第12話 衝動
清澄学園弓道部の午後練には、
「一吹さん、どうですか?」
「うん、よくなってるな陵」
「後は、明後日の本番に今の射型が出来るようにな」
「はい」
男子の団体練習が終わると、的を張り替え、女子が場内に並んだ。
大前のユキから順に弓を引いていく。
落ちの遥は四射四中を決め、安定していた射型を見せていた。
「遥は、段位持ってるのか?」
場内の片付けも終え、制服姿の彼女に質問をしたのは一吹だった。
「はい……。一吹さんは、何段ですか?」
「俺は四段だな」
「一吹さん、凄いですね!」
二人の会話に陵が割って入った。
「そんな事言ったら、藤澤先生の段位聞いたら驚くぞ?」
「聞きたいです!!」
部員で盛り上がっていると、藤澤が場内へとやって来た。
「随分と盛り上がってますね」
「藤澤先生!! 先生は段位お持ちなんですか?!」
和馬の率直な声に、藤澤は微笑んでいた。
「そうですね。君達が明後日の大会勝ち残ったら教えましょう」
部員は顔を見合わせ、気合いを入れ直した。
「はい!」
靴に履き替え道場を退出する中、最後になった遥は振り返って応えた。
「一吹さん……。私は三段ですよ」
「そうか……」
「まだ…まだ、これからです」
「弓道は道だから、長いよな」
「はい、失礼します」
彼女は綺麗なお辞儀をすると、藤澤と一吹を残し、道場を後にした。
「……遥さんは三段でしたか」
「はい、あの年で三段ですか……」
「一吹くんも、まだ若いですよ?」
「僕が高校生の頃、初めて受けた時は一級でしたよ」
「継続は力なりですね」
二人は彼女たちの後ろ姿を眺めながら、想いを馳せていた。射型と的中率は、弓引きにとって永遠の課題なのだ。
「……遥は何段なの?」
いつもの駅までの帰り道、彼女の右隣を歩く翔が疑問を投げかけると、直ぐに答えが返ってきた。
「三段だよ……」
「……さっき、答えをはぐらかしてたみたいだからびっくりした」
その言葉通り、彼は驚いたような表情を浮かべている。
「そうだね…段級は久しぶりに聞かれたから、ちょっと戸惑った感じになったけど……」
「遥は、いつから弓道やってるんだ?」
「急にどうしたの?」
「いや、ちょっと聞いてみたくて……」
「うーん、気づいたら続けてたから……。小学校四年生くらいかな? 弓って基本、子供用ってないじゃない? だから引けるようになるまで、素引きしたりしてたかな」
「確かに……小さい頃は体格がないと引けないか」
「そうそう。だから弓を先に引いてた兄たちが羨ましかったなぁー」
兄たちと言った遥の言葉に反応したのは、翔が彼女に憧れを持っているからだろう。
「……松風さんも同じ頃から習ってるの?」
「そうだね…あの頃はーー……」
そう言った彼女の瞳は、何処か遠くを見ているようで、彼はそれ以上の言葉をかけられないでいた。
程なくして駅に着き彼女と別れると、陵、美樹の二人と話をしながらも、彼は彼女の乗った電車を眺めているのだった。
スポーツフェスティバルでは清澄高等学校がある東部地区は、団体戦上位八校が九月下旬にある県連秋季大会への出場権が得られるのだ。個人戦もあるが、県連秋季大会がある団体戦に力を入れる学校が多いのである。
東部地区女子の会場には、藤澤が同行していた。
「初めての団体戦ですね。緊張して当たり前ですが、どこまで自分のいつもの射が出来るか向き合って行きましょう」
「はい!」
遥を含め五人は緊張しながらも、それを払拭するように声を上げて応えていた頃、男子の会場では一吹コーチが清澄弓道部員を見守っていた。
