替え、カメラマン役の前に集まった。

女子はチアリーダーに、男子は長い学ランにTシャツに鉢巻と、体育祭風の衣装に身を包んだ四人はチェキでの撮影を済ませた後、自分たちの携帯電話でも撮って貰っている。

学生生活の思い出作りをするかのように写真を撮ると、制服姿に戻った遥と翔は、自分たちのクラスへと戻って行った。

「楽しかったー!」

陵の隣には笑顔の美樹が立っていた。

「明日は接客、頑張ろうね! 陵の客寄せ期待してるから」

「任せろ!」

彼女の言葉にいつもの調子で応えていた彼は、内心ドキドキしていた。彼女がすきだと自覚してからは、二人きりになるといつもそうなのだ。

「遥達と接客時間ずれてるから、明日は二組のメイドと執事の喫茶室に一緒に行けるかな?」

「うん……」

美樹の声かけに、嬉しそうな表情を浮かべる陵がいるのだった。




「学祭、満とか弓道部の奴らと行くよ」

「午後から時間空くから、少しは一緒に回れるといいなぁー」

「クラスの子とかは、いいのか?」

「勿論クラスの子とも回りたいけど、少しでも蓮との学校生活みたいなのを実感したくて」

遥の言葉に、蓮は彼女を抱きしめていた。

「うん、遥が平気なら一緒に見たい」

「ありがとう」

二人はいつものように弓を引いた後、坂の下で別れると、遥は文化祭へと気合いを入れ直すのだった。



「遥、やっぱり似合うー」

「本当? 思ってたよりもスカート短いけど平気?」

遥は昨日と同じく、黒のフレアなミニスカートのワンピースに白いフリルのエプロンとお揃いのレースのカチューシャをしている。

「ハルも白河くんも背があるから、着せ替えがいがあるわー」

「被服部のみんなのおかげだね」

彼女はくるっとその場で回って、不備がない事を確認して見せた。

「じゃあ、遥と白河は接客頼んだよー」

「はーい」

遥は接客にもこの格好にも若干緊張していたが、クラスメイトが頑張っているのを見て、笑顔で対応していく。

「ハルちゃん、翔ー、来たよー」

「ユキ先輩、隆部長!」

「二人とも似合ってるなー」

「ありがとうございます! お席にご案内しますね」

「袴じゃないから新鮮。翔、写真撮らしてー」

「いいですけど、部長たくさん注文して下さいね」

「二人とも意外と商売上手だねー」

上級生は二人の写真を携帯電話で収め、ラインで弓道部一同に送っていた。

「折角だし。食べ終わったら一組のフリマ、三組の写真館と四組の縁日ものぞいて見るか?」

隆の後輩思いな提案にユキは笑顔で応えていた。

「うん!」


「お帰りなさいませ」

テンプレートな挨拶を済ませると、席へと案内していく。

「かっこいい、誰かの知り合いかな?」

「あれって、進学校の風颯の制服じゃない?」

遥は銀色のトレイに飲み物やクッキーを乗せ、慎重に注文客の元へと運んでいた為、彼らが来た事に気づくのが一歩遅かった。

「ハルー、お疲れー」

「みっちゃん!」

彼女が振り向くと、満は元男子団体メンバーの蓮、春馬、佐野、進藤しんどうを連れて五人で来ていたのだ。

遥が席に案内すると、満が改めてメンバー紹介をしている。

「ハル。こっちの二年の佐野が外部から来た奴で、話した事ないだろ?」

「うん、満の妹の遥です。佐野さん、今日は来て下さってありがとうございます」

「よろしく……」

「えーっ! ハル、俺には?」

「土屋先輩はいいんです」

「いつもの袴姿もいいけど、メイド服似合ってるじゃん。可愛い」

「ありがとうございます。注文どうしますか?」

春馬の言葉を聞き流しながら、遥はメニュー表を差し出した。

「スコーンが、お勧めですよー」

「じゃあ、全種類一個ずつ頼むよ」

「わーい! さすがみっちゃん!」

「飲み物は何にする? 蓮はミルクティー?」

「あぁー」

「ご用意できましたらお持ちしますので、少々お待ちくださいませ」

