第7話 不変な

「明日から合同練習だな」

「うん……。まさか二日間も受け入れて貰えるなんて思わなかったから、先生に感謝しなくちゃ」

「俺も楽しみだなー」

「少しでも練習について行けるように頑張ります」

遥と蓮は矢取りをしながら、片付けを進めている。

お互いにこれから学校の朝練があるのだ。

「じゃあ、また明日な」

「うん! また明日ね」

二人はいつもの分岐点まで手を繋いでいたが、名残惜しそうにしつつも、それぞれ弓道部へと向かうのだった。


彼女が弓道場へ着くと、いつもいる翔の他に和馬、雅人、奈美、真由子の未経験者だった四人が弓を引き、四射一中している。

ようやく正規練習が出来るようになり、残念や掃き矢が出にくくなったのは、四人の努力の成果だ。

遥が感心していると、残りのチームメイトがやって来た。

「すごいですね……」

彼女が呟くように言うと、北川は四人の射形と彼女を見比べていた。

「ハルちゃんは綺麗な射形だから、みんなのいい手本になってるかもね」

「……いえ…私より上手な人はたくさんいますよ」

遥の言葉に北川は微笑むと、道着に着替えるよう促すのだった。



「明日から一泊二日で風颯学園にお世話になります。挨拶は忘れないように心がけて下さい」

「はい」

藤澤の呼びかけに応える十人の瞳は、不安よりも期待感が強い事が、誰の目から見ても明らかだった。

そんな部員を頼もしく感じる藤澤がいた。

「明日は、この用紙のとおり風颯学園のある最寄り駅に八時に集合だから、遅れないように!」

最後はきちんと部長がしめて、いつもより早めの解散となった。

「この最寄り駅って、遥の帰ってる方向だよな?」

「うん、私の最寄り」

電車通学の四人は、いつも通り駅までの道を歩きながら、話題になるのは明日の事ばかりだ。

「どんな学校なんだろう? 部員多そうだよねー」

「……部員は男女合わせれば五十人以上いるんじゃないかな?」

「凄いなー」

「私も高等部はあんまり行ったことないから、知らないけどね。明日、部長に聞くといいよ」

「絶対、話しかける!」

意気込む陵に三人とも微笑むと、駅のホームで別れるのだった。




合同練習があっても遥はいつも通り、通い慣れた弓道場へ来ていた。

彼女が弓を引いていると、蓮が静かに道場へ入ってきた。

彼女が八射皆中を決めると、彼も弓を引き始める。お互いが終わるのを待ってから、話し始めた。

「おはよう蓮、今日は遅くまでいいの?」

「あぁー、今日は遥たちが来るから俺たちは八時に弓道場集合」

「私も八時に駅前集合」

「遥、学校から遠くなってるじゃん」

蓮が可笑しそうにしている。

「それ、みっちゃんにも言われたー」

「やっぱり! 満なら俺と一緒に登校した方が早いじゃんって言いそう」

「それも言われたー」

二人は取り留めない話を終えると、もう八射ずつ的に中ていく。

梅雨晴れの空に弦音の心地よい音が響いていた。

「今日から二日間、遥の射が間近で見れるの楽しみにしてる」