団体戦は一人八本弓を引く為、四十射中何本的に中られるかで順位が決まるのだ。
大前の陵、二番の雅人、中の隆部長、落ち前の和馬、落ちの翔の順に弓を引いていく。
「……翔と陵の力で今回は切り抜けられそうだな」
一吹の漏らした言葉の通り、全体の七位の順位で県連秋季大会の出場権を清澄弓道部は手に入れたのだ。
「女子はどうなったかな?」
隆の言葉にチームメイトは、弓道部のグループラインを見ていると、一吹から声がかかった。
「女子も八位で通過したって」
チームメイトがコーチを見ると、一吹は携帯電話を片手に話をしていた。どうやら藤澤と連絡を取っていたようだ。
「やったー!!」
五人が喜んでいると、グループラインにユキよりメッセージが入った。
『女子も八位で通過しました!!』
その文字に、清澄は男女揃って次の大会に進めた事を喜び合っているのだった。
遥は大会後、いつもの弓道場へ足を運んでいた。
誰もいない道場に的を張り、用意を整えると弓を引いていく。
カンと、心地よい弦音が辺りに響いていた。
初めての高校団体戦の高揚感に、また弓が引ける事に、彼女は一言では言い表せない感情を持て余していたのだ。
遥の弦音が止むと、彼が声をかけた。
「遥、お疲れさま」
彼女が振り返ると、一番に報告をした蓮が袴姿のまま立っていた。彼もまた中部地区の試合を終えたばかりなのだ。
「蓮! 私、みんなでまた引けるよ!」
とびきりの笑顔を見せる彼女を、彼は強く抱きしめると耳元で囁いた。
「よかったな……」
彼の声に涙が溢れそうになる遥がいた。
中学の時、一年の時から試合には出れた。
大前をやる事が多かったけど、後に弦音が続いていくのを感じるのは心地よかった。
でも部員が多い中、試合に出れない上級生や同級生の視線が痛く感じる事が増えていった。
そんな事くらいで、乱れさせたりしないけど…弓がきらいになりそうになってた……。
『ハルは凄い!』
『さすが部長の妹だな』
他意のない言葉も……あの頃の私にとっては、窮屈になる要因でしかなかった。
「蓮……ありがとう」
遥は彼を抱きしめ返すと、その瞳からは涙が溢れ落ちていた。
「私…続けていて…よかった……」
「うん…遥の射は綺麗だ……」
そう言った彼は、遥の涙を拭うと優しくキスをしている。
突然の出来事に彼女の涙も止まり、二人は額を寄せ合って、喜びを分かち合っていた。
今の私に出来ること。
いつも通りに弓を引くこと。
彼女の中で、それだけは明確になっているのだ。
その日の個人の結果は、遥が東部地区一位。
翔と陵は四位と五位の成績で終わった。
中部地区では満が一位、蓮が二位の順位で終わり、三年生の弓道部員は引退式を残し、引退したのだった。
放課後、いつもなら部活に行く時間帯だが、教卓の前には文化祭実行委員が立っていた。黒板には文化祭で行うクラスの出し物が書かれている。
「メイド喫茶、演劇、お化け屋敷、他にやりたいものありますかー?」
「屋台的な外でやるのは駄目なの?」
「一年は教室で出来るものって事なので駄目だな」
「じゃあ、この三つの中で多数決取るから、手挙げて下さい」
実行委員が黒板に正の字で多数決を書こうとしたが、明らかに過半数を占めていた為、直ぐに出し物が決定した。
「一年二組はメイド喫茶で申請します」
「明日の放課後までにメニュー考えといてー」
メイド喫茶かぁー。
直ぐ焼けるのだとパンケーキとか?
事前に焼いておけるのだとスコーンとかパウンドケーキかな?
あとサンドイッチ?