彼女は綺麗に一礼すると、飲み物やスコーン、パウンドケーキ等のお菓子を頼みに、カーテンで仕切った奥へと入って行った。


「遥、今の風颯の人でしょ?」

「うん、よく分かったね」

「県内だと進学校であの制服有名だもん! 知り合いなの?」

「兄と部活の先輩方」

話かけられながらも、遥はトレイに飲み物を乗せていく。

「ハルー、スコーンだけ温めるから後でお願い」

「了解」

裏方から先に用意出来たお菓子を受け取ると、満達の待つ席へと向かった。

風颯ってだけで目立つのか……。

遥は改めて周囲を見渡すと、そう実感していた。

満達のテーブルへと、視線が集まっている事に気づいたからだ。

「……お待たせしました」

遥は笑顔をキープしつつ、飲み物を注文した人の元へと置いていき、一度下がろうとした所を呼び止められた。

「遥、写真撮りたい」

彼女の手を取って蓮が言うと、満が二人に並ぶように指示を出し、仲良くピースサインをしている。

「みんなでも撮って貰おうよ。小百合ちゃん! 写真お願いしてもいい?」

「うん」

「クラスメイトの小百合ちゃん。こっちが兄の満と部活の先輩方」

「こんにちは」

満の笑顔の対応に、部活の時と顔が違うと部員が思ったのは言うまでもない。

「遥ー、もうちょっと寄れる?」

小百合の声に蓮が彼女の手を引き、膝の上に座らせていた。

「……重くない?」

「軽いよ」

彼女はそのまま写真に収まったのだった。


「蓮が女子と仲良くしてるの初めて見たかも」

「ハルは特別だからな」

佐野の言葉に満が応えたので、蓮は正直に告げている。

「……彼女だから」

「えーっ?!」

思わず声を上げたのは、佐野と進藤だった。

「春馬は驚かないんだな」

「正直に言った蓮には驚いたけど、蓮もハルも顔に出やすいからなー」

「土屋先輩に言われたくないです。それに他校でこんな話しなくても」

「休日じゃないと、こんな話する機会ないじゃん?」

「そういう先輩たちや佐野は、どうなんですか?」

この流れのまま男五人でプライベートな話をしていると、遥がスコーンを持ってやって来た。

「お待たせしましたー」

「美味しそう」

「美味しいですよー」

彼女は翔に呼ばれ、直ぐに席を離れると美樹と陵、そして和馬とマユ、雅人に奈美が合流する形で、弓道部員が集まっていた。

「お帰りなさいませー」

「二人とも似合う! 写真撮らせてー!」

遥と翔が並んで写真を撮られているのを、彼は嬉しそうに眺めているのだった。


「部長の妹さん、大会の時と雰囲気変わりますね」

「あぁー、試合の時は本気だからな」

「満……それだと、遥がいつも本気じゃないみたいじゃんか」

「うーん、普段はあれが素なんだけど、試合は独特の雰囲気あるじゃん? 弓道って、一人でも出来るだろ? だから自分と向き合ってるというか、集中力がすごいからな」

「中等部は、風颯だったんですよね?」

「そうだよ。中三の時は俺と同じで部長やってたし」

スコーンを食べながら、進藤が懐かしい話を始めた。

「ハルちゃんが入部して来た時は、蓮とはまた違って衝撃的だったな」

「強かったんですか?」

「ハルが一年の中で、一番射形が綺麗だったな」

「そうそう。ハルちゃん普段は引っ込み思案で可愛いのに、袴姿の時は誰よりも綺麗だと思ってたよ」

「確かに……ちょっと前まで、小学生だったとは思えない程にな」

「そんな風に思ってたのか?!」

「まぁー、満の妹じゃなかったら、付き合いたいって奴、多かったと思うぞ?」

「なんでよ?」

「いや、素直で可愛いし」

春馬の声に佐野は頷いて同意をしていた。

「まぁー、確かにモテそうですよね」

「佐野、駄目だからな」

「ほら、そういう所だよ満ー!」

「当時も告られそうになってるの満が邪魔してたようなもんだし」

「なるほど……」