そう言って蓮は彼女を優しく抱きしめ、キスをしていた。

「また後でな」

「うん……」

額を寄せ合っていた二人は、それぞれが合同練習に向けて動き始めるのだった。



風颯学園高等部と逆方向になる最寄り駅へと制服姿の遥は、弓道具に一泊二日分の荷物を持って歩いていく。

駅前に着くと、大石部長、北川副部長と藤澤先生の三人が、一年生の到着を待っていた。

「おはようございます」

遥が元気よく挨拶をすると、部長にさっそく突っ込まれていた。

「ハルはもしかして、現地集合のが近かった?」

駅の改札から出て来ていない為、彼女の最寄り駅がここだという事は明白である。

「いえ、さすがの私も現地で一人は嫌です!」

彼女の反応に二年生が笑っていると、電車がちょうど来たらしく、残りの一年生が一斉に集まった。

「では、十人揃ったので向かいましょうか」

藤澤を先頭にし、学園までの道のりを横ニ列になりながら向かう道中も、ほどよい緊張感からか無言になることはなく進んでいく。

そんな十人になったばかりの弓道部を、藤澤は確実に成長していると感じつつも、この合同練習が良い刺激になる事に期待していた。


風颯学園高等部に彼らが着くと、まず職員室で藤澤が挨拶を済ませ、弓道部顧問の一ノ瀬に案内される形で、弓道場へと向かうのだった。

場内に着くと参加する部員が袴に着替え、清澄を出迎えていた。風颯は強制参加ではないが、ほぼ全部員が参加をしている。

「おはようございます。コーチの良知りょうじです。今日から二日間よろしくお願いします」

「よろしくお願い致します」

清澄弓道部は大きな声で応えると、続けて顧問の一ノ瀬が話し始めた。

「三年生は引退して、二年生が部長と副部長になっていると藤澤先生より伺っています」

「はい、部長の大石です」

「副部長の北川です。よろしくお願いします」

「では、これから副部長の佐々木と部長の神山にそれぞれ更衣室など案内させますので、よろしくお願いします」

「はい!」

更衣室は弓道場内で男女別左右にわかれていた。

また、今日寝泊まり出来る場所や夕飯等の説明を受けると、再び場内の更衣室へと戻り、袴姿に着替える事になった。清澄の面々は、広い場内と整った設備に圧倒されていたのだ。

清澄の十人が揃うと良知コーチが説明をし始める。その間、藤澤は部員の様子を見守りながらも、一ノ瀬と先生同士で話し合っているようだ。

「弓道を高校から始めた者と経験者でわかれて、それぞれ風颯でも行なっている練習に参加して下さい」

「それでは経験者はこちらにお願いします」

満が手を挙げているので、経験者の六人は誘導された方へと向かうと、残った四人はコーチが直々に指導する事になった。


「改めて部長の神山です。今日から二日間よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「清澄は自由練習が主流だと伺っているので、今日はこれから実戦練習を行います。試合同様、一人四射ずつ引いて順位も決めるので、そのつもりでお願いします」