遥が初めての文化祭に心躍らせていると、翔が声をかけた。
「遥、部活行こう?」
「うん!」
「メニュー考えてたのか?」
「よく分かったね。何がいいかなー? 一組はフリマするって言ってたよね? 」
「マユが実行委員だったからな」
二人は話をしながらも、数日後に控えた大会に向けて、弓道場へと急ぐのだった。
「へぇー、来月は文化祭があるのか」
部活動を終え、掃除の最中に一吹は部員達と話をしていた。話ながらも、手はしっかりと動かしている為、もうすぐ片付けも終わるのだ。
「一吹さんも、よかったら見に来て下さいよ」
「ぜひー! 一般参加の二日目は、誰でもオッケーなので!」
「そうだな。でもその前に大会だな。気負い過ぎず、いつも通りにやればいい」
「はい!」
数日後に控えた大会を前に、一吹は数週間前に会った時よりも微かだが違うと感じていた。それは彼らがスポーツフェスティバルでの団体戦を通して、戦った事によって得られたものが、多少なりともあるからだろう。
「楽しそうで何よりです」
着替えも終わり弓道場を出る頃、職員会議を終えた藤澤が顔を出した。
「藤澤先生!」
陵が声を上げると、一番乗りで藤澤に尋ねた。
「先生の段位、教えて下さい!」
約束を果たした彼らの眼差しを藤澤は眩しく感じながらも応えた。
「六段ですよ」
「六段ですか! 初めて……お会いしました」
予想よりも高い段位だったのだろう。いつもよりも丁寧な言葉遣いになっている陵がいるのだった。
県連秋季大会は県大会が行われた県武道館が会場の為、遥は母に車で送って貰っていた。
「ハルちゃん、いってらっしゃい」
「うん。お母さん、ありがとう! いってきます」
車を降りた遥は、空を見上げていた。
すぅーと、深く息を吐き出すと瞳を閉じて前を見つめ直し、これから行われる対戦へと気持ちを整えた。
一人八射、団体計四十射で予選が行われる。男女別上位四校が準決勝、決勝とトーナメントを勝ち抜き、八位以上が入賞。二位以上が中日本大会の出場権が得られる。
清澄が勝ち残った東部地区、風颯のある中部地区、そして西部地区の計二十七校の中から順位が決まるのだ。
遥、翔、陵の三人は県大会個人戦で使った事のある会場とはいえ、団体戦の舞台に緊張気味になっていた。応援で来ていたのと大会に出場するのでは、雲泥の差があり、三人よりも更に他のメンバーが緊張しているのは明らかだった。
「緊張するのはいい。弓を引く時はそういう感覚がある方がいいからな」
一吹の言葉に続いて、藤澤が口にした言葉は、遥がいつも思っている事だった。
「いつも通りは難しいかもしれませんが、また弓を引きたくありませんか?」
「はい」
思わず返事をした彼女に続くようにチームメイトは頷いて応え、大会が始まったのだ。
清澄の女子は大前のユキから順に弓を引いていく。ユキの矢が的に中ると、奈美、マユは的から続けて外すが、落ち前の美樹は持ち直し、的に中った。
そんな中、落ちの遥だけは、いつも通りの射を見せていた。弦音と弓返りの音が響くと、その音に続くかのように次の射は五人全員が的に中り、拍手と共に「よーし」のかけ声が会場から聞こえてくる。
遥のいつもと変わらない弦音に、心を出来る限り落ち着かせながら、残りの弓を引いていく四人がいた。
「……まるで彼女の音に続いてるみたいですね」
一吹の言葉に、藤澤は再び彼女へと視線を戻した。
「そうですね……。遥さんの射は、いつも美しいです」
そんな二人の様に、彼女達の姿を見つめる彼がいた。
「蓮、行くぞ」
遥を見つめていた彼はチームメイトの声に応え、歩みを進めて行く。
蓮は先程まで見ていた遥の射を思い浮かべながら、集中力を高めていくと彼女と同じく、彼もまた八射八中を決める事になるのだった。
清澄弓道部の女子団体戦は、四十射中二十と惜しくも入賞を逃すが、男子は二十三射で八位入賞を果たしたのだ。
県大会に続いて入賞を果たした事により、無名だった東部地区の高校が急に出て来たと、表彰式の際に視線を集めていたが、当人達は初めてづくしの大会を終え安堵したばかりで、周囲の様子に気づく事はなかった。
「皆さん、お疲れさまでした」
藤澤の言葉に部員は、終わったのだと改めて理解していた。それくらい、緊張感のある中で彼らは弓を引いていたのだ。
「女子は惜しかったが、男子は八位入賞おめでとう」
一吹に改めて言われ、隆部長は思わず一礼をしていた。
「藤澤先生、一吹さん、ありがとうございます!」