「佐野も納得しない!」

蓮は飲んでいたミルクティーを四人の会話で、吹き出しそうになっていた。

「っていうか蓮、妹に激甘な満の許しが出て良かったな」

「そうですね」

ほぼ棒読みで応える蓮に、満は反論していた。

「おい! 俺の許可なんていらないし。だいたい弓道に本気じゃない奴が告ろうとするからだろー」

「いやいや、一年の林とかまだハルちゃんの事すきだよ絶対! 合宿の時とか超見てたじゃん!」

「ないな。ハルは蓮のだし」

「言い切ったよ。あの満がー」

「はぁー、でも納得だわ」

「ん?」

「さっきの写真もさ、蓮の膝にハル乗せてたじゃん? 普段なら、もっと顔赤くしそうなのに、そうでもなかったもんなー」

「土屋先輩よく見てますね」

「そりゃあ、自分の妹にしたいくらい可愛いって思ってるからな」

「それは分かる。満が可愛がるのも無理ないもんなー」



弓道部員と別れた遥は、満達の元へ戻って来ていた。

「何の話で盛り上がってるんですかー?」

「もちろん、ハルの話」

春馬がそう応えると、彼女はクッキーが入った袋を手渡した。

「えーっ、他の話して下さいよー。これ、今日来てくださったお礼です。よかったら食べて下さい」

「サンキュー! ほらハルちゃんのこうゆう所だよ」

「佐野さんも、兄に付き合って下さってありがとうございます」

「ありがとう」

「惚れるなよー」

「惚れませんよ! 不毛じゃないですか」

和やかに話していると、翔が声をかけた。

「こんにちは」

「白河くん、燕尾服似合うねー」

「ありがとうございます」

遥と二人並んでいると、周囲の視線を集めているのが彼らにも分かった。

「遥、交代だって」

「うん、着替えて来たら案内出来るよ?」

「ん、食べたら廊下で待ってるよ」

「すぐ戻るね」

蓮は彼女の後ろ姿を見つめているのだった。


遥は制服に着替えると、兄達の待つクラスへと戻った。

「ハルー、どこか案内してよ」

「いいですよー。土屋先輩どこ行きたいですか? 」

「おい! 春馬、邪魔するなよ」

「満、冗談だって。二人で楽しんで来な」

春馬は彼女の頭を軽く撫でている。

「いいの?」

「また帰る頃、連絡取り合えばいいし」

「わーい、ありがとう」

彼女が喜ぶと、二人は手を繋いで歩いていく。

「あの二人は、ナチュラルに手を繋いだりするんだなー」

「羨ましいのか?」

「まぁーね。微笑ましいよね」

「確かにな」

満の言葉に春馬に続いて進藤が応えると、蓮と同じクラスの佐野が意外性を指摘した。

「でも、あの蓮が女子と仲良く話したりしてるの意外です」

「クラスだと話してないのか?」

「話して無いわけじゃないですけど、あいつモテるくせに自発的にはないんですよね」

「まぁー、蓮は昔からハルにだけ特別だったよ」

「幼馴染だからか?」

「それもあるけど、やっぱ弓道だろうな」

満の言葉に彼らは納得していた。

二人が弓道をすきなことは、見ているだけで伝わってきていたからだ。



「蓮、どこか行きたい所ある?」

「遥は? 美樹ちゃんの接客中だけ見てないって、言ってたじゃん」

「コスプレ写真館だよ? いいの?」

「いいよ。遥に何着てもらおうかなー」

「蓮も着るんだからね!」

三組を覗くと、美樹と陵は和装に身を包んで案内役をしていた。

「いらっしゃい、遥、蓮さん!」

「松下くん、凄いコスプレだな」

町娘の衣装を着た美樹の隣には、新撰組に扮した陵が立っていた。彼の姿のおかげもあってか、商売繁盛しているようだ。

「遥は何着る? 蓮さんは、遥に何着せたいですかー?」

「あー、可愛いやつで」

「了解です!」

「じゃあ蓮さんは、これ着て下さいね!」

カラードレスとタキシード姿の二人は、笑顔で写真に収まっている。

「なぁー美樹、あの二人って付き合ってるの?」

「うーん、それは本人に聞きなよー」