「はい」

「まずは風颯がやって見せますので、一年生ー!」

満が大きめの声で一年を呼ぶと男女合わせて十五人程が横一列に並んだ。遥を知っている者もいたが部活中の為、騒ぐ者は一人もいない。

「人数が多いから…最初は四射二中以上だった六人だけ前に」

満の合図で場内から向かって右側にいる人物から一射ずつ順番に引いていく。その試合さながらの光景に六人は瞳を輝かせていた。

四射終わると、満がまた話し始める。

「このように行なっていきますが、何か質問はありますか? 特になければ、次は清澄が引いてみますか?」

「はい!!」

特に陵と翔が食い気味に返事をしたのは言うまでもない。

六人は先程の一年生を真似て、的を正面に男女交互に立っている。

右から大石、北川、陵、美樹、翔、遥の順に並ぶと、大石の矢が的に中る。順番に引いて行くと、最後の遥は皆中を決めていく。

「見事だな……」

思わず満は本音を漏らしていた。

四射四中を決めたのは、彼女だけだったのだ。

満は、矢取りを先程引いていない一年に頼むと、気を取り直した。

「では、次は二年な」

男女混合で並ぶ中、蓮は一番右端に立っていた。ここ最近、彼は大前をやる事が多い為さらに実戦的と言えるだろう。

彼の放った矢は綺麗に的に中る。

強豪校は伊達じゃない。四射四中を決めた者が二人いたのだ。蓮ともう一人の二年生レギュラーの佐野だった。

「やっぱり、凄いな……」

そう呟いたのは、陵だった。

今、引いていた二年生は全員、四射二中以上を出していた。これが県大会予選なら、次の試合に全員進めるからである。

矢取りが終わると、三年生が的の前に立つ。副部長の佐々木は右端、部長の満は左端で弓を引いていく。

自分の練習をしていた部員も部長達の矢を射る姿に思わず視線を移していた。

佐々木、満、そして県大会三位だった土屋が、四射四中を決め、残りのメンバーも二年生同様四射二中以上中っていたのだった。

「次は四射とも中った蓮、遥、春馬、佐々木の順に右から並んでくれ」

満に急に名前を呼ばれた遥は返事をすると、直ぐに立ち上がり、的の前へと向かう。

蓮の矢が中ると、遥の番だ。彼女の弓を引く瞬間を清澄の五人は緊張感のある中、見守っていると、カンと心地良い音が響く。的に中ったのだ。

その後も、彼女の射形は崩れる事はなく、四射四中で残ったのは、蓮、遥、春馬そして満の四人だった。

「それじゃ、最後はこの四人でまた四射引くので、射形が自分とどう違うのか見ておくように」

「はい」

風颯だけでなく、清澄の五人もはっきりとした口調で返事をしていた。

満が見ておくようにと言った為、先程よりも強い視線を四人は背中に受けながら弓を引く。

蓮が矢を射ると、その流れに続くように遥、春馬、満の三人も中る。先程と合わせれば十二射連続で皆中している事になる。まだ誰も外しそうにない。

「みんな調子いいな。もう四射追加で的は中央の四つを使うから、これが終わったら一年、矢取りお願いな」

「はい! 」

四人が右に移動し中央の的まで来ると、見ていた部員達も後を追うように移動する。

遥は緊張感のある中、深く呼吸をしていた。

「並び順は、どうする?」

春馬が満に尋ねている。

「せっかくだから、さっきと変えてみるか?」

「さすが部長! じゃあ、リクエストしてもいい?」

「みんなが了承すれば別にいいけど、時間足りなくなるから早くな」

「右から満、蓮、俺で…ラストがハル」

試合ではないが、この面子だとプレッシャーのかかる位置にハル。

俺の後に蓮か……。

それにこの立ち順だと最初の俺にも、的中率のいい俺達の後の春馬自身にも大なり小なりプレッシャーがかかるか……。

満はプレッシャーが特にかかるであろう二人の身を案じたが、同時に射形がどこまで保てるか見てみたいとも思っていた。

「蓮と遥は、これでいいか?」

「はい」

「構いません」

春馬の意図が分かったのか、二人はいつもと変わらない返答をすると、四人は的の前に並び、弓を引く。

一本、また一本と的に中る音が響く。

四人ともプレッシャーに打ち勝つかのように一本目は全員が的に中っている。

結果は、春馬を除く三人は四射四中で二十射連続皆中を決めたのだった。

「あー、一本外したー」

「言い出したの春馬だろ?」