隆に続いて一礼をする部員達に、藤澤と一吹は顔を見合わせ、微笑み合っていた。
この数週間でも少しずつ成長している彼らに、学生の頃の自分を重ねていたのかもしれない。
そのまま現地解散となり、遥が母へと連絡を取ろうとすると、懐かしい声がした。
「ハル、久しぶり……」
彼女の目の前には強豪校のジャージを着た袴姿の男の子が立っていた。
「
「少し、話いい?」
彼の言葉に二つ返事で応えると、チームメイトと別れ、人気の少ない方へと誘導されながら歩いていく。
「……遥、大丈夫かな? 今の風颯の人だよね?」
美樹が漏らした言葉に反応したのは翔だった。二人は、遥と知り合いであろう男子の後ろ姿を追いかけていた。
比較的に人気の少ない所までやって来ると、木陰の下で林が話し始めた。
「ハル、お疲れさま」
「ーーお疲れさま…久しぶりだね」
「…あのさ……なんで内部進学しなかったんだ?」
「私が清澄を選んだ…それだけだよ……」
「サキとか俺もだけど…知らなかったから……」
自分でも上手くいかない感情を、他人に説明するなんてできない。
「言わなかった事については謝るけど……林には関係ないよね? 話がそれだけなら帰るね」
「待て!」
その場を去ろうとする遥の腕を、林は強く握っていた。
「俺は、ハルの射が……ハルが、好きなんだよ!」
「?! ……私…付き合ってる人いるから」
「あの、チームメイトの奴?」
「……違うよ」
応えたのは遥ではなかった。二人が声の方へ振り向くと彼が立っていた。
「……蓮部長…」
「林、悪いけど……遥は俺のだから」
蓮は遥を抱き寄せると、わざと牽制して見せた。
「……っ、俺! 先輩には負けませんから!!」
林は一礼してその場を去って行った。
「……ったく、いい度胸だな」
「蓮…来てくれてありがとう……」
遥の曇ったような瞳に気づき、蓮はそのまま強く抱きしめていた。
「……遥が中学に上がった頃から、迷ってたのは知ってた……。部活になって…競い合うことが当たり前になって……ついて行けないって、思ってる事あっただろ?」
「よく見てたね……」
「部活は多少上下関係あるから、必要以上に話さないようにしてた」
「うん…だから、いつもの弓道場でよく練習してくれてたの……分かってるよ」
私が……弱いから。
蓮は…私が弓を辞めないように、弓道場にも通ってくれてた……。
「ーー……俺はさ。一個上に満もいたけど…遥は違うもんな……」
遥の瞳から涙が
「たまには……弱音吐いたっていいんだ」
「…うん……」
蓮は想像していた。
満がいなくて、一人だけ……。
自分だけしか弓の引ける奴がいなかったら。
なんて……味気ないんだろう。
あの頃に目指していた高みになんて、到底辿り着けない。
「……中二までは蓮もいたけど、部長になって……私は何を目標にして、これからやっていけばいいのか分からなくなった」
「遥の世代は、特に女子は強豪校だから他に比べれば、まぁー強いけど……皆中する奴なんて当時、遥だけだったからな」
「……蓮には敵わないね」
「あー、でも失敗した……」
遥の頬に手を添え、彼はわざと嘆いてみせた。
「何?」
「あいつに、チューしてる所でも見せつけてやれば良かった」
彼女はいつもの空気感に戻り、クスクスと可愛らしく笑っている。
「やっと笑ったな……」
「ありがとう……」
「あー……もう少し一緒にいたいけど、タイムオーバーだな」
蓮が彼女の頭を撫でると、元チームメイトが彼に声をかけた。
「林が飛び出してったけど、大丈夫か?」
「土屋先輩、もう集合時間ですか?」
「あぁー。部長がいないって、コーチがぼやいてたから呼びに来た」
「ありがとうございます。じゃあ遥……またな」
「うん……。土屋先輩もありがとうございます」
遥は彼らの後ろ姿を見送ると、空を見上げていた。
そんな彼女の姿を美樹と翔、そして後から合流した陵の三人は遠くから見つめていた。
「……遥、一人になったね」
「あぁー」
彼女とは距離があり、会話の内容までは聞こえていなかったが、遥の表情だけは彼の目にもしっかりと映っているのだった。
「……林は生真面目っていうか…面倒くさそうだな」
「やっぱり先輩…聞いてたんですね……。そうですね……敵視されましたから」
「部長によく言うなー」
「まぁー、レギュラーも遥も譲る気はないんで」
「蓮は一見、闘争心なさそうなくせに、そういう所は満と似てるよな」
「嬉しくないですよ」
「林がどこまでやれるかお手並み拝見だな」
「そうですね」