「遥ー、松風さんと付き合ってるの?」

二人の様子が気になり、陵がストレートに聞くと、あっさりと答えが返ってきた。

「うん」

「……そうなんだ」

「うん、どうかした?」

「いや、お似合いです」

急に敬語になった陵の可笑しな様子に、遥はクスクスと笑っている。

「二人とも頑張ってね!」

「うん! 遥も楽しんでねー」

「ありがとう」

三組を出ると、二人は案内図を見ながら、どこへ行くかを考えていた。

「蓮のおかげで行きたい所は行けたよ。ありがとう」

「他は? 昨日、行きそびれた所ないのか?」

「うん、大丈夫だよー。蓮は見たい所ない?」

「普段、遥が行ってる所は見たいかな」

「普段……弓道場とか? 今日は風颯と違って解放してないけど、それでもいい?」

「うん」

二人が弓道場へ着くと、道場には鍵がかかっていた為、ネット越しに矢が通る道を眺めていた。

「ここが、遥のいつも練習してる所か」

「うん、此処が今の私の居場所」

蓮は彼女を優しく見つめ、頭を撫でていた。

「楽しそうで、よかった」

「うん…蓮……。今日は来てくれてありがとう」

「遥の可愛いメイド姿も見れてよかった。今度はうちでも学祭あるから、時間あったら来てよ」

「うん! 行きたい!」

「来る人決まったら、チケット渡すから教えて」

「ありがとう」

二人が話をしながら出店を見て回っていると、満から蓮の携帯電話に連絡が入った。

遥は五人を見送る為、蓮と二人で校門で待っていると、満たちがやって来た。

「みっちゃん、土屋先輩、進藤先輩、佐野さん、今日は、ありがとうございました」

彼女の礼儀正しい所作に、佐野だけは慣れずに頬を赤らめていた。

「ハルちゃんも、風颯の学祭においでよ」

「案内ならするよー」

進藤に続き、春馬の言葉に、遥は微笑んで応えていた。

「ありがとうございます」

「じゃあ、またな」

「うん」

遥は五人に手を振り見送ると教室へと戻り、残りの時間をクラスメイトと楽しむのだった。



「藤澤先生」

「一吹くん、来てくれたんですね」

彼は弓道部員に誘われただけでなく、文化祭の後、藤澤に呑みに誘われていた為、清澄高校を訪れていたのだ。

「弓道部の子達には、会いましたか?」

「隆部長とユキ副部長には会いました。あと……弓道部員が集まってるのを見かけましたね」

一吹は、一年二組の遥と翔の元に集まり、文化祭を楽しんでいる部員を見かけたのだ。

「……青春って、感じがしました」

「そうですか……」

彼は文化祭で賑わう様子を何処か遠い目をして、眺めているのだった。

二人は学校を出ると、藤澤が行きつけの飲み屋へと向かった。

「遅くなってしまいましたが、コーチお疲れさまでした」

「ありがとうございます」

藤澤の日本酒に、一吹はビールで乾杯をすると、彼が話始めた。

「一吹くん、コーチをやってみてどうでしたか?」

「……そうですね。自分の勉強にもなりました」

「勉強ですか。一吹くんはいつも周囲を見て学んでいますよね」

「いえ、そんな事は……」

藤澤は彼の空になったグラスにビールを注ぐと続けた。

「……もし…迷っているなら、気が向いた時だけでもいいので、コーチをお願い出来ませんか? あの子たちには、一吹くんのように同じ視点で見てくれるような師が必要です」

「はい……」

一吹はグラスに入ったビールを飲み干すと、藤澤を真っ直ぐに見つめていた。

「藤澤先生、僕は神主を継ぎました……。だから宮司の務めがある時は、見れませんが…それでも良ければ僕は……」

言葉を選び、振り絞って告げる彼に、藤澤は微笑んで応えていく。

「構いませんよ。一吹くんが居てくれる事が、あの子達の力になりますから」

「ーーありがとうございます……」

一吹は涙目になっていた。

良知りょうじくんも、君の事を案じていましたよ」