「だって満が注目させるから、ちょっと試合の空気感ぽいの出てて、面白そうだったんだよ」

「はいはい。それじゃあ矢取り終わったら、男女別に別れて試合のように五人一組で、また四射引くのを繰り返して行くからなー」

清澄は男女別になると三人しかいない為、大石が支持を仰ごうとすると、直ぐに応えが返ってくる。

「清澄の男子は春馬と佐野が入って、女子は佐々木と伊藤と木村が入って五人な」

レギュラーメンバーが清澄と組むので騒がしくなるが、部長の一言で静寂に戻る。

「清澄にはうちの強いメンバーと組んで、自分の射だけでなく、隣の射形をよく観察してほしいっていうコーチの意向だ」

部長の言ったとおり、清澄と風颯は交互になるように的の前に並んでいると、満は話を続けた。

「そっちは男子は春馬と大石部長に、女子は佐々木と北川さんに任せるから頼んだ! ちゃんと記録もつけて、一人十二射は必ず引くように」

話ながらも満は、蓮と遥を引き連れて移動していく為、春馬が声をかけた。

「満達はー?」

「俺たちは右端の的で競射をするから、選抜以外の一年生はこっちに集まってくれー」

「はい!」

一年生が移動する中、遥達の方向を陵と翔は見つめていた。

「見たかったー」と、素直に口にする春馬は二人の視線に気づいていたのだ。

「ボヤかない。これが終わったら、お昼だから頑張りましょう」

佐々木が和やかに言うと部員は収まり、男女別に五人のチームを学年を混ぜて四組つくり、残りの弓を引いていくのだった。



「みっちゃ…満、競射って?」

名前を呼びにくそうにする遥に、満は微笑んで話を続けた。

「じゃあ二日間だけ満な。さっきの二十射の後で、どれだけ正確に弓が引けるか見る為と、一年生に射形を見てもらう為、清澄の子にもな」

満は、遥達を引き連れてコーチの元まで歩いていたのだ。

「最後まで残ったメンバーと一年生を連れてきました」

「お疲れ様。では満、松風、遥さんの順に右から並んで下さい」

コーチの指導の元、三人は的前に立つと、弓を右側から順に引いていく。

一年生と清澄の四人にとっては、お手本のような射形を見る良い機会だか、弓を引く三人にとっては緊張感のある練習方法だ。

そんな中でも、三人はいつもと変わらずに弓を引いていく。

三射終えると、三人の的には三本ずつ矢が中っており、このまま続けるのかと全員が思っていたが、良知コーチが提案をした。

「それでは四射目を中白なかしろに皆中して下さい」

ここまで矢を二十三射引いて、ど真ん中に当たる確率が、いつもよりも低くなっているのは、的を見れば明らかである。それでも、あえて言ってくるコーチに対して、三人の応えは決まっていた。

……落ち着いて引けば出来る。

それは三人が今まで弓道と真剣に向き合い、弓に触れない日はないほど、努力を続けてきた事から、ある自信だ。

「いきます」

満は声を出し、状態を整え弓を引くと中央の白い円の中に矢が中る。その勢いに続くかのように、蓮、遥も皆中するが、矢取りの際に自分の的を確認すると、ど真ん中に当たっていたのは満だけだった。

「枠内だけど、満部長に比べると僅かに中心から、ずれてるな……」

「うん……」

「今回は俺が一位で、蓮と遥が同率二位だな」

ようやくここで順位を決めると言われていた事を思い出し、二人は笑い合っていた。

「満達も片付けたら、お昼なので着替えて集まって下さい」

コーチの声に顔を見合わせると元気よく応えていた。

「はい!」



「はぁー、緊張したー」

遥が息を吐き出すと、蓮と満はクスクスと笑っている。

「あんだけの弓を引いといて、本当ハルは変わってないな」

「それとこれとは別なの。あんなに間近で見られてたら緊張するでしょ?」

「まぁーな」

この返事に心がこもってないのは明らかだ。二人にとっては射形を見せるのも、競い合うのも、日常なのだ。

「じゃあ、ハルも制服に着替えたら時計の下集合な」

「はーい」

場内の部員は三人しかいない為、満もいつもの口調に自然となっているのだった。



カフェテリアにはカレーの良い香りが広がっている。清澄と風颯で別々になる事はなく、チームを組んだもの同士、先程まで満たちの射形を見ていたもの同士で、テーブルにつき楽しそうに会話をしているのが彼らの目に入った。