蓮と春馬は駆け足で話をしながらも、風颯の元へ急いで合流すると、いつもと微かに違う彼に気づく満がいるのだった。
「……蓮、どうかしたのか?」
学校からの帰り道、応援に来ていた満は彼を待っていた。気にかけていた事を尋ねると、彼は素直に応えている。
「遥が、林に告られてた」
「えっ?! 林って一年のか?」
「そう、あとライバル視された事かな?」
「はぁー、あいつ負けん気強そうだからな」
「だよなー。まぁ譲る気はないけど…それよりも……」
「それよりも?」
「……俺には、満がいてよかったって話」
「何だそれ?」
訳の分からない表情を浮かべる満に対し、蓮は笑みを浮かべている。
「今日も団体優勝したなー」
蓮の言葉に、彼がこれ以上話すつもりがない事が分かった満は、違う言葉を口にしていた。
「団体戦は、世代交代しても余裕ありそうだったな。二年は人数多いし。この調子で記録を伸ばせよ?」
「それは光栄です。満部長」
二人は幼馴染と言うだけあって、仲が良いだけでなく、弓道においてはライバルでもある。でも、それは先程の林のような一方的なものではなく、お互いを認め合っているからこその関係なのだ。
今も蓮のわざとらしい態度にも、彼は笑って応えている。
「今日も行くのか?」
「連絡は取ってないけど、遥なら絶対いるから……顔見てから、帰るよ」
「蓮、ありがとな」
「じゃあ、満……。今日は応援ありがとう」
「あぁー、またな」
蓮は満と別れると、彼女がいるであろう弓道場へと向かうのだった。
彼が弓道場へ着くと、彼女は矢取りをしている最中だった。
「遥、お疲れさま」
蓮から声をかけられ、一瞬驚いた表情を浮かべた遥は、いつもと変わらない彼に笑みを溢していた。
「少し、話さないか?」
「うん……」
二人は片付けを終えると場内に並んで座り、話始めた。
「……俺はさぁー。どこかで遥は風颯に来るかもって期待はしてた」
「うん……」
「満もいるし…俺も……。それに間違いなく県内の高校で、一番環境の整った弓道部だし」
「そうだね……。おじいちゃんに勧められてからも正直……迷ってた。このまま内部進学して、蓮のそばにいたいとか考えてた時期もあったけど……」
「ーーけど……それだけじゃ、続けられない?」
「本当、よく見てるよね……」
彼の言葉に、遥は自分の心が見透かされた気がしていた。
「そうだね……。それだけだと、また投げ出したくなる日が来るかもしれないって思った。もうおじいちゃんはいないのに…私は途中で投げ出したくなかったから清澄に進学したよ……」
彼女の言葉に蓮は何も告げず、相槌を打つように頷いて応えている。
「でも、弓道部に入る気は最初はなかった……。あの日も蓮とここで引き続けるだけでいいって思ってた……」
「ーー俺は…俺と弓を引けるなら、必ず部活にも入るって思ってたよ」
「えっ?」
「遥は弓がすきだから……すきだったら、戻ってくるって」
たとえ、それが彼女にとって難しい世界でも必ず、必ず戻ってくると彼は信じていたのだ。
「ありがとう…入学式の日……。会いたくなかったけど……嬉しかった」
蓮は遥の手を引いて、抱き寄せていた。
「遥……」
昼間の告白の所為か、彼のキスは徐々に深くなっていく。
「ん…蓮…ここ…外と変わらな……」
貪るように求められ、遥の声はかき消される。
首筋に赤い花が咲き、彼女は強く抱きしめられていた。
「遥……」
「れ…蓮……」
首筋や胸元に淡い痛みを残して花が咲くと、そのまま更衣室まで彼女は抱えられ、流されていく。
「遥、すきだよ」
「…ん……」
繋がっても、それだけじゃ足りないの。
こんなにすきなのに……。
ずっと…例えば手を繋いで、一緒に歩き続ける事はできないって、ちゃんと
「蓮…すき……」
遥が告げると、そのまま二人は繋がり、彼女の瞳から涙が溢れそうになっていた。
私…自分で思ってたよりも、ずっと…蓮がすきだ……。
彼女は改めて自覚していた。
昼間に遥を心配して駆けつけた彼は、袴姿だった。
普段なら羽織っているジャージが目立つ事を知っているからこそ、袴姿のまま声をかけてくれたのだ。
そして、彼もまた自覚していた。
彼女にキスマークをつけて、こんな場所で抱いてしまいたくなる程に独占欲が強いということを。
まだ夜も暑さの残る中、二人は自分でも知らなかった自分を見つけた気がしているのだった。
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