「今度、連絡しておきます」

その後も二人、お酒に美味しいおつまみとご飯を食べながら、細やかな休息の時間を過ごすのだった。



文化祭の片付けが終わると、クラスの打ち上げでカラオケに向かう中、遥は小百合と知佳に質問攻めにあっていた。

「遥の彼氏って、今日来てた中にいたの?」

「うん……来てたよ」

「えーっ、見たかった! 今度、紹介してよー」

「うん……じゃあ来週風颯の学園祭に行く?」

「いいの?! 風颯ってチケット制でしょ?」

「う、うん。彼も兄もいるから大丈夫だよ」

遥は二人に押され気味になりながら、応えている。

「行きたーい! でも遥は部活の子とも行く予定?」

「弓道部の模範演技があるから、誘うつもりだったけど、途中で別行動してもよければ平気だよ?」

「お願いします! 遥のお兄さんかっこ良かったから、また会いたい」

「小百合ちゃんありがとう。兄が喜ぶよ」

「風颯は弓道の名門校だっけ?」

「そうだね。ここ数年はインターハイで優勝してるからね」

「凄いねー」

身内の事を褒められた彼女は、嬉しそうにしている。

久しぶりの感覚。

凄い人たちと一緒に弓を引ける機会がある事は、私にとって、とても幸運なこと。

みっちゃんと蓮には、きっと一生敵わない。

「ハル、次はハル達の番だよ?」

「うん!」

遥はクラスメイトの声に我にかえると、マイクを受け取り、知佳と一緒に歌い始めた。

そんな彼女の歌う姿を翔は密かに見つめていると、声をかけられていた。

「白河くん、燕尾服姿かっこよかったね」

「……ありがとう」

こんな時、陵ならもっと愛想よく出来るんだろうな……と、翔は思っていた。

話しかけられても、どこか上の空で聞いている彼の姿に気づいた彼女が、話を振っている。

「翔、鈴木達が一緒に歌おうってー」

「うん」

遥から言われた通りマイクを受け取ると、鈴木達と一緒に懐かしい曲を歌う翔がいるのだった。




「遥、ちょっといい?」

「うん…美樹どうしたの?」

お昼休み、昼食を取り終えた遥は、彼女に呼び出され教室を後にした。

美樹のいつもとは違う様子に、遥は黙ってついて行くと、二人は中庭のベンチに腰を下ろした。

「……言いたくなかったら、このままのんびりしてるだけでもいいよ? 外の風が気持ちいいし」

彼女の気遣いのある言葉に、美樹は告げていた。

「…彼氏…出来た……」

「……陵?」

遥の言葉に美樹が頬を赤く染めて頷いて応えると、彼女を強く抱きしめていた。

「よかったね」

美樹の想いを知っていた彼女は、心の底から喜んでいるような表情を浮かべている。

「ありがとう」

「美樹からったの?」

「……陵から、文化祭の後に……」

元々小柄で可愛らしい美樹だが、そんな彼女の様子に遥が乙女だな……と、感じたのは言うまでもない。

「陵も喜んでそうだね」

遥の言葉に二人は彼の様子を思い浮かべ、微笑み合っていると、張本人の陵と翔が声をかけた。

「遥ー、俺たちも風颯の学祭行きたい!」

「うん。奈美と雅人も行けるって言ってたから、五人で来てね」

「チケット制なのに、ありがとな」

「ギャラリー多いと兄も喜ぶので」

遥と美樹の座ったベンチの手摺に、二人はもたれ掛かりながら話を進めていく。

「陵、よかったね」

遥の言葉に彼は微笑んで応えていた。

「サンキュー、たまには二人で帰ったりするかもだけど、基本は変わらないのでよろしく」

「こちらこそ、美樹をよろしくお願いします」

「遥は美樹の母親みたいだな 」

「違うけど……でも、それくらい大切ってこと」

彼女の言葉に美樹は微笑んで応え、抱きついていた。

「遥、ありがとう……」

仲の良い二人の姿に陵も翔も、少なからず羨ましいと感じているのだった。

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