「じゃあ、俺たちも久々に三人で食べるか」

「うん」

「遥、トレイ忘れてる」

「ありがとう」

彼女は右隣に並ぶ蓮からトレイを受けとり、カレーとサラダをのせて、席に着く。

「いただきます」

三人が仲良く両手を合わせ食べ始めると、春馬と佐々木が満に報告に来た。

「コーチにも渡したけど、これが順位表ね」

「佐々木、ありがとう」

満は用紙を受け取ると、食べながらも部長の仕事をこなしている。

「で? 満達の順位は?」

率直に聞いてきた春馬に蓮が応えた。

「部長が一位。俺と遥が同率二位」

「はぁー、今日は満かー」

春馬の反応に遥は右隣に座る彼に話しかけた。

「蓮は、いつもこの練習してるの?」

「あぁー、週一くらいでやってるな」

「すごいね……」

二人の会話に春馬が入ってくる。

「午後はさっきの順位を元にトーナメントやるっぽいぞ」

「それは楽しそうですね」

「ハルなら、そう言うと思ったよー」

話ながらも二人は食事を進めていく。

「そういえばハルの学校の制服始めて見たな。セーラー服っていいなー」

「土屋先輩って基本パーソナルスペース近いですよね?」

「褒めてる?」

「褒めてないです。ほら、佐々木先輩が呼んでますよ?」

「ハルちゃん、ありがとう」

佐々木の変わらない笑顔に遥は癒されていた。

「……会うのは二年ぶり近くなるけど、佐々木先輩優しいね」

「遥は、佐々木先輩を慕ってたからなー」

先に食べ終えた蓮は、遥の髪が耳から落ちてきている事に気づき、そっと耳へとかけた。

「髪の毛まで食うなよ?」

「ありがとう」

その一部始終を側で見ていた満の方が、にやけてしまいそうになるような仕草だった。



「午後二時から男女別に別れて、個人戦を行います」

カフェテリア中央に、藤澤先生、一ノ瀬先生、良知コーチの三人と共に両校の部長が立っていた。

「まずは女子から始めますので、二時には袴に着替え、弓道場に集合して下さい」

大石部長の声を張る姿に清澄の面々は、心の中でエールを送っていると、続きを満が話し出す。

「決勝は男女同時に行います。男子も二時には袴に着替え、場外の見学スペースで、見学と矢取りをするように。先程、別メニューだった一年生はコーチから支持があるので着替えたら時計の下に集合して下さい」

部長達が話し終えると一ノ瀬がつけ加えた。

「試合なので、最初は四射三中以上、次の四射は一回目の本数と合わせて六中以上の者が決勝に残れます。先程の順位と本数を参考に県大より厳しい基準にしてありますが、どんな時も同じ射形を維持出来るようにして下さい」

「はい!」


試合参加の清澄のメンバーは、平均的に四射三中は中っている。ただ、それがいつも出来るかとそうでないかで勝敗は別れるのだ。

「藤澤先生はなかなか面白いことを考えますね」

「そうですか? これは、ある意味賭けですね」

「賭けですか?」

「あの子達が四射三中をいつも通り、練習とはいえ試合で二回出来るかどうかです」

一ノ瀬と藤澤の両校の先生は、場内の簡易の椅子に腰掛けながら、交流を深めている。

「始まりますね」

一ノ瀬の言葉に藤澤は笑みを浮かべていた。

「はい…楽しみです」


試合のように番号札を袴につけ、十一名が的を正面にし立っている。一組目には、十番の番号をつけた美樹がいた。

遥は彼女の緊張感がこちらまで伝わってくるのを感じていた。

息を大きく吐き出した彼女は、先程まで一緒に弓を引いていた佐々木のフォームを思い浮かべ、矢を射る。

美樹の矢が的に中ると、場外では清澄の男子三人が喜んでいた。

一組十番の美樹、二組十三番の北川は共に四射三中で、次も弓が引けることになり、藤澤は二人の安定してきた射形を喜んでいた。

「次、遥さん出ますね」

「……ご存知だったんですか?」

「勿論、神山兄妹こうやまきょうだいは中等部から有名でしたからね」

「そうですか」

「彼女…少し変わりましたね。中等部から射形の綺麗な子でしたが、時々思い詰めて矢を射る事があって、気になっていたんです……。良い弓引きになってますね」

「はい、遥さんに憧れて弓道を始めた子がいるくらいですから」

藤澤が視線をコーチの方に向けると、直ぐ近くに清澄の四人がいた。真剣に彼女の弓を見つめている姿が一ノ瀬の目にも写っているのだった。

三組二十九番。遥は一番最後に弓を引く順番だった。

三組目は四射三中を確実に決めるものしかいない組合せにしている為、四射四中を 決める者もいる。

遥は、いつもと変わらない射形で弓を引くと、矢が的の中心に中る。彼女は四射四中で、次も弓が引ける事になったのだ。


「次で決勝に残れるか決まるな」

「大石先輩、三人とも残ってますね」

「そうだな…四射三中か」

「俺たちも残りましょうね」

珍しくはっきりとした口調の翔に大石は驚きながらも、心強く感じていた。

「……必ずな」

矢取りが済むと、四射三中を決めた十五名が弓道場の的を全て使って並んでいる。

一番右端の人から順番に弓を一本ずつ引いていく。

流石は強豪と言うべきか的に中る矢の音が響いている。

十番の美樹は四射三中、十三番の北川も四射三中。二十九番の遥も先程に続き四射四中を出し、清澄は三人揃って決勝進出を決めたのだった。

場外では、その姿を見ていたチームメイトが抱き合っていた。



先程と男女が入れ替わり、男子の一組目が始まった。

十八番の大石は二組目。二十二番の陵と二十三番の翔は三組目が出番だ。

矢取りが終わると、大石が弓を引く順番が来た。

遥はその射形で必ず中ると直感していた。いつも重心がずれ気味の彼の射形が、乱れていなかったからだ。

「午前中の練習の成果ですね」

「そうだね。今日ここへ来れて良かった」

北川の言葉に美樹と遥は頷いて応えていた。

十八番の大石、二十二番の陵、二十三番の翔が四射三中で順当に残り、三人とも女子同様に決勝進出が決まったのだ。

清澄女子の三人は矢取りを手伝いながら、六人とも決勝まで残れた事を喜んでいるのだった。


「決勝は競射を行います。まず四射用意しますが、外した時点で抜けてもらいます。そして、残った男女で最後合同の競射を行います」

「はい」

決勝まで残ったのは女子十一名、男子十五名。

出場するメンバーは全員、場内に戻って来ていた。

先程より背後の視線の多い中、女子から先に的を正面にして並ぶと、一射目が始まった。

一射で二人外れ、二射で三人、三射で二人と徐々に矢を引く人数が減っていく。四射まで残ったのは、佐々木副部長、遥、美樹を含めた四人だった。

北川は二射目で外した為、二人の射形をチームメイトと一緒に見守っていた。

弦音が響く。的に中ったのは二射。

佐々木と遥の二人だけだった。

練習とはいえ、初めての決勝に美樹はここまで来れた事に喜んでいたが、同時にもっと弓を引きたいと貪欲にそう思っている自分に気づくのだった。


チームメイトの有志を見た三人は、気合いを入れ、清澄の六人でハイタッチを軽く交わすと、自分の位置へとそれぞれが進んで行く。

一射で外す者はいなかったが、二射で三人、三射で五人と、弓を引く者が減っていく。四射目まで残ったのは、風颯の団体戦メンバーの五人と陵、翔の七人だった。

三人が見守る中、的に中ったのは、満、春馬、蓮の風颯団体メンバーの五名中三名と陵、翔の県大会五位までの入賞者だった。

三射目で外した大石は、後輩の活躍を頼もしいと思うと同時に、美樹のような貪欲な思いを感じていた。


「それでは、また競射を行いますが、今回は本数は決めません。自分が出来る所まで弓を引き続けて下さい」

一ノ瀬がルールの説明を行うと、立ち位置はくじ引きで決める事になった。

右端から春馬、翔、蓮、遥、満、佐々木、陵の順に規則正しく並ぶと、春馬の一射目が始まった。

的に中る弦音が次々と響いていく。一射、二射、三射と外す者はいない。四射目で佐々木と陵が外し、残り五名で競う事になった。

矢取りが済むと残った五名は姿勢を正し、また弓を引く。

六射で翔、七射で春馬が的から外すと、午前中と同じ三名が残った。八射目も外す事なく決めると矢取りはせずに、新しい的へと移動し弓を引く。

遥は弓を引きながら、小さい頃に三人で弓道を始めた日を思い出していた。

九、十、十一射と一人も欠ける事なく、十二射目を迎えると、 弦音が二射で止んだ。満が僅かに的から外したのだ。

ふぅーと、満が大きく息を吐き出すと、二人だけが残ったのだ。

緊張感から開放された蓮と遥に、良知がすかさず提案をした。

「では、残った松風と遥さんは、午前中にもやった皆中を出して下さい。中心点に近い方の優勝とします」

「はい」

二人は気持ちを切り替えるように声を出していた。

蓮の弦音が響くと、遥もいつもの射形に整え、弓を引く。二人とも皆中だったが、矢取りをすると、遥の矢が蓮よりも中心に中っていた。

久しぶりの全力の練習に遥は、気力を使い果たしたかのようにその場にしゃがみ込んでいた。

「遥、お疲れ」

「蓮……」

蓮が優しく手を引いて遥を立たせると、拍手が場内に響く。

清澄のチームメイトは感動したようで、涙目になりながら遥に抱きついたり、頭を撫でたりしている。

満と蓮はいつものようにハイタッチをし、握手をすると、お互いの健闘を称えあっていた。

「お疲れ、蓮」

「お疲れ、満部長!」

「久々に童心に帰ったわー」

満のその言葉に、二人は静かに頷いているのだった。

「それでは、優勝は神山遥さん。準優勝を松風蓮くん。三位に神山満部長とします。お疲れ様でした」

上位三名の発表を北川が終えると、一ノ瀬が引き継いだ。

「皆さん、お疲れ様でした。夕飯はカフェテリアにて十九時半までに済ませ、各自部屋では自由行動ですが、弓道場は開放しませんので、引き足りない方はまた明日、存分に練習に励んで下さい。明日も八時には袴に着替え、弓道場に集合するようお願いします」

「はい!」

解散になると、清澄の部員は藤澤を囲む形で半円状になっている。

「みなさん、お疲れ様でした。神山さん、優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます」

部員が拍手を送ると、遥は照れくさそうにしている。

「明日はまた練習です。みなさんがこの合宿を経てどう変わっていくのか私はとても楽しみです。今日はゆっくり休んで、明日また頑張りましょう」

「はい!」

藤澤は、部員の顔を誇らしげに見つめるのだった。



風颯も同じように今日の反省会が終わると、優勝者の話題になっていた。

「神山遥さんて、部長の妹さんですか?」

外部から入部した者が次々と聞いてくるの為、満は覚悟を決めると、彼女を呼んだ。

「満が呼んでるから、ちょっと行ってきますね」

「うん、ハルちゃんも着替えたらカフェテリア集合ね」

北川の声に応えると、遥は風颯の集まる場所へと向かっていく。

あまりの部員の多さに行きにくいと感じていると、彼女の右手を蓮が引っ張って、満の元へと連れて行った。

「神山遥は、俺の妹だ。明日も一日、よろしく頼む」

突然、満に紹介され、戸惑いながらも清澄の部員として、しっかりと応えていた。

「清澄一年の神山遥です。よろしくお願いします」

美しい所作に、騒いでいた一同も静かになった。

「それでは、チームメイトが待ってますので、失礼します」

遥はその場から逃れるように更衣室で手早く着替えを済ませ、みんなの待つカフェテリアへと向かうのだった。

「さすがハル、満より部長向いてるわー」

今の様子を見ていた春馬が笑うと、その場にいた部員も微笑んで、和やかな雰囲気のまま今日を終えるのだった。

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